日常と非日常の
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このサブサイトは、当サイトのかなり初期の段階で作られたもので、形式が古くなり、廃屋同然になってしまいました。

再び取り上げる価値のあるコンテンツは、折を見て改めて 「Today's Crack」 で取り上げ、一巡したところで廃止にもっていきたいと考えておりますので、よろしくお願いいたします。

 


筆記体と草書体 H14.10.3

私の世代のオジサン、オバサンなら、大抵の人は英語の筆記体が書ける。今の中学生は教わらないみたいだが、昔は皆教わった。

中学時代に、アメリカの中学生に英語の手紙 (筆記体で) を出したら、向こうから 「貴方は、なんて奇麗な文字を書くんでしょう。私の両親も驚いてました」 と返事が来た。その返事は、日本で言えばカナ釘流の活字体だった。

しばらくして、多くの若い西洋人は、今では筆記体が書けなくなっているということを知った。筆記体に関しては、日本人の方が上手に書ける。米国では、早くからタイプライターが普及したので、筆記体が廃れたようだ。 それもあって、今では日本の中学校も、筆記体を教えなくなったようだ。

しかし、自国の文字の筆記体が書けなくなったことに関しては、実は日本人の方がずっと先輩である。何しろ、日本人の多くは、ずっと以前から草書体の読み書きができなくなっているのだ。

古文書の多くは、草書体と変体仮名で書かれている。これを読める日本人は、今では大変珍しい存在になってしまった。私は学生時代に歌舞伎なんぞを専攻してしまったので、多少は読めるが、それでもつっかえつっかえで、怪しいものだ。

古文書とはいえ、つい百数十年前の文書をスラスラ読めないというのは悲しい。

「純正律」 と 「平均律」  H14.8.8

私は歌は決して下手な方ではないと思っているのだが、高校の頃、一度明らかに音痴になったことがある。

どうしても自分の出している音が本来の音からずれていると感じられて仕方がなかった覚えがある。 これは、どうも 「平均律」 というのを意識しすぎたことによる音感の混乱だったようなのだ。

それまで、私は しごくお気楽に音楽に接していた。だから歌うのも楽しかった。ところが、高校になってから音楽の教師がピアノの専門家だったために、「平均律」 というものを押し付けられたのだ。

「平均律」 というのは、1オクターブを均等に12等分して、移調や転調をしやすくしたもので、人間の耳に心地よい 「純正律」 からは少しずれているのである。おまけに、その頃ギターに凝ってチューニングをきっちりしようなどとしたものだから、ますます 「本来持っていた純正律的音感」 と 「後から理屈で身に付けようとした平均律的音感」 が体の中でケンカしてしまったのだ。

時を経て、今では純正律と平均律の 「ちょうどほどよいミックス的音感」 を出せるようになってしまった。

日頃、どうしてもピアノやギターを伴奏に歌うので、平均律でいかなければならない。しかし、それでは少々気持ちが悪い。そこで、いわばナアナアのところで切り抜ける術を、いつの間にか身に付けてしまったわけだ。

理想から言えば純正律の方がいいに決まっている。しかし、平均律でないと、手間と金がかかってしかたがない。これはまるでアナログレコードとCDみたいな関係なのである。

歌のうまい土地柄  H14.7.4

「NHK素人のど自慢」 という番組がある。私が物心ついた頃にはラジオでやっていて、まだやっているのだから、相当な長寿番組である。

あの番組は、基本的に日本のあちらこちらに出向いて、その土地の素人が歌を披露するというのが趣旨である
。長年に渡り、聞くともなく聞いていると、日本には歌のうまい土地柄というのがあることがわかる。

大学時代、武智鉄二氏が2年間講師として 「演劇論」 を講義された。私は他の講義はサボっても、彼の講義は皆出席で受講した。ずいぶん独断と偏見も多かったが、なかなか勉強になった。

