裏高尾事業認定控訴審最終準備書面 (目次・本文)
2007年9月10日

高尾山事業認定取消し訴状 (目次・本文)
2006年5月15日

高尾山事業認定差し止め訴状 (本文)
2005年11月1日

目次
はじめに   	12
第一 総論	27
   一 高尾山で今何が起こっているか	27
      第1 圏央道建設事業と高尾山トンネル工事	27
      第2 高尾山周辺に頻発している異変	28
      第3 圏央道建設事業による被害	29
   二  圏央道建設事業に公益性が認められるか	30
      第1 公益性の不存在	30
      第2 巨額な税金無駄使い	31
   三  本件訴訟と関連訴訟	32
      第1 本件訴訟提起の目的	32
      第2 本件訴訟に関連する訴訟	32
         1 圏央道あきる野インターチェンジ事業認定・収用裁決取消訴訟――東京地裁民事第3部平成16年4月22日判決(判時1856号32頁)――	32
         2 圏央道八王子城跡トンネル工事等事業認定取消・収用裁決取消訴訟――東京地裁民事38部平成17年5月31日判決――	33
         3 高尾山トンネル工事差止請求訴訟――東京地裁八王子支部民事第2部係属中――	33
第二  本件事業と本件事業認定処分	33
   一 本件訴訟の対象である本件事業	33
   二 本件事業認定処分に至る手続	34
第三 本件事業認定処分差止訴訟と行政事件訴訟法に定める要件	35
   一 行訴法改正の趣旨と差止訴訟の要件	35
   二 蓋然性要件	35
   三 重大な損害要件	35
   四 補充性要件	36
第四  原告ら	37
第五 本件事業認定がなされることにより原告らに生じる重大な損害	39
   一 高尾山の自然的・歴史的価値	39
      第1 高尾山の植物	40
      第2 高尾山の動物	41
      第3 高尾山の宗教的歴史的価値	42
   二 高尾山の水脈破壊	44
      第1 トンネル工事の地下水への影響	44
      第2 八王子城跡トンネル工事の影響により生じた事態	48
         1 突然の地下水位低下	48
         2 集落全体の井戸涸れの事実の発覚	49
         3 宝生寺トンネル工事による水涸れの発生	50
         4 御主殿の滝の水枯れ	50
      第3 トンネル工事による地下水への影響とこれに対する対処の仕方	51
      第4 高尾山の地質の特徴と地下水への影響	52
      第5 高尾山の自然環境の価値とこれに対するトンネル工事の影響	54
      第6 地下水破壊とその被害	55
         1 自然の水を享受する権利は憲法第13条により保障される	55
         2 豊かな自然の水に支えられる環境は快適環境の不可欠の要素	55
         3 景観をつくる地下水	56
         4 飲料、食品として享受される自然の水	56
         5 地下水は湧水などとなってハイカーたちの喉を潤している	56
         6 市民が自然を感じる場、修験道場として広く知られる琵琶滝と蛇滝	57
         7 自然の水は、安全な社会生活を支える	58
         8 自然の水をめぐる法的権利	59
         9 事業認定の差し止めを	62
   三 高尾山の景観の破壊	62
      第1 ジャンクション・高架橋による景観破壊	62
     第2 トンネルによる景観破壊	63
     第3 八王子南インターチェンジによる景観破壊	64
     第4 豊かな自然との触れ合いに対する音景観(サウンドスケープ)の重大な侵害	64
   四 大気汚染による損害	65
     第1 大気汚染により健康被害が発生する	65
     第2  二酸化窒素に関する環境アセスの結論と批判	65
         1 環境アセスの結論	65
         2 原告らの調査による結論	66
          (1)現状	66
          (2)本件圏央道による二酸化窒素の汚染の予測結果	66
         3 複雑地形にプルームモデルを適用するアセスの誤り	67
    第3  浮遊粒子状物質(SPM)について	69
         1 環境アセスでは調査さえしていない	69
         2 原告の本調査による結論	70
    第4 八王子南バイパス道路建設による大気汚染	71
         1 住宅街を走る南道路	71
         2 アセスメントの結論	71
         3 二酸化窒素の予測は正しくはない	71
         4 SPMについては予測さえしていない	72
    第5  まとめ	72
   五  騒音・振動・低周波被害の発生の危険性について	72
     第1 騒音被害	73
         1 起業者の裏高尾地区及び南浅川町の環境アセスの結果	73
         2 起業者の環境基準のあてはめの不当性	74
         3 「道路に面する地域」の解釈について	76
          (1)緩和適用の理由	76
          (2)「道路端より20メートル」を考慮すべきとの指摘	77
          (3)文字通り道路に面する住宅を想定	77
          (4)平成7年7月7日最高裁判決	78
          (5)起業者の見解に対する高木興一教授の問題点の指摘	79
          (6)環境影響評価技術検討会での議論	79
         4 起業者の騒音予測レベルは深刻な睡眠妨害を生じるレベルである。	80
         5 原告らが委託した滑ツ境総合研究所の調査による圏央道完成後の騒音予測レベル	81
         6 裏高尾や高尾山は特に静穏を要する地域であり、環境影響評価での環境基準の適用では「特に静穏を必要とする地域」の環境基準を適用すべきである	82
         7 聴覚的景観あるいは聴覚的環境資源を環境影響評価に導入するサウンドスケープ概念	83
          (1)サウンドスケープ	83
          (2)サウンドスケープ概念の意義	84
          (3)レクレーション・ノイズからみた国定公園高尾山の音環境保護	85
     第1 低周波被害の予測	86
     第2 振動の被害の予測	86
   六 自然環境の破壊	87
     第1 自動車排ガス・騒音・水脈破壊による高尾山の生物多様性への重大な侵害	87
     第2 すでに圏央道八王子城跡トンネル工事によりおきている自然破壊	88
         1 水脈破壊	88
         2 オオタカの営巣破壊	89
   七 裏高尾の生活破壊	91
     第1 裏高尾地区は、小仏川に添って、細長く集落が続く土地柄である	91
     第2 また、裏高尾は、自然が豊かである	91
     第3 住民の不安は大きい	92
   八  違法な環境的利益・景観利益の侵害	93
     第1  環境利益・景観利益の法的保護の根拠	93
     第2 土地収用法上の「土地の適正且つ合理的な利用」と環境利益	94
第六 事業認定の法令違反	94
   一 土地収用法に定める事業認定手続違反	94
     第1 事業認定手続と説明会開催	94
     第2 平成13年土地収用法改正の背景	95
     第3  本件事前説明会の問題点	96
   二 起業者の財政的能力の欠如	97
     第1 日本国と日本道路公団(当時。現中日本高速道路株式会社)は巨額な赤字を抱えており、巨額な費用がかかる圏央道事業を遂行する財政的能力は無く土地収用法20条2号の要件を満たさない	97
         1 国の財政状況上も建設は無駄	98
         2 圏央道工事の巨額な無駄遣い	98
         3 日本は巨大な赤字国家である	98
         4 日本の財政危機を招いているのは巨額な道路投資である	100
         5 公共事業の見直しの流れ	101
         6 道路建設の見直しの動きと日本道路公団(当時。現中日本高速道路株式会社)の巨額な赤字の実態	102
           (1)道路建設による巨額な赤字の返済困難な実態	102
           (2)日本道路公団(当時。現中日本高速道路株式会社)など4公団の巨額な赤字	104
         7 道路建設は見直しを求められている	104
         8 圏央道自体も既に赤字となっており,今後の建設を続ければ赤字は増大する。事業認定の見直しこそ求められる	105
   三  公益上の理由はなく,土地収用法20条3号,4号の要件を満たさない	108
     第1 広域的な視点による利益	108
         1 都心部の慢性的交通混雑の緩和と首都圏全体の交通円滑化	108
         2 近郊都市の発展への貢献(地域間交流の拡大・産業活動の活性化)	110
         3 首都圏全体の調和の取れた発展(一極集中型から多極型へ)	110
     第2 地域的な視点による利益	111
         1 慢性的な交通渋滞	111
         2 多発する交通事故対策論について	113
         3 自動車保有台数の増加	115
         4 市街地生活道路の通過車両(安全な道路交通環境の確保)	115
     第3 圏央道建設による渋滞緩和効果の具体的検証	116
         1 都区部渋滞緩和効果を巡る基本データ	116
         2 中央環状線による大きな渋滞緩和効果	117
         3 首都高速道における交通量の減少について	119
   四   環境アセスメント手続違反と問題点	119
     第1 環境アセスメント制度の概要と問題点及び課題	119
         1 環境アセスメントとは	119
         2 我が国のアセス制度制定の流れ	120
         3  アセス法基本的事項(平成9年施行)と東京都条例(平成6年版)技術指針解説	121
           (1)安全則に関する重要事項の位置づけ	121
                  @ アセス法基本的事項	121
                  A 安全則	122
         4 現行アセス制度の問題点	122
          (1)現行のアセス制度は「事業実施」を前提	122
          (2)代替案(複数案)が検討されていない	123
          (3)事後アセスによる回復ができない	123
          (4)アセスで手続きを終了とする場合が多い	124
     第2  本件アセスは、都条例に反する	124
         1 アセスの手続上の瑕疵・・・不十分な情報公開	124
         2 大気汚染、騒音についてのアセス内容の瑕疵	125
          (1)大気汚染、騒音のアセスにおける問題点	125
                  @ 自動車保有台数について予測との乖離	125
                  A 実態とかけ離れた走行速度を前提としていること	125
                  B 達成不可能な削減計画が予測におりこまれていること	128
                  C 騒音について、「道路に面する地域」の環境基準を適用した誤り	129
         (2)新たな科学的知見に基づく再アセスの必要性	129
                  @ 都条例の改正	129
                  A 事業認定に当たっても最新知見が反映されていない	129
         (3)  評価の指標も改めるべきである	131
                  @ 平成15年指針による変化	131
                  A 日常生活の支障の視点	131
         (4)  その他の欠陥	132
         3  景観についての本件アセスの内容上の瑕疵	133
         (1)  景観評価の視点	133
         (2) トンネルによる景観破壊	133
         (3) ジャンクション・高架橋による景観破壊	134
         (4)  ジャンクションによる高尾山からの眺望景観の破壊	136
         (5)  高架橋梁による裏高尾における眺望景観の破壊	137
         (6)  ジャンクションや高架橋梁による住宅地からの眺望景観の破壊	137
         (7) 八王子南インターチェンジによる景観破壊	139
         4  再アセス実施義務の不履行の違法	139
         (1) 再アセスをすべきである	139
         (2) 本件環境影響照査の問題点	141
         5  環境保護の新しい立法と新技術指針の流れ	141
         6 建設工事に伴う建設残土の処理についての環境影響評価の不履行	143
   五 都市計画法違反	144
     第1 序	144
     第2 都市計画決定手続	144
         1 都市計画決定	144
         2 住民の意思を反映させる趣旨	145
         3 関係市町村の意見聴取	146
         4 東京都環境影響評価条例	146
     第3 本件の都市計画決定手続及び環境影響評価手続の経過	147
         1 1986年9月の都市計画案と環境影響評価案	147
         2 1988年2月の見解書	148
         3 1988年11月の東京都環境影響審議会答申	148
         4 1988年12月20日の八王子都市計画審議会は可否同数	148
         5 1988年12月の八王子市長意見と都の都市計画地方審議会	149
     第4 住民の反対を無視した都市計画決定	149
     第5 都市計画決定の厳正な吟味を	151
   六 自然公園法違反	151
     第1 高尾山が自然公園法により国定公園に指定された経緯	151
         1  国定公園に指定された趣旨	151
         2   高尾国定公園の特殊性	152
         (1) 他の国定公園と比較して面積が極端に狭いこと	152
         (2) 豊かな自然相・・・・自然界の法隆寺	153
         (3) 年間250万人もの人が訪れる場所であること	153
         3 高尾国定公園における保護詳細計画の概要	154
     第2 自然公園等における道路建設についての基本的考え方	154
         1 林談話とは	155
         2 林談話の内容	155
         3  林談話の法的位置づけ	156
         4  林談話と本件圏央道	156
         (1) 高尾国定公園が林談話の「A 亜高山帯、高山帯、急傾斜地、崩壊しやすい地形・地質の地域等緑化復元の困難な地域」にあたること	156
         (2) 高尾山が林談話の「B 希少な野生動植物、昆虫等の生息、生息又は繁殖している地域」に該当すること	157
         (3) 高尾山が林談話の「C 優れた景観を保持している地域」に該当すること	159
         5 自然公園法第56条1項に実質的に反していること	159
第七  談合に見る圏央道の非公共性	162
   一 談合疑惑で逮捕	16
   二 圏央道は異常に高い落札率	163
   三  圏央道秋川高架橋	163
   四 談合の構図	164
   五 私欲のために土地を取り上げる	164
   六 圏央道・高尾山トンネル工事も同じ構図	165
第八 結論	165
   一 本件差止め訴訟の要件充足	165
   二 本件訴訟の役割	166
     第1  圏央道がもたらす被害の事実の認定	166
     第2  21世紀を環境の世紀にするために	166
     第3  司法の行政に対するチェック機能	168

