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H16. 06.28 |
| 「公示」 と 「告示」 と 「総選挙」 矛盾に満ちたご都合主義 |
| 選挙の施行に関して、 そのスタートを 「公示」 という場合と、「告示」 という場合があり、現在は、次のように使い分けられている。
この使い分けに関して、平成16年 6月 26日付けの 「一撃」 で、 「あまり意味がありそうにも思えない」 と書いた。とくに同じ国政選挙でも、補欠選挙の場合は 「公示」 ではなく 「告示」 なんていわれると、なんだか馬鹿馬鹿しい気がしていたのである。、ところが、よく調べるてみると、この使い分けには、「根拠」 らしきものがあるのだった。 しかし、その 「根拠」 そのものが、なんだかおかしいのである。極端に言えば、憲法違反のにおいさえするのである。 使い分けの根拠とされているのは、憲法第 7条の 「天皇の国事行為」 である。
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つまり、「総選挙」 の施行は、「天皇の国事行為」 として 「公示」 されるのだった。そのほかの地方選挙などは、天皇ではなく、選挙管理委員会が 「告示」 するのである。そして、同じ国政選挙でも、補欠選挙は 「総選挙」 ではないから、天皇の国事行為にはならず、従って 「告示」 なのである。 念のため、繰り返しておく。「公示」 されるのは、「総選挙」 の施行である。そう憲法に書いてある。ということは、「総選挙」 でなければ、「公示」 とはならず、「告示」 になるはずなのである。 しかし、ここで、「待てよ」 と言いたくなる。一般的には、「総選挙」 というのは衆議院選挙のことで、参議院選挙はそれには含まれないのではないか? ということは、参議院選挙のスタートは、天皇の国事行為である 「総選挙の施行を公示すること」 ではないから、「公示」 という根拠が消えてしまうのではないか? これについて、朝日小学生新聞のサイトの 「ニュース DE ジャンケンポン」 という Q&A コーナーでは、
と、小学生にもわかるように、明確に 参議院選挙は 「総選挙」 ではない と言っている。おいおい、やっぱりおかしいじゃないか。だったら、どうして 「総選挙」 じゃない参議院選挙のスタートが、「公示」 になってしまうんだ? そこで調べてみると、どうも、憲法でいうところの 「総選挙」 と、公職選挙法でいうところの 「総選挙」 とは、同じ字で同じ読みであるにも関わらず、意味が違うようなのである。 手っ取り早く言うと、憲法第 7条でいう 「総選挙」 は、衆院選だろうが参院選だろうが構わず、全国で一斉に実施する国政選挙 を指すが、公職選挙法でいう 「総選挙」 は、議員全員を選び直す選挙 (つまり、いわゆる衆議院選挙のこと) のみ を指しているようなのである。 ということは、上記の朝日小学生新聞のサイトの解説は、公職選挙法に準拠していて、憲法第 7条を無視していることになる。あれだけ護憲に熱心な朝日新聞が、そんなことではいかんなぁ。いつ憲法第 9条を無視し始めるか、知れたものではない。 話がずれかかったが、要するに、憲法と公職選挙法が矛盾するのである。憲法と一般の法律のどちらが優先されるかといえば、当然憲法なのだから、選挙管理委員会は、長年にわたり、憲法違反をしてきたことになる。そもそも、参議院選挙が 「総選挙」 ではないと言い張ることに、具体的メリットがあるわけでもなんでもないではないか。意味のない憲法違反である。 参院選を 「総選挙ではない」 と規定する限りは、憲法の条文を文字通り解釈すれば、参院選をまとめて 「公示」 することができなくなり、日本中の選挙管理委員会がそれぞれ別個に、あるいは連名で 「告示」 しなければならなくなる。 地方単位の選挙管理委員会が一斉に行われる国政選挙をスタートさせることの違和感と、その煩雑さを解消するために、便宜的にスタートポイントだけは 「総選挙」 扱いにして、天皇陛下に 「公示」 していただいているというのが実情だろう。誠にもって、もったいないことである。 だったら、初めから四の五の言わずに、「総選挙」 に参議院選挙も含めればいいだろうに。単なる言い回しだけの話なのだもの。それをしないで、意味もなく参院選は総選挙ではないと言い張っているから、自ら憲法違反をしてしまっているではないか。このあたり、誰も突っ込まないのだろうか。 もう、本当にこの国は、自衛隊といい、総選挙といい、憲法の条文を曖昧に解釈したままのご都合主義的運用がまかり通っていることがわかる。 「確かに、厳密に言えばおかしくないこともないんですが、まあ、ずっとこんな風にやってますんで、その辺は固いことを言わずに、『解釈』 とか 『運用』 とかいうことで …… 」 てなことになる。 それで済むことも多々あるが、社会全般に悪影響を与えている部分も大きい。本質的議論がなおざりになり、誰も明確な責任を取ろうとしないという、大きなデメリットがある。それに、運用次第でどうにでもなるというのでは、よく考えれば危なくてしょうがない。 このあたりからしても、憲法見直しは急務だろうなぁ。
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