| 獅子舞の分化と多様性 |
同系統の獅子舞同士でも長い間に少しずつ違いを生じ、分化して行くことは大丹波・高水山・下名栗の獅子舞を見ても明らかである。三匹獅子舞に限らずたいていの郷土芸能でも同様なことが起こっている。このような分化・多様化の事実をどのようにとらえ、どのように理解したらよいのだろうか。現状での個人的な理解を次に記したい。
私たちの生きている世界においては、たいていのものは、「時間の経過とともにしだいに分化し、多様性を増していく」ように思われる。
例えば、地球上の数多の生物種は、遠い太古の根源的な生物が様々に進化し、分化して現在見られるようなたくさんの種になったと考えられている。私たちが使っている言語なども同様で、全人類の共通祖語と考えられるものが人々の移動・拡散にともなう地理的隔離等の要因でしだいに分化して行ったものであろう。
ジャンルや規模のまったく異なる三匹獅子舞についても、恐らく似たような経過をたどり、現在見られるような多様な獅子舞が生じてきたのであろうと考える。
そういう意味では生物の系統樹や言語の近縁関係を示す図のようなものを三匹獅子舞でも将来は作成することができるであろう。
生物種では地理的な隔離によって種が分化していくことが知られている。言語でも同様で、地理的に離れていたり隔離されていたりすると言葉が違ってきて、やがて方言を生むようになる。
三匹獅子舞でも地理的な要因により差異を生んでいくと思われ、その差異は地理的距離が大きいほど顕著になるであろうと思われる。
ここで、直接の伝受関係があるといわれる2系統の獅子舞を比較してみよう。一つは大丹波・上成木(高水山)・下名栗の系統であり、もう一つは沢井・丹波山村の系統である。
大丹波・上成木(高水山)・下名栗の系統では、このWEBで書いてきたように、確かに獅子舞に差異がある。しかし、その差異はもう一つの沢井・丹波山村系統の獅子舞とくらべ極端に大きいものではない。それは、この3カ所は峠道を通らなければならないものの比較的楽に行き来できる範囲であり、昔から交流が盛んであったからであろう。私自身、子どもの頃は下名栗のお祭り(獅子舞)に毎年のように出かけていたし、昔の名栗の子どもたちも高水山のお祭りによく来ていたそうである。(「名栗の民俗」上巻より)
一方、青梅市沢井の獅子舞と山梨県丹波山村の獅子舞では、伝授関係があるといわれるものの芸態の隔たりが非常に大きく、現在では同系統とは認識されないほどであると聞く。それは恐らく、東京都青梅市沢井と山梨県北都留群丹波山村との距離がかなりあり、健脚であったと思われる当時の人々でも簡単に行き来できる距離ではなかったからであろう。
上記は獅子舞の分化を地理的な側面、いわば平面的な見方でとらえたものであるが、当然違った方向からも見る必要があり、これは時間的な側面を尺度とするのがもっとも妥当であると思う。この時間的な側面と地理的な側面を縦糸・横糸として獅子舞の分化・多様化を考えるのがよいのではないだろうか。
時間的な尺度で見た場合の変化には、短期間で大きく変わる場合と、目に見えないほどのわずかな変化の積み重ねによって変わる場合の2種の変化が考えられる。
短期間で変化する場合は、生物進化の例を見るまでもなく、それを取り巻く環境が大きく変化した場合である。
大丹波の獅子舞は上成木(高水山)に伝えられ、そしてそこから下名栗に伝授されている。それぞれの地で芸態が少しずつ違っているが、その大きな変化は違う地に伝授された時に起こったような気がしている。それは、地域が違えばそれを取り巻く多くの環境条件が違うからである。人々の気質も違えば獅子舞を行う庭場などの条件も自ずから違っており、条件に合わせていくつかの違いを生んだと思われる。また、社会のあり方が大きく変わった時代の変革期にも獅子舞が大きく変わらざるを得なかったであろう。
