*はじめに このSSは凛及び桜ルートの重大なネタバレを含みますので、まだ未プレイの方にはお勧めいたしません。
誓いと絆
聖杯戦争は終った。 セイバーは消え、半人前の魔術使いのあいつも、いまでは平然とした様子でいままでの日常に戻っている。 ………いや、平然としているのは表側だけなのだろう。 彼が意識せずにつくため息の回数は間違いなく増えている。 今日などは一日ぼうっと窓から外を見ている始末。柳洞君に窘められなければ、きっと日が暮れるまでそのままでいたのだろう。 「まったく、無理してるってまるわかりなのよね。あいつの場合」 衛宮邸とはちょうど反対側に位置する、洋館が建ち並ぶ区画の一番奥。小高い丘の上にある遠坂家の窓からは茜色に染まる冬木の 街並みが一望できる。 見上げた空は燃えるような茜の色。 私はなにをするでもなく自室の窓から、郊外に森へと沈み行く夕陽を見ていた。以前まではそうでもなかったけれど、ここ最近は 良くこうして暇な時間を過ごしている。 あの戦争から二ヶ月。衛宮士郎とは違い、私は完全にあの出来事を過去のものにすることが出来た。というのも、あの出来事をゆ っくりと振り返るほどの時間が持てなかったから。日本に残ると言い出したイリヤスフィールの世話は、予想を超えて面倒なうえに 厄介な仕事だった。 まず、彼女は魔術師は『魔術』と言う神秘を秘するものだと言うことを理解していない。生粋の、それもバカみたいな魔力を持つ というのに、一番肝心な箇所を理解していないのだ。おかげで、私としてはいつ彼女が魔術師であることを周りの人間に言ってしま わないかと不安でしょうがない。あの子だけの秘密ならばまだいいが、彼女の正体が知られるときはきっと自分が魔術師であること も周知のものとなるだろう。そうなってしまっては、知った相手を殺すなり、記憶をいじるなりしなくてならなくて、非常に面倒く さい。 (ああ、でもイリヤなら口封じに殺す方が早いとか言い出しそう) あの悪魔娘の性格から、あながち間違っていなさそうな予感を覚える。 まあ、でもあの自称正義の味方が保護者代わりをしている限りそれはないか、と自分に言い聞かせる。 なんだかんだでイリヤは士郎の言うことならば大抵の事は納得して従う。 それとは別に、イリヤには非常に、それも可及的速やかにに何とかしなくてはならない問題があったが、それも今では解決してし まった。 それはイリヤの肉体的な問題。 聖杯戦争以後、不調を来した彼女の体を診て分かったことなのだが、彼女は正常な生殖によって生まれた生命ではない。 ホムンクルス。 人間の精を触媒とし、ヒトが神の模倣をして作る生命体。ヒトの業によって生み出されたそれは、いくつかの肉体的な欠如を宿命 として持たされる。 矮躯、短命、ある種の知性の欠如、生殖の不能あるいは異常。人間でないが故に、強大な魔力を持って生み出されることもある。 中世の錬金術において『完全なる人間』を創りあげる途上で生まれたその技術によって生み出されといわれるもの。 その大家であるアインベルツがその技術の粋を結集して創りあげた、聖杯となるためだけに創りあげられた生贄。 それがイリヤだった。 故に、聖杯戦争以後、彼女の余命は幾ばくもあるはずがなかった。 持っても数ヶ月。私が診断した限りの彼女の余命はその程度だった。 「まあ、あのタイミングで封印指定がひょっこり現れるなんて、それこそ都合が良かったんだけれどね」 一人ごちて、私たちの前に現れた、いま目の前で沈んでいく夕陽と同じ、橙色の称号を持つ人形師のことを思い出す。 蒼崎橙子 遠坂以上の名家。現存する五人の魔法使い『青』を生み出した風の一族が輩出した、もう一人の天才。 姉妹でありながらそのどちらもが魔道を修めるという異常をこともなげに成した業界一の変わり者。 その魔術の腕から、封印指定の称号を与えられ、畏怖を込めてその二つ名を封じられた魔術師。 形容する言葉など、いくらでも溢れてくるその魔術師は、こともなげに私たちに交渉を持ちかけた。 つまり、聖杯戦争の顛末とサーヴァンドシステムの詳細。そして、移植が終った後、不要となったイリヤの臓器。