 


控訴理由書
2005年7月28日

目次

第一 はじめに――原判決批判総論	6(第一〜第三)
     第1 本件訴訟事件に託された控訴人らの願い	6
     第2 本件訴訟の重要な争点に対する原判決の判断の誤り	7
     第3 原審被告準備書面を「まるうつし」した原判決の誤り	9
     第4 控訴審への要望	11
第二 原告適格に対する原判決批判	11
     第1 原判決の判断と改正法に対する無理解	11
     第2 改正法の趣旨	12
     第3 収用裁決取消訴訟の原告適格について	14
     第4 まとめ	15
第三  被害の認定に関する原判決批判	15
     第1 大気汚染について	15
         1 原判決の問題点	15
         2 浮遊粒子状物質(以下「SPM」とする)についての予測の不備について答えていない	16
         3 二酸化窒素予測について	20
         4 3次元流体モデルに対する批判	24
         5 検証シュミレーション(甲210号証)に対する批判	27
         6 小括	29
     第2 騒音被害に関する原判決の認定の誤り	29
         1 はじめに	29
         2 裏高尾地区に騒音に関する「道路に面する地域」の環境基準を適用することについて	30
         3 甲第92号証(環境総合研究所の調査結果)についての原判決の判断の誤り	37
         4 裏高尾の騒音の予測は,睡眠妨害を生じるレベルであるとの原告の主張に対する原判決の問題点	41
         5 平均速度時速80qを前提にした環境影響評価について控訴人らは実際の平均は速度は100qを超えているので80qを前提とする予測は不合理であると主張したことに対する原判決の誤りについて	45
         6 合成騒音(複合騒音)の予測に関する原判決の問題点	46
         7  高尾山周辺は国定公園でありサウンドスケープなどの考え方も考慮して特に静穏を要するAA地域の環境基準を適用して環境影響評価すべきであるとの主張について	47
     第3  地下水に与える影響について	49
         1  原判決は、基本的に被控訴人らの主張を、ほぼそのまま認定するもので、事実誤認であり、また事実の評価を誤まるものである	49
         2 八王子城跡トンネルが坎井の井戸に与える影響について	49
         3 ボーリング調査による坎井の井戸の水位低下について	50
         4 観測孔2の水位低下について	52
         5 松竹地区の井戸枯れの経緯	53
         6 椎の木沢の水枯れについて	54
         7 御主殿の滝の水枯れについて	56
         8 裏高尾の地下水破壊と生活被害	57
     第4  自然破壊・生活破壊の被害の認定に関する批判	58
         1 オオタカについて	58
         2 裏高尾の生活破壊を無視	63
         3 高尾山の自然環境等の破壊を無視した原判決	65
第四  環境利益・景観利益の侵害について	66(第四〜第八)
第五  圏央道事業の公益性の欠如部分についての原判決批判	66
     第1 圏央道建設による渋滞緩和効果の具体的検証	66
         1.概説	66
         2 一般道の渋滞緩和効果	69
         3 首都高速道の渋滞緩和効果	70
         4 中央環状線による大きな渋滞緩和効果	72
         5 首都高速道における交通量の減少について	72
     第2 広域的な視点による利益の欠如について	74
         1 都区部通過交通と控訴人らの「過小評価」ついて	74
         2 都区部通過交通の実態及び特性について	177
         3 圏央道に転換すると想定される都区部通過交通について	82
         4 大型車の転換量並びに圏央道の外側に起点及び終点を持つもの以外の転換について	84
         5 「渋滞理論」と原判決の不合理	86
         6 都心の交通渋滞の緩和効果についての小括  	87
         7 「まとめ」について	88
         8 環境改善効果について	88
         9 まとめ	88
     第3 地域的な視点による利益  	89
         1 混雑度について	89
         2 原判決の判断	89
         3 控訴人らの主張に対する原判決の無理解	90
         4 原判決の判断の不合理	95
     第4 道路政策の転換	97
第六 費用便益から見た圏央道建設の問題点について	97
第七 環境アセスメントの手続き違反に対する原判決の問題点	98
     第1 本件環境影響評価の違法と本件事業認定の違法との関係	98
     第2 再アセス実施義務違反	99
第八 代替案の検討について	100
第九 手続き違反に関する原判決批判	103(第九〜第十・対比表)
     第1  自然公園法・文化財保護法違反に関して	103
         1 自然公園法第56条1項違反の有無についての原判決の問題点	103
         2 文化財保護法に違反するか否かについての原判決の問題点	107
     第2  生物多様性条約の違反、種の保存法の違反に関して	110
         1 原判決の基本的誤り	110
         2 当事者の主張	110
         3 原判決の判断	111
         4 控訴人らの主張していないことを判断している点	112
         5 控訴人らの主張に応答していない点について	113
         6 生物多様性条約、種の保存法の解釈の誤り	117
     第3  本件都市計画決定手続の違法により本件事業認定が違法となるかについてのへ原判決批判	120
     第4   土地収用法の手続き違反についての批判	124
         1 本件事業認定の手続の違法の有無について	124
         2 土地収用法改正法附則2条の違憲性	135
第十  収用明け渡し裁決の違法性について	140
     第1 収用委員会の裁決固有の手続上の違法性の有無について	140
     第2 不明裁決について	150
         1 原告らの主張	150
         2 原判決	150
         3 原判決の不当性	151
         4 立竹木の取得価格について	152
     第3 明け渡し裁決の違法について	153
被告準備書面と原判決の同一表現対比表	154

 

最終準備書面(追補)
2005年2月1日

 