一方、普段気がつかないような非常に小さな変化の積み重ねでも、それが長期間にわたった場合には大きな差となって行く。数百年にわたった各地域の歴代の獅子舞役者や師匠(指導者)は、自分なりの視点や美意識でそれぞれ獅子舞を少しずつ変えてきたと思われる。そのような、わずかな変化の蓄積によって次第に獅子舞が変化し分化していったと考えられる。
獅子舞の変化の方向性は最初から決まっていたわけではなく、時代の影響やたまたま現れた指導者の資質や個性に影響されたものであろう。いわば偶然にまかされた面があり、もし、時代をさかのぼって同条件で再度伝授するといった壮大な実験が仮にできたとしても、数百年後に現在と同じ形になるという再現性はあり得ないと思われる。
不思議なことに、まったく別系統のものから影響を受けて、新しい側面をもつこともある。日本語でも外国の言葉から多くの単語を移入し、言い回しでもたくさんの影響を受けている。生物でも別種の生き物からウイルスを通して直接遺伝子を受け入れて変化を生ずることがあるようである。
三匹獅子舞についても、起源の異なる別系統の芸能から影響を受けた可能性がある。特にもう一つの獅子舞(伎楽系の獅子舞=一般的な獅子舞)からは、獅子頭や衣装はもちろん多くの影響を受けてきたであろうことは多くの人が認めている。
西多摩地方の多くの獅子舞では最後に千秋楽の謡を行うが、これは能の「高砂」から取り入れたものと考えられる。これは、この地方の獅子舞の創始期に他の芸能で行っていたことから取り入れられたものと考えている。
また、東久留米市南沢の獅子舞では、歌舞伎の「暫」の影響を受けたと思われる衣装・世流布が見られるとのことである。
もっと系統の近い三匹獅子舞どうしの間でも、以前【獅子舞の変容】の「近隣との影響の及ぼしあい」で書いたように、互いに影響をおよぼしあった痕跡がいくつもうかがえる。
以上、獅子舞の分化と多様性を書いてきたが、自然界では多くのものが分化し多様性をもつことが自然な成り行きであると思える。そして、この多様性こそが自然や社会を豊かにしているとも思える。野の花々も場所により季節により実に多彩な花を咲かせている。そのどれもがそれぞれの価値を持ち大切な存在である。単一種ではつまらないし、環境の変化にも弱い。三匹獅子舞はもちろんすべての郷土芸能や地域の多様な文化は、そこに住む人々にとってはもちろんのこと、日本あるいは全世界的なレベルで考えても、失われてはいけない貴重な財産である。
補足
多くの事象が分化・多様化の方向に進むのは、もしかしたら人間の活動やそれによって生み出されるものでさえも、宇宙から素粒子・クォークまで貫く物理の大原則につながっているのかも知れない。例えば極微の世界でのエントロピーの概念と無関係ではないと考えられなくもない。歴代の獅子舞役者や指導者は意思をもってそれぞれ行動したと思われるが、大局的・統計的に見た場合にはそれぞれの動きはランダムなものとしてとらえることができ、それゆえにエントロピー増大則と同様に獅子舞の多様化・分散化を考えることができるかも知れない。「時間や空間の始まり」と「私たちの世界でおこる事象」を関連づけて考えている人も、中にはいるように思う。
ただし、人間の世界でおこる事象に宇宙レベルの見方や極微の世界の概念を安易に持ち込むことには慎重にならなければいけないであろう。見ている世界のレベルがまったく違う上に、実際には人為的なものや人為的な力は自然の進む方向に大きな影響を持つからである。近年では、分化・多様化と逆行する事象がたくさん見られるようになっている。日本語では放送メディアの発達や国家としてあり方の面からも方言が少しずつ失われ、言語の統一化が進んでいるように見える。生物学的な意味での人についても、人々の交流が世界的なレベルでも盛んになり、地域による遺伝子的な差異が少しずつ縮む方向に向かっているように思える。