聖夜にバイトを入れる奴   清しこの夜   恋人はそれぞれに   世界で、唯一つだけの愛を語らう   黒く、厚く、深く空に掛かる絨毯は   彼ら彼女ら祝福する   白く、冷たく、温かい妖精たちは   ゆらゆら揺れて、儚く、刹那に消えゆく   絨毯に開いたのぞき窓から   白い母が優しく、柔らかい光を注ぐ   其処はまさに夢舞台   幻想的なのに、現実で、本当なのに、信じられない   でも   だからこそ   この夢が現実のうちに   魔法が解けるその前に  「僕は、貴女に伝えたい言葉があります」
  そこでぱっちりと目が覚めた。  「・・・・・・・・・あれ?」   寝ぼけた顔で部屋を見回す。   机と暖炉とクローゼット。他には学校へ行くための鞄がある程度。広い部屋にそれっぽっちの荷物しかないのは少し寂しいかもし  れないが元から物持ちが良い俺としてはそれで十分だった。枕元にはあまり使ったことがない目覚まし時計が静かに置かれている。   まあ、使ったことが無いというか、使っても意味が無いというか。   俺こと、遠野志貴の寝起きの悪さは筋金入りらしく、軽い電子音が鳴る程度の目覚まし時計では身じろぎ一つしないどころか、逆  に俺を起こしに来る翡翠の迷惑になるので使っていないのだ。けれど、その時計のおかげでことの異常な事態に気づけた。   時刻は朝の五時半。   未だかつて、俺の十八年間生きてきた人生の中でもそう無いだろう早い時間の起床。  (これは、何かあるな・・・)   自分でも自覚するほどに寝起きの悪い俺が今日に限って何でこんなには役目を覚ましたのか。   憶測だけならばすぐに思い浮かんだ。  (アルクェイドが屋敷に来て、秋葉と喧嘩でも思想なのかな?)   今まで散々起こっている毎朝の風景。それの度合いが一定レベルを超えると流石の俺でも気配に当てられて目を覚ますことがある。  今日はそれがこんなに朝早くに来たと言うことだろうか?   ・・・・なんだか、いい夢を見たのに気分が一気に氷点下を突き抜けた気がする。   夢で見た映像は先月アルクェイドと観に行った映画のラストシーンだ。   舞い散る雪と月の夜光に照らされた、まるで舞台のようなビルの屋上で主人公が恋人に愛の告白をするシーン。   はっきり言って聞いてる方が恥ずかしいそのシーンだがアルクェイドがとても感動していたから今でも良く覚えている。   それでもこうしているわけにもいかない。着替えて一回のリビングへ行かないと。琥珀さんはなんとでもするだろうけれど、翡翠  やレンがあの二人の喧嘩に巻き込まれるという可能性はある。それはとても可哀想だ。   クローゼットに掛かっている学ランとシャツを着込んで部屋を出る。いつも着替えを持ってきてくれる翡翠がまだ来ていないので、  この格好で出るしかない。今日で学校の二学期も終わるのでほとんどの荷物を出した鞄は酷く軽く、それを肩に担いで俺は部屋を出た。  「それで、どうしてそんな怪我を作ってしまったんだい?」   不思議そうな表情のままで俺の隣で次々と運ばれてくる食器を綺麗に洗っている黒桐幹也さんが口を開いた。   ここは駅前の商店街にある喫茶店『アーネンエルベ』の厨房。時刻は八時で、夕食時のピークが徐々に終わりに近づきつつあるた  め、いまは注文取りよりも運ばれてくる食器の片づけの方が忙しくなってきている。夕方に入ったときからずっと顔に青痣のある俺  は来てからずっとこの厨房で作業をしていた。幹也さんはウェイターの仕事が一段落したのか、今はこちらの応援に来てくれている  というわけだ。   今年の九月にバイトとして入った事と『アーネンエルベ』に他の男性店員がいなかったことがあって、俺と幹也さんはすぐに仲良く  なることができた。今ではしょっちゅう喧嘩する秋葉やアルクェイドたちのことで相談とかに応じて貰っていたりもするくらいだ。  ・・・まぁ、いろいろと話せないこと話していないけれど。   とはいえ、この怪我のことについてはあまり話せない。というか、話したくないと言うか・・・  「そう言う幹也さんも。どうして右の頬が真っ赤なんですか?」   とりあえず、来たときから気になっていたことを尋ねてみる。幹也さんは左目が無い。比喩や冗談ではなく、ざっくりと刃物か何  かで切られたと思われる傷が目の真上から頬にかけてあるのだ。それを隠すように左の前髪だけ伸ばしていつもは見えないがこうし  て横に立つとよく分かる。けれど、それとは別に右の頬に綺麗な紅い紅葉があるのもはっきりと見えた。   その問いに幹也さんはばつが悪そうに微笑んで、  「ああ。これかい?いや、今日がなんの日かって事をうっかり失念していてね。それを話したら恋人にこう、ばちんって」   まいったね〜とか言いながら泡の付いた手で頭を掻く幹也さん。なるほど、  「俺のと同じですか。ちなみに俺の場合はグーでしたけど」   いまでもひりひりと痛い頬をさする。それに幹也さんがご愁傷様といって同情してくれる。   ただ、まあ今回に関しては全面的に俺が悪いので何とも言えないのだが。   朝、目が覚めてリビングに行くと案の定、秋葉とアルクェイドの二人がリビングにいた。が、俺が予想していたような阿鼻叫喚な  展開にはなっておらず、しかも翡翠、琥珀さんにレンまで揃ってみんなで朝のお茶会を楽しんでいるようだった。それに安心してし  まったのが間違いだった。   お茶会に参加すること数秒、  「そうそう志貴。今日楽しみにしてるからね♪」  「そうですね。・・・兄さん、今日はご予定を空けておいてくださいましたよね?」  「え?遅番のバイトで今夜はいないけど?なにかあったっけ?」   その一言で朝の穏やかな空気は一変。予想通りの阿鼻叫喚地獄に早変わりしたというわけだ。   今日は十二月二十五日。   世間一般ではクリスマスと呼ばれる、大切な人々と過ごすはずの夜。   俺は完全無欠に忘れていた。   アルクェイドという立派な(?)恋人がいるのにどうして俺がアーネンエルベでアルバイトなんかをしているのかというと理由は  二つほどあったりする。   一つは、今日出てくるはずだったバイトの女の子が急にこれなくなったせいだ。   一ヶ月前にめでたく彼氏が出来たそうで、クリスマスにはどうしても二人でデートをしたい!!と言う彼女の気迫に負けて、俺は  今日の出勤を請け負ってしまったのだ。ちなみにその時点で俺は今日がクリスマスだって事は頭から無かった。知ってたらさすがに  代わったりはしなかったと思うけれど、忘れていたのだから今更どうにもしようがない。   ちなみに幹也さんは休みを取り忘れたとか。最近俺たち二人をさして『朴念仁’ズ』とか『唐変木コンビ』とか言われているけど  なにも言い返せないですね。  「まぁ、お互い頑張ろう」   ぽんと肩に手を置く幹也さんに軽く頷きながら、同時にため息をついた。   バイトが終り、日付がもうすぐ変りそうな時刻。   後十分で聖夜が終る事を腕時計で確認してから空を見上げた。   其処には新月がぽっかりと闇の中に浮かんでいる。   そこで、俺は白い靄と一緒にため息を一つ。  「失敗した〜」   本当にどうかしてる。   自分の迂闊さというか、間抜けさというか、どじさ加減に呆れて物も言えない。  「やっぱり怒ってるだろうな〜」   当然だろう。   年に一回のクリスマスを完全に忘れるなんて男として失格だ。   バイトが終ってから逢いに行こうかとも思ったけれど今朝の怒りようだと逢ってもくれないかもしれない。あいつに拒絶されるく  らいだったら、このままクリスマスを終らせて挽回のチャンスを待った方がいいかもしれないと思う。