最終準備書面
2004年12月9日

目次
第1章 はじめに	7
  第1節 高尾山の叫び	7
  第2節 高尾山の破壊をもたらすもの	8
    第1 本件トンネル工事	8
    第2 環境破壊の圏央道建設	8
    第3 巨額な税金無駄使いの圏央道建設	9
  第3節 住民の反対運動と訴えの提起	9
  第4節 公害環境訴訟と本件関連訴訟の成果を受け継いで	11
  第5節 本件裁判で求められるもの	13
    第1 圏央道がもたらす被害の事実の認定	13
    第2 圏央道事業の公益性の不存在の認定	13
    第3 事業認定取消の意義	14
  第6節 裁判所への期待	15
第2章 瑕疵ある道路を事業認定することは違法である	16
  第1節 事業認定の前提要件	16
    第1 瑕疵ある営造物の設置を目的とする事業の取扱い(事業認定の前提要件)
       1 平成7年最高裁判決と黙示的前提要件	16
  第2節 本件事業認定における前提要件非該当性	22
    第1 大気汚染の発生	23
    第2 騒音被害の発生	23
    第3 小括	26
第3章 事業認定の違法性−行政裁量の逸脱・濫用	26
  第1節 土地収用法20条2号要件非該当性	26
  第2節 土地収用法20条3号要件非該当性	27
    第1 土地収用法20条3号の解釈について	27
    第2 得られる公共の利益と失われる利益の比較衡量	29
  第3節 土地収用法20条4号要件非該当性	32
第4章 本件圏央道は瑕疵ある道路として被害を発生する	32
  第1節 大気汚染について	32
    第1 アセスメントの問題点	32
    第2 本件裏高尾地域では環境基準以上の汚染が生じる	40
    第3 小括	48
  第2節 騒音・振動による被害の予測	48
    第1 東京都による環境アセスメントでの予測	48
    第2 東京都の環境アセスメントの問題点と環境基準を超える被害予測	49
    第4 住民の自主アセスメントおよび環境総合研究所の騒音予測結果について	51
    第5 裏高尾地区に「道路に面する地域」の環境基準を適用することの誤り	54
    第6 騒音被害防止と環境基準の関係	64
    第7 裏高尾の騒音の現状及び圏央道開通後の予測は原告ら住民に深刻な睡眠妨害の被害を発生させる状況である	68
    第8 裏高尾や高尾山は環境アセスでは「特に静穏を必要とする地域」の環境基準を適用すべきである	71
    第9 サウンドスケープ(音風景)の視点を取り込んだ環境影響評価をすべきである	73
  第3節	水脈破壊	78
    第1 八王子城跡及び高尾山の水脈破壊	78
    第2 裏高尾の地下水破壊と生活被害	91
  第4節 自然環境の破壊・生活の破壊	99
    第1 オオタカの営巣の破壊	99
    第2 裏高尾の生活環境の破壊	103
    第3 高尾山の自然環境・歴史的環境・景観・自然享受等の破壊	110
第5章  違法な環境的利益・景観利益の侵害	113
  第1節 はじめに	113
  第2節 オオタカへの影響と失われる利益	114
    第1 本件事業によって受け、また今後受けるオオタカの被害	114
    第2 オオタカの生息環境喪失という失われた利益の法的意義	114
  第3節 八王子城跡への影響と失われる利益	115
    第1 本件事業によって受け、また今後受ける八王子城跡の被害	115
    第2 国史跡の損傷等改変と文化財保護法上の意義	116
  第4節 環境利益・景観利益の法的保護の根拠	116
  第5節 土地収用法上の「土地の適正且つ合理的な利用」と環境利益	117
第6章  環境アセスメント手続違反と問題点	117
  第1節	環境アセスメント制度の概要と問題点及び課題	117
    第1 環境アセスメントとは	117
    第2 我が国のアセス制度制定の流れ	118
    第3 アセス法基本的事項(平成9年施行)と東京都条例(平成6年版)技術指針解説	118
    第4 現行アセス制度の問題点	120
  第2節 本件アセスは、都条例に反する	121
    第1 アセスの手続上の瑕疵・・・不十分な情報公開	121
    第2 大気汚染、騒音についてのアセス内容の瑕疵	122
    第3 景観についての本件アセスの内容上の瑕疵	128
    第4 再アセス実施義務の不履行の違法	133
    第5 環境保護の新しい立法と新技術指針の流れ	135
    第6 事業認定上の評価も誤り	136
第7章 手続法違反により事業認定及び収用裁決は違法である。	137
  第1節	自然公園法・種の保存法・文化財保護法違反	137
    第1 自然公園法に違反する圏央道工事	137
    第2 絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律違反	145
    第3 文化財保護法違反の圏央道工事	149
  第2節 都市計画手続及び環境アセスメントの手続違法は事業認定を違法ならしめる。	154
    第1 問題の所在	154
    第2 計画裁量と手続的統制の必要性	154
    第3 手続的統制における住民参加の意義	155
    第4 行政計画の策定手続の違法と事業認定の違法性判断	155
  第3節 都市計画法手続違反	156
    第1 都市計画決定	156
    第2 都市計画決定手続	157
    第3 東京都環境影響評価条例	158
    第4 本件の都市計画決定手続及び環境影響評価手続の経過	159
    第5 住民の反対を無視した都市計画決定	162
  第4節 土地収用法の事業認定手続違反	163
    第1 土地収用法改正と本件事業認定	163
    第2 新法と事業認定手続の透明性	166
    第3 本件事業認定手続の問題点	169
    第4 事業認定手続き違反	175
    第5 新法附則2条の違憲無効	176
第8章 圏央道には公益性・公共性もない	179

  第1節 圏央道は都心の渋滞解消に役立たないばかりか不必要	179
    第1 被告の主張する公共の利益への反論:広域的・地域的視点からも公益性がないこと	179
    第2 都心部の渋滞解消効果に乏しいこと(圏央道には迂回効果がないこと)	199
    第3 圏央道には環境改善効果がないこと	216
    第4 圏央道による各種整備効果の虚構	223
    第5 石田意見書に対する反論	227
    第6 費用便益分析が本件事業の公共性を裏付けるものでは到底ないこと	233
    第8 物流の面でも圏央道の公共性が低いこと	259
  第2節 圏央道は多摩地域の交通渋滞解消に役立つとの主張の誤り。	263
  第3節 八王子の経済発展に無関係	274
    −圏央道は沿線地域の発展に貢献するものではない	274
    第1 秋留台開発の破綻と圏央道について	274
    第2 圏央道の不必要性	275
    第3 八王子周辺の開発計画の破綻と圏央道の不必要性	280
    第4 小括	283
  第4節 国の財政状況上も建設は無駄	284
    第1 圏央道工事の巨額な無駄遣い	284
    第2 日本は巨大な赤字国家である。	284
    第3 日本の財政危機を招いているのは巨額な道路投資である。	286
    第4 公共事業の見直しの流れ	287
    第5 道路建設の見直しの動きと日本道路公団の巨額な赤字の実態。	288
    第6 圏央道自体も既に赤字となっており,今後の建設を続ければ赤字は増大する。事業認定の見直しこそ求められる。	293
  第5節 車依存社会の転換を	296
    第1 自動車需要の成熟	296
    第2 車依存社会からの転換	305
第9章 収用・明渡裁決は違法	308

  第1節 事業認定の違法性の承継について	308
    第1	違法性の承継についての判例学説の動向	308
    第2 関連事件判決の違法性承継論	310
    第3 違法性承継論の論拠	311
    第4 被告の主張に対する反論	313
  第2節 収用裁決手続の違法性	316
    第1 本件収用裁決手続の概要	316
    第2 違法な本件収用裁決手続の実態	321
    第3 本件収用裁決手続の違法性	332
  第3節 裁決内容は違法である	333
    第1 境界未確定の裁決は違法	333
    第2 「不明裁決」(土地収用法48条4項但書)の名による正当化は許されない	335
    第3 立竹木の取得価格を「0円」とする重大な誤り	337
第10章 原告適格について	340
  第1節 改正行訴法による原告適格の拡大	340
    第1 はじめに	340
    第2 行政事件訴訟法の改正	340
    第3 考慮事項の法定と原告適格の拡大	342
  第2節 本件における原告適格の判断	346
    第1 土地収用法の保護範囲	346
    第2 害される利益の実質	347
    第3 環境影響評価	347
    第4 環境保護団体の原告適格	347

 

陳  述  書
2004年3月24日

小池清
(国史跡八王子城とオオタカを守る会副会長)
                       
1、オオタカとの関わりについて
(1) 私は、八王子の北西部の山に囲まれた自然豊かな地域で育ちました。
1992年6月に、当時の住宅・都市整備公団が、私が幼少期に駆け巡った里山、天合峰(通称)の約170haに、先端技術産業の研究団地「リサーチパーク計画」を発表しました。
私の目の前の里山が開発されると知り、有志で「天合峰を守る会」を結成して、天合峰の貴重な雑木林を守る運動を始めました。
 翌1993年春先、天合峰の貴重な植物の観察会を行うたびに、オオタカの成鳥の姿を確認しました。
この年の4月に「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」が施行され、オオタカは「国内希少野生動植物種」に指定されました。
 同年6月15日に、会員と私の近くに住む鷹匠の方と3人で天合峰に入り、オオタカを探しました。私たちがリサーチパーク計画地の中心部の尾根まで来た時に、「ケケッ、ケケッ」という激しい鳥の鳴き声にあいました。鷹匠の方は、この鳴き声は警戒の鳴き声で、近くに巣がありヒナがいるはずだと断定しました。6月のこの時期は、ヒナも大きくなり、親鳥が営巣放棄をする危険性は少ないということです。オオタカが警戒の鳴き声を出した尾根から、斜面を降りて巣があるか探すことにしました。
 約1時間程3人でオオタカの巣を探しましたが、見つかりませんでした。下の沢に降りて、沢伝いに帰ろうということになりました。私が帰りかけた少し上の斜面に、ヒノキとモミの大木があったので、それを確認してから帰ろうと思い近づいたところ、ヒノキの大木の下に半径3mぐらいの白い円が描かれていたのです。上を見ると大きな巣がありました。沢の方に降りていた鷹匠の方に声をかけ、確認していただいたところ、「これは、オオタカの巣に間違いない。白い糞の量からヒナは複数いる。巣の大きさから数年使っている。」とのことでした。
翌日、望遠鏡を持っていき改めて確認したところ、巣立ち直前のヒナ3羽が巣の中で元気にしているのが確認できました。
(2)私たちのこの発見により、住宅・都市整備公団は、計画を中断して、1993年9月から「オオタカ生態調査検討会」を設置して、1年間の本格的な生態調査を実施しました。
検討会の委員は、7名中3名が地元自然保護団体の推薦でした。具体的なフィールド調査には、地元の自然保護団体、野鳥の会なども参加し、調査データは共通でした。繁殖期の巣に近づいての調査は、私と公団から依頼された調査会社の責任者と二人で行いました。
 住宅・都市整備公団は、一年間の生態調査後、オオタカの行動圏や食性などの特性について解析し、「八王子・川口地区オオタカ生態調査報告書」をまとめました。
そして、開発計画は中断したまま、オオタカの営巣や繁殖の状況について毎年モニタリングを行ってきました。
私は、この11年間、公団が行うモニタリング調査に毎年参加し、その経過をつぶさに見てきました。
ここのオオタカは、3本の営巣木を持っており、それを交替で利用しています。営巣木は200m間隔で、正三角形状の位置にあります。公団の開発予定地「天合峰」は、八王子にある十数か所の営巣地の中で最も安定したオオタカの営巣地であり、事故がない限り毎年3羽のヒナが巣立ちできる豊かな自然環境であることが分かりました。
こうした経過の中で公団は、2002年11月に、「リサーチパーク計画」の中止を発表しました。
この安定したオオタカの営巣地で圏央道工事が始まり、天合峰の南北に大きな橋ができ、周辺の環境は明らかに悪化しました。オオタカは環境の変化に敏感な鳥です。従来は3羽のふ化・巣立ちが可能だったオオタカが、ふ化も巣立ちも2羽に減少しました。オオタカの繁殖に重大な影響がでています。

