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H15.08.02 |
| ホームページの永代供養 ドッグイヤーの世界で、人間の寿命を考える |
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この 「ホームページの永代供養」 というテーマは、実は私のオリジナルではない。まずは、当サイトの盟友
「ラグナロック研究所」 (通称
「ラリ研」) の 「ホームページのお墓」
というページをご覧いただきたい。このテーマは、同研究所のヘッガデオタ所長から重要な示唆をいただいている。![]() どういう趣旨の話かというと、個人サイトの管理人が死んでしまったら、そのサイトはどうなってしまうのか、そのサイトを未来永劫に残すというサービスがあってもいいのではないかという、非常に重要なテーマである。避けては通れない問題のように思われる。 世の中には、なかなか力の入った個人サイトというのが多くあり、上述の 「ラリ研」 もその一つで、ヘッガデオタ所長が将来に思いを馳せるのもむべなるかなというものだ。 私のサイトにしても、他人はどう思っているか知らないが、当人としてはなかなか思い入れがあって、「自分の分身」 というぐらいの気持ちは持っているのである。もし私の身に何かあって、Nifty への支払いが途切れてしまったら、一体どうなるのか。多分 Nifty はある時点でサーバから私に振り当てられた領域を削除してしまうだろう。 そうなったら、Google に行って 「グッピー理論」 や 「おざなり/なおざり」 のキーワードで検索し、私のサイトがヒットしても、いざクリックすると "Not Found" の文字が空しく表示されるだけだ。しばらくは Google の保存した cache で見ることもできるだろうが、そうなるとそのページだけで、自由にあちこちクリックして見て廻ることはできまい。 現実に、かなり面白いコンテンツの個人サイトが、ある時期からぷっつりと更新されなくなり、常連が BBS でいくら呼びかけても管理人は復活しないというケースを目にすることがある。これなぞ、急にうつ病にでもなってしまったのか、重病で入院でもしてしまったのか、あるいは事故で命を落としでもしてしまったのか、他人事ながら心配になってしまうのである。 死んだとすると、遺族がプロバイダへの手続きをしなければならないことに気付くまで、銀行口座から延々と料金が引き落とされ、管理人不在のサイトがいつまでも更新されないまま残る。そして、忘れた頃にひっそりと姿を消す。これまでもいつの間にか消えてしまった個人サイトがいくつもあるが、その中の何割かはこうしたケースだろう。 書籍ならば、著者が死んでも残る。しかし、個人サイトは残らない可能性の方がずっと大きいのである。それを考えると、まさに人の世は無常である。 源平の昔から 「驕れる者は久しからず」 と言われるが、それならば、たかだか 1日に何十人かのアクセスを得るだけのささやかなホームページならば、多少は 「細く長く」 続いてもいいではないかという気になる。 そうなると、ヘッガデオタ所長ならずとも、「ホームページのお墓」 というメモリアル・サービスを求めるのも、ごく自然なことである。 だがしかし、ここに大きな疑問が生じるのである。個人のホームページを永代供養するほどの篤信を持つ子孫がそんなにいるものだろうか。大体、私のサイトにしたところで、家族・親類縁者の多くはその存在を知ってはいても、全然興味を示さないのである。「毎日新聞に載った」 なんて言っても、「へぇ」 で済んでしまう。裏の空き地の囲い程度の扱いだ。 そもそも、個人サイトは軟派系、脱力系のコンテンツが多い。お父ちゃんが死んで、遺族が改めてその個人ホームページを覗いてみたら、「あらまぁ、ウチの人、ずいぶん下らないことばかり考えてたのねぇ、こんなサイト、親類縁者に知れ渡ったら末代までの恥だから、さっさと落っことしてしまいましょう」 なんてことになりかねない。そんなことになったら、修羅の妄執すさまじく、化けて出るしかないのである。 元々、個人サイトの多くは匿名性の上に立脚していて、中には子供の生長を写真で記録したものもあるにはあるが、大抵は 「家族」 というコンセプトが希薄である。ましてや 「一族郎党」 だの 「先祖代々」 だのという観念にはほとんどリンクしていない。 つまり、故人の個人サイト (洒落ではない) を供養するなんていう発想は、はなはだ心もとなく思えるのだ。誰が 「死んだ父ちゃんの道楽」 を継続するために大金をはたくだろうか。葬式の費用だけでも大変だというのに。 そうなると、残されるのは 「生前供養」 である。死ぬ前に自分で墓を作るのと同じ発想だ。「俺も、そろそろ長いことないな …… 」 という気がしたら、10年区切りで、20年分、30年分 …… と、プロバイダに料金の前払いのできる制度を作ってもらう。当然、それなりの割引はしてもらわなくてはならない。 永代供養とまではいかないが、どうせこの世界、50年後に今の HTML がそのまま使われているなんて保障はない。30年と言えば、ほとんど 「永遠」 のようなものだ。 しかし、プロバイダの料金が年々安くなっていることを考えると、前払いというのは大変なリスクである。下手したら、10年後にはほとんど無料同然になるかもしれないのだ。そんなものに前払いするお人好しがいるとも思われない。 よく言われることだが、生前供養した人ほど長生きするらしいのである。20年分の前払いをしたが、まだまだ死なずにピンピンしながら、「自分は、今の相場で言えば、1万年分の前払いをしてしまった」 なんていう繰言ばかり毎日更新する死に損ないも出てくるだろう。 ドッグイヤーの世界で人間の一生レベルの未来を考えるというのは、まるで現実感が伴わない。雲を掴むような話ではあるが、かといって検討に値しないわけではない。 案外サーバのディスクスペースなんてそのうちに無料同然になり、管理人が死んだからといって、いちいち対応する方が面倒だし、コストもかかる。あって邪魔になるものでもなし、削除なんてしないという世の中になるかもしれない。そうなったら、いったんアップロードしたら、自動的に永代供養である。それはそれでうっとうしいことかもしれないが。 「あの10年前にくたばったクソジジイの、いまいましいホームページをこの世から抹殺してもらうのに、シチ面倒くさい申請書を書かされて、削除手数料まで払わなければならんのかぁ!」 ということになるのもおもしろい。 | |||||
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