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夢のつづき 以下、参加者の名前は、インターネット上でのハンドルネームです。 2004年6月20日(日)、このHPのこのコーナーをたまたま訪ねてくださった愛媛県の瀬戸の島人さんという方のお誘いで広島を初めて訪れることになりました。 島人さんは僕と同学年で、村下さんの曲を中心にライブハウスで音楽活動をされている方です。 その島人さんから「今度、『広島唄う会』という村下さんファンを集めて、村下さんの曲をみんなで歌おうという会を開くんだけど、来ませんか?」というお誘いがあったんです。 広島市内のライブハウスを会場とし、ギターを弾ける人は弾き語りや伴奏をし、歌うだけの人も、聞くだけの人も、一緒になって村下さんの曲を楽しみながら村下さんをしのびましょうという趣旨のものでした。 この6月20日という日は、5年前、村下さんが亡くなられる直前にリハーサル中に倒れられた日でもありましたし、広島は村下さんがアマチュア時代から一連のヒットが出るまでの間の活動拠点でもありました。 ですから、この「唄う会」は、これまでにも各地で何度か開催されていたようなのですが、その日に広島で開催される「唄う会」は特別なもののように思えました。 参加希望を出したのは当日のわずか2週間前。参加者はすでに島人さんのHP上の掲示板でやりとりをしていて、担当する曲がダブらないように調整をしているとのこと。 僕は急いで担当する曲のラインナップの記されたHPを開いたのでした。 やっぱり僕にとっての思い出の曲やら、言うまでもなく「初恋」や「踊り子」なんていうヒット曲などはすでに担当が決まっていたのです。 まあ、それでも得意な曲や村下フリークにとっての名曲は十分に残っていましたから、急いで島人さんに電話して3曲のエントリーをお願いしたのでした。 今までのライブ活動とは違い、今度ばかりはそれぞれが村下ソングを熟知し、コピーしてきたような人ばかりが集まってきてくるのですから、いい加減なことはできないなあと見えないプレッシャーがかかってくるのでした。 僕は当日の朝、神戸から広島に向かい、11時ころには会場のライブハウスに入りました。会場に近づけば近づくほど、出番が近づけば近づくほど緊張感は高まる一方です。 開演は正午。その前1時間ほどは、談笑したり、リハーサルをしたりという時間でした。 会場に足を踏み入れた瞬間、ゆはらさんの「帰宅」のリハの様子が聞こえてきました。語りかけてくるような歌に一瞬心がなごむのでした。 ようやくにして座席に着いてリハの歌に聞き入っていましたが、その合間で、掲示板やメールだけでやりとりをしていた人たちが次々に声をかけてくれ、握手をしたり、挨拶を交わしたりしました。 そして、僕のリハの順番。 リードギターを担当してくれることになったJAROさんとは初めてお会いし、初めてジョイントさせてもらうことになったのですが、村下孝蔵さんという共通項があったのと、彼の技術の高さで、わずか10分ほどのリハで十分わかりあえたのでした。 いよいよ開演。 僕の順番は真ん中あたり。しかし、予想以上に時間はかかり、およそ3時間は待っていたでしょうか。胃が痛くなってなかなかおさまりません。出番の終わったマウさんなどは5杯もカクテルを飲んでいるとのこと。あ〜あ、うらやましい。飲んでしまうとさらに胃が痛くなるのではとジュースをちびりちびりと飲むことしかできませんでした。 本番直前になってようやく胃の痛みもおさまりました。 いよいよステージの方からお呼びがかかりました。 ライブハウスのことですから、楽屋からステージに向かうのでなく、他のお客さんと一緒のテーブル席から人の間を縫うようにしてステージに向かうのです。 僕は島人さんのエスコートでステージに立ちました。ここまで来れば、俎板の上の鯉で開き直るしかありません。(広島じゃけんね。) 弾き語り用の椅子に腰掛け、ギターが僕の膝元に渡されました。慣れない椅子に足がブラブラ。あしからず、というより足足らず?(笑) 最初は一人で「夢のつづき」を歌いました。イントロのコピーには苦労しましたが、やっぱり本番ではちょっとごまかしちゃいました。でも、今日の演奏でのミスはこれくらいなものでしたから、僕にすれば上出来です。 打ち合わせもなくJAROさんがギターを入れてくれたり、客席の方から「ウォウ、ウォウ」というコーラスをはさんでくれたりとますます気分が盛り上がります。 「夢のつづき」はストリートで歌ったことがあるくらいで、普段もさほど歌わなかったから歌詞が間違いやすく一番不安だった曲でした。これが何とか無事に終え、ホッッとしましたね。 MCではくだらぬだじゃれを言ったんですが、笑ってくれる人は少なく拍手が来てしまい、ちょっと辛いなあなんて思ったりして・・・。 そして、次からはJAROさんが本格的にリードギターを入れてくれて、「明日あればこそ」、「夢の跡」を歌いました。 JAROさんもだいぶお酒が入っていたのか、「明日あればこそ」の途中でギターが千鳥足。シリアスな曲ですから笑ってはいけません。あいきょう、あいきょう。 また、ライブハウスのスタッフの方のおかげで自分のやりたいように演奏すればバランスよく音を調整してくれるのですから、いやはや贅沢なことです。 ギタリストの岡崎倫転さんも毎年演奏に来られるほどのプロ使用の音響ですからね。 声も透りよく、のびのびと歌うことができました。JAROさんのギターがより引き立ててくれて出来栄えも自分にすれば上場。大満足でステージを終えました。 客席に戻る時、花道のように左右から拍手が聞こえ、それを縫うようにして歩いてると感激してしまい、グッと来るものがあり、瞳が熱くなりました。 自分の演奏が終わってようやく周りの人たちのようにリラックスすることができました。お酒もいただき、後は他の方の演奏を楽しむだけです。 一通りのステージが終わって、自由参加で「帰郷」も急遽歌わせてもらうことになりましたが、今度は胃も痛みませんでした。 きっと村下さんも会場のどこかにいて、にこやかにみんなの歌を聞いてくださってたことでしょう。。 村下さん、今日の僕はカッコよかったですか?だじゃれは笑っていただけましたか? 素敵な思い出をありがとうございます。「村下孝蔵さんがくれたもの」がまた増えましたよ。 また夢のつづきを見させてくださいね。 ![]() 僕が歌っているところを正面から撮っています。 ![]() 僕が歌っているところを横から撮っています。 ![]() JAROさんやマウさんと談笑しています。 ![]() |