それらの代りに、 イリヤ用に新しい素体を用意すると言うもの。 『条件を飲むならば、その体の倍は動きやすいものを用意して移植手術もしてやろう。腕が良いのは、あの戦争を生き残ったのだか らわからないではないがそれでも専門外な技術は行使できまい』 くわえ煙草で的確な指摘をしてくる橙色の魔女。仕方なしに、私たちはその交渉を受け入れた。 悔しいことに、その手術の腕前は確かに封印指定を受けるだけあって化け物じみていた。 『封印指定がこんな所にのこのこ出てきて平気なの?』 手術が終ッ手数日後。イリヤの容態が安定したところまで面倒を見てもらって、彼女がこの街を出る日に私がした疑問に彼女はふ んと鼻で笑い。 『問題ないな。協会の追跡者の一人に貸しを作っておいた。それで時間は稼げる』 不敵にそう言い残して、橙色の魔女は私たち前から姿を消した。 その後、イリヤの容体は変調をきたすこともなく、元気が有りすぎて困るほどだった。人形だから成長はしないのかと思ったが、 意外なことに体重などが増えていることから考えて、普通に成長するらしい。恐るべし、人形師。 (あのレベルの魔術師になるとほとんどが反則よね) 私自身、魔術師としての実力は一流であるという自負がある。しかし、その私ですら次元違いと思わなくてはならない存在が確か にいるのだ。封印指定の魔術師などはその最たる例。彼女の魔力の貯蔵量など、魔術刻印がないにもかかわらず私やイリヤを軽く越 えている。彼女がもし、セイバーを得ていたとしたら、宝具を五回は連続で放て、それでもなお余力があるだろうに。魔法使いと呼 ばれる彼女の妹の魔力など、考えたくもなくなってしまう。 (上にはやっぱり上がいるものね) げんなりと、高い壁を見上げる感覚に目眩を感じる。 「ま、そうでなくちゃ追いつく楽しみってものがなくなっちゃうけれどね」 気合いを入れるように伸びをして研究室代わりの地下室へと向かう。先の戦いで私は十年もの間ため込んでいた宝石を全て使いき ってしまったので、代りになるものを早めに作っておかなくてはならない。うちの財政は大分真っ赤になっているが、それでも準備 しておかないでいざというときに後れを取ってしまっては意味がないのだし。 「とりあえず、貧血は覚悟しなくちゃいけないわよね」 はあ、とため息をついて部屋を出た。 最近多くなってきた独り言は、とりあえず無視して。 それは、ある騎士の記憶だった。 幾多の戦場を越え。 多くの命を救い。 救世主とさえ呼ばれた真紅の外套を纏う騎士。 ある魔術が原因で肌は浅黒く変色し、限界を超えた力を得た代償に髪はその色を失った。 もはや、かつての自分の姿とはかけ離れた姿となってもなお、彼は戦い続けた。 彼に目的なんて何もなかった。 ただ、放っておけない性分だっただけの話。 誰かが泣くのが嫌だったのだ。 誰かの涙を流して、それで得た幸せが嫌だったのだ。 みんなが笑顔で暮らせれば、なんて莫迦みたいな夢を叶えたかっただけ。 ユメ けれど、そいつは自分の力も、世界の平佐も知っていたから、それが本当に幻想なのだと知っていた。 それならせめて目に映る人だけでも救いたいと願った。 自分を堅い剣として―――― 見捨ててしまった人を全て背負って―――― ――――確かにそいつは沢山の人を救うことが出来たのだ―――― けれど、そいつはその『みんな』の中に自分を入れ忘れていた。 だから、そいつは最期まで自分を幸せにしてやることなんて出来なかった。 そして、彼はその最期に荒野に至った。 地に突き刺さった無数の剣は墓標のよう。 彼は傷つき、倒れそうな体を、その剣の中で最も綺麗な黄金の剣で支えながら、それでも諦めなかった。 眼前には、彼がかつて助け、そして今彼を殺そうとしている――――同じく赤い外套を纏った、魔術師が一人。 魔術師は封印指定を受けていた。 その手に再現された、第二魔法の亜種を操る事の出来る希有の魔術師。 ――――――――そして、かつて、彼の手で最愛の、唯一の肉親を殺された女。 互いに無言。 交わすべき言葉もなく、その戦いは既に幕を閉じていた。 