河井孝仁(静岡県企画部情報政策室/(NPO)パートナーシップ・サポートセンター)
(※なお、図は省略しているのでpdf版を参照されたい)
【要旨】
静岡県がNPOと行政の協働の一環として実施している「NPOアイデア活用協働推進事業」の概要について、NPOからの政策提案という先進性に基づく積極面及び、Webという開かれたツールを利用しながら十分な事業展開に至っていない現状等の消極面等を紹介した上で、特に情報化を活用した部分に注目し、「政策協働市場」の可能性について分析を行う。
【キーワード】
NPO・アイデア提案・政策提案・政策提言・アドボカシー・政策連携・政策協働市場・政策データベース・地域情報化・インターネット・電子掲示板・電子市民会議室・Web・WWW・ネットワーク・公共経営・NPO評価
【はじめに】
静岡県では、2001年度から「NPOアイデア活用協働推進事業」を実施している。
本事業は、NPOを、
「多様化する市民ニーズに対して、行政や企業では対応できないきめの細かい、市民本位の豊かな社会サ−ビスの提供者」
「今まで行政からの社会サ−ビスの一方的な受け手であった市民が、自分達のほしいサ−ビスを自らの創意工夫と自助努力により生み出し、そのサ−ビスの提供者になるための要・中核組織」
と位置づけたうえ、
「NPOからの企画提案、アイデア活用をベ−スとして政策決定することにより、多様化する市民ニーズへの対応を図り、NPOと行政との協働による市民社会」を構築することを目的としている。
本論では、この「NPOアイデア活用協働推進事業」を紹介し、本事業のいう上記NPOの位置づけ、事業目的に沿った運営が行われているかについて分析する。
あわせて、本事業のもつ可能性について「政策協働市場」等のタームを導入することにより検討を行うこととする。
【静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」】
静岡県の行っている『NPOアイデア活用協働推進事業』は、2001年5月28日に施行された事業実施要綱に基づき行われている。
以下に、静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」の概要を、事業の流れに沿い事業実施要綱及び運用状況から確認する。
「NPOアイデア活用協働推進事業」において、静岡県はNPOからのアイデア提案を通年募集し、希望するNPOはeメール等を利用して県NPO推進室にアイデアを提案する。
提案にあたっては、事業の名称、事業の必要期間、事業の概要に加え、目的、効果、概算の見積額、事業の公益性、実現可能性、先進性、モデル性等についても記述することとされている。
提案された事業は、NPO推進室長が座長となり、関連部局担当者により構成された「NPO連絡調整会議」において各担当所属に割り振られる。
この間、提案された事業は、ホームページに掲載され、県民から提案事業に関して意見の募集が行われる。
事業の割り振りを受けた各事業担当所属(室)は、提案事業の先駆性、モデル性、実施可能性、予算見積もり等の適正性について検討する。
上記により、NPOによる事業実施が適切であると考えた場合には、既存事業内での実施が可能なものについては、予算の範囲内での対応を検討、また、新規事業として対応が可能なものについては、予算計上を検討する。
そのうえで必要なものについては、各部局が財政担当との調整を行い、県全体の中での施策優先順位についての検討を経たうえ、予算化が図られる。
これらの結果について、ホームページ上では、検討結果として「実施の必要性を認める」「既に施策化されている」「県施策化の必要を認めない」等の意見を付して掲示される。
予算化された事業について、各部局はNPOの自主性・ 先進性を尊重しながら、NPOへ委託するなどの方法により事業を実施する。
事業実施後には事業成果の検討を行い、検討結果もホームページ上に掲載することとされている。
本事業の2001年度の実績としては、72件の提案があり、「里山の管理及び竹材の有効活用事業」及び「NPOマネジメントサポーター養成事業」の2件が2002年予算化事業として事業採択を受けた。
また2002年度については「市民国際文化交流推進事業」、NPOとの協働について行政担当者及び市民向けに講習会を行う「パブリック&プライベート&パートナーシップ推進事業」、さらに健康志向に係る意識調査等を内容とする「ウェルネスライフ推進事業」の3件が採択され、2003年度予算案に含まれた。
以上のように、静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」は、事業実施要綱等では、NPOからの「協働事業の提案」「企画提案」「アイデア提案」という語句を利用し、「政策提案」「施策提案」という語句を使われていないものの、内容的には施策提案と評価できるものと考える。
なお、「政策」及び「施策」、「企画」という語句について、ここでは、一定の方針に基づいた施策の束を「政策」とし、予算化された企画を「施策」と考えるにとどめ、詳細な定義は別途行う。
