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MLからの備忘録  「地域感覚とICT活用」

【地域メディア戦略研究会MLへの投稿から】 2003/07/31

「地域感覚」は、もちろん硬直的なものではないですよね。
サイズも重層性もさまざま。
だから、同じ「地域」への感覚と言っても違ってくるんでしょう。

その意味でも「行政」(職員)が、他の市民より、地域感覚に秀でているってことは決してないと思います。

付け加えるなら、「地域感覚」っていうのは、その人が対象としている「地域」についての、
いわば "経路依存性" とでもいうような、それぞれの地域の「よってきたる由縁」の把握ということに繋がるんだろうなって思っています。

それぞれの地域は、それぞれの"経路依存性"を持たざる得ない以上、
まるっきりの共通解ってのはないんでしょうね。
例えばすべての地域で、藤沢市の電子市民会議室と同じものが成立するわけではないというような。

しかし「基礎的必要」という言葉を使うとすれば、
多様な地域において、(ICTを活用した)市民にとっての議論や政策協働の「場」は、相当な確度で必要であり、有意義であるとも考えています。
その形が、藤沢市のバリエーションであったり、別の形であったり というだけで。

などと、言葉の遊びのような、私にとっては結構に重要なことでもあるような
ことを思っています。

もう一つ、

例えば、藤沢市ではIT講習会の一環として、あるいはその延長として「電子市民会議室」への参加の仕方を講習した。しかも、中学校でも。
ということの重要性、凄さを言っていられるのかなと思いました。

あるいは「参加しやすい」インターフェースの重要性ということでもあろうかと思います。

もちろん、巷間よくある
「デジタル・デバイドの是正なくして、ICT活用の市民意見の交換などはデジタル・エリートによる誤った議論であり不毛だ。」ってな議論はあり、

これに対しては
「例えば、聴覚に障害のある方や視覚に障害のある方の"情報デバイド"がICTによって、どれほどに是正されたのか。ICT以前において、どれほど無視され、そのうえで『民主主義』が語られてきたのか。100%でなければ認めないという考え方こそが不毛だ。」

というような的確な批判が必要であることは確かですが、

むしろ、ICT活用の市民意見交換の「場」の必要性、存在意義を原則として認めたうえで、
その部分是正を図るべきだという意見も重要だと考えていました。

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