2、オオタカの生態と営巣地保全について
(1) 生態
 オオタカは肉食の猛禽類で、主として生きた野鳥を餌として里山で生息する留鳥です。体の大きさはハシブトガラスぐらいで、メスの方が大きいのが特徴です。繁殖は一年に一回で、二羽から三羽のヒナを育て巣立ちさせます。性格は神経質で警戒心が強く、繁殖期にストレスや恐怖を与えると営巣放棄するといわれています。
日本のオオタカは通常4個の卵を産むという調査結果があり、周辺の自然環境が豊かで餌となる野鳥が十分確保できれば、巣立ちするヒナの数も多くなるという関係にあります。イギリスで本格的なオオタカ生態調査を行った記録では、卵を5個産むという例が報告されています。
2003年に圏央道八王子城跡トンネル周辺の営巣地で、5羽のヒナが無事に巣立ちしたのが観察されています。これは、日本で初めてのことであり、この周辺の環境が豊かであることを証明しています。
 オオタカをはじめワシ・タカ類の生態調査の歴史は浅く、分からないことや解明されていない問題がたくさんあります。
また、撮影だけが目的のカメラマンや、心ない観察者、密猟などから営巣地を守るために、観察データや資料が公表されないために猛禽類の生態解明が遅れているとも言えます。そのために、調査のノウハウや個別の営巣地の生態の特性など貴重な資料が、個々の保護団体の調査や観察記録にとどまっているのが実態です。
(2) 営巣地保全
 「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」が施行された1993年を前後して、オオタカ保護の運動と調査活動が活発になりました。前述の住宅・都市整備公団が、天合峰のオオタカを調査した時期がこの頃になります。
また、全国的に開発予定地でオオタカの営巣が発見され、地元のオオタカ保護団体とともに、開発事業者がオオタカの調査を行うケースも増えてきました。調査結果にもとづいて、オオタカの営巣地保全のために、開発計画の縮小や全面的中止などの措置がとられてきました。代表的なものは、長野冬季オリンピックのバイアスロン競技予定地でオオタカの繁殖が確認され、会場を変更したことです。
 オオタカの営巣地保全に関して、保全面積、保全の方法など個別のケースによってバラバラに対応しているのが現状です。これは、オオタカの生態や行動特性、食性などの解明が十分されていないことによる認識のバラツキや、開発事業者の環境に対する姿勢などによるところが大きいと思われます。
 現在、オオタカの生態と営巣地保全のガイドラインとして、1996年8月に当時の環境庁が発表した「猛禽類保護の進め方」――特にイヌワシ、クマタカ、オオタカについて――が全国的に活用されています。これは、当時の猛禽類の生態についての知見を結集したものとして、また、生態について体系的に明らかにした初めてのものとして大いにその役割を果たすものでした。
 開発行為が里山や丘陵地に及ぶにつれて、オオタカの営巣地と競合するようになり、各地で「オオタカ生態検討会」が設置され、調査が行われるようになりました。しかし、オオタカをはじめ猛禽類の専門家は全国的にみても少なく、結局、肩書きが優先して大学の教授などに頼り、開発優先でオオタカの生態とは無縁の結論になっています。
こうして進められてきた猛禽類保護の成功例、失敗例、その要因など、全国的な多くの事例を検証し、専門的な認識を高めるべき時期にきていると思います。
 とりわけ、国土交通省の圏央道工事は、西多摩、八王子でオオタカの営巣地を通過しています。開発とオオタカ保護について、全国の事例を十分分析・検討したうえで、慎重な検証がなされなければならない事例だと思います。

3、私が観察で経験したオオタカの行動特性と食性
(1)オオタカの行動特性
 オオタカの行動圏には、広大で自然豊かな営巣地と、都市化された公園などで営巣するオオタカの行動圏とに分けて考えることができます。また、丘陵地で営巣するオオタカと平地林で営巣するオオタカの行動圏についても分けて考えなければなりません。
 私が参加したオオタカの生態調査は、住宅・都市整備公団の「リサーチパーク計画地」と圏央道八王子城跡トンネル付近の営巣地で、それぞれ専門的、客観的な調査が行われたと思います。
 公団が行った「リサーチパーク計画地」の調査では、オオタカの行動圏は、南北に約5km、東西に約3.5 kmであり、圏央道八王子城跡トンネル付近の調査では、可視範囲の行動圏が984haとなっています。安定した営巣地のオオタカの行動範囲は広いことが分かります。
国土交通省が引き合いに出している小金井公園のオオタカは、繁殖のためだけに、そこを利用したと考えられます。八王子でも、四方を道路と住宅地に囲まれた21haという狭い雑木林で営巣したことがありますが、一時的なものでした。
 「猛禽類保護の進め方」で、オオタカの営巣中心域が12haだったという例をだしたために、この数字が一人歩きしたことは否めません。これは、おそらく栃木県の平地林の観察記録からでた数字だと思います。
また、林野庁の猛禽類専門家といわれる人が、オオタカの営巣木から200m離れていれば開発しても大丈夫、という数字を出したために、この数字も一人歩きして、開発とオオタカ保護の論議でしばしばこの数字が目安として出されます。しかし、「大丈夫」という根拠は不明確なままです。
 東京都が数十年かけて開発した多摩ニュータウンは、稲城市から八王子市にかけた多摩丘陵の広大な面積で、生物の多様性に富んだ里山です。このころは、環境問題や自然にたいする価値観が、いまほど表にでていない時期でした。しかし、多摩丘陵は自然の宝庫であり、生態系の頂点に位置するオオタカもたくさん生息していたものと思われます。現在、オオタカの新たな営巣地が発見される場所の多くは、多摩ニュータウンを取り囲むように、稲城、町田、八王子の僅かに残る緑地や公園です。これは、本来の営巣地を追い出されたオオタカが、仕方なく求めた緊急の営巣地だったのではないでしょうか。
 オオタカの営巣地を大きく分けると、ヒナ3羽が巣立ちできるような安定した営巣地と、常に回りを警戒しながら子育てを行わざるを得ないストレスのたまる営巣地とに分けられると思います。また、安定した営巣地も、周辺に人の開発行為が及べば、不安定な営巣地になってしまいます。八王子城跡のオオタカは、まさにその代表的な例です。
(2)オオタカの食性
 住宅・都市整備公団が行った、天合峰のオオタカの食性調査では、126例の食痕中、ハト類が62%、ムクドリが9%、コサギが5%、その他にはオナガ、カケス、クロツグミ、ゴイサギ、ヒヨドリがそれぞれ2%でした。
私たちが行った八王子城跡のオオタカの食性調査では、59例中ハト類が62.7%、ヒヨドリ、ヤマドリがそれぞれ6.8%、その他にはカケス、コサギ、ムクドリなどでした。
八王子城跡でヤマドリが比較的多かったのは、ヤマドリが縄張りとして好む深い谷地形の環境が多いからと思われます。ハト類が多いのは、この二か所に限らず、どこでも同じような結果がでています。この餌との関係が、オオタカが里山の鳥といわれるゆえんなのです。
 オオタカが狩りをしている姿を見る機会は、そうありません。私たちが八王子城跡で観察中、ドバト、ヒヨドリ、コサギ、飼育バトの群れを襲うところを見ましたが、いずれも失敗していました。オオタカは狩りにかなり苦労しているようです。
 ヒナが孵化して直ぐの時期には、メジロ、ホウジロなどの小型の鳥を持ってきます。これは、孵化したばかりの小さなヒナに、餌となる小鳥の体全体の肉を与えるためです。そうすることによって、動物に必要な栄養素と多くのミネラルを吸収することができるからです。ヒナが大きくなるにつれて運んでくる野鳥も大きくなります。巣立ち間近のヒナは、親と同じくらいの体になり食べる量も増えます。したがって、サギ類やカモ類、ヤマドリなど大きな鳥をもってくるようになります。
(3)採餌場の保全なくしてオオタカの保全はない。
 オオタカをはじめ猛禽類の生態保護で大切なことは、野鳥をはじめ餌となる動物が生息できる環境を保全することです。 住宅・都市整備公団の「リサーチパーク予定地」だった天合峰は、オオタカの安定した生息地でしたが、圏央道宝生寺トンネルと南北の橋の工事で環境が改変されたため、巣立ちするヒナが3羽から2羽に減少しています。
 圏央道八王子城跡トンネル北側坑口と北浅川橋工事は、野鳥の生息する耕作地であり、北浅川にはカモ類やサギ類なども飛来してきます。ここはオオタカの狩り場の一部でしたが、工事によって奪われ、巣立ちするオオタカのヒナが3羽から2羽、1羽へと減少し、2002年、2003年はついに営巣放棄してしまいました。
 開発行為がオオタカの狩り場を奪い餌の量が減れば、巣立ちするヒナの数も減るという関係にあることがよく分かります。 したがって、オオタカを保護するということは、餌となる野鳥の生息地、生き物同士が相関連する生態系全体を保全することの必要性がよく分かります。

4、「種の保存法」と「猛禽類保護の進め方」に違反する国土交通省
(1)「猛禽類保護の進め方」違反
 1996年4月、私たちが圏央道八王子城跡トンネル北側坑口でオオタカの営巣を発見し、三羽のヒナが無事に育った時期に、私たちは既にこの事実を国土交通省や環境省、都環境局に報告しました。
被告の国土交通省は、この年の11月5日に「圏央道オオタカ検討会」を発足させ、座長を阿部學・新潟大学教授に依頼しました。
 私たちは、オオタカの生態調査は地元の保護団体と共同して行うよう再三申し入れましたが、国土交通省は拒否しつづけました。私たちが心配していた通り、「圏央道オオタカ検討会」の調査と保全策は過ちだらけのものでした。いや、検討会の事務局を担当した国土交通省が誘導した結論ではないかとさえ推測できるものです。だとすれば、国土交通省が依頼したオオタカの専門家といわれる人達は何を検討したのか疑わざるを得ません。
 国土交通省がオオタカについて初めて発表した資料は、1998年1月13日に記者発表した「オオタカとの共生をめざして−圏央道オオタカ検討会のとりまとめ」です。
 この記者発表資料の「5、オオタカとの共生をめざして」で、『下恩方地区におけるオオタカの生息状況調査の結果、その生態をはじめとして未解明な部分が多いとされるオオタカに関してこれまで得られている知見等を踏まえ、前述のオオタカの保全方針をもとに、「人とオオタカが共存できる環境づくり」に向けて、工事の施工時や供用時において、道路整備に伴う自然環境への影響を最小化することにより、オオタカの生息環境を保全するための現時点における方策を検討した』としていくつかの「保全方策の代表例」を示しています。
被告のオオタカ調査の根本的な欠陥は、トンネルや北浅川橋を建設することがオオタカの生態にどのような影響がでるか全く検討していない点です。「工事の施工時や供用時において」と工事を前提にしている点です。また、「道路整備に伴う自然環境への影響を最小化する」として、何としても工事は進める、その枠組みの中で、オオタカへの影響は考えるというものです。
 猛禽類保護の進め方で注目すべき点は、オオタカなどの行動圏の内部構造を定義した点です。最大行動圏、95%行動圏、高利用域、営巣中心域に区別し、それぞれの利用域ごとに留意点を規定しています。その中で営巣中心域については「営巣木および古巣周辺で、営巣に適した林相をもつひとまとまりの区域(営巣地)、給餌物の解体場所、ねぐら、監視のための止まり場所、巣外育雛期に幼鳥が利用する場所を含む、広義の営巣地として一体的に取り扱われるべき区域」と定義しています。さらに、「生息上支障を及ぼすおそれのある行為や事例、留意点等」として、「この区域においては、住宅、工場、鉄塔などの建造物、リゾート施設および道路の建設、森林の開発は避ける必要がある」と規定しています。
 私たちが18ケ月間オオタカ生態調査を実施した結果では、圏央道八王子城跡トンネル北側坑口は「道路建設は避ける必要がある」と規定している「営巣中心域」に入っているのです。ところが国土交通省はこのことに全くふれていません。
 私たちの抗議や申し入れに、この年の10月21日に「オオタカとの共生をめざして・その2」を記者発表しました。私たちの批判にようやく「営巣中心域」についてコメントをだしてきましたが、驚いたことに、それは、「この工事区域は営巣中心域に含まれていないと判断し、」あえて調査しなかったというものでした。
オオタカ行動圏の内部構造は、二繁殖期間の行動圏調査の結果を解析すれば、自ずと特定できるものです。国土交通省の調査と判断は、明らかに「猛禽類保護の進め方」に違反する、まず工事ありきの恣意的なものです。
(2)種の保存法違反
 1993年4月1日に「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」が施行され、オオタカは「国内希少野生動植物種」に指定されました。法律の第一条は、目的について「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存を図ることにより良好な自然環境を保全し、もって現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与することを目的とする」と明記しています。さらに第二条一項は、国の責務として「国は、野生動植物の種が置かれている状況を常に把握するとともに、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存のための総合的な施策を策定し、及び実施するものとする」と規定しています。
 国土交通省は国の機関としてこの法律を守る義務があります。ところが、圏央道工事でオオタカの繁殖に重大な影響がでているにもかかわらず、工事を強行し、ついに営巣放棄に追い込むという法律違反を犯しています。
さらに許せないのは、この事実を覆い隠そうとしている点です。以下に経過を追いながら詳しく見ていきます。

