幽体離脱

 幽体離脱というものをよく耳にしていましたが、どんなものなんだろうという興味は多少あったものの霊感があるとは思えない僕には想像するだけできっと無縁なものと思っていました。
 ところが、三十代半ばにそれを一度だけ経験してしまったのです。
 僕が怖い体験をするのはうとうと眠っている時が多くこの時もやはりベッドで休んでいる状態でした。
 布団をきっちり掛けて仰向けに寝ていたのですが、その状態のまま身体が浮くのがわかりました。
 そして、目の悪い僕にも顔のすぐ前に天井が迫っているのが感じられました。目がまったく見えなくても障害物が目前にあると圧迫感や自分の吐息の跳ね返りの音がそれを知らせてくれるのです。
 付けっ放しのラジオの音が斜め下からはっきり聞こえてきます。
 ベッドからまっすぐに持ち上げられた身体は90度向きを換えているようですが、僕は身動きひとつできません。
 その状態が数十秒続いていたと思います。僕はこのままあの世に連れて行かれるのではないかととても恐ろしくなり、「身体を下に戻してくれ!」と心の中で叫び続けました。
 すると身体は勢いよく沈み始めました。しかし、それがまた止まらずベッドの高さを通り過ぎて、部屋の床面も通り過ぎ、奈落の底に落ちるように身体がどこまでも沈んで行くのです。
 恐怖心と同時にどこかこっけいで笑いたくなるほどでした。それで、僕はお笑いタレントのように「違うがなあ!」と正体のわからない相手に突っ込みを入れてしまいました。
 それでゆっくりと高さを微調整するかのように僕はベッドに戻されて行くのでした。
 そうこうして霊界のアトラクションで翻弄されていたもののようやく開放されるんだとわかると安心したようで、気が遠くなり、いつの間にか眠っていました。
 眠っていたのはわずかですぐに目が覚め、ラジオは鳴り続け現実の空間に戻っていました。
 でも、身体が浮いていた時のラジオの声とまったく同じですし、完璧な夢だとは思えませんでした。
 幽体離脱を意識的にできて、自由に歩き回ることができる人がいるなんて話を聞いたことがありますが、僕の場合はまったく自分でコントロールできませんでしたし、万一肉体に戻れなかったりしたらって思うと怖いですよね。特に方向音痴の肩はそんなことはしない方がいいんじゃないですか。人に道を尋ねるのも難しくなりますよ。


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