ビートルズアレルギー

 僕は、中学生の頃、ニューミュージックと言われる分野の音楽が大変に好きでして、特にアリスの大ファンでした。
 後にギターを弾くきっかけにもなりましたからね。ラジオのCMで、谷村新司さんが、「モーリス持てばスーパースターも夢じゃない。」なあんてよく言ってるのを聞いてましたね。
 当時「冬の否妻」で大ブレークしたこともあって、周りにもアリスファンはたくさんいましたが、すでに解散してしまっていたビートルズのファンってのも多かったですね。
 ビートルズをリアルタイムで聞いてる人は少なかったであろう僕等の年代ではありましたが、世界的にも偉大なバンドですから全然不思議なことではないのですが、ほんとたくさんのファンがいましたよ。
 まあ、僕はビートルズのことを好きとも嫌いとも思わなかったんですが、英語の歌はとっつきが悪くて自分から好んで聞くってことはなかったですね。
 いつも遊んでいた当時の友人もビートルズファンでして、アリスをずいぶんバカにして、うわごとのように「ビートルズ、ビートルズ」と言ってました。
 アリスをバカにされていることがむかついて、その友人のことも嫌いになっていったのですが、なんとも思わなかったビートルズのことも少しずつ嫌いになってきたのです。
 その友人の誕生日に何かプレゼントをしようと、どうせなら本人の好きなものをプレゼントするのがいいだろうと、その彼にリクエストを募ったのでした。
 嫌いになりつつあった彼にプレゼントってのも気乗りがしなかったんですが、先に僕の誕生日にプレゼントをもらってましたし、一応のお返しだけはというつもりで、尋ねてみました。
 彼はなんと、ビートルズのLPがほしいというのです。しかも2枚組の5千円以上もするものです。一瞬金縛りにあっていたら、彼は続けました。
 「馬場君の誕生日に3千円ほどのプレゼントをしたから、このLPでは予算オーバーやから、オーバーした部分は自分で払うから、これを買ってくれる?」
 僕は半信半疑ながら承諾し、彼にLPをプレゼントしたのです。彼はとてもうれしそうです。
 もう日が暮れて周りはすっかり暗くなっていました。彼は僕を家まで送ってくれたのです。帰りの道中ずっと気になっていたのは、LPの支払いの差額を返してもらうことばかりでした。
 そして僕の家の前に着たら、母が顔を出し、遅くなった僕を迎えてくれたのです。
 僕は心の中で、「やばい!」と叫びました。だっていくら誕生日だからと言って、中学生がLPをプレゼントしたなんて母が聞いたら、「なんて高いものを上げるのー!!」としかられそうだったからです。
 そういう一瞬の僕の表情を読み取った彼はわざと大きい声で「馬場君、プレゼントありがとうね!!」と母にも聞こえるように言ったのです。
 僕の目は泳いでました。「なんてことを言うんやあ。さっさと帰れ!」って感じでした。
 でも、差額のお金をなんとしてでも返してもらわねばと必死な思いで彼にだけ聞こえるように「おい、差額を返せよ」と言いました。
 彼は自分の財布をのぞき込んで言いました。「あっ!細かいお金がないわぁ。もうええやろう?」
 やられたあって感じでした。詐欺に遭った気分でしたね。
 後日も何度か請求はしたはずですが、結局、クラスも分かれて疎遠になり、泣き寝入りすることになったのです。
 高校になってからもビートルズファンはたくさんいましたが、僕の身体にはビートルズアレルギーが発症し、ひどい拒否反応を示すようになりました。
 ラジオからビートルズナンバーが聞こえてくると、ダイヤルを換えたりしましたね。
 また、ラジオ番組でリスナーが書いたはがきに、日本のバンドのチューリップやオフコースはビートルズの猿まねやというのを聞くにつけ、ますますむかついてくるようになりました。
 こんなわけで僕は長い間ギターを弾き、歌ってきましたが、ビートルズをコピーすることはまったくなかったんです。