■ 八王子城跡のオオタカの繁殖経過
    1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003
孵化数 3 3 4 2 2 2 0 0
巣立ち 3 2 3 2 2 1 0 0
               9月から北浅川橋工事着工
           台風で1羽落下         
  オオタカの繁殖経過の一覧表を見れば一目瞭然で、狩り場の一部である北浅川橋の工事が始まってから孵化数、巣立ち数が減少しています。そして2002年と2003年はついに営巣放棄してしまいました。

■ 営巣放棄について
 国土交通省は2002年10月18日に「2002年下恩方地区におけるオオタカの繁殖状況について」記者発表しています。それによると、営巣木の特定はできなかったが、営巣を示唆する威嚇行動等が繁殖期間中に継続して観察されたこと、8月に巣立ち間もない幼鳥1羽が確認されたことから「今年も継続して繁殖しているものと考えられる」というものです。これは非常に曖昧で、どこで確認したのか全くふれずに断定する乱暴な結論です。オオタカの専門家といわれる人達がだしたものとは到底思えません。
 私たちの観察では、3月下旬から4月初旬までにオオタカの成鳥を観察できたのは2回です。従来のこの時期は、成鳥のペアーを一日に何回も観察することができますし、交尾や鳴き交わしの声も聞くことができます。したがって、明らかに異変がおきていたと思われます。
4月3日には、昨年の巣に巣材が約10cm積み上がっていましたが、その後は巣づくりをすることもなく、産卵、抱卵には至りませんでした。観察のために林道を歩いていると、地下からトンネルの止水工事の振動と音が響いていました。おそらく営巣木にもこの振動が伝わり、オオタカはこれを嫌ったものと考えられます。
4月24日の定点観察では、交尾を何回も繰り返して下尾筒羽が大きく膨らんだ成鳥のオスとメスを確認しました。少し、時期が遅くなったものの営巣木を変えて繁殖するものと考えられました。
しかし、ヒナが孵化して盛んに鳴き声を出す6月から7月にかけて、高い頻度で調査しましたが、鳴き声を聞くことができませんでした。この時点で営巣放棄したと断定しました。
そこで範囲を広げて観察したところ、元八王子町三丁目でヒナ1羽の鳴き声を聞きました。おそらく、この付近で繁殖したものと考えられます。
 国土交通省は、2003年も、7月15日に記者発表し、これまで確認されていなかった、新たな箇所で2ペアの繁殖が確認されており、「圏央道オオタカ検討会」から「オオタカとの共生を図りつつ、慎重に工事が進められている。今後とも引き続きこれら方策を実施することにより、共生が図られるものと考えられる」との意見をうけていると主張して、あたかも営巣放棄していないかのような苦しい弁解をしています。
国土交通省が依頼しているオオタカの専門家といわれる人たちの責任は重大だと思います。
 今年営巣した場所は下恩方地区ではないことを、国土交通省自身が認めています。
また、昨年5月6日に裁判所が現場検証をした時、目の前の従来の営巣地の上空で、タカの仲間であるノスリが旋回していたのを、参加者の多くが確認しました。繁殖期の大事な時期に別のタカの類が入り込めば、オオタカは必ず威嚇して追い出すはずですが、ノスリが旋回していたということは、オオタカが繁殖エリアとして主張しなかったことを意味しています。
 元八王子町三丁目の営巣木は、1996年の営巣木から約1.2km離れており、標高460mの八王子城跡を超えた南側です。したがって、下恩方地区の営巣地とは別の営巣地と考えるのが常識です。  国土交通省は営巣放棄したという事実を認めると、種の保存法に違反したことを認めることになるので、執拗に苦しい弁解を繰り返しているのです。
また、2003年9月2日付事業認定取消請求事件の準備書面(2)で「城跡トンネルの工事がオオタカの営巣に深刻な影響を与えているといった事実はない」と言い切るに至っては、空しささえ覚えます。
5 工事の中止がオオタカを救う
被告がいくらごまかしても、オオタカは正直です。今ならまだ、八王子城跡にはヒナ3羽が巣立つだけの営巣環境が残されています。
 国は一刻も早く工事を中止し、種の保存法にもとづいてオオタカの保全を図るべきです。
裁判所には、国のこの違法を直視し、後世にかけがえのない自然を残すべく、勇気ある判断を下していただきたいと思います。

以上


陳 述 書

2004年3月24日

大和田 一紘
(高尾山自然保護実行委員会事務局長)

一、はじめに
1.身上・経歴等
 私は、環境政策、地方自治などを研究テーマとする研究者であり、現在、埼玉大学及び都留文科大学の非紘常勤講師としてまちづくり入門、地方自治特論を教えています。また、東京多摩自治体問題研究所副理事長として地域や公的社会教育機関で財政学などを教えています。
 私はあきる野市の住民でもありますが、地元に居住し、研究を業としてきた者として、圏央道は不要であり、これ以上の建設は有害無益であると考えています。
 その理由は種々ありますが、特に実体面では公益性の欠如、手続面では環境アセスメントの欠如が重要であると考えますが、この陳述書では前者について述べたいと思います。

2.秋留台開発の破綻と圏央道について
私は、別件の圏央道あきる野の事業認定・収用裁決取消訴訟(貴庁平成12年(行ウ)第349号、同14年(行ウ)第421号事件)でも陳述書を提出し、原告本人として尋問を受けました。私の本人調書、陳述書及び関連証拠は甲第154号証のとおりですので、基本的にこれと重複する内容については必要最小限にとどめるものとし、この陳述書では触れませんが、本件訴訟との関連からその要点を述べておくと概要次の通りとなります。
@本来の圏央道の建設目的は、多極分散型の都市構造を前提とした業務核都市の育成であって、建設推進側も、都心部の渋滞緩和や地域振興に役立つ道路ではないということを認識していた。
A八王子市、立川市、青梅市(副次市)を中心とする業務核都市構想と密接な関係を持っている秋留台開発計画は、現在、完全に破綻している。
B東京都の手になる秋留台開発計画において、圏央道と同時に計画され、圏央道を前提としていたプロジェクトは、現在、すべて白紙に戻されまたは撤退している(秋留台開発計画については東京都から2000年度を境に一切の予算支出がなされていない)。あきる野市には財政の負担だけが残った。圏央道は不要である。

二、圏央道の不必要性
1.圏央道計画とその背景
 圏央道計画は、1976年の第3次首都圏基本計画にはじめて登場し、1984年には鶴ヶ島から八王子にいたる工事路線が発表されました。1986年の「首都圏整備計画」(国土庁)、1985年の「首都改造計画」(国土庁)、1986年の「第二次東京都長期計画」(東京都)では、「多核多圏域型構造」という名の下に、木更津、東金、成田、つくば、青梅、厚木、横須賀などの国道16号線の外側の都市を圏央道が結び、千葉、大宮・浦和、立川・八王子、川崎・横浜といった業務核都市と連携しながら、一極集中から多核多圏域型への転換をはかるという構想でした。

2.圏央道と業務核都市の関係
 そもそも業務核都市制度は、第四次首都圏基本計画(昭和61年6月)及び多極分散型国土形成促進法(多極法)(昭和63年)において定められた制度であり、東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県及び茨城県南部の区域を指す「東京大都市圏」における東京都区部以外の地域において、自立都市圏の中核となるべき区域のことであるとされています。そして、業務核都市は、職域近接、都市的サービスの充足等が確保された自立都市圏形成を先導するために、業務機能を始めとした諸機能集積の核として重点的に育成整備することとされています(甲第155号証)。
 業務核都市には税制上の支援措置や資金確保の支援措置が用意されているため、業務核都市構想には様々なプロジェクトが出ては消えていくという経過をたどってきました。業務核都市基本構想で承認されたものは甲第156号証の表のとおり8地域です(平成14年度現在)。しかし、圏央道は業務核都市のすべてと関係しているわけではありません。
すなわち、圏央道より内側の首都圏の約30km圏内では相模原市など人口や事業所数が増えている都市や、幕張のように開発計画が失敗したものもありますが、圏央道の建設とはほとんど関係がありません。例えば、大宮・浦和(現さいたま市)が県の構想の中では外郭環状線の沿線に位置づけられていますように、千葉市、立川市や川崎市など業務核都市の多くは圏央道からかなり内側に位置しているため、圏央道の利用は実際にはほとんど考えられません。そして、これらの業務核都市をつなぐために、第四次全国総合開発計画や第四次首都圏基本計画の中で圏央道とは別に核都市広域幹線道路が計画されてきたのですから、本来は圏央道ではなくこれらの計画を推進するのが筋であるといえます。