また、静岡県事業の特徴に、インターネットの活用がある。提案、事業内容の公開、採否結果提示、県民からの意見募集さらに事業評価について、eメール及びホームページの利用が見られる。
この点は、本論における「政策協働市場」成立のために重要な論点であるので確認しておく。
【類似事業等との比較】
他都道府県が実施している、NPO等からの施策提案を募集する事業としては、大阪府の「提案公募型事業」や岐阜県の「岐阜地域協働型県民活動促進事業」等が挙げられる。
大阪府「提案公募型事業」は平成13年9月に策定された「NPOとの協働を進めるためのガイドライン」に基づき実施されている。府庁内のいくつかの部局が提案テーマを提示し、当該テーマに対する企画案をNPOが応募するものとなっている。平成14年度には
・在住外国人とともにつくる「安全・安心なまちづくり」事業
・生活者の視点によるユニバーサルデザイン・アイデア創出事業
・農空間を活用した「地域コミュニティとNPOとの連携活動」公募事業
・環境保全に対する意識啓発推進事業の4テーマについての公募が行われ、28団体からの応募、7件の採択、事業委託が行われている。
平成14年度の4テーマは時宜にあった適切なテーマでもあり、各部局が政策、施策化を要する課題として認識しているものであることが、応募事業の四分の一が採択される結果に結びついているものと考えられる。
一方で、当該年度にテーマ設定されなかったものについては、NPO側では課題として認識し、適切な事業化を必要と考えているテーマであっても、この「提案公募型事業」の枠組みでは応募できないという裏腹な関係にある。
静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」との、この点における差違は、後に述べる「政策協働市場」の可能性についても関連がある。
検討課題を二点述べておく。
一点は、先に述べた政策課題認識についての行政としてのバイアス存在の可能性であり、
もうひとつは、課題提示による提案参加のしやすさ、ひいては「政策協働市場」成立に足る参加者数の多寡への影響である。
岐阜県「岐阜地域協働型県民活動促進事業」においては、事業実施要綱によれば「政策提案」を含む採択事業に情報提供や関係機関との調整にかかる支援が得られることとなっている。また、別途、財団法人「岐阜県広報センター」からの資金支援が行われる。
しかし、採択された事業をみると、政策(施策)提案というより、事業実施要綱の「趣旨」にも定められている「県民の自主的、自発的な活動を支援」する事業との位置づけであり、「政策提案」そのものではなく、提案のための自主的調査を主な対象としていると考えられる。
このため、採択事業についても、「委託」ではなく、必要に応じ交付金を交付するとの事業構成になっているものと思われる。
事業名称が、2001年度までの「県民協働型県政推進事業」から現在の「岐阜地域協働型県民活動促進事業」へ変更されたことも興味深い。これらを鑑みると、当該事業は、県が助成財団としてNPOの事業支援を行っているものとも位置づけられる。その点で静岡県の「NPOアイデア活用協働推進事業」とは範疇の異なるとの認識もあり得る。
大阪府「提案公募型事業」及び岐阜県「岐阜地域協働型県民活動促進事業」について、静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」の特徴でもあったインターネットを利用した情報発信の面から見る。
いずれの事業も、募集の案内や応募方法、さらに事業実施要綱も府県のホームページから閲覧が可能である。
また、応募事業のうち採択された事業について、大阪府では受託団体名、事業名及び数行程度の事業内容がサイト内に記載がある。
岐阜県では事例として、大阪府記載の内容に加え、事業費・交付金額・詳細な事業実績、成果概要、グループからのコメントも記載され、具体的な活動内容が思い浮かぶものとなっている。さらに、動画による活動紹介までも用意され、情報発信の充実が感じられる。
この点を静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」と比較する。
静岡県事業においても、事業の考え方や事業実施要綱についてホームページからの閲覧が可能であり、この点に大きな相違はない。
異なっているのは提案事業についてのホームページ上での公開方法である。
大阪府事業での公開内容がごく簡略であることに対し、岐阜県事業における公開内容は相当豊富であり、事業費積算等を含め詳細な内容を知ることができる。
静岡県事業の公開内容は岐阜県に近いものがあるが、動画による活動紹介等はない。
しかし、静岡県事業が他の2事例と大きく異なるのは公開時期である。大阪府及び岐阜県での事業内容の公開が事業採択後であることに比し、静岡県では提案応募の時点から事業内容が掲載される。
結果として採択に至らない事業も、ホームページ利用者に公開されることになる。