その中で、氏は 「日本には歌のうまい土地柄というのがあって、それは三味線が早くから根付いた地域と重なっている」 と力説しておられた。日本の古来の音楽は謡曲のような 「語り物」 の系譜で、いわゆる 「メロディ」 が欠落している。長唄などにみられる 「メロディ」 は、日本では新趣向として三味線とともに広まったというのである。

三味線が定着したところというのは、「メロディ」 感覚のある土地柄と言っていい。それは、津軽、越後、奄美、沖縄などである。これらの土地は、現代に至るまで流行歌手を多く輩出している。「素人のど自慢」 でも、「かね三つ」 が続出する土地柄だ。

武智氏は、それは 「弥生人」 系統ではなく、「縄文人」 の血を引く土地柄であると言っておられた。このあたりは人類学の範疇だが、なかなか興味深い指摘だと今でも思っている。

大道芸人で食っていける国でありたい  H14.5.25

近頃、駅前のロータリーなどでパフォーマンスをするストリートミュージシャンをよく見かける。その腕前ははっきり言ってピンきりだ。

都心の駅前のパフォーマンスは、さすがに一定のレベルに達している。秋葉原電気街口に出没するのフォルクローレ・バンド、新橋駅東口に最近現れるクラシック・ギター弾きなどは、時間があればしばらく立ち止まって聞いていたいほどだ。

一方、郊外の駅に降りると、そこは高校生の世界。バンドやソロで必死に歌う姿は、健気といえばケナゲなのだが、はっきり言って 「下手くそ」 が圧倒的に多い。半分以上は「ギターのチューニングくらいは、ちゃんとしろよ」 と言いたくなるほどのもので、足早に通り過ぎないと、耳が腐る。

とはいえ、彼らの中からも少しは上達してきちんと聞かせることのできるパフォーマーが出てくるのだろう。ハートさえあれば、テクニックは後からついてくることが多いのだ。

昔、学生時代に学園祭を渡り歩いてストリートミュージシャンをやったことがある。学園祭という 「ハレ」 の雰囲気があるだけに、結構投げ銭があって、いいカセギになった。普段の日にやっても同じように稼げるとは思えない。

東京都は大道芸人を支援するために、ライセンス制度を導入して、認可された芸人は指定の場所であれば許可を取らなくてもパフォーマンスを行える制度を検討しているらしい。警察に追い払われる心配なしに芸を見せることができるのだから、これはいいことだ。

後は、大道芸人がちゃんと食っていけるような環境を作っていくことだ。それには、音楽などのパフォーマンスへの理解を高めることだけでなく、足を止めて音楽を聞ける時間的余裕のある世の中でなければならない。

「歌右衛門ジジイ」 と呼ばれたい  H14.5.5

4月24日の Today's Keynote にも書いたのだが、六代目歌右衛門が死んで1年が経ち、その追善興行も行われた。

恩師である郡司正勝先生は、歌右衛門を称して 「俳優として一頭地抜けている」 と激賞していた。さんざん褒めた上で、「人格者という意味ではない」 とも書いていた。ゼミの時などは 「歌右衛門は御霊だからね。怖いよぉ」 とも言っていた。

ある意味、役者というのはそういうものなのかもしれない。どこか一般の価値観とズレていた方が凄みが出るのだろう。とにかく歌右衛門は凄かった。

私は芸の好みから言ったら先代の仁左衛門が贔屓で、当代の仁左衛門がだんだん先代に似てくるのを密かにうれしく思っているのだが、凄みで言ったら、やっぱり歌右衛門だった。

明治の名優は九代目団十郎と五代目菊五郎だった。この2人の最盛期の舞台を知っている古老は、いつまでも 「団十郎と菊五郎はよかった」 と繰り返すため、「団菊じじい」 と呼ばれた。下って六代目菊五郎の舞台を知っている古老は 「六代目じじい」 と呼ばれた。

私は 「歌右衛門ジジイ」 と呼ばれたい。なにせ、歌右衛門の舞台を生で何度も観ているのだから。若き歌舞伎ファンの諸君、どうだ、
うらやましいだろう!