 そんな学生時代を終え、大人になってからもギターを弾き続け、ささやかながら音楽活動をしてきたのです。
 視力を失ってからはボランティアの方々との出会いが多くなり、そうやって知り合ったボランティアの一人にビートルズファンの方がいらっしゃったのです。僕よりもお若い女性の方なのにビートルズのファンだというのを聞いて、改めてビートルズのファン層の広さを痛感させられました。
 ある日、その方から「馬場さんはギターを弾いて歌ってたんですよねえ。私はピアノを習っていて、その発表会が近いうちにあるので、その時に自由曲で一緒に演奏してもらえませんか?」とお誘いがあったのです。
 ま、僕も演奏の機会がほとんどなくなっている状態でしたから、楽しそうですし、快くお受けしました。
 二人で演奏するのは1曲だけなんですが、彼女の演奏がメインなわけで、結局、ビートルズのナンバーにしようと話がまとまりました。
 さて、世界的に有名なビートルズとは言え、僕にとってはただのアレルゲンだったのですから、どんな曲があるのかを詳しくは知るはずもありませんね。どの曲をしたらいいのかわからないのですが、僕がある程度演奏しやすいものという兼ね合いもあって、僕が何曲かリストアップするということになりました。
 ま、ビートルズを演奏すると決まった段階では、アレルギー反応も出なくなり、意外と素直に選曲作業に入れました。家に引いてた有線にビートルズ専門チャンネルがあったので、それを聞いて選曲することにしました。

 ある日、彼女からお薦めの焼き鳥屋さんが六甲にあるからぜひ僕をそこに連れて行きたいとお誘いがあったのです。その時に演奏曲の最終的な絞込みをすることになりました。
 当日、曲の絞込みはあっさりと決まり、そのお店のお薦めの料理やお酒を楽しんでいました。
 そのお店は、学生上がりという感じのお若いご兄弟二人で経営されていて、彼らが趣味も兼ねているのか全国各地の地酒が店内にたくさん並べられていました。
 彼女はそのお店の常連のようで、他にお客さんも少なかったのもあって、親しげにそのご兄弟と言葉を交わし、彼女からお土産の包みを彼らに渡したりもしてましたね。
 彼女もお酒が好きなのか店内に並べられたお酒の瓶をながめては彼らの説明を受けてました。
 そのうちお土産のお礼だと言って、焼酎を凍らせたものを珍しいものだからと、彼女に一杯だけプレゼントして飲ませてました。彼女は僕にも味見をしてと一口飲ませてくれました。トロッとしててほんとおいしかったですねえ。あらら、そのお焼酎の名を忘れちゃったなあ。「ちびちび」だったか「ちびりちびり」だったかでしたね。
 まあ、そんなこんなで時間を忘れてずいぶん長居をしてしまってました。営業時間は10時半ころまでのはずでしたが、他にお客さんもないですし、そのご兄弟は閉店時間だと言って追い返すこともせず、僕らの相手をしてくれてました。
 彼女は家がすぐ近くだから帰りのことも心配がないようですが、僕はそろそろ最終電車の時間が気になり始めました。
 閉店時間をはるかに過ぎていて迷惑をかけたなあと反省しながら勘定をすませ、店を出ました。7月のことですから、外に出ると、ムッと熱気が身体中にからむような不快感が襲ってきます。
 そして、店から数メートル歩いたところで、彼女の異変に気づいたのです。かなり酔いが廻っているのです。店の中ではごく普通な感じだったのが、外の熱気に触れたとたん酔いが廻ったんでしょうね。
 舌が回ってないし、歩き方もふらついてます。僕の話もろくに聞いてません。
 彼女はコンビニに僕を引っ張って行き、ペットボトルの水とスナック菓子だけを買ってまた歩き始めました。彼女自身どこに向かうのかわかっていないようです。
 もう最終電車という話の次元ではありません。彼女を家に帰すのにどうすればいいのか僕は混乱し始めました。土地勘もないですし、全盲の僕にとっては最悪の状況です。
 「家はどっちなんやあ!」
 それの連発なんですが、彼女は僕の話などうつろで聞いてません。そしてついに道の隅にしゃがんでしまいました。ペットボトルの水を飲んで酔いを醒まそうとしています。
 彼女に万一のことがあってはいけません。年上のおじさんとしては、責任を感じていますから、彼女の様子に神経をとがらせていました。どうやら携帯電話を出してきたようです。
 どこにかけるのかなあといろいろと推測をしながら様子を見守りました。
 「あっ!」と心が叫びました。彼氏にかけているんだ。そうわかるとやめるように説得をしたのですが、時すでに遅し。彼氏とのやりとりが始まりました。
 「馬場さんと飲んでた...」というような言葉が彼女の口からこぼれたかと思うと、しばらくすると彼女はめそめそと泣き始めたのです。
 彼氏にしかられているようなのです。それはそうですよね。彼氏にとってはどこの誰ともわからない男と大事な彼女が深夜1時ころまで二人きりでいるなんて信じられないでしょうね。
 僕はどんどん自己嫌悪に陥ってきます。「なんでもっと早く切り上げて店を出なかったんやろ...」。
 ま、そんな反省よりも彼女を家まで送ることが先決です。家はどっちなのか、家の電話番号は何番なのか、ひたすら尋ねてはみますが、彼女はうつろなままで答えてくれません。
 そうこうしていると、彼女が急に、「これ持ってて!」と、彼女の傘とさっきのコンビニの袋を僕に手渡し、どこかへ歩き始めました。彼女は振り向きもせずどんどん歩いて行きます。僕は「離れたらあかん!」と叫びながら彼女の足音のする方へ必死について行きましたが、ついに足音もやみの中に溶け込んでしまい、追いかけようがなくなりました。
 彼女の行方が心配です。ほんの数十メートル先辺りでは、深夜にもかかわらず若い人たちが騒いでいるのが聞こえてきます。そんな方向にでも彼女が歩いて行ってたらどうしようっと不安が駆け巡ります。
 即座に彼女の携帯に電話しました。まだ彼女はうつろでまともな返答をしてくれません。
 「家に着いたの?」と何度も問いかけました。「うん」という返事をようやく引き出せた僕は、「だったら僕は帰るからね。」と言ってまったく土地勘のない町を車の音のする方へ歩き、たまたま声をかけてくれた方にタクシーをひらってもらい、ようやく自宅まで帰ることができました。
 朝になってからまた電話をしたのですが、彼女はしっかりと話をするまでに回復していました。というよりまるで一睡もしていない様子なのです。また、彼女の深刻さが伝わってきます。
 よくよく聞いてみたら、夜通し彼と電話でけんかしていたようでした。ますます僕は頭をかかえました。
 そして、彼から「別れる」とまで言われたそうなんです。でも、彼女にとって彼氏は大きな心の支えのようで、大変に落ち込んでいました。
 僕にも重大な責任はあるし、腹をくくったつもりで、「僕から彼に説明するから、こちらに電話してくれるよう伝えてよ。」と言いました。
 でも、あくまで彼女は自分で処理しようと後は僕に何も言わず、彼との修復に尽くしているようでした。その経過が時々メールされてきていましたが、やっと彼の気持ちが和らいだのは数ヶ月後のことでした。
 結局、演奏は彼女一人でしたようです。僕だけじゃなく、彼以外の男性と二人で会うことはもうしないともいつかのメールには書かれてありました。
 あの時に借りたCDと彼女の傘が僕の部屋の隅においたままです。
 僕の優柔不断な言動が彼女に迷惑をかけてしまうことになり、反省はしましたが、やっぱりビートルズは身体に合わないんやなあと痛感させられました。