また、県民の意見提示が可能であり、かつ当該意見もまた公開される点に注目すべきと考える。
ここで付言すれば、県民の意見提示についてはパブリック・コメント制度が連想される。パブリック・コメント制度及びそれに類する制度は、中央省庁及び地方自治体においても行われているが、それらは、行政として導入しようとしている規制や計画についての意見を求めるものであり、静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」における意見募集とは、その動的な意味において違いがある。
この部分に関して興味深いのは、2001年3月に制定された青森県「あおもり県民政策提案」制度である。
「あおもり県民政策提案」制度は、「政策提案」と名付けられた制度であるが、内容としては県の計画策定等へのパブリック・コメントが規定されるにとどまっている。
これは、後に述べる政策形成における市民と行政、及びNPOや企業というその他の公共エージェント*の位置関係について考えるに示唆的である。
*河井孝仁「NPO評価にかかる「場」概念の明確化について」(静岡大学人文社会科学研究科修士論文 2001 )参照
都道府県の事例ではないが、東京都千代田区「NPO・ボランティアとの協働に関する政策提案制度」についても見る。
ここでは、2002年10月11日に、千代田区から区議会企画総務委員会へ提出された「資料」に注目する。
ただし、この「資料」は、現在のところ千代田区議会議員のホームページにアップされたものであり、千代田区の確認を得ていないことを述べておく。
「資料」には「本事業の特徴」として、「事業化検討プロセスのなかでの協働」という言葉が記載されている。
http://www5d.biglobe.ne.jp/~ogushi/npo.htm
同「資料」によれば、「検討の経過や事業化、結果の分析・評価など、一連の流れを公表する」との記載もあり、大阪府や岐阜県と比較して静岡県と相似した内容になっている。
しかし、同「資料」では、さらに「区との共同事業になじまないと判断される場合、公社やボランティアセンター等に情報を求めるなど、別な方法での事業実現に向けて支援する。」との記述もあり、静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」にはない特長も見える。この点は、後に述べる「政策協働市場」にも関わるものと考える。
なお、千代田区「NPO・ボランティアとの協働に関する政策提案制度」については、2002年度には13団体22件の応募があったことも区のホームページ上で確認できる。
いずれも充実した提案であり、今後の事業化に向けてどのような検討状況の公開がされていくのか興味深い。
【静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」への評価】
先にも述べたように、本事業により2002年度予算に2件、2003年度予算案に3件の事業が採択された。
これは、行政が自らの制度的担保の下で徴収した「税」等を原資とする施策立案において、行政内部での発想による課題設定及び施策化にとどめず、行政と同様に公共エージェントと位置づけられるNPOの施策アイデアに基づく協働を制度として運用し、一定の結果を得たという点で重要である。
静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」を他の類似事業とも比較しつつ、特徴として挙げたインターネットの多様な活用についてはどうであったか。
NPOからの提案アイデアは県ホームページ上に記載され、たとえば2002年10月には 個別事業アイデアの入り口となるトップページのみで592件のアクセスを得ている。
また、結果として予算事業化されたのか否かが示され、その採否の理由も簡易なコメントではあるものの確認することができる。
コメントのいくつかを挙げれば、
2002年度予算化された「NPOマネジメントサポーター養成事業」については「NPOからの提案事業を活かし、14年度新規事業として対応する。」であり、
採択に至らなかった事業には
「NPOからの提案事業は、地域に根ざした事業として各種財団等からの助成を受けて事業推進した方が、団体の独自性及び地域への社会性が発揮されると思われます。県事業より団体の独自事業として対応してください。」、
「NPOからの提案事業の内容は、既存事業で存在している。しかし、NPOからのアイデアを活かして既存事業を推進していく」、
あるいは「高齢者については、既存「○○事業」が多くの高齢者の参加を得ていることから、既存事業により対応が可能であると考える。なお、活用可能な具体的なアイデアがNPOから提案された場合には当該提案を参考とし既存事業の一層の推進を図りたい。」などの意見が付されている。
これらの試みは、制度上は行政のみの施策立案ばかりであった従来に比べ、一定の評価ができるものと考える。
しかしながら、千代田区「資料」にもあった「事業化検討プロセス」の公開という視点から考えた場合には、まだ課題も残るものと思われる。
