*はじめに
 このSSはセイバールートのネタバレを含みますので、まだ未プレイの方にはお勧めいたしません。

 




剥がれた仮面

  聖杯戦争が終って二ヶ月ほどが経った。   壮絶、と言う表現が甘く聞こえてしまいそうな毎日を経て、いまは俺たちは平和な一時を過ごしていた。   空は青く、   日差しは暖かく、   庭に咲き誇る桜の花弁は今が盛りと舞い散っている。   そんな風景を見ながら、ゆっくりとお茶を飲むのが、俺こと衛宮士郎のささやかな幸せだったり――――――――――――  「衛宮君?現実逃避も良いけれど早めに戻ってこないと大変よ?」   ――――するのだけれども横から聞こえてきた遠坂の忠告で現実へと引き戻されてしまった。  「………遠坂、頼むから後三分だけ頼む…………………」  「別に私は良いけれど、桜やセイバーが凄い目をしてるから早めにこっちに戻ってきた方が身のためよ?」   そんなことを言いながら自分用に買ってきたらしいカップで優雅に紅茶を飲む。いつも紅茶を飲み慣れているらしいのでその動作  はとても様になっている。俺もそれにつられるようにして手にした湯飲みに満ちた緑茶を一口啜る。   春の日差しは暖かい。   在学生にとっては明後日が始業式なのだが、生徒会の助っ人として招集されている俺は今日が春休み最後の一日になる。この陽気  なら、明日の入学式では天気には恵まれそうだ。桜の花も、今年に関しては狂い咲きがなく、狙いすましたかのように盛りを迎えて  いる。  「シロウ。いい加減、貴方の意見を聞きたい。そうでなければ桜も納得できないでしょうし」  「そうですよ。先輩。早くこの人達になにか言ってあげて下さい」   と、今度はセイバーと桜が同時に抗議の声を挙げた。   時間稼ぎもここまでか――――――――   深いため息を一つ吐いて、俺は頭痛の種にもなっている茶の間に集まった、総勢四人の女性に目を向けた。   視界の左から遠坂、セイバー、桜、ライダーの順番。特におかしいところはなく、みんなきちんと折り目正しく座っている。いや、  ライダーは遠坂の家にあったとか言う魔眼殺しをかけて例の眼帯をはずしているのだが、ソレはまあ些末なことなのでいまは無視。  問題なのはむしろ、セイバーとライダーが来ている服装にある。   薄茶色のブレザーに、紺地のスカート。胸元には赤いリボンまで完全装備。   その服装は良く見知ったものだ。   というか――――――――――――  「なんだって二人ともうちの学校の制服を着てるんだ?」   いままで先延ばしにしていた質問をぶつけてみた。途端、セイバーもライダーも少しだけ居心地の悪い表情をするが、  「シロウ。私は貴方の剣となり、貴方の身を守ると誓った。しかし、先の戦いでは逆に助けてもらってばかりでなにも出来ていない。  だからその恩返しの出来る機会を一つでも多くするためにも私は貴方が通う学校へ通う必要があると思うのです」  「セイバーの意見に賛成です。なにより、私たち二人はサーヴァンドとしてこの世界に止まっている。故に出来る限り主の側にいる  というのは何ら不思議なことではないでしょう。むしろ、私はサクラが反対する理由が分からない」   ちらりと桜の方に視線を向けるライダー。桜はそれに唇を尖らせて、  「でも、聖杯戦争だって終って危険はないんだから、なにも二人が揃って学校へ行く必要はないでしょう?なにより、何かあったら  私と姉さん。それに先輩だって一緒なんだから問題ないわ」   と、正論で迎え撃つ。だが、ライダーはその首を振り、  「いいえマスター。そのようなことはありません。確かに大聖杯が停止し、この地での聖杯戦争は終りました。しかし、貴女のレイ  ラインはいまだに聖杯と結ばれています。私やセイバーを具現が出来るのはその恩恵なのですから。その力は確かに強大ではありま  すが、その力の大きさ故に厄介な存在を呼び込みかねない。そうした場合、私やセイバーがいれば苦難を逃れることも出来るかも知  れませんが、そうでなければ対処が出来ないでしょう。既に令呪がないため、貴女達の窮地に私やセイバーはいささか反応が後手に  なると言うことは十分に考えられる」  「ライダーの言うとおりです。力とは別の力を呼び寄せる性質を持つ。貴女の持つ物はその中でも群を抜いている。だからこそ、そ  れに引き寄せられるのは群を抜いた化け物である可能性は捨てきれない」   ずいっと、身を乗り出す二人。それに圧倒されながらも桜が口を開く。  「くっ………ふ、二人ともいつの間にそんなコンビネーションが良くなったの?」  「「単に目的が同じなだけです」」   完全に息がぴったりなのにどうやら内部では分裂しているらしい二人とそれと対峙する桜。ちなみに俺と遠坂は話しに入らないで  傍観者を決め込んでいた。  「大変ねえ。衛宮君」   しみじみと、紅茶を飲みながら呟く遠坂。  「まったくだ」   とりあえず三人に聞こえないように返事を返す。が、遠坂には聞こえたらしく、  「で?学費を出す羽目になるであろう衛宮君の意見は?」  「二人とも編入試験で奨学生になってくれたから学費に関しては問題ない。でもさあ、遠坂。もうあの二人は家族みたいなもんなん  だから学校に行くこと自体は反対じゃないけど、二人に戸籍ってあるのか?学校への書類って遠坂がやったんだろう?」   普通、一般的に戸籍のない人間は学校へ通えないと思う。少なくとも学校へ提出する時の書類にはそう言ったことを書かなくちゃ  いけなかったと記憶している。しかし、遠坂は案外あっさりと、  「それなら大丈夫。アンタがいま使ってる左腕を作ってくれた人の知人にやたらと『そっち』に詳しい人がいたのよ。