|
ゆうこ・エピソード集
村下さんの名作「ゆうこ」にまつわるエピソードをいくつかお話させていただきますね。思い出したり何か古いテープなどから新しい話題が見つかれば随時追加していきます。
1991年1月、大阪ABCラジオ「おはようパーソナリティー道上洋三です」にご出演された時のお話ですが、ご自身が点数の出るカラオケで「ゆうこ」を歌われた際、その点数が72点だったそうです。こういうカラオケでは力を入れて歌うとだめなんですよと仰っておりました。
1986年ごろのあるインタビューから…
インタビュアー:村下さんの曲の中で「ゆうこ」って言う曲がありますけれども、その曲の中で描かれている女性って言うのは具体的にいらっしゃるわけですか?
村下さん:あの〜、これは想像の女性であって、「ゆうこ」と言う名前も響きでつけたんです。そして、頭に描いた女性と言うのはですねえ、育ちも良くって、僕らから絶対手が届きそうもないような…
インタビュアー:深窓の令嬢!
村下さん:そうです〜。だけど、歌の中では自分のものにしたいと言う気持ちで。
インタビュアー:例えば、具体的に近い人と言うと…
村下さん:そうですねえ。女優さんで言うと、紺野美沙子さんとか、沢口靖子さんとかですねえ、十朱幸代さんとか…
インタビュアー:なるほど〜。こちらのアシスタントさんも「ゆうこ」ってんですけども、深窓の令嬢からは程遠いんですけども…(笑)
アシスタント:(笑)それでは、その深窓の令嬢の「ゆうこ」、お聞き頂きましょう。
村下さんの最初の奥さんもゆうこさんとおっしゃるそうですが、この曲とは関係がないとおっしゃってました。
この「ゆうこ」はもともと「ピアノを弾く女(ひと)」というタイトルだったそうです。確かにコーラスの「ウ〜、ゆ〜うこ〜」というところを抜いてしまえば、ゆうこさんは歌詞には出てきませんよね。
当時、村下さんが広島でラジオ番組のDJを担当されていましたが、その番組内でゆうこさんという名前の方ばかりを集めたコンサートの様子が流れていました。僕は神戸からそのラジオを聞いていましたから、雑音でうまく聞き取れないところがありながらもかじりつくようにしてラジオに耳を傾けていました。「遠ざかる日」や「松山行きフェリー」が流れていました。
「ゆうこ」が売れたころ、村下さんを初めてテレビで拝見する機会に恵まれました。確か昭和57年のことだったと思います。あの「夜のヒットスタジオ」に出演されたのです。
「夜ヒット」は番組の冒頭で、その日の出演者がリレー式に次の歌手の代表曲のさわりだけを歌った後、その歌手を簡単に紹介してマイクを渡していくコーナーがありましたよね。それにも入って歌っておられたと思います。
村下さんが「ゆうこ」を歌う番になり、井上順さんと芳村マリさんが質問したり、いろいろと村下さんを紹介していましたが、その中で、村下さんがアマチュア時代に自主出版されたアルバムのことも紹介されていましたね。
いよいよ演奏に入りました。僕はその時点ではライブにも行ったことがありませんでしたし、当時はライブアルバムは出しておられなかったので、(当時の)レコード以外の形では村下さんの歌を聞くのが初めてでした。レコードで聞くのとは印象が違いましたが、心への響き方が違ってとても感動したのを覚えています。
「ゆうこ」が売れ始めたころ、中島みゆきさんがDJをつとめていた深夜のラジオ番組「オールナイトニッポン月曜日」でよくこの「ゆうこ」を流しておられましたね。みゆきさんはこの曲をすごく気に入っておられたご様子でした。
その番組内でソニーレコードの「ゆうこ」のCMも流れていましたが、カクテルグラスか何か「カランカラン」と氷の音をさせて、男の人が「切ないなあ」などとつぶやくその後ろからこの曲のコーラス部分の「う〜、ゆ〜うこ〜」というのがかぶってくるというものでしたね。ファンとしてはそのCMですらドラマチックに思えましたね。
「村下孝蔵さんがくれたもの」のメニューへ

|