3.圏央道沿線の業務核都市構想の破綻
 圏央道沿いにある業務核都市は厚木市、木更津市、八王子市などですが、これらの地域における「業務」の計画は何ら具体化しておらず、既に破綻しております。八王子市については項を変えて述べますが、ここでは厚木市と木更津市について述べておきます。
 厚木市では、約160haの厚木業務核都市の研究開発拠点として「森の里及び周辺地区」を建設する構想がありました。これは、平成9年3月に、青山学院大学などが計画し、一部作りかけていたものですが、平成11年10月には同大学が撤退を決定し、平成15年4月、圏央道よりさらに内側の相模原市に移転することになりました(甲第157号証)。厚木市ではそのほかには一部で電線類地中化や放射道路の整備をしているくらいです。
 木更津市では、木更津業務核都市基本構想が平成4年3月に承認されました。これは、東京都区部からの業務機能、研究開発機能等の分散の受け皿として重点的に育成整備するために、先端技術の研究試作型の開発施設を作ろうというものでした。その中には、例えば、かずさアカデミアパーク(約278ヘクタール)というものがありましたが、一応、小規模のかずさDNA研究所と生物遺伝資源保存施設というものが出来た程度で、それ以外にはほとんど誘致ができていない状態です。誤解を恐れず言えば、木更津市ではアクアラインという1日9,796万円の赤字道路ができただけで、地域活性化などは全くできていないということです。JRの木更津駅前が百貨店のそごうをはじめとして撤退、壊滅し、まるでゴーストタウンのようにシャッター街と化しているのは有名な話です(甲第158号証)。
 なお、圏央道沿線では、土浦・つくば・牛久業務核都市構想もありますが、これは圏央道とは関係なく、昭和38年の閣議了解による国家プロジェクトの筑波研究学園都市に始まったものです。

4.圏央道沿線都市の社会経済指標の低下
 建設推進側は、このように停滞気味の圏央道沿線の業務核都市を活性化するためにこそ圏央道が必要だというのかも知れません。しかし、圏央道沿線都市の社会経済指標は深刻な低下傾向を示しており、そのような余力は無く、次項で述べるように、基本計画上も既に見放されているのです。
 平成15年版の首都圏白書では、平成2年から同7年には都区部の人口減少・郊外の人口増加の傾向があったのに対して、平成7年から同12年には都区部への人口回帰・核都市への人口集積が進展したとされていますが(甲第159号証の1)、これはあくまで首都圏約30km圏のさいたま市、立川市、町田市、相模原市、横浜市、川崎市、千葉市などの業務核都市についてだけいえることです。これらの都市では一定の業務の集積が認められるものもあるかも知れません。しかし、圏央道沿線の厚木、熊谷、木更津、青梅市などでは、むしろ人口が減っているのです。
 首都圏白書の平成13、14、15年度版を通して追っていくと分かることですが、40kmから50km圏の市町村の人口減が目立っています。圏央道沿いが激減しているのです。八王子は東西に長い市ですが、都心に近い方が増えているだけです。
 一番分かりやすいのが平成15年版首都圏白書の「平成2年、7年、12年の人口の増加率の推移」(甲第159号証の2、14頁)です。この図に圏央道を書き入れたのは私です。これによると、圏央道沿線の人口が軒並み低下していることが一目瞭然です。
 東京都の平成15年3月発行の「東京都男女年齢別人口の測」では、日本全体は2006年、多摩地域は2010年を境に急激に減っていくと予想されています。この予測は実際には常に前倒しになっていますが、多摩地域でも基本的には2009年がピークとなっています。
 末尾の別表は、全国市町村便覧平成15年版をもとに、圏央道のインターチェンジが予定されている市について、平成7年度、同12年度、同15年度の人口を比較したものです。 これら24市の中で、平成7年度から12年度にかけて人口が減少した市が7市、12年度から15年度にかけて減少した市が10市あります。増加している市もほぼ横ばいです。特に、圏央道沿線の業務核都市・副次都市は、横浜市を除いて、木更津市、つくば市、青梅市、八王子市、厚木市とすべて人口が減少しています。このように、圏央道沿線の都市では軒並み少子高齢化などの影響で社会指標が低下しているのです。
 さらに、業務核都市における事業所数の状況(「平成15年版首都圏白書」131頁)を見れば、首都圏の「業務核都市計」の事業所数は、平成8年をピークに減少し続けています。ほとんどの業務核都市が減少しているなかで、圏央道沿いの業務核都市の減少が著しい状況です(甲第172号証、甲第159号証の2、15頁)。
 その背景には、バブルの崩壊によって、都心から遠く離れた圏央道沿線に新規展開をする余裕が企業にはなくなっていることがあります。仕事が都心にある以上、その近くに住みたいと希望するのは当然であり、その希望がバブルの崩壊でかなえられるようになってきているのです。職住近接が都心ではかれるのならば、都心から遠く離れた圏央道沿線に済む必要は無いわけです。後に述べますように、都市再生は一極集中を志向するものであり、「業務」はますます都心に集中し、業務核都市に「業務」は作れない状況なのです。

5.業務核都市から「広域連携拠点」へ
 新しい第5次首都圏基本計画(国土庁)は、平成11年から27年を念頭に置いたものですが、この中ではもはや「業務核都市」という名前が使われておりません(甲第160号証)。首都圏白書でも平成13年を境にして、「広域連携拠点」という概念が登場し、業務核都市に新たな位置づけが与えられ始めています(甲第161号証)。
 すなわち、東京都のメガロポリス構造、業務核都市を中心とした都市づくりは是正を迫られており、このように、行政による計画や白書においても、現実に業務核都市についての変更・是正が明らかになっています。
 また、「都市再生」においては、いわばお付き合いのように三環状が触れられていますが、首都圏の緊急整備地域は山手線の内側に集中しており、全体のウェイトは明らかに都心にあるのです(甲第162号証、平成15年版首都圏白書32頁)。つまり、圏央道沿線では、この巨大な道路建設に投入する費用だけは膨大ですが、道路以外のプロジェクトはないのです。道路だけ作ってどうするのか、ということです。


三、八王子周辺の開発計画の破綻と圏央道の不必要性
 八王子市周辺では様々な開発計画があり、様々な経緯をたどっていますが、圏央道を必要とするような開発計画は1つもありません。八王子市では、平成6年4月の八王子21プラン(第二次基本計画)、平成11年3月の新八王子21プランで幾つかの開発計画が位置づけられています。甲第163号証は、八王子周辺の開発計画の位置関係を示した図です。

1.川口リサーチパーク計画の破綻について
(1)川口リサーチパーク計画策定に至る経緯
川口リサーチパーク計画は、正式名称を「八王子川口土地区画整理事業」といい、面積169.5ヘクタール、計画人口は就業人口7200人、居住人口1000人、事業予定者は住宅都市整備公団・首都圏都市開発本部、事業完成予定は平成14年度とされていました。
その事業内容は「東京都及び八王子市では圏央道の整備による交通条件の向上を展望していて、八王子市内での研究開発機能及び先端技術産業の土地の誘導を図っており、本事業は八王子市における産業用地供給のために緑豊かな産業、研究所用地(リサーチパーク)を整備するものである。」とされていました。
 用地の買収は、昭和48年10月から51年12月まで行われました。このあたりでは、これまで開発計画が何度か持ち上がりましたが、交通アクセスが悪いということで具体化には至っていませんでした。すなわち、計画地は八王子市の最も西方に位置し、市内で交通渋滞の最も激しい陣馬街道、秋川街道の奥地にあることから、現状の道路の状況では、これ以上の開発による交通悪化をもとらすことは、認めがたいとされ、八王子市の了解が得られなかったのです。
 ところが、1984年(昭和59年)に圏央道計画が発表され、当該用地の真下に圏央道を通すことによって、交通上の問題が「解決」されたということで、1989年(平成元年)4月の八王子市の基本構想で川口リサーチパーク計画として位置づけられるようになりました。この基本構想が発表された時に、この構想の最大のプロジェクトとして、川口リサーチパーク計画が大きく報道されたように、この開発計画は圏央道と一体のものとして、位置付けられていたのです。
(2)川口リサーチパーク計画の挫折
 その後、リサーチパーク計画は具体化に向け、環境影響評価などの作業が行われました。しかし、1993年(平成5年)6月のオオタカの営巣発見により事業は中断され、2002年(平成14年)12月、事業の見通しが立たないということで、計画そのものが断念されました(甲第105号証)。
 以上の経過から八王子西部で最大の開発プロジェクトがなくなったことは、圏央道を建設する大きな理由の一つである「地域経済の振興」の拠点がなくなったということです。したがって、圏央道をこの地域に作る意味が大きく失われたと言わざるを得ません。
 なお、2003年(平成15年)から、同じ場所に物流拠点としてトラックターミナルをつくるための研究会が、八王子商工会議所を中心に発足しましたが、物流の専門誌である『輸送経済』でさえ「必要ない」と指摘しているところです(甲第164号証)。

2.中央道左入インター周辺の物流拠点構想
 中央道左入インター周辺の物流拠点構想とは、昭和62,3年ころ、八王子の基本計画である「21プラン」を作る前の段階で構想されていた計画であり、都有地20ヘクタールを使って、1日あたり4万台のトラックが出入りする物流センターを作るというプロジェクトでした。内部的な議論にとどまりましたが、都有地を何とか生かして開発したいということから構想されたものでした。
その後、東京都が卸売市場を作ろうとしたことがありましたが最終的に断念し、現在では、温泉つきのショッピングセンターの計画が出されています。
このように、左入における構想は、あぶくのように出ては消える、たかだか思いつきの計画しか存在していないのです。構想では出てきても実現する類の計画ではないのです。温泉つきのショッピングセンターなどは、圏央道建設の公益性を裏付ける根拠の1つにさえなり得ないと考えます。

3.八王子ニュータウン計画
 八王子・立川業務核都市基本構想の具体的なものとしては、@八王子中心市街地地区、A八王子インターチェンジ周辺地区(左入インター)、B八王子ニュータウンの3つがあり、これらは平成7年8月1日に当時の国土庁により承認されています。@については、八王子駅南口再開発は頓挫していますし、Aは既に述べました。
 八王子ニュータウン計画は、ここに業務核都市の機能を作ろうとする計画で(居住人口2万8000人、394ヘクタール)、その中核は「業務」たる仮称「生活デザインセンター」でしたが(甲第156号証、甲第165号証)、現在でも具体化しておりません。
 八王子ニュータウンでは、JR横浜線八王子みなみ野駅が出来たことなどから、宅地開発としてはうまくいった方だと考えられます。しかし、本来は、民間企業を誘致して、職住近接のまちづくりを作るというコンセプトをもち、業務核都市の業務核として位置付けられていたものです。業務核をどうやって八王子ニュータウンに形成していくかという点では、昭和60(1985)年に計画が持ち上がってから10年以上を経過してもまったく具体化しておらず、閑古鳥が鳴いています。「日野自動車21世紀センター」など小さなものがいくつかありますが、ほとんど当初の予定通り進んでいないのです。
 八王子ニュータウンは、業務核というよりは、都心に労働力を供給する単なるベッドタウンとしての機能を果たしているに過ぎないのです。

