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細めのネクタイ H14.10.19
私は滅多にネクタイというものをしないが、必要な時には極力目立たないものをしている。(もちろんプレインノットで)
世の中には 「パワータイ」 などというものがあって、それはそれは自己主張の強いネクタイである。個人的には勘弁してもらいたいと思っている。
最近はずっと太めのタイが主流だった。目立たないタイをしたい私としては、ずっと買わずに済ませてきた。しかし、先日百貨店の紳士服売り場担当の何人かと話をしたら、「そろそろ細めのタイが復活してきてもいいはずだ」
というようなことを言っていた。そう願いたい。それでやっと新しいタイが買える。
精神分析的にいうと、ネクタイは男根のシンボルなのだそうだ。本当かどうかはしらないが、太いタイをウィンザーノットで締めるなんていうのは、コンプレックスの裏返しというのである。そうだとしたら、この5〜6年はずっとコンプレックスの時代だったようである。
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「流行の先取り」 と 「時代の先取り」 H14.8.27
私の先輩 O氏は、早稲田で最初にダウンパーカで通学した人である。自称だが、多分本当だろう。そして私は多分、早稲田で最初にデイパックを背負って通学した男である。約30年前のことだ。
当時は学生といえばショルダーバッグと決まっていて、教授には 「君はいつもハイキングみたいな格好だねえ」 と言われたが、何のことはない、あっという間に学生の定番になってしまった。
そして私の妻は、日本で何番目かに 「スナッグリ」 を導入した母親である。「スナッグリ」 というのは、赤ん坊を手を使わなくても体の前の方で抱っこするように固定する道具である。今でこそ当たり前になってしまったが、20年前の日本では皆、赤ん坊は紐で背中にオンブしていたものなのである。だから、知らない人から
「それはどこで売っているんですか?」 とよく聞かれたものだが、店で買ったのではない。通信販売で、わざわざヨーロッパ製を取り寄せたのだ。結構高い買い物だった。
その意味では、我が家はずいぶん時代を先取りしていたのである。流行の先取りではなく、時代の先取りをしたというのは、結構自慢である。
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カジュアル・エブリデイ H14.7.18
暑い。ヨーロッパのドレス・コードでは日本の夏は乗り切れない。
まず、ネクタイを着用するという習慣を改めなければならない。好きな人はどうしてもネクタイを締めたいらしいが、他人にまで強制するのはやめてもらいたい。定年退職した人で、いつもきちんとネクタイをしている人を私は知らない。それだったら、初めから絞めなければいいのである。
一時 「カジュアル・フライデー」 というのが流行った。お父さんたちは金曜日に会社に着て行く服がなくて、困ったという話があるが、何のことはない。退職したお父さんたちを見ると、結構おしゃれをしているではないか。これもユニクロのおかげである。
それならば、カジュアル・エブリデイでいいではないか。Tシャツにジーンズで仕事をしろと言っているわけではない。スポーツシャツにチノ・パンツ。アンコンストラクティッド・ジャケットを羽織れば、十分にビジネスに耐える。ネクタイは、どうしても必要な時だけ一時的に絞め、用が済んだらさっさと外す。
不快指数の高い日本の夏に、スーツを着てネクタイを締め、その上でエアコンをガンガンに効かせているのでは、健康にも環境にも悪いのである。夏の間だけでも、カジュアルエブリデイにすべきだ。
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ラグジュアリー市場って、不思議だ H14.6.18
ハナエ・モリが潰れた日、ある通信社の記者から見解を求められた。ああいう世界の記者は特定の業界に関して専門的情報を持っているわけではないから、何かあるとその業界に詳しい人間に基礎的な取材をする。