女性は彼を睨み、その手にした虹色の短剣をふるい――――――――。 キセキ 赤い騎士は手にした黄金の魔剣を振るい、魔法で創られた短剣を打ち砕いた。 それで終り。 既に力尽きていた赤い騎士は、それでも満足そうな笑みを浮かべて、返す刃で振るわれる短剣を受けた。 ――――――――ごめん。損な役割させちまったな―――――――― 赤い騎士は、少年のような、その魔術師がかつて憧れた無垢な笑顔のまま、息を引き取った。 これが夢だと言うことにはすぐに気づいた。 あいつの持つ記憶。 契約を交わした私とあいつは霊的な結びつきがあるから、こうして記憶が流れ込んできたとしても不思議ではない。 不思議ではないんだけれど、でもどうしてあいつが消滅した今もこうして夢に見るのだろう? 「ひょっひょっひょ。それは簡単。儂がお前さんの望む夢を持ってきておるからよ」 (誰?) 肉声ではなく、考えるだけで声が響く。上も下も右も左もない空間。その中にあって、私に声をかけた存在に殺意すら覚えて意識 を収束する。しかし、私の知覚できる範囲にはその相手は存在せず、ただしわがれた声音が聞こえてくるだけだった。 ・・ いや、そもそも、そんな相手は此処にはいない。 ウチ 何故なら、ここはすでにそいつの内なのだから。 (魔術師の精神を食おうとするなんて、何処の莫迦かしら) 敵が夢魔の類であると見抜いて、私は全ての魔力を集めてこの空間を破壊しようとする。 「ふむ。乱暴なお嬢ちゃんだの。そのようなことでは彼氏殿に嫌われるぞ?」 からからと言う笑い声。余裕こいていられるのもいまのう―――――――― 「まあ、お嬢ちゃんも爺の相手はつまらなかろう。幸い、お主に文句を言いたい男もおるでな。そやつと変るとしよう」 一瞬、ぐにゃりと視界が歪み、それまでなかった重力がいきなり復活した。 「なっ!?」 肉声でしゃべれることに気づく前に私はそこの見えない穴の中に落ちていく。 「なんてことすんのよコラあぁーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」 何処の誰とも分からない相手に罵倒を浴びせながら、私は全力で重力を中和するために魔力を編む。しかし、それが完成する前に もうコンクリートの地面はそこまで―――――――― 「まったく、世話の焼けることだな。凛」 聞き慣れた、誰よりも信頼している騎士の声は、私のすぐ近くで聞こえた。 途端、それまでの浮遊感が消え、同時に何か、とても力強い何かに抱きしめられながら、私は無傷で着地した。正確には、私が、 ではなく、私を抱きしめた彼が、だけれど。 「………………………………………………」 私は、何も言えずに、ただその赤い騎士を見上げるだけだった。 長身で鍛え上げられた体躯。肌は浅黒く、灰色の髪は揺らぐことない。鉄をイメージさせる鈍色の瞳はあの戦場を駆けていた時と 同じく皮肉げな、それでいて、見ていて安心の出来る優しさと力強さが秘められている。 「アー………チャー………………」 「そうだが?何か不思議かな凛。よもや、たった二ヶ月で私の顔を忘れてしまったなどと言うことはないだろうな。ふむ、もしそう なら、すぐに病院に行った方が良い。若年性の健忘症は何かと大変らしいからな」 なんて懐かしさもへったくれもないくらい、赤い騎士らしい言葉に、私の硬直はすぐに解けた。 「あんた!!なんだってこんな所に!!!」 「こんな所も何も、此処は私の夢の世界。侵入者は君であるのだがね」 腕を組んでにやりと言う笑みを浮かべるアーチャー。そこでようやく私はこの世界がなんであるのかを理解した。 ここはアーチャーの本来あるべき座。 ヒトという種族の抑止力たる彼は、ヒトの集合的な無意識の中にこそ存在している。人間が持つ、共通的な無意識。時間も輪廻も ない“此処”。おそらく、私を捉えた夢魔はかつての契約を利用して道を開き、私を此処へと導いたのだろう。 「何処の誰だか知らないけれど、恐ろしいほどの腕ね」 夢という場所を創りあげ、そこに私と彼の意識とをつなぎ合わせる。