B級ランナー

小学生のコロハ、運動会の徒競走で1等賞を取るのが夢でしたねえ。どちらかというと、あかんたれだった僕は、カッコいいところを見せられるような場面はめったになかったですからね。
 運動会の徒競走では、気合は十分なんですが、それが強すぎて、スタートと同時にこけて台なしにしたり、組み合わせが悪くて勝てないという不運があったりと、ほんとにカッコいいところがなかったですね。
 それが、たまたま上級生の男子と遊んでいる時に、その彼を走って追いかけてつかまえることができたのがひとつの自信となってからは、走ることに自信を持つようになり、走ることがとても好きになりました。

 そしてついに、小学6年生の運動会では、予行演習でも、本番でも楽勝で1等賞を勝ち取ったのです。クラスメイトは色めきだって、奇跡が起きただの、大雨が降るだの、それは信じられないといった反応でした。
 それから華々しくランナーとしての青春を過ごすかに思えたのですが・・・。

 中学1年の体育祭、僕はクラス対抗男女混合リレーに第2走者として参加し、前を走るランナーを追い越して活躍し、チームは1位を獲得したのです。
 しかしながら、ゴールを切った最後のランナーの男子だけが英雄扱いで、女子からもおめでとうの嵐でしたが、チームに貢献した僕にはほとんどそんなものがなかったです。
 本当ならリレーじゃなくて、単独で100m走にでも出たかったなあって悔やんでました。そうしたら1等賞になった時に、キャーキャーというおめでとうの声も独り占めにできただろうにって。

 中学2年生の体育祭では、その念願がかない、100m走に出場することになりました。しかし、これまた不運なことに、6人中一番アウトコースで、不利な条件でのスタートを強いられました。
 2位のランナーとすれすれの戦いにはなったのですが、結果は3位に終わり、決勝には進めませんでした。

 そして、三度目の正直、中学3年生の体育祭にすべてをかけることになったのです。
 いつも体育祭は、学校の校庭で行われるのですが、この年は、校庭の工事のために、なんと明石の陸上競技場を使うことになったのです。
 僕はまた、100m走に出場できることになり、かなり入れ込んでいましたね。
 ただ、あらかじめ別の日に、50m走で計っておいたタイムでクラス分けし、同じようなレベルでの戦いを意図した競走となっていました。
 中にはタイムをごまかして、クラスを下げて、レースを有利に進めようとするずるいやつも僕の出場するクラスにはいました。
 ま、そんなやつでもどんなことで負けてしまうかもしれないし、僕はひたすら1位でのゴールを夢見るばかりでした。

 体育祭の入場式、生徒全員が入場門に集合し、いよいよ開会式の入場行進です。
 いつもとは違う大きい舞台にみんながワクワクし、落ち着かない表情ではしゃぎ合ってます。僕も近くにいる生徒たちとはしゃいでは、これから演じられるであろう自分の劇的なシーンを夢見ているのでした。
 と、ところが、何気なく自分の腰の辺りに手をやった瞬間、愕然としました。
 何だと思いますか?そう、なんと紺色の短パンのゴムが切れていて、ゆるゆるの状態で辛うじて腰にしがみついているだけの状態だったのです。
 周りの生徒たちには気づかれてはいません。こんなもの知られたら、笑いもののネタにされるばかりで、ますます落ち込んでしまうだけでしょう。中学生って一番残酷な年代ですからね。下手をするとその場で短パンをずらしにかかるやつさえ出てきても不思議じゃないですよ。
 入場行進の音楽に合わせて、僕の目はうつろに泳ぎ始めていました。もうこの時点で、1等賞なんかぶっ飛んでいました。絶望的です。
 1等賞でもビリでもどうでもよくなっていました。もはやゴールが無事にできるかどうかの不安だけがざわざわと胸の中で騒いでいます。忌まわしい想像が広がります。

