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初出 H14.06.21 改訂 H19.08.25 |
| 選挙カーの 「連呼」 は 「迷信」 から生じているらしい そんなことだから、選挙に負けるのかも |
保坂展人さんのブログ記事から飛んでこられた方へ: もしかしたら、平成21年 5月 29日放映 日テレ 「太田総理」 を見て その場合は、上記の記事の翌々日付 |
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【前フリ】 平成 19年 4月 16日、おりしも統一地方選挙の後半戦のまっただ中、このページが Yahoo に紹介されて、半日あまりで 4万 7千件以上のアクセスを記録した。5年近くも前に書いたテキストが、急に日の目を浴びたのだから、ちょっとびっくりである。 初出の段階では、選挙カーでは連呼しかできないという根拠がよくわからなかったので、曖昧で半信半疑の書き方をしていたが、Yahoo で脚光を浴びたことをきっかけに、読者から多くの重要なご教示をいただいた。そして、それ故にさらに 「迷信の構図」 がよく見えてきた。 それを踏まえて、以下の本文は、平成 19年 8月 25日に大幅にアップデートさせていただいたが、「選挙カーの連呼、うるさい、馬鹿馬鹿しい」 というトーンは、初出以来一貫して変わっていない。 そして、その馬鹿馬鹿しさの元凶は、1950年代から根本的には変わっていない公選法なんじゃないかということも見えてきたように思う。 |
| 【本文】 選挙の度に、選挙カーのがなり立てる連呼がうるさい。地方選挙、とくに市町村会議員選挙のレベルになると、なにしろ候補者が多いから、暴力的なまでの騒々しさになる。 私は物心ついた頃から、選挙カーの 「連呼」 という行為が不思議でたまらなかった。 「○山○夫でございます。ナニトゾ、ナニトゾよろしくお願いいたします」 と繰り返されて、「はい、わかりました。あなたに一票投じましょう」 なんていう有権者がどこにいるというのだ?
さらに、「ご声援ありがとうございます!」 などとあざといほどの大声で言われると、「あぁ、ずいぶんサクラがいるんだな」 と勘ぐってしまう。 それどころか、世の中には 「朝から晩までうるさくてかなわない。大声で連呼ばかりする候補者には絶対に票は入れない」 と言っている人も多い。それなのに、なんでまた愚かしいことに名前の連呼ばかりするのか? どうして政策を具体的に訴えないのか。 そう思っていたら、TBSラジオの 永六輔氏の番組で、「あれは、法律的に候補者の名前の連呼しかできないことになっているのだ」 という話を聞いた。 そんなアホらしい法律があるのかと思い、調べてみると、このページの初出の平成 14年には、インターネットにもなかなかそれらしい情報がなかったのだが、さすがにこの 5年間のうちにかなり進化したようで、「法庫」 というサイトに 公職選挙法の条文を載せてくれているページが見つかった。その中の、「第13章 選挙運動」 というページから、関連部分を引用してみよう。
この法律特有のわかりにくい文章の要点をかいつまんで説明すると、要するに、「選挙カーでは本来選挙運動をしちゃいけないのだが、停止中の演説と、走行中の連呼だけはやってもいいよ」 ということなのだ。 これでも回りくどくてうっとうしいから、ごくフツーの言い廻しに翻訳すれば、「選挙カーでは、停車中の演説と、走行中の連呼以外はしちゃいけない」 ということになる。ああ、馬鹿馬鹿しい。 それにしても、「選挙運動のために使用される自動車の上においては、選挙運動をすることができない」 という文言は、スゴイ。日本一シュールな法律条文だと思う。この条文を作ったお役人の頭の中を、一度のぞいてみたいものだ (多分、もうお亡くなりだと思うけど)。 さらに、第201条の13 では、政党などのキャンペーンカーでも、選挙期間中は、走行中は連呼だけと決められている。これについては、長くなるから割愛する。 あちこちのブログなどで、選挙運動経験者とおぼしき人が、「走行中は演説なんかしても、どうせ最後まで聞いてもらえないのだからしょうがないだろう。だから、連呼だけと決められているのは当然だ」 みたいなことを、訳知り顔で (顔は見えないが) 書いているのを散見する。 こうしたことを言う人は、想像力の欠如した人である。「連呼」 でなければ 「演説」 しかないと思っている。それ以外にも、気の利いた短いキャッチフレーズで訴えるとか、いろいろあるではないか。ところが、公選法ではそれもしちゃいけないということになっている。走行中に認められているのは、あくまでも 「連呼だけ」 なのだ。 