「シッピング・ニュース」はいいらしい  H14.3.23

映画 「シッピング・ニュース」 はいいらしい。ラッセ・ハルストレム監督の作品は、「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」 と 「ギルバート・グレイプ」 の2編を見ただけで、アカデミー賞ノミネートの 「サイダーハウス・ルール」 と 「ショコラ」 は見ていないのだが、シッピング・ニュースは是非見たい。

一説によると、ハルストレム監督はアカデミー賞ノミネート関係で映画会社とうまく行かくなったらしく、この作品を最後にハリウッドを去ってスエ
ーデンに帰るらしい。

個人的にはその方がいいのではないかと思う。スエーデンで、あの 「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」 のような心に沁みる作品を取り続けてほしい。

しょせん、映画なんて大金をつぎ込んで作るようなものではない。私はハリウッド的大作主義は嫌いなのである。

 

お客様は神様か? H14.3.19

昔、三波春夫という歌手の決めゼリフに 「お客様は神様です」 というのがあった。しかし、本当は舞台にいる役者の方が神様なのである。

古来日本では、左大臣の方が右大臣より上位であるように、左の方が右より上位とされてきた。しかるに、舞台では 「上手(かみて)」 というのは向かって右側で、「下手(しもて)」 は左側である。これはどうしてか。

この謎を解く鍵が、「役者の方が神様」 というテーゼである。そう、舞台に向かってしまうからわからないのだ。舞台に向かうのではなく、舞台に立てばいいのである。そうすれば、左側が上手ということがわかる。

芸能の始まりにおいては、観客席というものが存在しなかった。今でも神社仏閣の能舞台を見ればわかる。あるのは舞台ばかりである。祭事においては、観客は野ざらしで 「神遊び」 のご相伴にあずかるだけだ。

「神遊び」 は、神という立場に昇華した特別な演者が神に捧げる芸能である。演じるものも観客も神であり、つまり神同士で楽しんでいるのだ。そこには近代的な意味での観客論というものがない。あるとすれば、「観客は余計もの」 という論理である。折口信夫は 「観客は精霊(スピリット)」 であると言った。アニミズム的な精霊が、神事を覗き見ているのである。

観客が神なのではなく、あくまでも演者が神なのである。同じなるなら、神になる方がいいに決まっている。だから、何か芸を持つことは意味のあることなのだ。もっとも、阿波踊りくらいに時代が下ると、「同じ阿呆なら踊らにゃ損々」 ということになる。

神にもいろいろあって、極めると 「阿呆」 になる。役者の多くが貧乏なのもうなずける。

● 「芸がある」 とは? H14.1.27

日本には 「芸道」 という言葉がある。「芸」 というと、歌舞音曲の 「遊芸」 というイメージが強いが、「武芸」、「学芸」 などという硬いものまである。修行を通じ、「素養」 として身につけたものが 「芸」 なのである。

『芭蕉の風景 文化の記憶』 という本がある。まずは、張競氏による書評をご覧いただきたい。

日本の詩歌は一本の巨木であるというのである。「一つ一つの作品が完結し、独立しているのではなく、開かれた形で相互につながっている。葉は枝から出て、枝葉は幹と一体になっている。ひとつの作品を理解するには、関連する作品もテクストの一部分として視野に入れなければならない。」 という、鋭い指摘である。

日本の「芸道」というのは、ことさらに 「個性」 というものを主張しない。ただひたすら 「型」 の修行に励む。「型」 にはまっていくのが修行である。

その上で、「習うて、それを忘れよ」 という。徹底的に型にはまって、はまりつくしたところで自由になる。それが名人というものである。

西欧の文脈に沿ってしまうと、「ポスト・モダン」 でさえも 「個性の奴隷」 である。そこから離れたところで、「芸」 というものを語りたい。それが 「芸がある」 ということに通じるのである。