それが、例えば私と他の誰か、人間同士であればなんの問題 もないのだけれど、これがアーチャーの夢と繋げるとなるともはや達人級なんて言葉が陳腐になるくらいの腕前だ。何故なら、本来 アーチャーである彼は私たちの“夢”そのものであるから。 守護者と呼ばれる存在がある。彼らは人間がその業によって滅ぼうとしたときに発動し、その滅びの原因を消去する。だが、それ を望むのはやはり人間なのだ。私たちは無意識に「こうされたら大変だな」とか「こんな時にこんな人がいれば」と言う風な夢を思 いえがく。 それによって、阿頼耶識と言う『座』から救世主としてアーチャーなど、人類の守護者達が召還される。 彼らは人の願望によって呼び出され、使役される都合の良い存在。 同時に、夢そのものである存在なのだ。 そんなものを丸ごと包み込むような世界を創造し、それと私の意識を繋げてしまうなど、どんな大がかりな術を施したのかまるで 分からない。 「ああ。まあ、神代より眠りと夢を操ってきたご老人だ。この程度は出来て当然なのかも知れないがな」 「アーチャー、知ってるの?」 「流石に霊体が本質たる私にばれないで道を開くことなど、彼の魔術師殿にもできまい。なに、悪戯好きだとは聞くが、悪意はない だろうよ。なにより、君をどうにかするつもりならば私の所に送る前に精神を破壊することも出来たのだからな」 「そお。アンタが言うなら、それは本当なんでしょうね」 軽く息をついて、私は改めて彼の世界を見渡した。 そこは、いつだったか彼を案内した冬木市で一番高いビルの屋上だった。 「どうして………」 彼が夢見る世界が冬木市なのか、と言う質問に、彼は苦笑を浮かべて答えた。 「凛。君は既に私の記憶を見たのだろう。ならば、私の真名も既に知っているはず――――――――」 ならば、ここにあの街の光景が広がっているのは当然のことだろう、と。 「じゃあ、貴方はやっぱり………」 「まあ、君の知っている世界の私は、大分幸せになっているようだがね」 苦笑を浮かべて、アーチャーは深山町の方に目を向けた。そこにはかつての自身の邸宅と、彼の夢をみたいまでは、彼が見つめて いるもう一つの洋館に目を向けているのが分かる。 「そう。やっぱり、貴方はアイツなのね」 ああ、とだけ答えて、彼は頷く。 平行世界。 私たちの住む世界と平行していながら、時間の進み方、時の流れ、歴史が微妙に異なってくる世界。 合わせ鏡のように無限に並列するそのいずれかの世界で、彼は英霊となるほどの偉業を成し、そして、私の唯一の肉親である妹を 殺して、最期には私の手で殺された、ある魔術使いなのだと。 「言えずに敗れたこと、真に申し訳ない」 真摯な眼差しを向けて謝罪をのべる赤い騎士。でも、あの時、彼が敗れ去ったのは彼だけの責任ではない。 こと、戦闘に関しては最強と称される狂戦士。それと一騎打ちをし、六度もその敵を滅ぼし得た弓騎士を誰が責められようか? それは、他の誰にも責める事なんて出来ない。 誰にも責めさせてなんてやらない。 私以外の誰にも。 「本当。あんだけ大きなこと言っておいてあっさり殺されちゃうなんて情けないにもほどがあるわね。なにが『君が呼び出した私が 最強でないはずがない』よ。結局ランサーとの後は良いところ無しだったじゃない」 「むっ。痛いことをつくな」 「当然でしょ。その上私を勝たせてくれるって言ったのにそれも守ってくれなかったし。あーあ。貴方って、意外と約束にずぼらな のね?アーチャー」 「むむむ。それを言われると何も言えなくなってしまう」 難しい表情で顎に手を当てて悩むアーチャー。そこで何を思いついたのか、彼はにやりとした笑みを浮かべて、 「では凛。その贖罪代わりだ。少し私に付合ってくれ」 「へ?」 唐突な言葉に虚をつかれて、一瞬だけ思考に好きが出来る。その一瞬だけで、彼は私を抱き上げて屋上からその身を宙に投げた。 「なあああああああああああぁあぁぁあぁ〜〜〜〜」 「黙っていないと舌を噛むぞ」 忠実な弓騎士の言葉は、残念ながらなんの準備もせずに数十メートルもの高さを自由落下することになった私の耳には届くことは なかった。 それから私たちのした事というのは、まあ、なんていうか、その、デートのようなものだった。 