それで、密入  国した人間の戸籍をどうしたら手にはいるかって相談したら次の日には戸籍取ってきてくれたのよね」   と言っていつも持っているのか、二人の保険証を見せてくれた。   二人の名前はそれぞれアルトリア・S・サーヴァンとメディス・R・サーヴァンというものらしい。二人の継柄は姉妹となって  おり、両親は死去したことになっている。姉のメディス、つまり、ライダーは親御さんが亡くなった事故の際に目を負傷し、一年間  入院していたため、実年齢では俺たちよりも一つ上という扱いになっていたが、容姿が飛び抜けている上長身の彼女ならばむしろそ  ちらの方が説得力があるかも知れない。ちなみにセイバーは今年からの新入生として入るらしい。   本人はそれが不満らしいが、セイバーの体格ではそのくらいが妥当とも思える。  「えらく手が込んでるな………」  「まあ、元から無いものを在るってするんだからしょうがないわよ」   苦笑を浮かべながら遠坂はまだ喧嘩なんだかじゃれ合ってるんだか分からない三人へと視線を向ける。それは間違いなく姉のそれ。  「それもそうか。こういう事なら、いくらでも頑張れるしな」   その平和がまぶしくて、思わず口元が緩む。   穏やかな笑みを浮かべる遠坂や、怒った表情の桜。一生懸命なセイバーと同じく必死になるライダー。   それらを全部守れたことに満足して、俺はまた春の日差しが差し込む庭へと視線を向けた。   そこには、まるであの戦いが夢であったかのような、呆れるほどに晴れ上がった四月の空が広がっていた。   聖杯戦争の最後の戦い。   大聖杯を破壊するために俺と遠坂、それとライダーは柳洞寺の地下にある大空洞を進んでいた。   隣を歩くライダーも遠坂も無言。   俺自身、左腕に宿るアーチャーの力を引き出したために、動くのだけでも奇跡みたいなものになっていたので、喋る元気なんかは  まるでない。だから、俺たちは黙々と、それでも臓硯やアサシンの奇襲に備えながら慎重に歩を進めていた。   と、前を歩く遠坂の歩みが止まり、同時に広い空間に出る。   高さが教室くらいだが広さで言えば体育館くらいはありそうな広場。   その空間全てを制圧している少女は漆黒に汚れながらもなお気高く凛々しい。  「セイ、バー………」   知らずに俺の口から彼女の名前がこぼれる。漆黒の騎士は返事をする出もなく、ただ俺たちを敵と見なして佇んでいる。  「やはり。貴方達ならば必ず来ると分かっていました」  「あら、その割りに出迎えは貴方だけなのセイバー?あの妖怪爺とアサシンは一緒じゃないのかしら?」   殺気が凝固して刃となりそうなセイバーの視線を受けて、何事もないかのように応じる遠坂。その手には俺が投影した宝石剣だと  かいう、奇妙な形状をした短剣が握られている。それが自信の元となっているのを見抜いたのか、セイバーはやや眉をひそめて、    カレドスコープ  「『万華鏡』の魔法を投影させたのですか………凛、私は貴方を過大に評価していた。そのような偽物で勝利を得られるとでも思っ  ているのですか?」   セイバーはいままで聞いたこともないほどに侮蔑の念を込めて言い放つ。一方の遠坂はまるで気にした様子もなく、  「当然でしょ。貴女の宝具がいかに強力かは知っているし、その威力がこれの最大出力を上回るなんて分かりきってる。けれど貴女  はここで私と打ち合えない。何故なら………」  「此処でそれをすれば皆生き埋めになる、と。確かに貴女の言うとおりだ」   あっさりと認めるセイバーに遠坂は少しだけ怪訝そうな表情を浮かべた。  「あら、ずいぶんと物わかりが良いのね。貴女って結構頭が固いと思っていたけど」  「もとより貴女に興味がなかったと言うだけのことです、凛。私が主より命を受けていたのは貴女以外の何者も通すなと言う事のみ。  もとより貴女の相手は私ではない」   そう言って、一歩横にずれるセイバー。  「凛。桜が貴女を待っている。戦闘が始まる前に早々にこの場を去ると良い。いまのは私では手加減をせずに貴女を殺してしまいそ  うだ。そうなってしまってはマスターの命を守れなくなってしまう」  「………そお。じゃあお言葉に甘えさせてもらうわね」   セイバーの言葉に一瞬だけ逡巡する様子を見せた遠坂だったがすぐにそれもなくなり、セイバーの横を通って洞窟の奥へと繋がる  洞穴へと向かい、その直前でこちらに振り向いた。  「それじゃあ先に行ってる。桜を助けたいなら、早く追いかけてくる事ね」  「ああ。………遠坂に、桜は殺させない。先に行って、ちょっと世間話でもしてろ」   セイバーから視線を外さずに答え、気配だけで遠坂が洞窟の置くに姿を消したのが分かる。  「さて、それでははじめましょう。シロウ。覚悟は宜しいか?」   遠坂がいなくなった途端、広場の空気が質量を伴って重くなる。   錯覚ではなく、彼女から漏れ出る殺気は既に呪縛の域だ。傍らに立つライダーも思わず息を飲んでいるのが分かる。   けれど、此処で彼女の気に呑まれるわけにはいかない。  「そう、だな。覚悟も決意も、とっくに出来てる」   重い体を引きづって、一歩。彼女の間合いに入った。  「なっ!?士郎。貴方は下がっていて下さい」   驚きの声を挙げたのはライダーだ。事前の話し合いでは、ライダーがセイバーと戦い、隙をついて宝具同士のぶつかり合いに持ち  込み、それに俺が協力してセイバーを倒すという作戦だったのだが――――――――  「ごめんライダー。悪いが、遠坂を追ってくれ。………あいつ、ここ一番で絶対にぽかをするからさ。アーチャーがいない分、誰か  が、守らなくちゃ、いけないんだ………。   だから、殿は俺が請け負う」   バチン   視界の奥で火花が散る。   脳が爆ぜるような痛みの末、俺の両手には干将莫耶が握られていた。  「士郎………貴方は自分の体がどうなっているか分かって………!!」  