'99.8オーストラリア旅行記

99.8.9(月)第5日目

エアーズロック→ケアンズ (泊)


エアーズ・ロック(ウルル)頂上からの眺め


 翌朝4:30起床。サンライズツアーに行くためである。この日の日の出は7:22。日の出とともにエアーズ・ロックに登頂するのだが、その前に、朝日に輝くエアーズ・ロックの岩肌を見るのが「サンライズツアー」。日の出の一時間半前にバスは出発するので、こんな時間の起床になる。夕べ、天体観測ツアーから帰ってきたのが22時過ぎ。寝たのが23時。眠くて仕方がない。外はまっくらで星が出ている。とりあえずバスに乗り来んだものの、半分眠りこけている私だった。
 ところで、エアーズ・ロック・リゾートのホテルはかなりお高い。旅行会社数社の独占に近い人工的な町だから当り前なのだが、この部屋、ほとんど使わなかった。6時間ほど寝ただけである。なんとももったいない。
 エアーズ・ロックのすぐそばまで来て、ようやく空が白みはじめる。細い月がぽつんと空高く浮いていた。外に出てみるとむちゃくちゃ寒い。「これが砂漠なんだ」と、震えながら日の出を待つ。空気が乾燥しているせいか、気が付くと手がバリバリになっていた。茅沼氏は「顔がバリバリ」と言っていた。
 

 待つこと30分。ようやく日の出となり、暗く沈んでいたエアーズ・ロックの岩肌が輝き出す。朝日がまっすぐに当った瞬間は燃えるような赤色になり、それからよく見るオレンジ色になる。

 

 ちょうど太陽光線が最も美しく岩を照らした瞬間がこの写真。なんともいえない紅色だった。
 眠いわ寒いわで、みじめな気分で夜明けを待っていたが、この紅色を見た瞬間、寒さも眠さもふっとんだ。日の出ということで、次はいよいよエアーズ・ロック登頂。鎖のついた登頂口までバスで移動する。
 さてこの早朝エアーズ・ロック登山、水とお弁当の入った布製のデイバックをくれる。お弁当はオレンジジュースとリンゴとハムのはさまった大きなクロワッサンサンド。岩に登る前にきちんと食べておかねばと、日の出を待つ間に私はたいらげてしまった。本当は、岩の上で食べた方がおいしいのだろうけれど。
 もらった布製のデイバッグはあまりにもヤワなので、いつも使っている、しっかりしたデイバッグを背負って登山することにした。
 登山口を前にちょっとびっくり。想像以上に傾斜がきつい。たった一本の鎖をつたってこの急傾斜を登ることができるのか不安になる。そして登り以上に下りはもっともっと怖いのではないだろうか。すでに登り始めている人たちは、まるでアリのように小さく見えた。
 だが、今回の旅行で最も楽しみにしていたのはこのエアーズ・ロック登山。怖じ気づいている場合ではない。まずははうように岩肌にとりつき、鎖のたれているところまでたどり着く。
 イボつき軍手を持参していたが、この軍手、非常に役にたった。岩肌に手をつくのにも、鎖をつかむにも具合がいい。日の出とともに登頂をめざすたくさんの観光客とともに、鎖につかまりながら岩肌を登っていった。
 さて、ここで岩登りのコツをちょっと説明。相当急勾配ではあるが、雨上がりでなければ岩はそれほどすべらない。というわけで、鎖はあくまで補助で、鎖で体を引き上げようとすると体力を消耗する。また、一本の鎖に沿ってのぼるから、まわりのペースにまどわされやすく、自分のペースをつかみにくい。というわけで、最初の十分ぐらいで無理をする結果になり、登り切れなくなってしまう。
 私も自分のペースをつかみきれなかった一人である。ほんの少し登ったところで、心臓が痛くなるほどバクバク状態になってしまった。このところ、近くの山のトレッキングを始め、少しは体力がついたかと思っていたがまだまだである。ここで、また茅沼氏に思い切り馬鹿にされる(T_T) 今回は茅沼氏によく馬鹿にされる旅である(T_T) 水とかカメラを少し持ってもらい、気を取り直して、休み休み登り続けた。
 鎖がついているのは最初の三分の一ぐらい。あとはそれほど急勾配はないが、それなりにでこぼこ。場所によってはとりつくように登らなくてはならないし、腰を落として勾配を下らなくてはならない。しかしだんだん高さにも勾配にも感覚が麻痺し、へらへら登れるようになる。


一週間前に降った雨が水溜まりになっている→
 そして、いよいよ頂上! 登るにつれて、どんどん下界は広がっていったが、やはり最も高い地点から見下ろす世界は、素晴らしい! の一言につきる。これほどまでの眺め、私の今までの人生の中で1、2位を争うぐらいの壮大なものだった。

