妹の部屋

 地震が起きてから数時間立ったころ、電気は不通となりました。
 漏電による火災も予想され、電力会社の方で切ったのではと言うことを聞きました。
 2階の窓を開けて南の空に耳を傾けると、ヘリコプターが遠く近く行き交う様子がわかります。
 そしてごく遠いところで無数のサイレンが聞こえるのです。
 また、空の色は僕には見えませんが、ほこりっぽい臭いが満ちていて、戦場そのもののようにも思えました。
 夜が次第に迫ってきて、寒さの中、暖房の取れない状況なので、家族それぞれ厚着をして、2階の妹の部屋に待機することにしました。
 ラジオからの話で、建物の1階が押しつぶされ、2階が1階になっているという笑えない冗談を聞き、1階にいるのが怖くなったので、皆2階に行くことにしたのです。
 食料も満足にあるわけではありませんが、母が炊飯器に残っていたご飯をにぎり、わずかずつ分け合って夕食としました。
 電気も来ていないので、部屋は暗くご飯もわずかにぬくもりを残すだけでそれは寒々としていました。
 でも、家の建物がしっかりとしていて、瓦が落ちたり、壁にひびが入ったくらいで住まいをするにも十分でしたから、幸いなことですよね。
 家族の誰かが窓の外を覗き込んで、「月がまん丸やけど、赤いわあ。」と驚いた声を出しました。
 地震が起きる時、地表からイオンが発せられ、空気中に広がるため光が屈折し、月が赤く見えるそうです。
 時々余震が来ましたが、午後10時を過ぎたころだったでしょうか、震度5程度の大きい余震が来ました。
 父は「明日も今朝と同じ時間に地震が来るぞ。」と緊張した面持ちで言うのでした。
 何度か電気が復旧したりもしましたが、結局は電気は全く来なくなり、電気の入らないこたつを妹の部屋に持ち込み、それに全員足を入れて横たわって初めての夜は寝ることになりました。
 こたつの上には小さなラジカセを置き、安否情報を流し続けました。
 最初の夜は寒々とした部屋で、静かに不安を抱きながら、夢と現実の狭間でうとうととし続けたのです。


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