「知ってる………だから、もうすぐ動けなくなっちまう。その前に、行ってくれ。ライダー」   振り向かず、視線はただ眼前に立つ最大の敵のみを見つめる。ライダーはなおを諫めようとして、諦めた。   その後ろ姿が、自身の左腕を賭して、この青年を助けた紅い騎士に余りに似ていたから。   彼の騎士がそうであったように、彼もまた、自身の命を賭けて、守るべきものを守れる最大の手段を選ぶのだろう。  「………承知しました士郎。こうなるとは思いませんでしたが保険もある。無茶をするなら、思い切り押し通して下さい」   ライダーの返事に、セイバーが素早く反応する。  「バカな。私がそのようなことを許すとでも?」  「莫迦は貴女だセイバー。お忘れか?この身はあらゆる障害を突き抜け、陣を粉砕する騎乗の英霊。剣士一人、抜くのはたやすい」  「………その大言、飲むことはできんぞ!!」   同時、二つの影が疾走する。   駆け出すライダーに必殺の刃を放とうとするセイバー。   まずい、このままじゃ正面からセイバーの剣がライダーを捉えてしまう!!!  「ライ…………」   叫びをあげるよりも早く、セイバーの刃がライダーの首を刎ね――――――――    ブレーカー ・ ゴルゴーン  「自己封印・暗黒神殿!!」   その刃の届く刹那。   ライダーは真名を持って、その両眼を覆う魔眼殺しの布を捨て去り、至近からセイバーの目を視る。  「「なっ!?」」   叫びはほぼ同時にセイバーと俺との口から漏れ、同時にセイバーの動きが一瞬だけ停止する。魔眼――――事に、ライダーの持つ  石化の魔眼は対象がそれを初めて見る場合、そして、それを直に目で視てしまった場合に最大の威力を発揮する。魔法ですら耐えう  る対魔力を持つセイバーといえどもその魔眼を前に身動きがとれなくなってしまったのだ。   だが、その呪縛すらはじき、緩慢な、されど人の身であったなら必殺に値する一撃を放つセイバー。   しかし、ライダーもまた人ならざる英霊。一瞬だけの隙を逃さず、彪を連想させるしなやかな動作でセイバーを抜き去り、奥の洞窟  へと姿を消した。  「くっ。逃がす――――」  「追わせないぞ………セイバー!!」   走り去るライダーを追おうとするセイバーの背中に右手に持つ干将を振る。しかし、セイバーは背中に目でもあるかのように反応  し、振り向きざまにその一撃を防ぐ。  「っ………シロウ!!」   剣をはじかれ、体勢が崩れたさいにがら空きになった胴を切断するためにセイバーが漆黒の聖剣を振るう。それを左腕に持つ莫耶  で防ぐが、その程度の防御など意味がないとばかりに剣は振り抜かれ、数メートルも吹き飛ばされてしまう。背中から落ちたせいで  息が詰まるが、いまはそんなことを気にしている場合じゃない。   くっそ。小柄なくせに馬鹿力過ぎるだろ!!   声にならない悪態を吐きながら、頭上にせまるナニカを避けるために地面を転がり、吹っ飛ばされながらも持っていた両手の剣を  渾身で振るう。交差するような剣閃を描く双剣はその交点で彼女の一撃を防ぐ。両の腕、特に右腕にまるでハンマーでも振り下ろさ  れたんじゃないかと思うような衝撃が走る。  「――――――――セイ、バああああぁああああ!!!!!」   しかし、ここで足を止めるわけにはいかない。   全身の力を振り絞ってその剣をはじき、剣を繰り出す。   アイツの左腕から戦闘に関する知識を吸い出す。そのたびに回路の一つ一つが悲鳴を上げて断絶していく。けれどかまわない。元  より、人の身で彼女に勝てない事は百も承知。それでも勝たなくてはならないと言うのなら――――――――   それは命を賭けるしかない。     体は剣で出来ている  『I am the bone of my sword』   奴が好んだ呪文の一フレーズ。   声には出さず、ただ思うだけで十分に力を与えてくれる決意の言葉を込めて、いままでで最高の技を放つ。   干将で彼女の胸を貫こうとしてそれを剣の鍔で防がれ、左手に持つ莫耶で喉を切りつける。その速度は自分でも信じられぬほど。  しかし、剣の英雄たる彼女には役不足。右手の干将を弾きながら刃で莫耶の軌道を遮り、同時に莫耶を巻き込むようにして俺から見  て右側に踏み込む。渾身であるが故に体が流れる俺の背後を取り、容赦のない一撃を放とうと聖剣を振りかぶる。   だが、それは予想の範疇。   大振りの一撃は予想通りに振り下ろされ、前に身を投げていた俺はその一撃を受けることなく、彼女との間合いを五メートルほど  広げることに成功した。  「…………………………………」   セイバーは怪訝そうな表情で俺を見つめる。確かにおかしいと思うだろう。彼女の間合いに入り、また、必殺の意志を持って振る  った剣が防がれ、かわらされるなどありえない。すくなくとも、人間であるならば、そんなことは無理な話だろう。それこそ、超越  種と呼ばれるような吸血鬼やらと毎日血みどろの戦いをしているような教会の代行者でもなければ。  「どうした………、セイバー……俺は、まだ………生きてる、ぞ」   息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。   両手にある重さと、ちらりとだけ向けた視線でまだしっかりと干将莫耶の双剣を握っていることを確認する。だが、他の感覚は軒  並潰れてしまった。痛いと思う神経も壊れたのか、俺の体は別段苦しくもなく、ただ重くなっている体を無理矢理に起こしながら、  彼女と対峙する。  「アーチャーの腕………なるほど、道理で貴方程度の術者が彼の宝石翁の短剣を投影できるわけですね。ですが、そのような無理を  しては死期を早めます。シロウ」   目を細め、怒りと露わにするセイバー。   