採否コメントも提案された事業によって様々であり、なかには、端的な結論にとどまり、検討内容が伺えないものも少なくない。いくつかの事業アイデアに同文のコメントが付されている例もあった。行政での検討プロセスについて、より透明性のある意見提示が望まれると考える。
また、採否が決定した事業アイデアについては、県民からの意見提出がホームページ上から行えない点も課題であろう。
税等を原資とする事業化であることから、最終的な県事業化としての採否の判断が行政、また予算案を審議する議会にあることは正当であると考える。
しかし、行政の一次的判断としての採否に、提案したNPOあるいは県民からの意見が提示されることは重要である。
これは「事業化検討プロセス」を明確にし、ともに公共を支える、市民、NPOあるいは企業にとって、パートナーとなりうる行政の動きを透明化し、ひいては信頼を醸成することにつながる。
現在、静岡県の「ふじのくにNPOホームページ」は全面的更新をめざして構築中である。このため、現状ではテストページしか表示できないが、更新後の内容に期待したい。
以上、制度運営についての課題を述べたが、実態についての大きな課題を挙げる。
静岡県における本事業は、既に述べたように事業提案アイデアについて県民からの意見が提示できる制度となっている。
ホームページにも「提案『…事業』に対する、ご意見・ご感想はページ下の"ご意見BOX"ボタンをクリックしてください」と記され、"ご意見BOX"ボタンの上には「ご意見BOXでは、各提案に対する皆様のご意見・ご感想を掲載しております。どなたでも書き込みができる意見交換の場ですので、奮ってご参加ください!」「なお、提案事業実施の可否は事業担当室が検討し、皆様のご意見はNPOと行政の協働による市民社会を構築していくための参考として、大いに役立たせていただきます。」と書かれている。
しかし、現状、この"ご意見BOX"は、書き込みがないため機能していない。
仏を作ったはずが、誰も魂を入れない状況が続いている。もちろん、現在のところはwebサイト更新中であることも大きな理由であると思われるが、更新前ページの時にも、ほとんど書き込みは行われていなかった。
理由としてはいくつかのことが考えられる。静岡県トップページからNPOホームページへの直接のリンクがない。このため、アイデア提案のページにたどり着くためには、部局別ページである生活・文化部ページから入ることになる。
静岡県のトップページを瞥見した県民が、NPOホームページのさらにその下の階層である「アイデア提案のページ」で「意見募集」を行っていることを知るのは困難である。
これらは、NPOホームページの更新後に是正されることも期待される。
だが、以下に挙げる点は、ラディカルな検討を要する。
それは、個別事業アイデアへの意見募集そのものが幅広く成立しうるか否かという問題であり、あらかじめ詳細に積算までされた事業についての「意見交換の場」が楽しく居心地のいい生産的な「場」になりうるかという問題であり、その「場」の機能が明確になっているかという問題であり、「場」を成立させるために必要な「資源」は何かという問題である。
これらはすべて、本論の重要な論点である「政策協働市場」の成立要件に関わっている。
【電子市民会議室】
ホームページを利用した市民の意見提示という面において、静岡県「NPOアイイデア活用協働推進事業」と共通する部分のある「電子市民会議室」について検討する、
近年、地方自治体では、ホームページ上の掲示板等を利用した電子市民会議室を開設する例が増えてきている。
著名なものでも、札幌市「eトークさっぽろ」*、大和市「どこでもコミュニティ」*2、また都道府県としては新しい試みである三重県「eデモ会議室」*3 などがある。
* http://www.infommunity.city.sapporo.jp/index.html
*2 http://www2.city.yamato.kanagawa.jp/cgi-bin/top.cgi
*3 http://www.e-demo.pref.mie.jp/
これらは、一定のテーマ(テーマについても行政側からの提示とあわせ、別途募集を行うことが多い)について、登録者が議論、意見交換及び事実の紹介などを行い、ホームページ及びメーリングリストを利用して情報の共有、課題の発見や確認及び行政への意見表明を行うものであり、利用者による「コミュニティ」の形成を意図している例もある。
これらのなかでも、大きな成果を上げているものに藤沢市市民電子会議室 *4 がある。
*4 http://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/~denshi/
藤沢市は「藤沢市地域IT基本計画」における「地域情報化の基本理念」として「『静』の情報化から『動』の情報化へ」を掲げ、その主体のあり方として「『受動的な情報化』から『主体的・能動的な情報化』」を言う。そこでは、市民をサービスの受益者としてのみ捉えず、参加者、行動者として自律・分散・協調的な取り組みによる情報化を進めるとしている。