この世界は彼の夢として存在しているらしく、夜の冬木の街並はつい二ヶ月前のままだった。夜に吹く風は肌を切るほどの寒いが それがより近くにいる彼の暖かさを感じさせてくれる。実体化した彼は通行人の目を思いっきり引いていたが、そこはそれ。夢の中 ということで多少の無理は平気なのか、ちらりと一別を向けてくるだけで特になにかを言われることはなかった。 「まったく。ムードもへったくれもないのねアーチャー」 この数時間。いや、正確な時間など分かるはずもないのだが、感覚的にそう感じるだけの時間を過ごして、私はエスコートしてく れるアーチャーの背中に文句を言った。いまは新都と深山町との間にある橋の下にある公園のベンチで一休みしているが、それまで は本当にノンストップで遊びまくっていたので疲れてしまった。 「うん?だが、君も楽しんでいたように見えたが?」 嫌味な笑みを浮かべたままそんなことを聞いてくるのは自動販売機でレモンティーを買ってきてくれたアーチャーだ。 ………たしかに、その間の時間はとても楽しかった。 悔しいけれどそれは認めなくちゃいけない。 まずボーリングに行ってそのあとお気に入りの店を冷やかして、気晴らしにとバッティングセンターに入ったあたりから私も熱が 入って疲労とか、なんとか色々考える暇もないくらいに楽しい時間を過ごせた。以前、セイバーと士郎がデートに行ったとき、少し だけ、羨ましかったから、こんな形でもそれが叶えられて良かったと、本当に思う。 でも、そんなことを素直に言ったらこの赤いあくまはきっと調子に乗るからいってなんかやらないのだ。 「ふん。アーチャーが楽しそうだから私が合わせてあげたのよ」 「ふむ。まあそう言うことにしておこう。言わずとも、君の顔を見れば大概分かるしな」 にやり、とした笑みを浮かべてまるで私のことなら何でも知っているという風に笑うアーチャー。その表情が癪に障って、私はぷ いっと顔を背けてしまった。 そしてその先にある漆黒の空が徐々に薄くなっていることに気づいてしまった。 「え………?」 疑問の声は、しかし彼には当然のことだった。 「ふむ。夜明けか。凛。そろそろお別れだな。早く起きないと学校へ遅刻することになるぞ。君は朝に弱いのだから、急いだ方が良い」 「なん、で………?」 口に出して、自分でも呆れてしまう。 夢は夜眠っている間に見るものだ。だから、夜が明けて、日が昇ればそれでお終い。 そんな当然のことを理解できないで、私はただ戸惑うだけしかできず、ただ昇る朝日と、その朝日に酷似した真紅の外套を纏った 騎士を交互に見るだけしかできなかった。 その私の様子を、彼はただ、優しく見つめて、 「どうした凛。此処は私のような亡霊がいる場所だ。君のように、自らを信じられる者がいるべき場所ではない」 「で、でも………」 二の句が繋げない。これが本当に最期の別れなのだと、自分の中のナニカが告げてくる。彼とはこれで最期。此処で別れたのであ れば、もう次はないのだと。それはなんの確証もないのに、どんなものよりも確信があった。 だから、別れることなんて、出来ない。 「………ぃや………………………」 声は、自分の物とは思えないくらいに弱々しい。 けれど、それで私のたがは外れてしまった。 「いや………………………………」 声は確かに聞こえるように。 それはまるで泣いているかのような。 視界はすでに歪み始めて。 「これで別れるなんて…………絶対にいや!!!」 けれど、きちんと彼の目を見て、顔を背けることなくその言葉を言う。 それだけが、遠坂凛に出来た唯一の見栄。 情けなく涙を流して。 自分でも驚くくらいの弱い声を出して。 それでも顔を背けることだけはしないで彼を見つめる。 いままで騙していた分の物が一気に溢れてくる。 この二ヶ月で増えてしまった独り言。いつも何気なく見てしまう夕焼け。 そのどちらも、かつて自分の側にいてくれた、そしていま目の前に立つ騎士と過ごして、彼の面影が色あせないようにしていた物 なのだと、今更私は理解した。 たとえ、彼が生前に私を選んでいなくても。 