一瞬、それを見て思考が止まってしまった。乱れた息を整えるのも忘れて。見入ってしまう。   何故なら、それはあの日、バーサーカーに負わされた傷を心配してくれた時と同じ顔だったから。   だから、俺は苦笑して、セイバーはいよいよ怪訝な表情をした。  「どうしましたシロウ?なにが可笑しいというのです」   なんて事を真面目な顔をして言ってくるから、余計におかしくなった。もう息をするのも面倒くさいと言い出しそうな体が、勝手  に笑いをこぼしてしまう。   彼女がまるで変わっていないから。   彼女が彼女のままでいてくれたから。   だから、笑みがこぼれてしまう。   その身を黒く汚されても。   その魂を闇に捕らわれても。   清廉潔白。   気高く凛として立つその姿は正に抜き身の聖剣。   そして――――――――  『貴方が私のマスターか』   ――――――――こんな半人前の魔術師に使えてくれた、ただ一人の騎士。  (まったく、俺はとんだバカだ)   ああ、自分でも分かってる。   自分はどうしようもないくらいのバカで阿保で間抜けで唐変木だ。  (桜だけの味方になる)   確かに誓った。   その誓いに嘘はない。   けれど、なにも彼女『だけ』の味方になる必要なんて無い。  (いまさら、思い出した………)   みんなが笑っていられれば良いと思った。   泣き顔を見るのが苦手だった。   困っている奴を見捨てるのなんてもってのほかだった。   みんなを守りたい。   そう願って、守れる人間になりたくて、俺は魔術師になることを選んだんじゃないか。それしか方法がないなんて、そんな諦めな  んかを受け入れられるほど大人だった訳じゃないはずだ。   現実にないなら、理想で創ればいい。  (なら、俺が作りたいのはこんな武器じゃない)   止まりかけの息を整え、唯一つの武器を幻想する。   ・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   唯一つ。無限の剣を全て打ち砕けくためだけの剣を。   奴が求め、それでも至れなかった一つの答えを形にすればいい。   左腕を持ち上げて、力在る言葉を紡ぐ。
   体は剣で出来ている I am the bone of my sowrd.   血潮は鉄。心は硝子 Steelis mybody, and fireis myblood.   幾たびの戦場を越えて不敗 I have created over athousand blades   ただの一度の敗走もなく Unawere of loss.   ただの一度の勝利もない Nor awere of gain.   担い手は一人、剣の丘で鉄を打つ   Witgstood pain to create wepons. waiting for one arrival. 唯一振り、いかなる剣をも砕く剣のため。   Forone reason, making the Unlose Sword.   ならば、その生涯に意味は不要らず I have no regrets, This is the only path. その最期、辿り得たその剣こそ―――― Theend ofthelife, I only get the sword 唯一、真なる無敗の剣 Only my Sword of Blaker.
  永い詠唱を一瞬で。   全身の神経が焦げるのに耐えながら。   最後の準備は整い、ため息をついた。   決意はたしかに。雑音だらけだった頭が急にクリアになる   必要な武器は在った。   後は、命を賭けるだけ――――――――  (ごめん桜。迎えには、行けないかも知れない)  「………セイバー。次は全力で来い。そうでないと、死ぬのはお前だぜ?」   にやり、とした笑みが口元にあるのが自分でも分かる。セイバーはそれをじっと睨み。  「なんの悪巧みかは知りませんが、貴方の浅知恵ではなにをしても無意味だ。次の一撃を持って貴方を葬る。いままでの剣を交わし  たことは賞賛するが、この一撃を防ぐ術は貴方にはない」   言い放ちながら、その手にした聖剣に暴力的な魔力を注ぎ込む。刀身は闇に包まれ、破壊するためだけの力が刃を作る。   それと同時、俺は地面を蹴って駆け出した。セイバーとの間合いは五メートル。詰めるのに二呼吸。一つ呼吸をつく前に両断され  るのは明白。   しかし、それが振られるより前に干将莫耶を投げつける。残り滓みたいな魔力を全力で込めて投擲した双剣は、だが蚊ほども影響  と判断され、セイバーは双剣ごと俺を切り伏せるためにその剣を振り下ろす――――――――    エクス――――  「約束された――――――――――――」   ――――――――だが、それ故に剣筋は確かに読みとれる!!!!!!   ソード――――  「祝福された――――――――――――」   剣製は瞬時。   バチンと、ナニカが弾ける。   それでも左腕からありったけの魔力を引きづり出して真名を叫ぶ。   カリバー  「勝利の剣!!!!!」   ブレイカー  「無敗の剣!!!!!!」                  ソードブレイカー   真名を持って解き放たれた魔剣『祝福された無敗の剣』。   純白の刀身に黄金の光を帯びた究極の、剣士にとっては最悪の魔剣。   弓の騎士がその生涯を賭し、唯一見つけることの出来なかった、最強の剣殺しの刃。   多くの剣を作り、多くの剣を折り続けたが故に、その果てにあると知った究極の一。   全ての剣を打ち砕き、誰をも傷つけずに勝利を得うる剣。                             ユメ   彼が望み続けた、彼が幻想しうる最強の剣すら打ち破れる理想。