藤沢市市民電子会議室の存在は、その嚆矢といえる事業と考えられる。
藤沢市市民電子会議室は1996年の実験プロジェクトの設立に始まり、2001年4月には本格稼働に至っている。2003年2月1日現在での発言登録数は2,226人、会議室閲覧数は415件/日、発言数は53件/日に上っている。
運営については市民公募による運営委員10人を委嘱し、運営委員会を設けている。
藤沢市市民電子会議室においても行政がテーマ設定を行う市役所エリアと、市民が会議室設定を行う市民エリアに分かれ、市役所エリアでは運営委員が進行役を務めている。また市役所エリア会議室で、まとまった意見があれば運営委員が市への提案書を提出することができるとされ、過去4件の提案が行われている。
では、藤沢市市民電子会議室が相応の成功をおさめている理由は何か。藤沢市の位置という点がある。慶応義塾大学が市内に所在し、首都圏にもある藤沢市では市民がIT等に興味が持ちやすい環境であると考えられる。(ただし、本論では実証的な確認は行っていない)
しかし、以下に挙げる点もきわめて重要であると考える。
・ 継続的取り組みによる市内外からの認知
・ 市役所エリアと市民エリアの区分
・ 会議室運営を行政が直接行うのではなく、市民公募の運営委員(市役所エリア)または会議室を開設した市民(市民エリア)が担う
・ 会議室への書き込み方法や会議室新設方法など、電子市民会議室へ参加するための広範な市民向け講習の実施
・ 主に市役所エリア会議室における運営委員の「編集」作業
・ 市民エリアでの運営委員の活動等に伴う「運営委員の"顔"」の認知
・ 会議室参加者が実際に出会う場を設けるとともに、単なる顔合わせではなく、議論やコミュニケーションが成立しやすくなるための運営委員による周到な設定
これらが、市民電子会議室の活性化に果たしている貢献は大きいのではないか。
また、藤沢市市民電子会議室で利用されているアプリケーションの機能についても看過できない。
藤沢市市民電子会議室では、Community Editor「縁」というアプリケーションが利用されている。
Community Editor「縁」は、(1)掲示板とメーリングリストが連動していること (2)「拍手」ボタンなど簡易な同意機能があること (3)権限者がスレッド(話題の流れを視覚的に示す樹形図)を付け替えるなどの作業が可能であること など多くの特徴を持っている。
これは、電子掲示板によって意見交換しようとする者の参加意識の涵養や促進に役立つとともに、「編集」が可能であることによる議論の明確さの保持等が利点となっている。
さらに、導入したアプリケーションについても、参加者が利用していくなかで必要な機能、使いにくい機能などを確認しながら、バージョンアップがされていることにも注目したい。プラットフォームとしてのアプリケーションさえも既定ではなく意見交換により変えていくことができる。
なお、これらは藤沢市担当者及び運営委員へのインタビューによる知見でもあるが、今後、必ずしも成功に至っていない事例との比較対照等により、より明確な分析が必要である。
また、上記に掲げた、ホームページ上だけではない現実の協議の場での顔合わせ(オフ)については、その重要性を認めるものの、オンラインだけでのコミュニティ(「ネットワーク・コミュニティ」)は成立しうるという、ある運営委員の意見もあり、今後の大きな研究課題である。
以上、藤沢市を主な対象として電子市民会議室が、議論の場として成立する要件を経験的に確認してきた。
これらの要件は、静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」の事業アイデアに対する意見募集の活性化にもあてはまる部分が多いと考えられる。
しかし、藤沢市市民電子会議室と静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」との差異にも留意する必要はないだろうか。
藤沢市の事例が、ネットワークコミュニティを志向しているのに対し、静岡県の事業は、アイデア提案への個別的意見の表明であり、コミュニティへの志向は認められない。
また藤沢市の市民電子会議室が、いわば問題提起からはじまり、議論をファシリテートしていこうとするのに対し、静岡県でのNPOアイデア提案は問題解決方法が最初に提示される。もちろん、静岡県のアイデア提案についても、仔細に見ていくなら、事業の目的等に課題提示が行われ、その上で事業化の方向が示されている。
だが、事業アイデアがタイトルとして掲げられているなかでは、議論の方向は賛否に収束しがちになると考える。実際には静岡県では議論に至る以前に、参加者がいないため確認できないが、今後の千代田区での状況も含め興味深い。