しかし、こちらとしても特にハナエ・モリという企業の事情に通じていたわけではないから、一般論に終始した。その一般論でも、彼らにとっては初耳のことも多いから、役に立たないわけではなかったようだ。
驚いたのは、彼らは 「高級ファッション」 の市場は不況によって打撃を受けていると思い込んでいたらしいことだ。「もしそうだとしたら、シャネルだ、グッチだ、ルイ・ヴィトンだといった外資が日本にこれだけ投資し続けるはずがないでしょう」
と指摘したら、「そう言えばそうですね」 と驚いた様子だった。
最近、高級ファッション市場を 「ラグジュアリー市場」 と言っているが、本当に不思議な市場である。これだけ不況が伝えられているのに、打撃を受けているのはミドルマーケットだけで、高級品は
「不況どこ吹く風」 とばかりの売れ行きだ。
日本は何の業種でも 「ミドルマーケットにおける最高品質」 というのを得意としてきており、品質だけなら、いわゆる高級品よりいいものを作る。そのミドルマーケットが押しなべて不況なのだから、日本全体が不況で、外資の高級品ばかりが儲けている。
そろそろ日本も 「イメージ」 だけで勝負できる高級ブランドを持つか、ユニクロ感覚のベーシック商品を分厚くするかという段階にさしかかっているのかもしれない。このコーナーを読んでくれている方は既にお察しと思うが、私個人としては、ベーシック商品の方を大いに贔屓したいのである。
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西欧の伝統的ドレス・コードの知ったかぶりは、うんざりだ H14.5.14
昨年の夏、初めてシカゴに行って、ライブハウスでビールを飲みながら本場のシカゴブルースを聞いた。
はっきり言って、テクニックは日本人の俺らの方が上だと思った。なのに、どうしてこいつらはこんなにも 「聞かせる」 のだろうかと思ったのである。
それは、やっぱり 「血」 の中に流れる文化の遺伝子が違うんだろう。
同じことがファッションにも言える。東洋人がどんなにダンディに決めても、やはり別モノだと思うのだ。逆に、たまに和服を着ると、「アメリカ人だろうが、フランス人だろうが、束になってかかって来い!」
という気になってしまうのである。
まあ、現代生活ではそういつも着物で通すわけにもいかないので、西洋発祥の 「洋服」 をもっと換骨奪胎して着こなしてもいいと思うのである。
西欧の伝統的ドレス・コードの知ったかぶりは、もううんざりだ。それはテクニックだけでハートがないブルース・コードみたいなものだ。
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トレンディなスタイルは蟻地獄 H14.4.20
それは職業でもあるので、ファッション・トレンドというものには普通の人よりはアンテナを張り巡らせている。しかし、自分で着る服を選ぶとなると話は別で、トレンドを無視するようになって久しい。
常にベーシックなスタイルで通していれば、まったく気楽でいられる。下手にトレンドを追い始めると、常に追い続けなければならない。最も「外し」になるのは、ちょっと前のトレンドで、今はもう下火というスタイルをしてしまうことだからだ。つまり、トレンディな服ほど賞味期間が短い。生鮮食料品みたいなものだ。
トレンディ商品を追い求める層は市場全体のせいぜい20%程度だが、業界としてみれば売り上げのかなりの部分を占める重要顧客である。せいぜい持ち上げておかなければならない。あの手この手で情報と商品を押しつけてくるので、ついつい買い続けてしまうのだが、客観的に見れば蟻地獄から抜け出せないでジタバタしているようなものである。
トレンディなファッションを提供し続けるデザイナー自身の着るものをみればよくわかる。彼らは十年一日のごとく、黒のシャツとパンツの組み合わせだ。
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「ユニクロ」はオジサンブランドに徹すべきだ H14.3.27
最近株式市場での評価下落が激しい 「ユニクロ」 だが、舵取りさえ誤らなければ大丈夫だと見ている。下手にファッション志向せずに、実用衣料で押していけばいいのだ。