 ――――――――皮肉にも、剣に殉ずるがために辿り得ず、          剣を折ったが故に辿り着けた尊い理想――――――――
  交錯は一瞬。   全身全霊を込めたその一撃は完璧にセイバーの一撃を無効化し、妖精の手によって鍛えられた剣は砕けこそしないが完全にその光  を霧散させる。その代価として、こちらの剣は完全に砕け散った。  「え?」   呆然と、己の剣を見つめるセイバー。   その隙を逃さず、遠坂から借り受けたアゾット剣を引き抜いて一気に間合いを詰め、彼女を押し倒して馬乗りになる。  「シ、ロウ?」  「ごめん。少し、いたい」   困惑するセイバーに先に謝り――――――――   彼女の腹に自分の左手ごとアゾット剣で貫いた。  「ガッ………」   腹を割かれ、血を吐くセイバー。暴れられる前に意識の全てを左腕に集結させる。                      ・・・・・・   正確にはその左手から流れ、セイバーへと流れ込む血液へと。   トレース・オン  「同調・開始」   血液を触媒にしてセイバーの内にこびりついた泥野郎を根こそぎ掃除する。   それが、俺の考え得る、セイバーを救える唯一の方法だった。   もとより、セイバーのいまの状態というのは命令権を奪われただけの状態。しかし、それは令呪による物ではなく、桜を触媒にし  て現界したあの泥野郎が直接取り憑いて操っている、と言うところが一番近いはずだ。完全に滅ぼされ、『セイバー』と言うクラス  から解き放たれた彼女が未だに消えずに現界していられるのは元から消えてなんていなかったからだとすれば説明がつく。  (なら、その操ってる奴を引っぺがしてやるまで)   俺の唯一まともに扱える『物の構造を設計図としてみる』魔術を行使。                  泥野郎   それでセイバーの内に潜む『アンリ・マユ』を見つけ出し、アゾット剣に込められた遠坂の魔力でそれを破壊。英霊たるアーチャー  の血を利用することでさらにその魔力の効果を上げられる。対魔力を持つとはいっても、それは彼女が着る鎧に付加されるものらし  いため、内側から、それも血液を介すれば俺の魔力でも十分に彼女の内部へと進入できる。   問題があるとするなら、それは俺の魔力も、アーチャーの魔力も、アゾット剣に込められた魔力すら尽きそうなと言うことだけ。   唯それだけの問題。  「俺の命は………くれてやる。それでも、てめえだけは放っておかない」   俺の視界。   セイバーの心臓にこびり付く泥に魔力を注ぎ込む――――――――!!   ぶちん。  「ぎっ………!!」   限界を超えた俺の神経が断絶した音だけは妙にはっきりと聞こえた。視界が暗い。真っ暗でなにも視えない。皮膚が泡だってとて  も熱い。けれど寒い。あの時と一緒だ。熱くて死にそうなのに寒くて凍えそう。なのに体はまるで動かない。はやくうちにかえって  まっていなくちゃいけなのにまるでうごいてくれない。いいつけをまもらなかったからこわれた家。たくさんめのまえで死んでいっ  た人たち。やけて死んだり、つぶれて死んだり、ないて死んだりしてい――――――――――――  (シ………ロウ…………)   地獄のような世界に、その声が届いたのは本当に、どんな奇跡だったのだろう?   分からない。   分からないけど、彼女の声が聞こえただけでこころが暖かくなる。   もう、熱くない。   もう、寒くない。   ただ、こころのなか、彼女と繋がっていると実感できるモノがあるから、暖かい。   息を深く吸う。肺に激痛。いい加減、全身が言うことを聞いてくれないって言うのに律儀に痛みを訴えはじめた体に、無理を言って、  自分の右腕を高く持ち上げる。  (――――――――――――無茶をするなら、思いっきり押し通して下さい)   その言葉に感謝して、力を込める。   何処にそんな力があったのか、もうすっかり空になっているというのに魔力がわき上がり、右腕に集まる。   イメージするのは弓。突き刺したアゾット剣を矢として、それを介して奴を狙う。   外すはずなんて、ない。  「すぐに行く。親玉に逃げる準備でもさせとけよ」   右腕は、引き絞られた矢のように解き放たれた。   戦況は芳しくはなかった。  「くっ!?」   高速で飛翔する天馬を駆りながら襲いかかる桜の影を避ける。半霊体であるサーヴァンドの身であの影に触れたならどうなるかな  ど、セイバーやバーサーカーを見れば容易に想像がつく。  「まったく、凛も桜も、どうしてこう世話がやけるんでしょうか!!」   愚痴をこぼしながら、ぐったりとした凛が落ちないように抱えながら振り下ろされる影の巨人の右腕をその脇をくぐることで避け  る。その際に天馬の羽ばたきで起こした清風で影を削るが、いかほどのダメージもない。舌打ちしたくなるのを我慢して流星の如く  空を駆ける天馬を制御する。   戦闘が始まって数分。   士郎にセイバーを任せた私は彼の頼み通りに凛の後を追い、そして彼女たちの戦闘を目の当たりにした。   それは、私の想像を容易に凌駕するモノだった。   聖杯とつながり、最凶のサーヴァンドであろう『アンリ・マユ』の依り代たる桜の魔力は無限に等しく、サーヴァンドの宝具をも  って、初めて倒し得る影の獣を創りあげて襲いかかる。それに対して、凛は手にした短剣――――第二魔法を操る宝石のゼルレッチ  が愛用したといわれる宝石剣で対抗した。平行世界から魔力を無制限に汲み上げる凛は無限の魔力を有する桜と対等以上に戦ってい  た。                               ベルレフォーン   正直、私などが入り込める隙間などはなかった。私の持つ『騎英の手綱』では、突っ込んでいった直後に影に取り込まれてしまい  かねない。