 スタートをしてからすぐに短パンはずれ落ちて、腰の辺りが見え始めます。次第にお尻から太股にからみ始め、走る足を窮屈にするのです。必死に走ろうとする気ばかりが前に出て、足がついて行きません。身体は徐々に前のめりになり、短パンはさらに膝の辺りにまでいじわるにずれ落ちて、前に進むのを邪魔しています。スローモーションで身体は水平に近づき、ついにはフィールドにヘッドスライディングです。
 しかも大きなフィールドの正面で白いパンツをさらけ出しています。競技場は大爆笑。僕は屈辱の中、突っ伏したまま泣きじゃくるのです。
<  今度こそカッコいいところを女子に見せられると思ったのに、それどころか、笑いものになってしまうなんて・・・。

 こんな想像がすっかりブルーにさせていました。誰にもこの緊急事態を告げられず、そのまま競技に臨んだわけです。
 スタート直前、僕等の順番の後のレースの生徒の方に振り返り、今から起こるであろう不幸をあわれんでくれとばかりに苦笑いを浮かべていました。
 いよいよスタート。ピストルの音が鳴り響き、一斉に走り出しました。
 走ってみると意外になんでもなく普通に走れたのです。でも、そんな安心をしてばかりはいられません。左の方に、例のクラスを落としてこのレースに加わっているS君の反り返った独特のスタイルの走る姿が目に飛び込んできました。急速に憎しみがわいてきて、猛烈にダッシュをかけました。
 でも、わずかにスタートが遅れたようで、結局は6人中の5位か6位。無事に走り終えたものの、がっくりとしてしまいました。

 その後は、高校などではそういう競技には参加せず、一種あきらめがあって、走ることへのこだわりもなくなっていったのです。
 それが、二十歳の時、アイドル歌手を追いかけて、イベントによく参加しているI君と大阪の服部緑地公園で行われた柏原よしえちゃんのファンを集めた大運動会に参加することとなったのです。
 その運動会は、ファン1000人全員が最低ひとつは競技に出場できるというもので、僕は玉入れと100m走に出場することにしました。
 やはり見せ場は100m走です。今度はあの「ハローグッバイ」や「春なのに」を歌ってたスターの目の前で1等賞を取って熱い視線を浴びるチャンスなのです。
 今度こそはカッコいいところを見せたいな。気持ちはとても高ぶっていましたが、I君にはそんな意気込みを見せず、闘志をうちに秘めて本番を迎えたのです。
 I君も同じ100m走に出場します。しかも同じレースです。
 ただ、主催者は、100m走の希望者も多かったので、6人のコースに10人を走らせて少しでもたくさん出場させようとしてくれていたのです。
 スタートラインに立った時には、隣のランナーと肩が触れ合うほどに窮屈な状態でした。
 運動会に出ると言っても、トレーニングウェアに着替えるのでもなく、春先だったので、ゴアゴアしたジャンパーを着たまま走ることになったので、ますます窮屈ではありました。
 でも、そんなことは問題にならないと信じていました。かつての力走をイメージするばかりです。1等賞を獲得したら、よしえちゃんが駆け寄って来て、「おめでとう!!」なんて言われながら握手でもしてもらえることだろうと大いに気体していました。
 そして、いよいよスタートです。ピストルの音が弾け、スタートを切ったので・す・が・・・。
 隣のランナーの足が僕の足に触れたかなと思った瞬間、とまるわけにも行かず走り続けていますと、あの中学3年の体育祭での忌まわしい想像そのままに身体が徐々に傾き始め、ドンドン水平に近づき、ついにフィールドにヘッドスライディングをしてしまいました。
 足をからませてしまったそのランナーは、どうにか体勢を整えられたようで、遅れながらも一団について最後まで走ったようでした。
 カッコ悪いですが、僕もそのまま身体を起こし、一番の屈辱を味わいながら最後まで走るのでした。
 中学3年の悪夢の続きがこんなところで再現されるなんて・・・。

 まあ、いずれにせよ、動機が不純だと結果はよくありませんね。テレテレ。


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