合格発表

 中学2年生、僕はプロ野球に夢中になり、勉強がかなりおろそかになってしまいました。
 ついには保護者との三者面談で、担任の先生にこの分だと高校はどこにも行けないと先刻され、家族を泣かせてしまったのです。
 さらにそれまで遊び仲間だと思っていたS君が手のひらを返したように勉強に打ち込むようになり、まったく僕を無視するようになったのです。後から思うと、遊びはS君にとって僕を落とし入れる手段でしかなかったようです。
 こんなふたつのショックを受け、僕は貝のように心をとざしてしまうようになりました。

 家庭教師を雇ってもらい、必死で春休みから勉強に打ち込みました。
 高校の合格が決まるまで家族全員テレビを見ないという約束にしました。両親も決していい学校に行けとは言わず、どこでもいいから入ってほしいとだけ願ってくれていました。
 僕の成績はすぐに人並みになり、2学期の終わりころには上から4分の1くらいまで順位も上がって行きました。

 滑り止めのつもりで私立も受けることにし、最初進学っ校T高校を希望していたのですが、守りに入った僕と家族はひとつランクを下げようと話し合い、担任に相談しました。
 しかし、担任は太鼓判を押してくれ、T高校をそのまま受験することになりました。
 1年前には高校にはどこにも入れないと宣言されて大きなショックを受けていた僕には、いくら成績は人並み以上に上がったと言うものの、ここで背伸びをしていいものかとわずかな不安はぬぐいきれませんでした。

 中学で開かれた受験説明会の日、ここ1年全く僕を無視していた例のS君が僕がたたずむそばに誰かと話しながら近づいてきてごく近いところに立ち止まりました。それにはある意図を感じていました。
 「1年間僕を避けるようにしてきたやつが…」とむかつきながらも平静を装って彼に話しかけました。
 「どこを受験するの?」それだけを言いました。
 彼はそれを待ってたように間髪いれず「H校(県立)とT校(私立)!」とだけ胸を張って言いました。
 向こうからは問い返すことはありませんでした。誰かとの会話を無理に続けているだけでした。
 H高校はその学区内では1番上のクラスの学校だし、T高校も進学校です。彼は「どうだ!」と言わんばかりの表情を浮かべていました。

 いよいよ私立高校T高校の受験当日。
 僕の受験座席は教室の一番廊下側でしたが、その隣にはS君がいました。
 お互い言葉は交わしませんが、1教科が終わったところで彼はプレッシャーをかけてきました。
 受験の説明会では当日の受験会場では答え合わせなどするなと指導されていました。もし間違えていることに気づいた時、心の動揺を招き、その後の教科の受験に影響を与えかねないからということでした。
 でも、それを彼は破って横で大きな声で前後の受験生と答え合わせを始めるのでした。

 3教科の試験の最後、もう終わるというころ僕は長いトンネルのやみの中にようやくかすかな光を見つけた気分で当時大好きだったアリスの歌を心の中で歌ってました。
 彼らの大ヒット曲「チャンピオン」の一節、「帰れるんだ、これでただの男に。帰れるんだ、これで、帰れるんだ。」

 合格発表の日、僕は父とT高校に向かいました。
 学校の前に着くと、受験生が列をなしていました。どうやら発表は掲示されるのではなくて、一人一人に書類を手渡す形で行われているようです。
 ドキドキしながらその列の後ろに父と二人で並びました。二人ともすごく緊張していてあまり言葉はありません。
 ふと見ると、すでに発表を知った人なんでしょう。親御さんの胸に顔をうずめるようにして泣いている受験生がすれ違って行きました。更に不合格の発表を受けた受験生なんでしょう、床に「大」の字になってぼやいている姿が見えました。
 これらを見た僕は冷たく「おおげさな…!」と口に出して言うのでした。
 そして、受験番号で振り分けられたコーナーに向かうと、意外と僕の受験番号のあるコーナーは空いていて、すんなり書類を受け取ることができました。
 受け取ってみたものの、さすがにすぐに開封して見る勇気がなく、体育館の出口に立ってそっと開けてみました。
 なにやら書類がいろいろ入っているというのを見ただけでさらに胸がドキドキし、僕はそれをすぐにまた閉じてしまいました。
 また少し歩いたところで、今度は父がそれを開け、中のものをちらっと見て、小さな声で言ったのです。
 「もうけた!」
 商売人らしい言い方ですよね。それは喜びにあふれた通知でした。
 僕は気づけば父の胸の中で号泣してました。
 あんなに人のことを「おおげさな・・・。」となじっていた僕が今自然に父の胸で泣いているのです。
 1年間閉じたままの貝がようやく開いた瞬間でした。そう心から素直になれたのです。
 父も泣いていました。
 父が近くの公衆電話で商売をしながら結果を待つ母に吉報を伝えました。
 「孝浩がなあ…」と言ったところで声をつまらせてしまいました。母も電話の向こうで泣いていたそうです。
 父と二人とても晴れやかな気分ですぐに報告のため中学校に向かいました。乗ったタクシーの中でその頃大ヒットしていた甲斐バンドの「HERO〜ヒーローになる時それは今」が流れていたのをよく覚えています。

 学校に着くと、クラスの担任を始め、各教科の担当の先生やこれまでお世話になった先生方に報告をして廻りました。
 それぞれの先生方に祝福され、さっきまでの涙とは打って変わって笑顔一杯になりました。
 そして、涙と笑顔でくしゃくしゃになった顔で職員室を出ようとした時、例のS君が声をかけてきました。
 S君の方から声をかけてくるなんて1年ぶりです。でも、その言葉には親密さなどかけらもありません。
 「どうやったん?」
 受験の合否だけを単刀直入に尋ねてきたのでした。
 僕は無言のまま笑顔満面でOKサインを彼に見せました。
 S君には意外な答えだったんでしょうね。冷ややかに「お〜・・・。」と言っただけで目をそらしその場を去って行きました。
 彼が合格したかどうかなんて僕には全く興味はありません。
 でも、そうやって背を向けたS君があわれに思えました。人を落とし入れて不合格を望んでいたなんて。


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