石化の魔眼も、事前に知っている桜では効果など期待できるわけがない。出来ることと言えば、影たちを攪乱して少しで  も凛に魔術行使をさせやすくさせるといった程度。   けれど、戦いはそれだけで凛の優勢に転じていた。空からでは彼女たちの会話まで聞こえないのだが、桜の表情に焦りがはっきり  と浮かんでいた。  (これなら、桜を殺さずに抑えることが出来そうですね)   一瞬、本当に愚かな事ながら、私は気を緩めてしまった。  「………………っな!?」   急激な虚脱感。目の前が白濁し、刹那の間だけ視力が失われる。それが、数日前に吸血した際に交わした私と彼との間にもたれた  “契約”による魔力の搾取であると気づいたのだが、そんなことを言っていられないほどに魔力が抜けていってしまう。なにせ、こ  の目に宿るほとんど全ての魔力を吸い上げられたのだ。ショックで気を失わなかっただけ上出来。   けれど、その意識の感激は絶望的。   目の前に迫る影の巨人は拳を振り上げて私たちを飲み込もうとする。  「くっ………舐めるなぁあああああああああ!!!!!」   残り少ない魔力を動かして天馬の周辺に結界を張り、神速の突撃を持ってなんとか一体。それで私の中に在る魔力は底を尽きかけ  ていた。もとより、この場に来てからは桜からの魔力供給もない。私が持ち得る『搾取』の性質を持つ力でこの場にある魔力を多少  吸い上げることも出来るが、凛が派手に使い切っている上、サーヴァントの躯では無理がある。  「このままでは………流石に。凛!!ここは一度は退きましょ………」   手綱を引き、私が見下ろした光景は、しかし、その直前のモノと違っていた。   桜と凛。   それは間違いはない。   違っているのは二人の距離と、凛の姿。   二人はまるで抱き合うようだった。   凛は大切な宝石を愛でるように、一度、桜の髪を撫で、そのまま、夥しい量の血液を流しながら倒れた。  「ねえ、さん・・・・・・?」   ぽつりと呟く桜の姿は、こんな時だというのに迷子のそれに似ていた。  「いやああああああアア嗚呼ああああアアアアああ嗚呼ぁ――――――――」  「いけない桜!!」   絶叫に応じるようにしてあふれ出る影。それが凛を飲み込む寸前で私が彼女の躯を天馬に乗せ、再浮上する。   凛は………良かった。傷は深いが、彼女が持つ魔力回路は徐々にその傷を修復しはじめている。出血量に気を付ければ、まだ助け  られる。しかし、桜は完全に暴走していた。魔力に統率はなく、自身すらその破壊の対象としてしまっている。このままでは桜の命  も危ない。  「桜!!落ち着いて下さい。凛はまだ生きています!!」   無軌道に迫る影をなんとか避けながら叫ぶが、その声はまるで届かない。覆い尽くそうと迫る影の触手を速度の緩急や急な方向で  やりすごしているが、この仔ももうじき限界が来る。おまけに私自身の魔力は空っぽ状態。唯一の対抗手段の凛は現在瀕死。  「ああまったく!!士郎はなにをもたもたしている………」   愚痴を零そうとした口はしかし直後に悲鳴になった。私の眼前、前、右後ろ、下方左手から影が迫る。この数、この間合いでは避  けられない!!  「あ………」   自分でも呆れてしまうほどに間の抜けた声。   それが、私のがこの世界で遺した最後の声に――――――――    ロー・アイアス  「熾天覆う七つの円環」   なりはしなかった。  「え?」   気づけば、私の乗る天馬は七つの花弁を模した、不敗の盾に守られていた。花弁はそのどれもが欠けることはなく、触れた影を逆  に払拭している。いや、それだけではない。  「ライダー、後は私が請け負います」   言って、蒼穹の鎧に身を包んだ騎士はその手にする黄金の剣で闇をなぎ払った。  「間一髪………て、ところか」   頭が割れそうな頭痛と、肩口からすっぱりと失った左腕の痛みを抱えながら、大空洞の天井近くを飛行する天馬を見上げる。純白  の天馬はその体をすっぽりと七つの花弁に守られ、迫っていた影はその盾でなんとか防ぐことが出来た。  「そのようですね。シロウ。凛は負傷しているようですが、彼女のレベルならば問題なく治癒できるはずです」   傍らに立つ、剣の騎士は空から降りてくる騎霊を一瞥すると、その手にした、漆黒に汚され、今また黄金の輝きを取り戻した聖剣  を影で覆われた大地へと向けた。  「シロウ。私が道を開きます。桜に取り憑いている不届きモノの始末は貴方に任せます。よろしいですね?」  「任された。どういうわけか、体調が驚くくらいに良いんだ。だから、行ける」   残った右腕にはなんの支障もなく莫耶を投影する。頭はがんがんするし、左腕はじりじり痛いし、全身が疲労困憊も良いところ。  魔力なんて空っぽになってどのくらいか。だっていうのに、俺の躯の中にある、俺の知らないナニカはどんどん力を創り出してくれ  ている。  「では、行きましょう」   聖剣に魔力を注ぎ、上にいるライダーへ向けてセイバーが叫ぶ。  「ライダー、後は私が請け負います」   手にした黄金の剣は、さながら漆黒の海のように広がった桜の影を一掃する。敵対できる存在が現れたことに反応してか、黒い海  空は次々と影の巨人が現れ、行く手を遮ろうとする。その度にセイバーの聖剣はうなりをあげて影を抹殺していく。彼の聖剣に貫け  ない鎧はない。実体幽体の区別なく、その刃は触れたモノを両断し尽くす勝利の剣。真名をもって解放するまでもなく、その威力は  絶大だった。   言葉通り、道を切り開くセイバーの後を駆ける。どんな奇跡なのか、セイバーから『アンリ・マユ』の呪縛を消し去った後、俺は  本当はその場所で死ぬはずだった。魔力回路はその全てを焼け付かせ、肉体は急激な魔術行使に追いつけずに崩壊する。