小さな男
小さな男は、とある小さな町の小さな家に産まれた。
父親は小さな時計店で働き、母は小さな螺子を仕分けする内職をしていた。
男は生まれた時から体が小さかった。「小さく産んで大きく育てる」との両親の願いは虚しく、
男の体は大人になっても同じ年頃の女より大きくなることはなかった。
小学生の頃、それが理由でよくいじめられた。頭を叩かれ、太腿に青痣をつくるために
学校に行っていた。 それでも男は文句一つ言わず、恨みを持つこともなく、いつも明るく笑っていた。
「悪い人間の心にも、小さな太陽は必ずある」、父親のその言葉を、小さな男は頑なに信じていた。
中学生になると、男は教室で一番小さい女に恋をした。小さい女は小さいゆえに、とても愛らしかった。
女を思うと、男は夜も眠れなかった。男は自分のありったけの気持ちを手紙に託した。
小さな便箋は、夜を徹して書きしたためられた小さな男の小さな文字でびっしり埋められていた。
ある日の放課後、男は小さな勇気を振り絞って、小さな女に手紙を渡した。
女は手紙を手に取る間もなく、小さな声で「ごめんなさい」とだけ言った。男は伝える気持ちは全て手紙に
書いていたので、それ以上の言葉を伝えることはできなかった。
数日後、女は遠くの町に引っ越していった。下駄箱に、小さな名札だけが残された。
高校時代は、男にとって何の印象も残らない三年間だった。
いじめられることはなかったが、まともに相手にされることもなかった。
小さな自転車に乗って小さな公園を巡ることと、小刻みに訪れるチックを治すことだけに時間が費やされた。
卒業後、男は都会のとある会社に就職した。そこでは、小さな水晶玉をインドから輸入していた。「幸福をもたらす奇跡の水晶」と広告にうたわれていた。男はそこで長く働き、親孝行するつもりだった。
小さいことからこつこつと思っていた矢先、会社は潰れた。
輸入していたのは水晶ではなく、巧妙な化粧の施された石に過ぎなかった。
最初の給料ももらっていなかった。仕送りどころか、自身の家賃も払えなかった。
間もなく母が亡くなり、そして後を追うように父もなくなった。それは悲しんでいる余裕もないほどの、あっという間の出来事だった。
男には、孝行したり、仕送りを送ったりする相手がいなくなった。小さな箪笥の引き出しに仕舞われていた男への遺言にはただ、「葬式は小さくしてほしい」とだけあった。
生まれて初めて、男は自棄になった。
レンタカーを借り、高速道路を南に向けてひたすら走った。
車を返すつもりはなかった。ガソリンが切れた場所で静かに暮らそう、男はそう思った。
雨が酷くなっていた。真夜中だった。
暗闇の小さなカーブに差し掛かったとき、男は何か光るものを見た。小さな動物の瞳のようだった。
小さな吃驚と同時に、大きくハンドルを切った。
次の瞬間、小さな男の乗る車の天井は、濡れた路面の上にあった。
タイヤは長い時間、からからと回っていた。運転席のガラスの破片は小さく砕け散り、小さな指が窓から見えていた。
即死だった。
小さな男の乗る車の先には、小さな鹿の子供が、男と同じように横たわっていた。幸い、鹿の子供は、足の骨を一本折った程度で済んだ。小さな男の命は、小さな鹿の子の命より軽かった。
小さな男の死は、誰に告げられることもなかった。
同級生ですら、彼が亡くなったことを知らなかった。いや、小さな男がこの世に存在していたことすら、忘れられていた。
小さな男の話は、小さなホームページの小さな話の一つとして
書き留められたに過ぎなかった。
小さな男の手によって。
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