親友の行方

耳をすませていると、ニュースの中で、東灘区のある地名を読み上げています。
 それは、大学時代からの親友M君の住まいのある住所だったので、さらに耳をそばだててそれを聞き続けました。
 すると、それはどうやら避難勧告の出されている地域を知らせるものでした。
 地震により地盤がゆるみ、その地域で地滑りを起こしているようでした。
 そこに住まいをしているM君の顔が浮かびました。
 彼は左半身が不自由なので、もしも建物が崩れたりすると、逃げるにも困難を極めるのでは・・・。
 苦痛にゆがんだ顔、動きにくそうな動作。そんなものばかりが想像されます。
 我が家からは電話が通じない状況でしたから、彼の安否を知るにはしばらく日数がかかりました。
 しばらく立って、初めて本人と話せる機会ができた時、いつもの彼の明るい声が聞けて、震災という現実離れした感覚から少しいつものやすらぎの時間が帰ってきたようでほっとしたのを覚えています。
 彼の話では、大学時代の友人U君が突然救援物資を持って芦屋からバイクで来てくれていたとか。
 芦屋でも大変な状況だったにもかかわらず、やはりM君の身体のことを思ってU君も頑張って出かけたんだろうなあと感心させられました。

 彼は両親とともにしばらく住まいはそのままに親戚の家に避難していたそうです。
 やがて彼は神戸の家をあきらめ、大阪でマンションを購入し、両親と一緒に移り住むことになったのです。
 それまでは月に1〜2度は彼に会うことができていましたが、必然的にその回数は減るのでした。
 僕の周りでは震災によって大きく変わったことはないように思っていましたが、M君という大親友が遠ざかってしまっていたのです。
 少しずつ復興が成し遂げられてはいきますが、何もかもが元に戻るのではないんだと痛いほど感じさせられました。


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