【行政経営フォーラムMLへの投稿から】 2004/01/02
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現在、巷間論じられ、実践しようとされているNPMは、
新公共経営といいながら、
実際にはpublic=公共のアクターの一つに過ぎない「行政」が、
有意義に行動するための「動き」にとどまると考えています。上記を、あながち的外れな理解ではないとすれば、
NPMは、地域経営/公共経営が的確に行われるための基礎的条件だと言うことに
なります。既に新しい知見ではありませんが、
public=公共は、個々の市民及び市民のエージェントとしての行政(via議会またはdirectに)、企業(コミュニティ・ビジネス及びSRIを重要な要素として)、そしてNPOによってmanagementされるはずです。であれば、
NPMは、行政がNPOや企業と十分に連携、協働するための基礎条件として捉えられ、
行政がNPO(や企業)と十分に連携、協働することが地域経営にとっての必要条件であると考えられます。事例として、
静岡県の総合計画はNPMを本格導入した日本でも極めて先進的なものだと大見得は切っているのですが、
やはり、県行政の指針にとどまり、地域の指針となるべきNPOや企業との連携、協働による「地域計画」となっているとは思いません。これは、NPMが、行政が的確に運用されるために必要なものであり、
地域経営/公共経営にとっては、NPO(や企業)との連携が【改めて】必要であると考えれば納得のいくものです。次に、「地域でNPOを設立し」という言葉について、
これを、「行政でNPOを設立し」と(意図的に?)誤読する動きへの不安について述べます。最近、中央官庁や自治体が主導して設立されるNPOが目に付きます。
しかし、少なくとも現在は(本来は活動分野の違いがあることは承知した上で)
NPOが行政と競合的に施策提案、施策実現をしていくことで、
従来の行政一辺倒の公共を破り、市民にとって多様な選択肢を生み出していく必要がある時期だと思います。
そうした現状のなかで、行政主導のNPOが次々に設立されるということになれば、
行政への適切な対抗勢力が萎えてしまう恐れはないでしょうか。
個々の行政職員がNPOに関わることの重要性については自分を振り返っても十分に認識しています。
しかし、行政が一つのセクターとしてNPOを設立していくことには、上記から強い疑問を持っています。もちろん、ピッツバーグの地域復興の事例などでも行政が関与したNPOが地域課題の解決に大きな力を持ったことは確かでしょうが、
その例でも、行政以上に地域企業、大学、財団が重要なロールを果たしたことを忘れてはならないと考えます。蛇足に蛇足を加えれば
先程述べた「地域にとっての多様な選択肢」について考えるのに「公開性」が緊要であると思います。
そのためにも、地域の課題や解決策の束としての政策提案を、それぞれのイニシアティブで提示し、一覧できる「場」が重要であると考えます。このために、(私の専門にひきつけて言えば)ICT=情報コミュニケーション技術が有用であると思い、行政での実践や大学での研究を行っていきたいと思います。
こうした「公開性」については、政策アイデアの知的所有権を理由に慎重に考える向きもありますが、
こうした「場」(例としての政策ポータル、政策協働市場etc.)が「繰り返しゲーム」が成立する場であると考えれば、必ずしも否定的になる必要はないと考えます。