 それからもうひとつ話があるんですわ。
 神戸のライブハウス、チキンジョージに杉山清貴さんが来るというので、僕の彼女が特にファンだったということもあって、二人で出かけました。
 そのライブのタイトルには、是方さんとかいう僕等の知らない方と杉山清貴さんが連名の形で名前が書かれてありました。
 で、ライブが始まったのですが、いっこうに清貴さんの歌が聞こえてきません。スタートから2曲を終えて、MCが入りました。
 「○○○ヒューチャリング杉山清貴」とライブのタイトルが紹介され、不安がよぎりました。
 「清貴さんはおまけみたいなものか?おいおい、歌ってくれるんやろなあ。」と、心で叫んでしまいました。
 すると、ステージの是方さんとかいう今回のバンマスの人が、「今日は僕のオリジナル曲も、杉山清貴さんのオリジナル曲も、いっさい演奏しません。それを期待されてた方、ごめんなさい。」といきなり釘を刺されてしまったのです。
 不安は的中。なんとこのライブは、気の合うミュージシャンが集まり、昔、アマチュアのころによく聞いてたり、演奏したりしていた曲をカバーして、楽しむという趣旨のものでした。
 すべての曲が洋楽のカバーとのこと。ライブ早々にがっかりしてしまったわけですわ。
 ま、それでも、なんやかんや言ってても、アンコールか何かで1曲くらいはおあいそ程度にでも演奏してくれるかと思いきや、イントロのひとつも演奏してくれませんでした。
 それで、特に前半などは、例のビートルズのカバー曲が大半を占め、うんざりしてしまいました。本格的なロックを生で聞くのは初めてで、音が大きくて、演奏が終わってみると、耳が一過性に難聴になっているのがわかりました。
 こんなロックを聞くつもりなんかなくて、清貴さんの透き通るような声でバラードが聞きたかったわけで、まあ、それでも、少しくらいなら、お付き合いできますが、ビートルズアレルギーの病歴のある僕は、どっと疲れてしまいました。
 「清貴さんの歌声にはビートルズは合わないよ〜!!」と嘆いてしまいました。
 ビートルズアレルギーになって25年は立ちましたぞ。何かいい治療法はございませんか?ビートルズの話だけに、Help!!


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