以上から読みとれる点は、物理的に一定の場に集められているわけではない者にとって、議論への参加へのインセンティブは「コミュニティ」であり、しかも、提起された問題に対し、ニュートラルな場所から議論が開始できることが望ましいとの可能性である。オーバーチャージを承知して述べれば、意見交換や議論によって得られるものがコミュニティなのではなく、コミュニティが生み出すものが活性化した意見交換であるとも考えられる。
これらは、今後、研究を深めることで検討を加えていきたい。
さて、それでは藤沢市の事例に見るような市民電子会議室は成立するとして、静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」におけるホームページを活用した意見募集及び意見交換は無謀な試みであり、大阪府「提案公募型事業」や岐阜県「岐阜地域協働型県民活動促進事業」のように採択された事業提案のみをホームページに掲載することが望ましいであろうか。
言い換えるなら、NPO等から課題の解決策として、まとまった形での「施策」が提案され、それをめぐって活発な意見交換が行われることは基本的に困難と考えるべきか。
本論における、とりあえずの答は「否」である。
理由及び、「否」という答を導き出すために考え得る「仕掛け」について述べる前に「政策協働市場」について考察する。
それにより、静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」のもつ潜在的可能性を検討し、上記の設問に「否」と答える必要を確認することになる。
【政策協働市場】
「政策協働市場」というタームは未熟な用語であり十分な定義を得ていない。これについては、本論の以降の議論及び今後の研究活動により内実を与えていきたいと考える。
しかし「政策市場」という言葉は既に一定の位置を得ていると考えられる。
具体的には、2000年に総合研究開発機構において「政策市場の実現性に関する研究」が加藤秀樹「構想日本」代表を座長として行われ、翌2001年には研究報告書が発刊されている。
また、青森県「政策マーケティングブック」においても「政策市場」の語が用いられている。この「政策マーケティングブック」は、青森県がベンチマーク指標の作成のために、NPO等外部専門家を含めた「政策マーケティング委員会」を設け、その成果として2002年3月に発刊されたものである。
ただし、「政策市場」については「いちば」としてのイメージであるとされ、象徴的、寓話的に述べられているが、具体的な「場」としての定義は与えられていない。
一方、独立法人経済産業研究所の泉田裕彦主任研究官が精力的に「政策形成プラットフォーム」についての議論を起こし、実際にも独立法人経済産業研究所では経済産業省との共同運営により「ポリシープラットフォーム」を制度化している。
この「政策形成プラットフォーム」は、言葉としては「市場」という用語を使っていないが、内容的に「政策市場」と重なるものと考えられる。
ここでは、総合研究開発機構研究報告書を主に参照しながら「政策市場」の定義を確認する。
「政策市場」というタームの必要性を導く課題認識としては、現状の政策形成過程に公開性がなく、形成に関わったプレーヤー及びその調整過程が国民*に見えない一方で、国民の政策関与、参加の関心が高まっていることが述べられている。
(*総合研究開発機構研究では主に国の政策を対象に考えている。)
そのうえで、「政策議論をオープンに行い、各自が持ち寄った政策を意見交換、情報交換し、それぞれの適否の議論を行った後に一つの政策にまとめる」場を理想像とする。
そのために、「(政策のニーズの吸収、政策案作成時、法案作成時)の3段階で」…「国民と行政、政治家等の参加者が持論を戦わせ、ミックスするような場」が想定されている。
さらに、「市場が存在する場についても、具体的なスペースでなくても、」…「ネット上のサイトでも可能になると思われる。」と本論に関わる言及も行われている。
本論でもこの定義を「政策協働市場」に与えるのか。与えるとすれば、なぜ「政策市場」の語を使わず、「政策協働市場」と述べるのか。
総合研究開発機構の与えた定義は適切であろう。
ただ、本論における「政策協働市場」とは視座が異なる。その視座の違いは、「政策」の捉え方に依存している。総合研究開発機構の考える「政策」は最終的には一元的に政府に収束する。それは政策形成の最終段階が「法案作成」に結びつけられることからも明らかであると思われる。
政策市場のプレーヤーは公開のなかで議論を行う。それは政府が行う政策を国民ニーズに的確に対応したものとするためである。
いわば政策市場での「売り手」(=政策提案者)は多様なプレーヤーであるが、「買い手」(=政策実施主体)は政府に独占される。
もちろん、「政策」は「あれか、これか」ではなく、一定の明示・黙示、可塑性の有・無といった属性を持つ計画の下で実施される施策の束であり、「売り手」の提供した商品は、どれか一つが選択され、残余は遺棄されるわけではないことは付言しておく。その意味では「市場」のアナロジーが適切であるかには若干の疑問も残る。
