風子と夏生まれのサンタクロース


1. はじめに
今回僕は,風子シナリオについてカキコしたいと思います。ご意見・ご感想があれば,是非お書き下さい。
なお,本記事は,前回の「風子と夏生まれの春風」と関連記事となりますので,「風子と夏生まれの春風」を読んでいない方は,こちらを先にお読み頂ければ幸いです。
http://homepage3.nifty.com/taji21/clannad/harukaze.html


2. 二人だけのパーティー
風子編5月16日夕暮れ,古河家の人々は,大好きな風子が見えなくなり,忘れかけている自分たちに悲しみを覚えます。その優しさに打たれる朋也。
朋也は,そんな家族を穏やかな日常に戻したくて,風子を連れて学校へ忍び込みます。そして,二人は,昼間街で買ったお誕生日セットで,公子の結婚式の前祝を始めます。
自販機でジュースを買い,キャンドルに火を付け,クラッカーを鳴らし,風子はお気に入りの三角帽子を被ります。子供のようにはしゃぐ風子。二人は,とても,楽しい時間を過ごし,眠りに付きます・・・

この二人だけのパーティーは,単なるイベントではなく,何処か神聖なイメージを持ち,クリスマス・イブの情景を連想させますが,クラナドには,クリスマスやサンタクロースを想起させるシーンやモチーフが幾つか存在します。
渚の誕生日は,奇しくも12月25日。風子の贈り物であるヒトデ(Holly Star Fish)は,クリスマス・ツリーを飾る星々のよう。そして,サンタクロースとは「他者(キリストの誕生)を祝うために,子供たちに贈り物を贈る異界からの使者」ですが,風子も「他者(公子の結婚式)を祝うために,人々に贈り物をする異界(夢の世界)からの使者」・・・
僕は前回風子を「夏生まれの春風」と評しましたが,同時に彼女は「夏生まれのサンタクロース」と評することができるかもしれません。


3. 風子の転回点
話は少し変わります。
僕は「夏生まれの春風」の中で「風子が凍った心を溶かす春風のような存在,とても楽しい夢」であるため人々の心の残ったと論じましたが,風子は元々人付き合いが苦手で,人々の心に暖かい思いを残すことができるような女の子ではなかったように思われます。風子編5月4日,公子は,朋也に語ります。

  公子「あの子は,私の前では,自分らしく振る舞える子だったんです。
     でも,家の外ではそうじゃないと気づいたのは,すごく後で…
     知らなかったんです。あの子が,あんなに友達を作るのが苦手だったなんて。(中略)
     ふぅちゃんは,誰にも寄っていかない子だって。名前を呼ばれても,
     恐がって,逃げ出してしまうような…そんな子だったんです。」


そんな風子が,春風のような存在になることができた理由は,言うまでもなく,風子が祝福を集めるために,手作りのヒトデを配ったからです。風子の贈り物−公子に幸せになって欲しいという純粋な願いが込められた手作りの星−は,人々の中に暖かい気持ちを生み出し,結果的に風子を春風のような存在に押し上げたと思われます。


4.サンタクロースの秘密
さて,風子の木彫りのヒトデやクリスマス・プレゼントなど他者を祝福するための贈り物は,不思議と人々の心を揺るがします。
その秘密について,人類学者であるクロード・レヴィー=ストロース/中沢新一は『サンタクロースの秘密』の中でこんな風に語っています。

「贈り物には,「贈与の霊」というものがこめられていて,「モノ」の移動とともに,この物体性を持たない霊的なものが人々の間を移動していく(中略)。クリスマスは,そのような贈与の祭りなのである。
そのとき,子供と大人との間に贈り物の受け渡しがおこり(昔だったら,大人は子供にお供え物やお菓子を贈り,そのお返しに子供は大人たちの社会に,来年の豊穣の約束をあたえた。いまだったら,大人はサンタクロースというファンタジーを媒介して,子供におもちゃやお菓子のプレゼントをする。そのお返しに,子供は大人に贈与の精神の暖かみと幸福な感情を贈り物としてあたえるのである),生者と死者の霊との間に贈り物をとおして,霊的な交通が発生できるようになる。人々は,それによって,生き生きとした,何か心を暖かくする力が,自分たちのまわりに出現したことを,感じとってきたのである。(P.106〜108より抜粋)」

