| 地域の伝統文化・伝統芸能を継承することの今日的意義 |
地域に伝えられる伝統文化・伝統芸能を継承して行くということは、かなりの努力と困難さを要すと思うが、貴重な文化財を次代に残すという面で重要である。そして、このことを通して地域に誇りと愛着をもたらし、地域共同体に果たす役割も大きいのではないかと思う。
ここ数十年の歴史を振り返ってみると、高度経済成長期の社会情勢の変化でこの貴重な伝統文化や伝統行事が簡素化されてしまったり、場合によっては失われてしまったところも多いと聞く。これらの文化財は、地域の人達のみならず日本の貴重な財産であり、この宝物とも言うべき文化財が失われて行くことは非常に残念である。
秩父・多摩地方に伝えられる多くの郷土芸能について言えば、山間部に伝えられているものが比較的多く、この伝承面で恵まれた地域だったからこそ数百年間も絶えることなく脈々と受け継がれてきたものだろうと思う。しかし、その好条件が高度経済成長期にあっては人口の減少という形になって表れてしまい、次代への継承に困難さを伴うようになってしまったところが多い。
一方、人口が増えている町場についても、首都圏のベットタウン化という急速な人口増加に地域共同体のありようが追いついていかず、これもまた継承への難しさがあるとも聞く。
このような厳しい状況ではあるが、近年は明るい話も一部で聞かれるようになってきた。下名栗の獅子舞では、保存会の尽力で新住民の子どもたちを含めた積極的な後継者育成がはかられ、ササラ摺りを引退した少女達の笛方への参加もあり、以前より隆盛になってきているとのことである。これには、大人達が地域の文化や地域の誇りを再認識し、より前向きに伝承してきたこともプラスにはたらいたようです。あらたに他地区から来られた方たちも、これらの活動を通し急速に地域に根付き、地域共同体の新しい一員となって行くのではないでしょうか。
私たちの果たすべき役割は家庭と職場だけにあるのではなく、地域住民としてもその役割や責任があると思います。家庭、職場、地域の3つがそれぞれうまく機能し、役割を分担しながらも相互に補い合うことが本来の社会のあり方ではないでしょうか。
ほとんどの人が新住民という新興住宅地では、新たに求心力を持つ何かを作っていかなければならないわけだが、これは時間のかかる大変なことであろう。
そういう面では、すでに伝統文化や伝統行事をもつ土地に住む人は、地域の求心力がすでに存在しており、とても羨ましい土地でもある。僭越であることは重々承知しておりますが、この誇るべき地域に住む方々が日本の貴重な文化財の継承のために、これからも力を尽くして頂ければと願います。
現在は、学生・生徒の社会への移行にかつて見られないほどの困難さがともなっていると聞くことがある。就労状況で見ると、高校生・大学生の就職自体も厳しいものがあるが、せっかく職についても職場になじめず離職してしまうものも多い。ある調査では、高校卒業者で3年以内に離職するものが5割もいるという。より自分に適性のある職種を求めての転職や自己実現を目指した積極的な離職は良いのだが、問題なのは会社になじめなかったり、人間関係がうまく結べず不適応をおこし、どこに行っても長続きしない場合である。場合によっては、仕事をすることの意義や大切さが見いだせず無業者となってしまったり、極端な場合には引きこもりになってしまうものも以前より増えているとのことである。
更に重大な問題はこれらの非社会的な事柄にとどまらず、未成年者の反社会的な行動である。単独での問題行動も多くなっていると思われるが、気になるのはグループでたむろし喫煙したり、深夜まで遊び回っている少年少女たちである。彼ら彼女らは同世代の同じような性向を持つものからなり、互いに悪影響をおよぼしあっているように思われる。
これらの背景には、社会の変化にともなう育てられ方の変化や家庭教育の問題があるのだろうが、大きな要因は地域社会が機能しなくなってしまったことにあると思う。つまり、本来は家庭や学校以外から学ぶべき事柄が、抜け落ちてしまっているのではないだろうか。今日では、子どもが成育して行く中で年代を異にする人達との出会いが極端に少なくなってしまった。現在、青少年がほとんどの生活時間を費やすのは学校や塾、そしてクラブ活動である。これらは一部の大人を除いては同年齢の集団である。学校卒業後の社会への不適応もここに大きな問題があると思われる。
そして、学校と家庭以外から学ぶべきことや躾がなされないままに、年齢だけは成年になってしまっていることに大きな問題がある。
社会としてどのような手助けができるかと考えたときの、一つのヒントは地域に住む子ども達を取り込んだ地域共同体のあり方にあるのではないだろうか。もし、地域に子どもや青少年を含めて共同で取り組むものがあるなら、それは大きな人間関係作り、人間教育の場となるのではないかと思う。
特に、共通の目標のもとで取り組む地域の伝統行事・伝統芸能はかなりの大変さもあると思うが、それだけにやり遂げた充実感や喜びも大きいのではないだろうか。もっと大切なことは、たとえ数週間程度の練習を通じたふれ合いであっても、そのことがもたらす子どもたちへの影響は極めて大きいと考えられることである。地域で生活している以上、その時知り合った方々とはどこかで必ず顔を合わせるはずである。たとえ挨拶をかわす程度であっても子どもたちにとって大きな意味を持つに違いない。そして、このような地域の伝統文化を伝える集団は、様々な職業や年齢層の人達からなる上に、青少年を立派に導ける方々のそろった集団でもあると思う。社会で活躍している人やいろいろな方面で努力をしてきた人達との出会いは、青少年にとって益するものも多いのではないだろうか。
伝統文化の継承のみならず、これからの社会を担う青少年の人間教育の場としても期待を寄せたいと思います。
「埼玉県民の日」記念作文コンクールで優秀賞を受賞した名栗小学校 岡部美月さんの作文、「家族みんなで参加する獅子舞」を紹介いたします。下名栗では、地域に伝わる郷土の伝統芸能・獅子舞にどのように取り組み、それがどんな意味をもつのかが、3年生の時から参加している岡部さんの目を通していきいきと描かれています。
LINK「家族みんなで参加する獅子舞」 【新しいウィンドウで表示します】
地域で大事にしているお祭りのようすや、これを通しての地域社会の結びつき、そして、この活動を通して学んだことがすがすがしい新鮮な文章で綴られています。
最後のまとめの部分が特に心に響きます。岡部さんがここまで深く学んだことは本人の資質とご家族によるところが大きいと思いますが、これこそ地域を愛し伝統芸能に共同して取り組んでこられた皆様方の力の賜だと推察いたします。