たとえ、いつか、どこかの私が彼を殺したとしても。 たとえ、いつか、どこかで彼女を殺した相手だとしても。 私にとっての彼は皮肉屋で、人を食ったところもあるけど、とても真面目な、最良のパートナーだったから。 だから、本当は、離れたくなんて無い。 「凛………」 私を呼ぶアーチャーは凄く困ったような顔をしている。 それに、首を横に振って、自分の意志を告げる。そのまま、彼の困った顔が見たくなくて、顔を背けてしまった。 「やれやれ。まったく、君は言い出したら聞かないからな」 だから、声がとても近くでしたときには手遅れで。 「え?」 暖かい。 冬の夜気から私を守るようにして回された腕は、力強いけど、何処か遠慮がちで。 熱い胸板の奥で速いテンポの鼓動が刻まれている。 気づけば私はすっぽりと、彼の腕の中に懐かれていた。 「凛」 名を呼ぶ声は真上。 見上げれば、そこには彼の柔らかい笑顔が浮かんでいる。 「ありがとう」 ぎゅっと抱きしめられて、何も言えなくなる。 「バ、バカ………なんでお礼なんて言うのよ…………………」 なにも考えられなくなった頭で、なんとか返事をする。 「こういう風に、凛と二人で遊ぶのが夢だったんだ。そう。もし聖杯が手に入ったのならば、叶えたかったのはもしかしたらこの夢 だったのかも知れない」 だから、ありがとう、と。 「…………………………………卑怯者……………………」 そんなことを言われたら、もう何も言えなくなる。 嬉しすぎて。 悲しすぎて。 本当に、嫌になるくらい。ここ一番でまともに頭が働いてくれない。 その私に微笑みながら、 「大丈夫。凛のピンチの時には、必ず駆けつけるから」 「…………信じられない」 抱きしめられながら、彼を見上げる。 ピンチの時に颯爽と現れて助けれくれるなんて、どこかの漫画のヒーローのようなこと―――――――― 「忘れたか?俺はいま、正義の味方になったんだぞ?」 「でも………」 「なら、此処で誓いをしようか」 「え?」 完全に虚をつかれた。 いや、そんなことはさっきからずっとだけれど、今度のはそんなのの比ではないくらい。 気づいたときには唇に触れるだけのソレは終っていた。 「なっなっなっなっななな!!!!!!?」 「誓いの口吻。確かに頂いたぞ。マイマスター」 いたずらに成功したような少年の笑みを浮かべて、一歩だけ後退するアーチャー。 じゃあな遠坂。お前のおかげで、まだ自分を好きになれるかも知れない。 そんな言葉が聞こえた気がした。 「なにすんのよこのばかぁあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」 がばっと身を起こして同時に絶叫を挙げる。 シーンとした部屋はエコーが掛かっているように声が反響して、次第に消えた。 そこは研究室代わりに使っている地下室。明かりを採る窓などはないけれど、置き時計の針が刺す時間を信じるなら、まだ六時半 を回ったところだ。 「……………………夢?」 ぽつりと呟いて、自分でも呆れてしまう。 夢の中でだって夢だと分かっていたのに、どうして目が覚めてソレが夢だった、なんて確認をしなくちゃいけないのだろうか。 「少し、疲れてるのかも知れない………」 一人ごちて、座っていた椅子に体重を乗せる。昨日は無理をして血を抜きすぎたのか、妙に全身に力が入らない。 「学校………行かなくちゃ……………………」 のろのろとした動作で地下室からでる。四月とは言え、まだ朝は肌寒い。地下室のドアを開いた途端、朝の澄んだ空気が部屋の中 に入ってくる。そのおかげで、幾分か眠気は無くなったが、それでも体の疲労感はぬぐえない。 「お茶でも、のも………」 ゆらゆらと、テーブルの上に準備されていた紅茶を一口飲む。 その淹れ方が上手かったのか、暖かいお茶は体の中に染み通って、疲れを一気に洗い流してくれる。 「………って、なんで紅茶が準備されてるのよ」 相当寝ぼけていたのか、私ははじめに気づかなくてはいけないその疑問にようやく気づいた。 けれど、その犯人もすぐに判明した。 なにせ、犯行声明がきっちりと残っていたから。 