アゾット剣  が砕けた直後に左腕は蒸発してしまった時は流石に驚いたが、それも当然と言えば当然。英霊の肉は本質で霊体。魔力を失い、また  その補給が行われなければ消滅するのは道理に思えた。   まあ、そんなことよりなにより、いい加減愛想を尽かされてしまった、なんて思う方がアイツと俺らしいとか思っているのだけれど。  (その選択が間違っていなかったと、胸を張れるようにせいぜい足掻いて見せろ。小僧)   失う直前、紅い背中がそう言ったような気がしたから。   そして、俺たちは桜の元に辿り着いた。大聖杯の根本にいた彼女は膝をつき、視点の定まらない目で宙を見ていた。しかし、俺が  近くに寄ろうとすると、目はゆっくりとこちらへと動き、  「せん、ぱい?」  「ああ。迎えに来たぞ。一緒に帰ろう。イリヤも待ってるから」   幼い迷子のように弱々しい桜に手を伸ばす。  「!!駄目、来ないで下さい」  「シロウ!」   慌てて俺と桜の間に入ろうとするセイバーを手で制する。桜を取り巻く影の一つが高速で飛び出して俺の胸を貫こうとしたのだ。  しかし、寸前で桜が軌道を変えたので、幸いにも当たりはしなかった。  「セイバー。ちょっと待っててくれ。桜は俺が連れてくる」   桜を指さして背後にいるセイバーに伝える。  「先輩!駄目です。逃げて下さい。見たでしょう?私、姉さんだけじゃなくて先輩まで殺しちゃいそうになって………」  「でも、桜はいま外してくれただろ。これからそっちに行くから、その調子で頼む」   一歩。影は再び俺を攻撃してくる。今度も外れ。桜までの距離はあと十歩ほど。  「駄目ですってば!!なんで言うこと聞いてくれないんですか先輩は!?死んじゃうかも知れないんですよ?腕だって無いのにどう  して私なんかのために無茶するんですか!!」  「どうしてって、そんなの桜が大切だからに決まってるだろ」   言ってもう一歩。影は左右から攻撃を仕掛けてきたので上体を反らして避け、ついでにもう一歩分稼ぐ。  「だいたい、俺は桜を守るって言っただろ?なのになんで一人で全部抱え込むんだよ」  「そんなの………そんなの先輩にだけは………貴方にだけ知られたくなかったからに決まってるじゃないですか!!!!!」   激昂はそのまま攻撃に転化され、今までの攻撃なんか比じゃないような速さと重さをもって迫る。左腕を失って間がないせいなの  か、バランスが取りづらく、三本のうち二本の影を避けて三本目で吹っ飛ばされた。前二本が顔面狙いだったせいで疎かになった腹  に強烈な一撃を食らう。手にした莫耶で咄嗟に防いだが、その代償として莫耶は砕け散り、俺自身数メートルほど吹き飛ばされてし  まった  (また離れちまったか………)   自分と、桜の乱れた呼吸だけはやたらと良く聞こえるせいでのくらい吹っ飛ばされたのか分からないけれど。   自由にならない体を起こす。距離は歩いて十歩ほど。また振り出しに戻ったらしい。  (もう一発喰らったらやば………)  「先輩、もう、逃げて下さい。私なら、大丈夫ですから。ここで、一人できちんと死ねますから」   やばい、と思う前に桜のその言葉が聞こえた。俯いてしまっていた顔を上げて桜をみる。桜は、いつもの笑顔を浮かべていた。  「大丈夫です。わたし、きちんとできますから。ひとりでも、ちゃんと死ねますから」   だから逃げて下さいと、彼女はいつもの、いつも俺に向けてくれていた、本当の自分を隠した笑顔で言ってくれた。   その仮面みたいな笑みの中が、涙しかないと、分かってしまった後ですら彼女はそれを隠す。   そこで、ブチ切れた。  「さくら………」  「はい。先輩」  「お前な、馬鹿だろう」  「え?」   予想してなかった言葉なのだろ。桜はきょとんとしている。けど、そんなことを気にする暇があったら立ち上がらないと。  「大馬鹿だって、言ったんだ」   もう一度、はっきりと聞こえるようにして桜に言う。桜はなにを言われたのか分からないって顔をしたまま。   ああ、もう。まるで分かってない。多分、桜の頭の中では俺の言動なんてこれっぽっちも分からない。   いままで、居なかったから。   助けてくれる奴も。   差し伸べた手を握り替えしてくれる奴も。   気づいてくれる奴すら居なかった。   だから、理解なんて出来るわけがないんだ。  「お前は、大馬鹿だ。桜」   大股で一歩。直後に駆け出す。影は一成に反応して、無数の槍が密集する。その穂先の一つ一つを頭を微かに動かすだけの動作で  かわす。奴の左腕から読み込んでおいた『心眼』はこの時点で最高の域に達していた。あれほど、埋めがたかった桜との間がみるみ  る狭まっていく。  「さく………」   桜へ後三歩。その眼前に最後の影が集まり、巨人となる。それは衛宮士郎などという存在をたやすく殺せるもの。   しかし、  「シロウ、投げますよ」   声音はまるですぐ後ろにいるかのように聞こえ、ほんの少し、頭半分ほど左にかしげる。すると、そのあいた空間を黄金の弓矢が                                              エクスカリバー  疾走し、影の巨人の腹に突き刺さる。右腕で剣の柄を握りしめ、巨人を両断する。投擲された『約束された勝利の剣』は担い手の手  を離れたにもかかわらず、その鋭さを失うことがなかった。  「また、無茶な使い方するな………」   霧散する影を払いながら、手にした黄金の剣を地面に突き立てる。  「桜………」  「せん、ぱ………」  「ちょっと歯ぁ食いしばれ」  「え?」  「いいから。きちんと歯を食いしばってないと………痛いぞ」   はぁって右手に息を吹き付けて俺の意図を伝える。桜は一瞬だけ悲しそうな表情をして、きちんと歯を食いしばって俯いた。  