つまり,クリスマスにおける贈り物は,現世と異界との交流を生み出すことで,昔も今も,人々は心の中に生き生きとした暖かい気持ちを生み出す力があるということです。
もちろん風子が木彫りのヒトデを人々に贈る行為が,クリスマスのプレゼントと類似した構造を持つなどとは全く考えもしなかったと思います。
しかし,風子はまるでサンタクロースのように,夢の国という異界からサンタクロースのように贈り物をすることで,過去から変わらない,人々の心に暖かい気持ちを生み出す普遍的な扉を開き,春風のような存在になります。
僕は上記2で風子のことを「夏生まれの春風」,そして「夏生まれのサンタクロース」と評しましたが,両方とも的外れではないかもしれません。


5. もう一人のサンタクロース
ところで,クラナドにはもう一人サンタクロースがいます。それは,幻想世界の少女です。
朋也は,幻想世界の少女の「たくさんの光たちの幸せを願う心」である光の玉を集めますが,これは朋也にとって,他者を祝福する贈り物となります。
僕は,「風子と夏生まれの春風」の中で,「幻想世界という冬の世界に居た少女の眠りを覚ますのは,風子という春風の少女が,誰もよりも相応しいから」と論じましたが,幻想世界の少女が,もう一人のサンタクロースであるとすれば,クラナドのエピローグにおいて,風子が幻想世界の少女を最初に見つけるのは,必然だったのかもしれません。


6. 終わりに
風子編エピローグ。恋人エンド・友達エンドに拘らず,学校の生徒たちは,会った事もない一人の少女の話題で持ちきりになります。朋也の独白。

  校内は,会ったこともない女生徒の話題で持ちきりとなっていた。
  どんな子だ,あんな子だと,いろんな噂が飛びかった。
  でも,どれひとつ悪い噂じゃなかった。純粋で,一生懸命で,校内を走り回る…
  そんな女の子のイメージだった。そして,いつからか…みんなが待っていたのだ。
  その女の子が目覚める日を。


風子は,誰も会ったことがないが共通したイメージを持つ誰もが待ち侘びる存在(まるでサンタクロースのようですが)になっています。
この直後に風子がヒトデを贈るラストシーンが入りますが,これは朋也の空想には過ぎないでしょうし,悪いことに,風子編において風子の呼吸は停止し,二度と目が覚めない状況に陥っています。
しかし,風子を待ち侘びる人々の強い願いにより,そして,風子自身が開いた暖かい気持ちの扉を通じて,今度は幽霊ではなく,現実の風子として帰ってくる・・・僕にはそのように思えてなりません。


Kカスタネダ


【補足】クラナド・エピローグ再論
クラナドのラストシーン。風子と公子は,風子の定期健診のため病院へ向かいます。風子は,木陰の下に何か「とても可愛いもの」を発見します。

  風子「誰かがいます(中略)」
  公子「えっ,どういうことですかっ」(中略)
  風子「そこで,眠っています。誰かに起こされるのを待ってるんです。
     ですので・・・いってきますっ。」(中略)

そして,風子は,木の下で眠る少女に話しかけます。画面が暗転し,次のようなセリフが浮かびます。

  「いますか。風子です。あなたのお名前はなんていうのですか。」
  「教えてください。風子とお友達になって,一緒に遊びましょう」
  「楽しいことは・・・ここから始まりますよ」

一見すると地味なこのシーンが「クラナド」のエピローグを構成するのか,疑問に感じられた方もいるかと思います。
しかし,クラナドの全てのシナリオに幻想世界の少女が関与していますので,幻想世界という異界からの帰還は(風子と同じですが),クラナドの結論として不思議ではありませんし,風子はどちらかというとKANON的(あゆ的)キャラであり,幻想世界の少女はどちらかというとAIR的なキャラです。この二人が最後に出会うということは,クラナドがKANONとAIRの集大成という側面を持つ作品であることを考えると中々ドラマテックです(^^)。
クラナドにおける最後のセリフは,風子の「楽しいことは・・・ここから始まりますよ」ですが,これまでの作品を総括したKEYが,ここからどのような楽しい作品を描くのか,期待したいと思います。



*2005/5/27 (Fri) 23:30:26 スレッド掲示板掲載