『親愛なる我が主へ 研究熱心なこと、大いに結構だが、血の抜きすぎは気を付けることだ。ただでさえ低血圧なのだから、それ以上寝起きが悪化すれ ば優等生の仮面がはがれる日も近いぞ 追伸 経験上、君が私に逆上をすることが予測される故、しばらく逃走させて頂く。 見つけ出せる物ならば見つけ出してみろ アーチャー 忠実なる弓騎士より』 「…………………………………………」 最初の数秒はなにも感じなかった。 きっちり三秒後にその手紙の内容が理解でき。 そのまた三秒後になにかが体に満ちていて。 最後にソレがなんなのか、自分で作った拳で理解した。 「良い度胸じゃない……………」 怒りも頂点越えて笑みがこみ上げてくる。 サーヴァンド 「絶対に見つけ出して一生私の奴隷にしてやるんだから!!!!!!!!」 腕を高く上げて宣告する。 この胸にある、アイツとの絆に誓って。 「ふむ。お前さんもなかなか悪よの」 丘の上に立つ豪奢の洋館から聞こえる声を聞きながら、傍らに立つ老人は呵々と笑った。 『ご老体ほどではない』 宣戦布告をして元気になった自らの主をその千里眼で眺めながら弓の騎士は答える。 『それにしても、ご老体は何者だ?私を抑止力の力から強引に召還するなど、魔法使いでも出来まいに』 「ふむ?まあ、お前さんを使い魔とするのは流石に無理じゃがの。呼び出す分には全然余裕じゃよ。なにせ、この地には異常な霊力 の蓄えがある。そいつを使えばちょちょいのちょいじゃ。お前さんと、後一人くらいならば、逆に現界させておかねば妙な奴がこの 土地に来かねんからの」 良いながら、老人はローブの中から一欠片の宝石を取り出した。 「まあ、騎士王の毛髪を交換して貰った『聖杯』がなければ、流石に無理じゃったろうがの」 橙色の魔女から受け取った聖杯を見せて、老人はにたり、とした笑みを浮かべる。 『なるほど。良い根性をしているなご老体。彼女に知れたらどうなる事やら』 「ひゃっひゃっひゃ。この程度の火遊びはせんと人生つまらんのでな」 『よく言う』 苦笑混じりに返事をしながら、納得もする。今回の自分がどのような選択をしたかは知らないが、大聖杯を破壊していない以上は 聖杯は未完成のままで破壊され、その魔力はまた行き場を無くして溜っているのだろう。放っておけば、第六回の聖杯戦争はすぐに でも始まってしまうかも知れない。 『つまり、ご老体はその溢れそうな魔力を吸い上げ続けてこの地で争いが起こらないようにしたいと、こういう事か』 「呵々呵々。ふむ。なかなかに鋭い。お主には悪いがの。儂の可愛い孫のためじゃと思って我慢してくれ」 『別に支障はない。私としてもこの地で彼女を守れるというのは非常に有り難い』 答えて、丘の上から一望できる懐かしい故郷を見下ろす。 早朝の静かな街並みを、肩を怒らせて歩く自分の主を見つけて、思わず笑みが漏れる。 「ふむ。時にお前さん。生前はどの娘が好みじゃった?」 ぽつりと、老人が興味半分に訊ねてくる。 『知れたこと。我が剣は今も昔も、ただ一人にのみ捧げている』 それだけ答えて、俺は遠坂の後を追うようにして地面を蹴って、朝焼けに滲む街に飛び込んだ。 Fin
あとがき 初めましての方は初めまして駄作製造人間憂目です。 やっちゃいました凛&アーチャーSS。 ・・・・なんていうか、今更ですが酷い出来です(涙) でも、アーチャーと凛だとどうしても凛がアーチャーに 同情している雰囲気があってそれだけが気に入らなかったので、 「好きだから一緒にいたいの!!」みたいな感じで書いてみたいと 無謀なことを考えたのが間違いだったらしいです(滝) あと、不意打ちキス魔な凛様逆に不意打ちでキスされる。みたいな のも。 そうそう。アーチャーは桜ルートの『正義の味方になる』の 選択肢を選んだ場合と考えて下さい。 セイバールートよりも、あちらの方が彼になる確率が高いと思うの僕だけ? ソレでは長々とおつきあい頂き、ありがとうございました。 感想など、もしあれば書き込んで下さい。 何よりの原動力となりますので。 それでは。 次あたり桜に行くかも?(自分の首を絞める行為ですね 滝)