振り返って、静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」について見る。買い手が中央政府ではなく自治体政府に替わってはいるが、多様なNPOがアイデアを市場に提供する一方で、買い手は自治体政府に限定されるという点で相似している。
この市場に提示されるものが「政策」という「束」ではなく、個々のアイデアであるために、提供されたアイデアのなかで、独占的な買い手である自治体政府にとって「よいもの」が購入=採択されるという点では、より市場のアナロジーが相応しいとも考えられる。
とりわけ、静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」では、提案され採択された事業アイデアが予算化され、施策として実施に至る際には、アイデアを提案したNPOにそのまま事業委託されるわけではなく、あらためて受託先NPOが公募されるという点で、購入=採択されるものが「アイデア」であるということは明確となっている。
現在は機能していない県民からの意見募集という「仕掛け」も、各アイデアごとに行われる「商品情報」として利用され、購入=採択のための手がかりとして扱われる可能性もある。
これらの点を検討すれば、静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」が、(公開審査等により実際には一定の「事業化検討プロセス」の開示は行われているものの、ホームページ上では)採択=購入結果だけを提示する大阪府や岐阜県の事例に比べ、より「政策市場」としての位置づけが可能であると考えられる。
「政策協働市場」という概念はどうか。
ここでの「政策」の買い手=政策実施主体は「(中央・自治体)政府」に限定されない。
「政策」についての定義は同様に、「一定の明示・黙示、可塑性の有・無といった属性を持つ計画の下で実施される施策の束」である。
しかし、「新しい公共」概念の下では、公共=政府・行政ではなく、プリンシパルとしての市民、エージェントしての行政・NPO・企業がともに参画して創りだすものを公共として位置づける。であれば、「政策」もまた政府・行政の独占物ではないと考えられる。公共エージェントである行政・NPO・企業がセクターとして、あるいは個々に連携して行うものも、上述の定義に基づくものであれば「政策」定義の範疇ではないか。
これについては、上山信一(『政策連携の時代』日本評論社 2002)の議論が参考になる。
「政策協働市場」においては「買い手」は政府・行政だけではない。現状の課題認識に応じて、何らかの「政策的解決」を図ろうとするものは、NPOであっても企業であっても「買い手」となりうる。あるいは現在の独占的な「買い手」である県ではなく市町村行政が「買い手」となることも想定できる。もちろん「売り手」についてもNPOに限定される必要はない。プリンシパルとしての個々の市民もまた市場に参加しうる・
「買い手」としてのNPOや企業、行政、市民が「買おう」するものは、個々のアイデアではなく、そのアイデアを提示するだけのリソースを持ったNPO等である。
ここまで「売り手」と「買い手」という名で述べてきた市場への参加者を新しい視角で見直すなら、そこには、多様な課題を抱えた公共をともに担い、「政策」連携による解決を図るために協働の対象を探している市民であり、公共エージェントとしての行政・NPO・企業が現れる。
「売り手」と「買い手」は常に交換可能となる。
協働の対象を探す「政策協働市場」参加者は、提案された事業アイデアや議論内容、情報として利用可能な参加者データベースなどを総合的に判断し、それぞれの「売り手」を評価する。
この「政策協働市場」をNPOに主な視点をあてて見れば、そこには「NPO評価の場」も存在することになる。
そこには一元的評価はなく、それぞれの課題認識を行った参加者による評価がある。鷲田豊明の言う「社会経済的評価」が、考察にあたっての参考になる。
「政策議論をオープンに行い、各自が持ち寄った政策を意見交換、情報交換し、それぞれの適否の議論を行った後に一つの政策にまとめる場を理想像」とする政策市場と、前述してきた「政策協働市場」の相違は明らかであろう。
【再び静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」】
先に、静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」について、
「NPO等から課題の解決策として、まとまった形での「施策」が提案され、それをめぐって活発な意見交換が行われることは基本的に困難と考えるべきか。」との問いを設定し、とりあえずの答であるとしたうえで「否」と述べた。
この答が成立するかは、静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」が「政策協働市場」として成立するかとの問いとパラレルである。
既に、藤沢市市民電子会議室についての検討を行った。また大阪府「提案公募型事業」も方向性は異なるものの成功事例として見ることができる。