「俯いちゃ、駄目だろ」   くいっと、それほど力も入れないで上を向く桜の貌。すぐ側にまで近づいた貌が、本当に驚いた表情に変わるのがみえて、すぐに  見えないくなってしまった。   キスは、ほんの数秒で終り。   桜は未だになにがあったのか分からないって言う表情でいるけど、俺は腕を腰に当てて、  「いいか。桜。自分も騙せないような嘘は、つくんじゃない。そんな嘘は、自分しか傷つけない。そんな嘘をつかないですむように  頑張るから、桜を守っていくから。だから、せめて自分にだけは嘘をつかないでくれ」  「………せんぱい…………………」  「その上で聞かせてくれ、桜。桜は、あの黒い化け物と一緒に死んでも、本当に良いのか?」   桜は、ゆっくりと首を横に振った。  「せんぱいは、ばか、です。そんなはず………あるわけないじゃないですか」  「良かった。なら、そんな奴との縁はここで切っちまえ」                       ルール・ブレイカー   右手には、あらゆる魔術契約を無効化する『破戒すべき全ての符』が投影されていた。  「………………………パイ、先輩ってば!」  「んあ?」   肩を揺すられて目を開ける。どうやら外を見ていたらそのまま寝こけてしまったらしい。桜は呆れたような様子で唇をとがらせ、  「もう。私たちの話を聞いてくれてなかったんですか?」   と不満そうに言ってくる。後ろにいるライダーとセイバーも同じように非難するような目を向けてきている。  「あ〜ごめん。ちょっとねちまってた………」   誤魔化しようがないので素直に謝る。  「いえ、シロウにとっては私やライダーが学校へ通うことなど大したことではないのでしょう。どうかお気に成されずにゆっくりと  午睡を楽しんでください。マスター」   最後のマスターという単語が妙に強いセイバーさんはきっちりと不満そうな表情を浮かべている。  「そうですね。士郎は少々、夜眠る時間が少ない。特になにをしているかなど聞きはしませんが、頻度を考えた方が良い」   と、こちらもやたらと冷たい目つきのライダーさん。っていか、さりげなくなんて事言うんだこの人。  「あ、あの〜………俺なんか寝言でも言ってたか?」  「「いいえ特には」」   ぴったりと呼吸のあったサーヴァンドコンビ。たまにこの二人って本当に姉妹じゃあるまいかと思うのだけれど。  「貴方、寝言でずっと桜ぁ〜さくらぁ〜って言ってたのよ」   と、俺の疑問に答えてくれたのは遠坂。その顔にはしっかりといつもの、要するに俺を弄って遊ぶときに浮かべる笑顔が張り付い  ている。  「まあ、私だけじゃないみたいでしたけれど」   頬をふくらませて不機嫌ですとアピールする桜。また俺の頭に疑問符が大量生産されているときに、  「まったく。シロウはずいぶん愛の多い人みたいね。ライダーと言ってみたり、私の名前を呼んでみたり。聞いてて飽きませんでし  たよ?」   じと目で抗議の意志を伝えるセイバー。その目は言外に「明日の剣の稽古の時に覚悟してくださいね」と言っている。  「いや、ちょっと待ってくれ。俺が見てたのは単に聖杯戦争の最後の時の話だって」   これ以上みんなの反感を喰らえば間違いなく命が危ないので全力で誤解を解きにかかる。ちなみにそれに要した時間は約一時間。  秘蔵のどら焼きを配ってようやくみんなのご機嫌は回復した。   あの戦いの後、ルール・ブレイカーによって『アンリ・マユ』との契約の切れた桜、重傷の遠坂はライダーによって急いで病院に  運び込まれ、俺とセイバーは大聖杯を破壊しようとした。けれど、結果を言えば大聖杯を破壊することは出来なかった。セイバーは  桜からの魔力供給が消えており、宝具も一度使用しているため、魔力が足らず、俺自身は桜を解放してからは指一本動かせなくなっ  てしまった。   それでも、孵ろうとする『アンリ・マユ』を滅ぼすために俺たちはその最期の力を振り絞ろうとした。   その時に現れたのが、見たこともないドレスに身を包んだイリヤだった。   彼女は自身と引き替えにして大聖杯を停止させた。それ以降、彼女と出会った者はいない。   そのあとは、特別問題もなく、冬木の街は徐々に元の活気を取り戻しはじめていた。ライダーは聖杯と繋がっていた後遺症で魔力  が余りすぎてしまった桜と再契約して現界している。セイバーの方も、一応、桜のサーヴァントという扱いには違いないのだが、ど  うにも本人は俺への義理を優先したいらしく、桜に無理を言ってうちに住むことになった。まあ、そのおかげで遠坂を除いたメンバー  全員うちで一緒に暮らすというとんでもない事になってしまったのだけれど。   これはこれで、楽しい毎日が送れているから。   そして、何より――――――――――――  「先輩。浮気なんかしたら、許しませんからね」   と、拗ねたように、まえよりずっと生き生きとした彼女の表情を視ることが出来るようになったのだから。  「なに言ってんだ。俺が桜に惚れてることなんて、知ってるだろう?」  「はい。それは勿論」   にこりと、仮面でもなんでもない笑顔で彼女は微笑んでくれた。

あとがき
 
  初めましての方は初めまして。駄文担当の憂目です。
  こちらは15000HIT記念のキクロウさんからのリクSSとなっています。
  お題は『桜、ライダー、セイバーの日常ほのぼの』でした。
  えっとですね?あのですね?こう、お題は確かにそうだったんですけれどね・・・(汗)
  無理でした(土下座)
  一応、セイバーを助けようと思ったらこうでもしなくちゃ無理だろうな〜なんて思っています。
  っていうか、『ソードブレイカー』は本編で出ると思ったんだけどな・・・
  それでは次は弓英霊化話でも書いてみますね〜
  期待せずにお待ち下さいませ〜