実際には、短いキャッチフレーズをいろいろ交えている人が多いが、これは厳密に言えば選挙違反になる。だから現場では、お上の見逃してくれる限界すれすれのところの勝負になる。このあたりが、因習的選挙プロの出番となるところだ。選挙プロにとっては、馬鹿馬鹿しい公選法は、メシの種なのである。 さらに本質的なことを言えば、「走行中は演説してもどうせ最後まで聞いてもらえない」 からといって、連呼しか許さないというのは、法律の余計なお世話である。走行中に演説したけりゃ、別にしたっていいじゃないか。少なくとも単なる連呼よりは耳障りじゃないし、やり方によってはかなり効果的だろう。本来、候補者の自由に任せて何の弊害もないことを、法律で禁じてどうしようというのだ。 喩えて言えば、「ものを切断することに使用される包丁を使っては、ものを切断してはならない」 と言っているようなものである。これではしょうがないので、付け足しで 「ただし、調理において食材を切断する場合は、この限りではない」 と言うのである。 そして、この喩えで言えば、「皮をむく」 という行為が言及されていないから、包丁でリンゴの皮をむいたら法律違反になってしまうというようなものだ。それを逃れるためには、「あれは包丁じゃありません、果物ナイフというものです」 とか馬鹿馬鹿しいことを言い出さなければならない。この国の選挙運動とは、概ねそんなようなものである。 というようなわけで、わかったことは、公選法というのは、「選挙運動においては、これこれのことはしちゃいけない」 という (法律としてごくフツーの) コンセプトで作られているのではないのだということである。驚くべきことに、「原則的に、選挙運動はしてはいけない」 というのが大前提なのだ。その上で、「ただし、これとこれはしてもいい」 という構図で成り立っているのである。 つまり、お上のお目こぼしによる運動しかしてはいけないのだ。普通、法律というのは人間の自由を前提としていて、その上で、「これこれのことは罪になるからしちゃいけないよ」 という構図なのだが、公選法というのは、「例外としてしてもいいこと」 を一つ一つ規定しているので、やたらと面倒で複雑で、馬鹿馬鹿しいところが多いのだ。 そして、走行中は連呼のみが許されるという規定は、多くの候補者の 「政策なんてチンケなものを訴えるよりも、ひたすら名前を連呼する方がずっと効果的」 と信じ込む迷信的メンタリティに迎合したものとしか考えられない。それ以外に、そんな無意味な規定をする意味がないもの。 彼らにとっては、「政策」 なんて、確かに 「チンケ」 なものにすぎないのだろうし、それに、チンケな政策を言い過ぎたら、後で 「やぶへび」 になる可能性が高い。ウグイス嬢も、昔からのやり方を踏襲して 「プロの連呼」 というものを売り物にしているに違いない。 選挙というのは、選挙事務所での 「飲み食い、タカリ」 (最近はさすがになくなってきたようだが) を挙げるまでもなく、とてつもなく因習的な価値観が支配する特殊な世界である。そして、その因習を維持する最大の守旧ファクターが、公選法そのものであるという気さえしてきたのである。 英国 BBC のサイトにも、"Japan's old-fashioned campaigning" (日本の古臭い選挙キャンペーン) という記事がある。 この記事は、日本の公選法が今のインターネット時代に全く対応できない旧態依然としたものだと紹介しており、日本の候補者は、1950年代に作られたままの公選法に縛られて、選挙期間中はウエブサイトの更新すら (堂々とは) できず、街頭や選挙カーで自分の名前を連呼するしかないとしている。 こうした馬鹿馬鹿しい問題については、ブログで案外しつこく、いろいろな見地から考察しているので、詳細は、以下のリンクを辿ってお読み頂きたい。 | ||
| この話と関連して、H19.09.19に、「選挙で Web を使わせろ」 という一人キャンペーンサイトを立ち上げたので、よろしければ覗いていただきたい。 (右のバナーをクリック) | |||
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最後に、我ながらちょっと馬鹿馬鹿しいツッコミだと思うのだが、第141条の3 の「自動車の上において選挙運動のための連呼行為をすることは、この限りでない」 という条文で、連呼行為が許されているわけなんだけれど、実際は、みんな 「自動車の上」 じゃなくて、「自動車の中」 でやってるから、軒並み選挙違反になると思うがなあ。 | ||
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