その成果を活用すれば、静岡県「NPOアイデア活用協働推進事業」における意見交換が活発に行われる「仕掛け」を指摘することは可能である。
それらは、
・ まず、事業アイデアの提案を求めるのではなく、施策による解決を必要としている課題設定について提案を受ける。
・行政からの課題設定もあってよいが、NPO等県民からの課題設定の場も設ける。
・ 「意見交流の場」運営を、行政ではなく、指名した運営委員あるいは課題を提出したNPO等が行う。(藤沢市等の電子会議室で研修するなど、運営委員の資質向上は必要)
・ 「NPOアイデア活用協働推進事業」についての講習会をNPO向けに限定せず、幅広く行う。市町村等の行うパソコン講習会等も積極的に利用する。
・ これらを前提に、一定の意見交流が行うことができた課題について、NPOがon tapな形で、施策アイデアを提示する。当然、意見交流を踏まえたものとなっている。
・ 「意見交流の場」参加者や提案NPOによる実際の意見交換を実施する。
・ 適切なアプリケーションの整備を行う。
等である。
これらが的確に行われ、従来の電子会議室にはないon tapな事業アイデアの提案がNPO等から行われること。提案について、運営委員の助力により、さらに意見の交流が行われることにより、「政策協働市場」成立の条件が生まれると考える。
県は、NPOから提案された事業について参加者の意見及びアイデアの内容、また提案したNPOの組織的信用性等を踏まえ、協働できるNPOを決定し事業の予算化を図る。他の参加者は県が実施を決めた事業提案ではないアイデアについて協働し政策実施を図ることもあり得るだろう。この際、県から一定の事業支援がありうることも考えられる。これは参加へのインセンティブともなりうる。
この点は岐阜県「岐阜地域協働型県民活動促進事業」についての検討が参考になる部分があると思われる。
また、NPOが行う活動への参加にのみ活用できる地域通貨として「NPOマネー」を発行し、アイデア提案者や参加者等に交付することで、インセンティブをつくることも考えられる。これはNPO活動の振興にも役立つ。
重要な点がもう一つある。あらためての指摘になるが、この政策協働市場としての意見交流の場が「事業化検討プロセス」の公開にあたるという点である。
この点が重要であるのは、プロセスの公開が「信頼」「納得」というコミュニティの成立の条件にも重なるとともに、アイデアの選定過程や協働のパートナーの決定過程が透明化され、資金負担を行っている住民一般(行政が政策実施主体となる場合)や会員、寄付者(NPO)、株主、従業員(企業)に対しての説明負担が軽減されることでもある。
【地方議会との関係】
現在の法体系のもとで、民意を代表する存在としての議会、とくにここでは地方議会と政策協働市場との関係について僅かな紙幅だが考察を行う。
まず、政策協働市場においては、行政だけが「買い手」=政策実施主体として存在するわけではないことは既述した。NPO−NPO NPO−企業 NPO−(地域)住民等の協働による政策実施については、地方議会は直接的な関係を持たない。
行政が協働の一方のパートナーとなる政策(施策)についてはどうであろうか。
この場合、地方議会は予算審議等を通じて政策に正統性を与える存在となる。政策協働市場の成立と地方議会の存在とは矛盾しない。
「政策提案」、「政策討議」、「政策決定」と言うタームを利用すれば、
「政策提案」はすべてのプレーヤーに開かれ、
「政策討議」もまた、多様なプレーヤーによって行われることで、その意義を増す。
「政策決定」についても、政策実施主体が行政に限定されないと考えるならば、行政の専権ではなく、議会が首長と並んで、すべての政策に係る正統性の淵源ではない。
しかし、一定の公平性を持った政策は必須であり、その政策実施主体として行政を等閑視すべきでないと考える。そのための原資として税という制度的に強制徴収されるリソースを用いる限り、地方議会のもつ基底的な正統性供給機能は重要である。
これらについては今後の課題であろう
【参考文献抄】
河井孝仁「NPO 評価にかかる「場」概念の明確化について」(静岡大学人文社会科学研究科修士論文)2001
河井孝仁「電子自治体化への志向と課題−静岡県を題材として」(『都市問題』2002年8月号 東京市政調査会)
(社)行政情報システム研究所『公共サイバースペースにおける双方向型情報交流手法に関する調査研究報告書』2002
J.ハーバマス『公共性の構造転換−第2版−』(細谷貞雄・山田正行訳)未来社 1994
鷲田豊明『環境評価入門』勁草書房 1999
野方宏「企業のエイジェンシー理論について−その批判的検討−」(『神戸外大論叢』第36巻第4号 1985)
安田雪『ネットワーク分析』新曜社 1997
山岸俊男『信頼の構造』東京大学出版会 1998
E.S.レイモンド『伽藍とバザール』(山形浩生訳)光芒社 1999
上山信一『政策連携の時代』日本評論社 2002
R.レッシング『コモンズ』(山形浩生訳)翔泳社 2002