もう一昨年のことになるが、カラーフリースで話題になった時のことを思い出す。その前の冬は、3900円のフリースが大ヒットし、さすがに次の冬までは引っ張れないだろうと誰もが思った。その常識を打ち砕いたのが、多色展開のカラーフリースだった。
しかし、ユニクロにも誤算があった。かわいい女の子たちが色違いを 2着、3着と買ってくれるものと期待していたようで、Sサイズの在庫がやたらと多かったのである。ところが、実際にはオジサンたちが気楽な普段着として買いまくったため、Lサイズが大変な品薄となった。
最近では、若い女の子のユニクロ離れが顕著になっている。一方で、オジサンたちはユニクロさえあれば「カジュアルフライデー」でも着ていくものに迷わなくても済むとばかりに、今でも歓迎である。
肝心の値段は、大手スーパーに追い上げられて無敵のセールスポイントというわけではなくなった。しかし、大手スーパーでは品揃えが豊富すぎて、オジサンたちはどれを買っていいか迷うのである。その点、ユニクロはあろうことか少品種大量生産だから、迷わなくて済む。まさにオジサン向けである。
団塊の世代のオジサンたちは、なんといってもカジュアル好きである。この広大な市場を相手にしていれば、食いっぱぐれはない。ただし、この層は若い女の子のように年がら年中服を買いまくるわけではないし、ユニクロの服は妙に品質が良くてヘタラないから、買い替え需要も高まらない。だから、今後は今までのような急成長はない。
カーキやチノクロスのスラックスなんかは、今でも女の子にも十分売れているのだから、安心してカジュアルな実用衣料品屋さんに徹してくれればいいのである。ただし、あまり拡大志向に走らずに。
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大島紬 (おおしまつむぎ) ってすごい! H14.2.26
最近、大島紬というものに興味を持っている。奄美大島の伝統工芸品で、1人が1年に1反か2反しか織れないというものすごく手の込んだものだ。「今月のお薦めサイト」
にも入れておいたので、ぜひ大島紬のサイトを見てもらいたい。
こんなものをプリントでなくて先染め (糸の段階で染めて、それを織って織物にしたもの) でやるなんて、普通に考えたら馬鹿げたことだ。しかし、同じ馬鹿になるなら大馬鹿者になってしまえば、それは大したものだ。大島紬は、超のつく大馬鹿者だ。これは最大限の褒め言葉である。
いかにもラグジャリアスなキラキラものは勘弁してもらいたいが、こういう粋なものなら、金に余裕ができたら100万円だろうが200万円だろうが買って着てみたい。
今余裕のある人は、今のうちに買って着ておいた方がいい。そうしないと、技術のある年寄りがどんどんいなくなってしまう。
● 「隆(りゅう)とした」
身なりはお好き? H14.1.19
繊維アパレル業界に関係している身でありながら、実はあまりファッションには気を使っていない。いや、決して気を使っていないというわけでもない。正確に言えば、ファッションに気を使っているように見られるのがいやなのである。
元々、「隆とした身なり」 はあまり好きではないのだ。高級ウーステッドのスーツに、襟に硬い芯が入ってびっしりとプレスされたドレスシャツ、ブランド物のタイ、ピカピカに磨き上げられた靴
…… 。それに大体セットになっている高級腕時計に、高級皮革のクラッチバッグ …… 考えただけでも肩が凝る。勘弁してもらいたい。
いくら金があっても着たくない。現実に、お仕立券付きシャツ地をもらって、某百貨店で作らせたはいいが、その襟の硬さに恐れをなして、一度も袖を通さずに捨ててしまったこともある。
それにしても、百貨店のシャツ仕立てコーナーというのは、さっさとサイズだけ測って、あとは何の好みも聞かずに (一応、「ソフトな仕上げでお願いしたいんですが
…… 」 と言ったのだが、おばさんの店員は全然意に介した風ではなかった)、勝手にあんなガチガチに仕立ててしまうんだものなぁ。凄い世界だよなぁ。
きちんとアンチエスタブリッシュメントで、適度にヨレていて、それでいて "far out" (ぶっ飛びすぎ)というわけでもなく、当たり前すぎもしないという服を買うには、かなり骨が折れるのである。