番長

 僕が中学1年生の時、クラスにはT君という番長がおりました。
 僕の中学はおよそみっつの小学校から生徒が集まって来てたのですが、彼とは別の小学校だったものの、彼の名前は知っておりました。それほど有名な番長だったのです。
 まあそんな強力な番長がよりによってなんで僕と同じクラスなんやとビクビクしてましたね。
 背は高く、見るからに怖そうです。
 実際、T君は最初からよわっちい者はけんか相手にもしませんし、いじめをするのでもありませんでした。
 普段はちゃめっけがあって、トイレ掃除の時、壁のすきまからホースを女子トイレに差し込んで放水したり、習字の宿題があった時には手本をまるでコピーしてきたかのようにきれい過ぎる作品を持ってきたりしてました。

 でも、本当に怖かったのは、クラスメイトのE君が彼になぐられているのを目の当たりにした時です。
 T君のパンチは水平に腕が伸び切ってもなおE君の顔面を捕らえたまま宙を切り、E君は数メートル吹っ飛んだのでした。
 その光景は劇画的で、あんなにパンチが鮮やかに決まるものかと感心もしてしまいましたが、僕は怖さのあまり、思わず目を伏せてしまいましたね。

 それから僕自身が彼を前に大ピンチに追い込まれた出来事がありました。
 体育の時間、その日はバレーボールのパスの練習をしていました。
 4〜5人ずつの輪になってレシーブやトスでボールをパスし合っていたのですが、僕がレシーブしたボールがこちらのグループの輪から大きくはずれて、ふわりと隣のグループの輪の方に落下して行ったのです。
 そして、その落下地点を見て僕は氷りつきました。T君が背を向けて立っています。
 僕はボールが落下するのを必死で追いかけますが、全く間に合わず、ついにT君の脳天に落下していきました。
 それは見事と言ってはいけないんでしょうが、T君の後頭部にジャストミートしボールが大きく弾んでグランドに点点とバウンドしていくのでした。
 僕はすっかり蒼ざめて固まっていて、謝ることも忘れていました。
 すると、T君が激怒し、落下したボールをつかみ、「謝らんかい!」と甲高い声で怒鳴りつけ、ボールを僕の胸元に剛速球で投げ返してきたのです。
 僕は同級生に言うような言葉とは思えないくらい丁寧に「す、す、すみませんでした。」とやっと謝るのでした。
 でも、それは授業中でしたから、それ以上の制裁はありませんでした。

 また、別の時、クラスの教室でT君がたばこを吸っているのを見たこともありました。
 その時は僕だけじゃなく、放課後にもかかわらず何人かの男子生徒がおりました。
 そして、ゆったりとたばこを吸いながら、まじめなM君に向かって、「おい、M、先生にこのことを言うなら言うてもええんやで〜。」と余裕の表情で告げるのです。
 M君は、全くT君に逆らうことなく、「言わへんよ。」と言い、すました表情の中にも恐怖心をにじませていました。

 でも、むやみにいじめをしたりすることはなく、きさくなところもあったんですよね。
 中学2年の3学期だったと思います。
 学年全員による百人一首大会が開かれた時、5〜6人のグループごとに分かれて百人一首がされたのですが、なんと僕が所属したグループにT君が入っていたのです。
 しかも、僕の横に陣取って座ったのです。
 僕はいろいろな怖いシーンを想像しながらも彼の隣でおとなしくしているのでした。
 2年になって彼とはクラスが分かれていましたが、彼は親しげに僕に話しかけてくれました。
 それはとてもにこやかで僕もホッとして次第にリラックスできたのでした。
 いよいよ本番が始まると、彼も夢中になって札を取るのです。
 それはそれは無邪気に取るのですが、そのグループにはまじめそうな女子が3人ほどいましたから、彼女たちはきちんと歌を覚えている分、さすがの彼もかなわないのでした。
 僕などは歌も覚えていませんし、視力も弱いですから目の前にある札くらいしか取ることはできず、二人して成績の悪さにてれながらじゃれ合っているのでした。
 あのT君と友達でもないのに、親しげにじゃれ合っているのがどこかこっけいで楽しかったのを覚えていますね。

 中学を卒業してからの彼の進路は全く知らずにいたのですが、いつも見ていたテレビに彼が映ったのを見たことがあったのです。
 素人参加型の番組で、司会の人が彼を客席から誘い出し、ゲームに参加させていて、ホワイトボードに彼自身の名前が書かれ、それを確認できたのです。
 それ以後、20年、彼の噂のひとつも聞かない僕でしたが、最近になって彼の噂を耳にするようになりました。
 T君がいまだにけんか早くて鉄アレーで人をなぐったと。
 「それは殺人未遂じゃないのか?」とその話を聞かせてくれた人と苦笑いをしました。中学時代よりいっそう怖くなった彼を想像して…。


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