頂上の碑
 地平線の彼方までどこまでも続く潅木の大地。マウント・オルガの方へ目をやると、その姿がはっきりと見えた。360度、ぐるっと見回すと、はるか遠くに岩山が見えるほかは、このマウント・オルガ以外、さえぎるものは何もない。
 さて、このエアーズ・ロック。アボリジニの言葉だと「ウルル」というが、アボリジニの間では神官しか登ることのできない聖なる地とのこと。そのわけはよくわかる。この岩の上から下界を見下ろすと、神にでもなったかのような全能感に襲われる。まわりの大地がすべて自分に対してひれ伏しているような感覚に陥るのだ。思わず両手を挙げて、「世の民よ。我にひざまずけっ」などと叫びたくなったが、まわりの日本人がびっくりするだろうし、何より、茅沼氏が仰天すると思ったのでやめた(^^;
 次に、自分が鳥になったような感覚になった。この岩の端からどこまでも広がる大地に身を投げ出せば、このまま飛んでいけるような気がしたのだ。岩の上に立っているだけでも、飛んでいるような感覚がするのだから。下界へ飛びださんとする自分の体を、懸命に押さえる私だった。
 さて、いつまででも岩の上にいたかったが、集合時間というものもあるので、仕方なく嫌々、降りることにする。登ってくる時は「こんな急勾配、降りられるのだろうか」と心配していたが、すでに高さに対して全くの麻痺状態になっていたので、鎖にもろくにつかまらず、ほいほい降りられた。やはり岩は滑りやすくはなかったのだ。
 かくして、二時間ちょっとの登山は無事に終わった。後で「エアーズ・ロック登頂記念」という紙切れをもらった。これは「早朝登山ツアー」の記念品らしい。

岩肌のオレンジ色が水に映っている→
 この後、エアーズ・ロックの回りを、観光バスでぐるっと一周した。
 これは岩のふもとにある、アボリジニの壁画。それから、雨水のたまった湖である。
 バスで一周する間に、何ヶ所か「ここはアボリジニの聖地ですから写真をとらないように」と注意された。文化の違いというものは、十分に認識しなくてはならない。先ほど、エアーズ・ロックの登頂は、アボリジニの間では神官だけに許されたものと言ったが、よって、私ら外者が岩にゾロゾロ登るのをアボリジニの人たちは快く思っていない。彼らは私たち部外者を「アリのようにゾロゾロ歩く者」と呼んでいるそうだ。エアーズ・ロックの岩肌にたくさんの人が取り付く姿は、まさしくアリである。
 エアーズ・ロックにはどうしても登りたかったし、またその頂上からの眺めは、筆舌し難い素晴らしいものだったが、同時にそういう私たちをどういう思いで見ている者がいるか──そういうこともきちんと認識しなくてはならないだろう。(アボリジニの皆さん、ごめんなさい)

 これらは、エアーズ・ロックのそば、及びリゾートで見かけた花である。乾燥した砂漠だけれども、そこにも鮮やかな花は咲いている。(何という花なのだろう?)
 昼前にエアーズ・ロックからリゾートに戻り、テイクアウトの店で巨大なハンバーガー&サンドイッチを買って昼食とした。ほんとに巨大な物で、日本で買う物の3倍ぐらいの大きさがあった。これが普通の大きさだとしたら、もしオーストラリア人が日本でハンバーガーやサンドイッチを買ったら「何と小さい」と驚くだろう。
 リゾートには生活するのに必要な、最低限の店が揃っている。郵便局があったので、絵葉書を一枚買って、ためしに自宅あてに出してみた。この日は月曜日だったが、葉書は無事に土曜日に自宅に届いた。結構早いものである。

 さて、名残惜しいが、これでエアーズ・ロックは終わり。ケアンズへ向かった。たった24時間しかいなかったが、たくさんのいい思い出ができた。是非、もう一度来てみたい場所である。
 エアーズ・ロック→ケアンズの航路は、シドニー→エアーズ・ロックよりも、人の住んでいる気配があった。赤土であることには変わりがないが、大地は頑強な岩のように見えたし、道もかなり目にした。くたくたの体ではあったが、結局この下界の眺めに夢中になり、一睡もしなかった。途中のドリンクサービスでビールを頼んだが(国内線なので、アルコール類は有料。3$だった)、それでも結局、寝ることはなかった。
 ケアンズが近づき、荒れた岩の大地はふいに緑の地に変わった。
 場所によって、その表情ががらりと変わる。オーストラリアとは、本当に大きな大きな大陸なのである。



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