幹也さんは偉く自信満々なか  んじで「きっと彼女も君を待ってるんじゃないかな」と言っていた。自分も精一杯謝るためにコレから恋人さんに逢いに行くと言っ  ていたけど、そう上手くいくものだろうか?   でも、今日はバイトに出なくちゃいけ無い理由があったのだ。クリスマスを忘れていたこと以外に、もっと大切な理由が。  「っていっても、今更なにを言っても言い訳になるよな」   ごろりと寝転んで一人呟く。   月の明かりと草木のヴェールに包まれた、舞台のような草原。   そのど真ん中に、独り占めするように寝転びながら、“ソレ”が月の代わりにならないかと捧げるように持ち上げる。   コレは来年まで持ち越しって事にした方がいいんだろうね。やっぱり。  「なに一人でにやにやしてるのよ」   頭のある方からそんな不機嫌そうな声が聞こえる。  「え?」   驚いて体を起こすと、其処にはアルクェイドが怒ったように腰に手を当てて立っていた。  「もう、志貴ってばあるばいとが終った時間になっても全然逢いに来てくれないなんて酷いじゃない。よく知らないけど、今日って  人間の恋人たちにとっては大切な日なんでしょう?なのに私たち、全然ソレっぽいことしていないのに今日が終っちゃうじゃない」   むーっと頬をふくらませて抗議の声を上げるアルクェイド。   けれど、俺としてはあまりにも都合のいい展開のせいで呆然。   ああ、なるほど、そう言えば聖夜の夜に仕事するのは俺たちだけじゃなかったっけ。   そう思うと途端に今までの自分が笑えてくる。                         ・・・・・   まったく、何をやってるんだか、俺は。こいつがこういう奴だって、一番よく知ってるはずなのに。                                           ・・   拒絶されるのが怖い?莫迦言うな、そんな、俺自身が騙せない嘘をいうなんて、相当俺は臆病だったらしい。   すいません幹也さん。こんな不出来な嘘を付いて。   でも、まあ、ソレはソレとして   伝えなきゃいけない言葉と   果たさなくちゃいけないことがあるから   白い妖精も   母の月もないけれど   舞台だけは整ってる。   だったら後は役者の度胸次第と言うことで。  「もう、なににやにやしてるのよ。私コレでも結構怒って・・・」  「アルクェイド」   まだぷんすか怒っているアルクェイドの言葉を遮って一歩だけ。  「な、なに?」   びっくりして俺の顔を見上げる彼女の顔をよく見る。   なんだ、白い妖精も、優しい月も、   いま俺の目の前に在るじゃないか。   なら、後は赤い魔法使いの魔法が解けるその前に  「俺は、貴女に伝えたい言葉があります」   右手に持っていた“ソレ“を持ち上げる。   紺色の、小さな小箱。   アルバイト三ヶ月分の給料でようやく手に入れた物。ついさっき、今月分の給料を手渡しして貰ってようやく手に入れた物。   本当に小さい、豆粒ほどの大きさしかない、真円のダイヤがあしらわれて、金の鎖で繋がれたネックレス。  「誕生日、おめでとうアルクェイド。俺は、君を世界の誰よりも愛しています」  「・・・・・・・・・・・っあ」   小さな、本当に小さな声が漏れる。   一瞬崩れかけたアルクェイドの表情が、すぐにいつもの、   いや、   おそらくは今までで一番の笑顔を作って。  「うん!ありがとう志貴!!」   これ以上ないくらいの、クリスマスプレゼントを俺にくれた。

とりあえずお姫様誕生日記念SS
月姫キャラでは琥珀さんの次に好きなのですが書こうとすると難しいことこの上ない(汗)
しかも大半が幹也と志貴の会話になってるし(滝)
まぁ、コレを生かすも殺すも『赤色の魔法使い』の力次第と言うことでw
では、此処まで愚作を読んでくださってまことにありがとうございました〜。