4.民間の開発計画
 圏央道計画が具体化して以来、圏央道計画を当てこんで、周辺では高尾事業開発による225ヘクタール(南浅川町、高尾町、初沢町)、東京佐川急便による60ヘクタール(元八王子町、裏高尾町)などの土地の買占めが行われてきました。しかし、どれも具体化していません。主なものを3つだけ挙げますが、ほかにも戸板女子大学が都心の三田へ戻るなど都心回帰の傾向も見られます。
(1)大雄ニュータウン計画
 大雄ニュータウン計画は、熊谷組の関連会社である高尾事業開発によって昭和59年ころからスポーツ施設、ゴルフ場や宅地開発のために買収された土地で、全体計画は広さ300ヘクタールを越すものです(甲第166号証)。
 この計画については、八王子市や自然保護団体から反対の声が上がりましたが、熊谷組自身の経営状態が非常に厳しくなったため、見込みのない事業には手を出さなくなり、結局、高尾事業開発はこの計画から撤退しました。
(2)シャトータウン
 シャトータウン計画は、平成興発という会社が東京佐川急便の資金で取得した約60ヘクタールの土地に計画されたものですが(甲第167号証)、八王子ジャンクションが建設されつつある今も、事業化への動きは何もありません。
(3)八王子善光寺
 八王子善光寺という名称でミサワランド開発が行おうとした開発計画ですが(甲第168号証)、八王子市が開発を認めないこと等の事情から、事業化に至らないまま最終的に断念されました。
 
 このように、圏央道の建設進行にもかかわらず、民間による大規模開発計画は頓挫し、何ら具体化されておりません。これは圏央道が地域活性化につながるものではなく、民間からも見放された計画であるからです。
 仮に、圏央道が完成し、既に述べた社会経済指標の低下傾向などのマクロのトレンドに反する形で、このような見込みの無い計画が具体化するとすれば、八王子市は最大の財産を失うことになります。
 すなわち、八王子市は平成14年12月20日八王子市議会で市の憲法とも位置付けられている基本構想を決定しました。その基本理念は「八王子市は四季の変化に富んだ高尾・陣馬の山並みや清らかな源流を集めて流れる浅川などの自然に育まれ」「人とひと、人と自然が共生し、誰もが活き活き生きる町」としています。圏央道は正に八王子最大の財産である豊かな自然との共生を根本から否定するものになるのです(甲第171号証)。

5.その他の周辺の計画
 秋留台開発計画が破綻したことについては甲第154号証のとおりですが、他にも開発計画の頓挫は枚挙に暇がありません。
 例えば、JR東日本は、平成元年、横沢入に研究試作型工業団地に近接した高級住宅地を作る計画を立て、45ヘクタールの土地を買い占めましたが、結局、平成12年に完全に撤退して、自然回復ゾーンとして里山として利用されることとなりました(甲第169号証)。この計画は、既に平成7年でストップして、JRと自然保護団体との間で跡地利用をめぐった協議会が開かれていました。
 また、山一土地による2100戸、居住人口6300人の巨大な宅地開発計画であった青梅永山丘陵開発計画は、秋留台開発計画が予定通り進んだ場合の職住近接の高級住宅地域という位置付けでしたが、この計画も案の定頓挫しています(甲第170号証)。

四、まとめ
 圏央道計画及びこれを前提とする開発計画は、すべてバブル期の巨大都市論を前提とした計画なのです。しかし、圏央道の内側の都心30〜40km圏内の業務核都市の大きな指標となる事業者数さえ減少しつつあるのに、その外側は社会経済指標、すなわち事業者数のみならず人口も低下してきています。平成15年の住民台帳によると八王子市自体の人口もあまり増えていません。都市再生は事業を都心に集中させており、圏央道沿線、木更津、厚木ももはや業務核都市とはなりえず、行政計画においても広域連携都市として位置づけられているのです。さらに、日本では、2006、7年をピークとして人口も減少していくのです。
 圏央道は不要なのです。

以上


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陳 述 書
2004年5月25日

坂巻 幸雄        
(技術士・応用理学・地質)

1.経歴について

 別紙「研究経歴抄録」に記載した通りである。

2.高尾山・八王子城跡付近の地質構造

 高尾山・八王子城跡は、関東山地の東縁が落ち込んで、関東平野に移り変わる境界部に当たっている。この落ち込みは、北西〜南東方向の何本もの構造線(断層)によってもたらされたものである。
 高尾山・八王子城跡を通じて山地を構成するのは、中生界白亜系の小仏層群盆堀川層に属している砂岩〜粘板岩の互層で、西北西〜東南東方向の一般走向を示し、同方向の褶曲軸に沿って激しく褶曲している(甲第35号証 p.21 図-3.2、p.22図-3.3、図-3.4参照)。
 これらの断層運動や褶曲活動に際しては、固化していた岩盤の耐力を上回る力が掛かったために、岩盤には大小さまざまな規模と形状の割れ目が生じる。風化作用も地表近くだけではなく、この岩盤の割れ目に沿って地下深所にまで達するため、岩質の劣化も著しい。良好な岩質とされるA・B級(電研式岩盤分類法・甲第35号証 p25、表-3.2参照)の岩盤はほとんど無く、もろく、水を通しやすいC・D級の岩盤が主体を占めている。

3.トンネル工事の一般的問題点

 最近の技術の進歩によって、トンネル工事の安全度は大幅に改善され、施工の速度も上がってきているが、それでも地下を掘って自然の状態を乱す以上、周辺環境に全く影響を及ぼさないと保証するわけには行かない。
 地下水問題はその最たるものである。トンネル本体が地下水面以下にある場合は、地下水の流れは新たにトンネルとして掘削された空洞に向かい、坑内に湧出する。
 トンネル湧水の問題点は、大きく分けて2つある。一つは、坑内に多量の水、あるいは高圧の水が湧出する結果、地山とトンネル構造物の安定性・施工性が損なわれ、安全性と経済性が損なわれることである。もう一つは地表の河川・湧水・井戸水の枯渇や、それに伴う動植物への負の影響等、住民の日々の生活環境や農林水産業に大きな支障をもたらすことである。従って、現場では坑内水の制御が、重要な管理目標となっている。
 地表の水源が枯渇した例としては、1924年に丹那盆地で起きた渇水が有名であるが、これは、直下を掘進していた東海道本線用の丹那トンネルで、大量の坑内出水があったことの影響であった。
 私自身の調査経験でも、山陽新幹線六甲トンネル東口近辺で、直上の民家の井戸水が涸れた状況を観察したことや、水資源公団筑波用水路工事で掘削した筑波山トンネルで、風化した花崗閃緑岩と斑糲(はんれい)岩の境界部付近に溜まっていた地下水が大量に流出、直上の虹鱒養殖場の水源が枯渇して補償問題が起こった事例などは、未だ記憶に強く残る。工事に伴う土木災害の典型例は、昨2003年に北陸新幹線飯山トンネルで起きたような、坑内岩盤の崩落と、直上の地表陥没であるが、そのほかにも、地表近くを掘進していて地山の土被りが浅い場合などでは、トンネル構造物に偏った圧力が掛かり、トンネルが歪んだり、崩落等を起こしたりした例も少なからず知られている。
 このような現場では、チェック項目を厳密に点検して事故を未然に防ぐことが、特に強く意識されている。

4.本件八王子城跡トンネルの場合の問題点

 (1)地質調査の結果:
 
 国土交通省側は、一応標準的な手法(地表踏査・弾性波探査・ボーリングと観測井設置、等々)によって、ルート沿いの地質調査を実施、結果を公表している。その範囲では通常の調査は確かに行われてはいたが、史跡・八王子城跡の保護という特殊性に照らせば、十分とは言い難い。
 例えば、前記六甲トンネルの場合には、酒造用水として珍重されている「灘の宮水」の保護に当たって、綿密な事前調査が行われ、施工者側と酒造業者側との度重なる協議を経たのちに、はじめて着工している。それに較べれば、本件の場合はルーチン・ワークとしての「通り一遍の調査」の感を免れない。
 この調査によって、八王子城跡トンネル一帯では、破砕帯や風化帯が密度濃く交錯し、局部的には優勢な湧水に見舞われる危険性が予測された。地質状況が悪く、湧水が予想される場所では、普通のNATM工法による全断面同時掘削方式を止めて、リングカット工法や、シールド工法に切り替えるなど、試行錯誤的ながら最適工法への模索が試みられた。
 ただ、平野部の連続した砂礫層などに含まれている「層間地下水」などと異なり、このような堅い岩盤の割れ目に含まれている「裂か地下水」の場合は、個々のの割れ目について、どのような規模・状況で地下水が含まれているかを知ることは極めて難しく、広い地域全体を大づかみに捉えるなどの近似的手法を除けば、定量的な湧水予測や影響予測は一般的にはできない。いわば、「掘ってみなければ分からない」状態が普通なのである。
 トンネルを掘るに当たって、「十分注意して施工するから、地下水への影響は出ない」という説明がなされたのであれば、それは誤りである。
 現実には、後述するように、観測井の地下水位が急激に下がったり、民家の井戸が涸れたりしたこともあって、工事は「出水防止のため」と称してしばしば長期間中断され、結果として常識はずれの工期となった。しかも、工事に伴って一旦低下した観測井水位に本格的回復の兆しはなく、本工事が、地下水系に一定の好ましくない影響を与えた事実は疑うべくもない。
 国指定の史跡に真に配慮するのであれば、そもそも史跡指定区域の地下にトンネルを掘るなどと言う暴挙は止めて、他のルートを真剣に検討すべきだったのである。

 (2) 工事の結果明らかになったこと:

 1)周知のように、工事の進展に伴って松竹地区一帯で井戸涸れが発生した。
 松竹地区の住宅は、滝ノ沢川が北浅川に合流する地点に発達した段丘面上に立地するものと、段丘の下の北浅川の河床面に立地するものとがあって、両者の境は急な坂道になっている。国土交通省側は、井戸涸れは橋脚工事に伴って発生した河川敷内の一時的な湧水のためだとするが、段丘面上の、源流域に近い側の住宅(例えば、安斎氏宅)まで枯渇が波及したことや、地域の水涸れが一旦回復した後、2004年1〜4月にかけて、同氏宅井戸で再度水涸れが発生したことの説明にはなっていない。
 ちなみに安斎家は当地で約350年に亘って続く旧家で、代々生活用水としてこの井戸を常用してきたが、今まで井戸涸れは全く記録されていなかった。この井戸は滝ノ沢川に面していて、その伏流水で涵養されている。
 安斎氏宅の井戸涸れが起こった原因は、以下の通り合理的に説明できる。
 安斎氏宅の上流で、トンネルが滝ノ沢川の下を横断しているが、この地点での土被り厚さは僅か8mに過ぎず、しかも、トンネル断面の上半部には、川の基底部に相当する砂礫層が露出していた。沢水がこの砂礫層に浸透して坑内湧水となることを防ぐために、この部分に対しては、掘進に先立って徹底したセメントミルクの注入が行われ、その一部は水みちを伝って地表にまで噴出、固化した。つまり工事の結果、滝ノ沢川の地下には、流れを横切る形でトンネル自体と周辺岩盤とが巨大な遮水壁として立ちはだかり、それまで順調に流れていた谷沿いの伏流水を遮断したのである。
 このことによって主要な供給源の一つを失った松竹地区の地下水の水量が不安定になり、その極限状態で水涸れが発生したことは、今や明白である(付図-1参照)。

 2)さらに、山頂部付近に設けられていたB-2観測井の水位が、トンネル工事に伴って突如13mも低下したまま、未だに回復してきていない。
 このことは、観測井に通じている水脈が、トンネルの進行に伴って強い擾乱を受け、水脈中の地下水の少なくとも一部がトンネル内に流出したことを意味する。観測井の水位は、その後さらに8m低下したが、この分はややあって回復した。この現象は、遭遇した割れ目が小規模であって、その後水みちが閉塞されたために、水位が若干ながら回復したものと推測される。
 史跡全体の中でも特に歴史的価値の高い山頂部の坎井(かんせい)が、トンネル工事の影響を受けるかどうかについては、早い時期から論争があった。
 「トンネルのレベルでの地下水水質と、山頂部の坎井の水質は異なり、両者の間には”不透水層”があるから、トンネルを掘っても坎井には影響がない」という主旨の主張を国土交通省側が行っている。しかし、この不透水層については、実態がいかなるものか、論証が全くなされていないので、実在性が甚だ疑問である。 「坎井の水質と、トンネル層準の地下水の水質が異なるから、両者の間には連関がない」という考え方の誤りは、次のようなモデルを考えれば容易に分かる。
 桶の中に水と油を入れれば、下部の水層と分離して、上部に油層が溜まる。サンプルを採れば、上部と下部とで物性が異なるのは当然である。次に、桶の底が破れるとと、下部の水は当然流れ出すが、そのとき上部の油層がそのままのレベルを保っていられるかと言えば、もちろんそんなことは起こりえない。水が抜けた分だけ油面は確実に下がるのである(付図-2参照)。
 山頂部の坎井周辺の岩盤の割れ目では、直接天水が供給されているので溶存成分が少なく、導電率は小さい(電気を通しにくい)。しかし、この水はゆっくりと割れ目の中を下方に向かって流れて行く。その間、まわりの岩石からはカルシウムなどをはじめとする主要構成成分が徐々にとけ込んで行くので、同じ割れ目の水であっても頂部とは異なる水質や、大きな導電率(電気を通しやすい)を示すようになる。国土交通省は、この現象を理解していなかったために、その主張に幻の「不透水層」を持ち出さざるを得なかったものである。
 結論として、かなりのタイムラグはあるにせよ、トンネル内への湧水の影響が、坎井を含む山頂部に波及してゆくおそれは大きい。すなわち、トンネル内への地下水流出は、さらに長期間にわたって山体全体を乾燥させ、植生の衰退や斜面の崩壊などの、否定的影響に繋がる。

 3)宝生寺トンネル施工による椎の木沢の水涸れ
 八王子城跡トンネルの北方にある宝生寺トンネルでは、トンネルの掘進に伴って、その直上の椎の木沢で顕著な水涸れが発生した。
 土被りが浅いことから、その現れ方も激しい。かつて耕作されていた谷戸田が、その水源を一帯の湧水に求めていたことは明らかで、その痕跡も残っている。しかし、現在一帯に恒常的な湧水はなくなり、沢は全体に乾いてきた。かつて国土交通省が水量測定に用いていたと思われる三角堰が谷底に残されているが、そこにも現在流水はない。
 さらに、大雨の時に発生する表面流のために、沢底には深いガレが刻まれて、斜面表層部には小規模ながら各所で崩壊が発生し、植生への悪影響が懸念される状況になりつつある。

 (3)今後予測されること:

 八王子城跡トンネルの場合は土被りが宝生寺トンネルに較べて深いので、影響が表面化するまでのタイム・ラグは相対的に長い。しかし、予想される被害は本質的に同じである。 トンネル工事によって一旦低下した山体内の地下水位は、容易に元には戻らず、低い水位のままで安定するのが普通である。いかに止水工事を施したとしても、トンネルに向かう地下水流を長期間、完璧に遮断するには限界がある。山体中に含まれる地下水に対しては、トンネルそのものが巨大な排水孔として機能するのだから、このことは当然である。
 国土交通省は、トンネル技術検討委員会の予想として、工事完了後に地下水位が漸次回復するという模式図を示しているが、なぜそのような予測ができるかという学術的根拠を全く述べていないので、その限りでは、「単なる願望」を図表化したものに過ぎない。
 山体中の地下水位が下がったままになれば、史跡全体としての乾燥化はさらに進む。未掘進区間には、まだ多量の湧水が予測されている領域があるために、そこでの湧水抑止効果を意図して、約10億円という巨費を投じてシールドマシンが導入された。しかしその後も掘進速度は上がらず、工事は依然停滞している。その限りでは、この種の大型土木機械の投入で、果たして有効な止水効果を挙げられるのかどうかも、甚だ不透明である。
 もともと、国土交通省が行った環境アセスメントでは、今回のような地下水の水位低下を明示するような予測はされていない。従って、このような不確実なアセスメントを基礎に着工された本件事業に妥当性はない。

5.高尾山トンネルの問題点

 高尾山の地質自体は、八王子城跡トンネルと本質的な差異はなく、地下水の賦存状況にも大差は認められない。従って、八王子城跡トンネルで懸念され、工事の進展に伴って現実化したさまざまな支障は、同時に高尾山トンネルでも起こりうるものである。
 高尾山中の滝は、薬王院の修験場でもあり、文化的価値は八王子城跡と甲乙が付けが
たい。豊富で多様な植生は学術的価値と共に、広く都民のリクリエーションの場として親しまれている。トンネルの構築は地下水系を乱して周辺の乾燥化を招き、ひいてはこれらの保全すべき周辺環境そのものにも、否定的影響を及ぼすであろう。
 八王子城跡トンネルに見られるごとく、工事に伴う環境への負荷を、完全に回避でき
る技術的選択肢はない。そこでの工事経験を文字通り他山の石とした場合、貴重な自然
環境と文化的価値を保全するためには、高尾山トンネルの計画自体、撤回以外の実効あ
る方策はないものと考える。

6.その他

 圏央道計画全体が、関係住民との慎重な協議をしようとせずにルート選定を行ったために、各地で深刻なトラブルを起こしている。本件もその一環であって、自然環境や文化財としての史跡の価値に十分配慮して、このような問題を内包する地域を避けたルートを選ぶことは、特に路線策定の初期段階では十分可能、かつ容易だったはずである。
 破砕の進んだ岩盤に含まれる地下水の制御・保全という課題を除けば、さしたる出水事故もなく、特に大きな障害も見あたらない八王子城跡トンネルで、数次にわたって長期間の工事中断をきたしたのは、通常の土木工事の施工感覚からは考えられないことである。
 2004年4月22日に東京地裁で下されたあきる野インターチエンジ事件の判決にも、杜撰なアセスメントに対して、鋭く、かつ厳しい批判的見解が示された。上記のさまざまな障害も、計画初期の段階から慎重、かつ合理的な環境評価を行わなかったことに根本原因がある。姑息な手段を用いてこの障害を回避する成算がないことは今や自明であり、現状においては工事の中止こそが、諸矛盾の解決の手段として最善の策である。

<以上>

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 陳  述  書
2004年5月25日
 
橋本良仁
(高尾山の自然をまもる市民の会・道路公害反対運動全国連絡会事務局長)             

1 陳述概要
 私は1945年に北海道に生まれ、1969年に北海道大学を卒業後沖電気工業株式会社に就職し八王子事業所で1988年まで半導体の研究開発に従事してきました。
 住まいもJR高尾駅の南口に住みその後1988年からは八王子市高尾町1989番地の5に居住しています。
 このように、1969年以来高尾山の近くに住み、1988年からは家のすぐ裏が高尾山で毎日のように子供たちと高尾山に登り、山の自然の恵みを受けて生活してきました。
 私は、首都圏中央連絡自動車道(以下圏央道)の東京都内部分22.5キロメートルの計画が発表された1984年8月以来、私が愛する高尾山やその周辺の自然を破壊する圏央道建設に反対する住民運動に関わってきましたが、1996年から高尾山の自然をまもる市民の会の事務局長を務めています。また、本行政訴訟原告団の事務局長の任にもあります。また1998年からは首都圏道路問題連絡会の事務局長を、2000年から道路公害反対運動全国連絡会の事務局長も務めています。
 首都圏道路問題連絡会は、10年ほど前に設立した組織で、首都圏に計画または事業中の圏央道、東京外郭環状道路、首都高速中央環状線やその他多くの都市計画道路などに反対する住民運動団体の連絡と連帯の組織です。
 また道路公害反対運動全国連絡会は約30年の歴史があり、首都圏、中部圏、近畿圏、広島県など大都市部の大型幹線道路の建設に反対する住民運動団体の連絡・連帯組織です。
 私は元々は半導体の技術者で道路問題の専門家ではありませんでしたが、このように首都圏や全国の大型道路建設による公害や環境破壊・自然破壊に反対する住民運動団体に関わり事務局長という立場を経験し、国土交通省を始めとした行政が道路建設の計画や事業を進める中で住民への説明責任を果たしていないこと、無駄な公害道路を強引に建設していることなど各地の情報を知る立場にあり、道路行政の問題点を把握できるようになりました。
 圏央道に限らず、関係住民との合意を無視した行政の一方的な道路建設が推し進められている現在、首都圏や全国のいたるところで住民との紛争が絶えません。大型幹線道路建設による自然破壊や住環境破壊は目に余る状況にあります。また、ムダな道路建設によって国や地方公共団体の財政危機は一段と厳しさを増し、このまま放置できない事態です。このことは、この間の道路公団民営化問題の議論をみても明白です。私は本陳述で、圏央道建設計画発表後の住民運動団体の実態と行動、都市計画手続きや環境影響評価(以後アセスメント)手続きの不完全さや違法性、行政に義務付けられている住民に対する各種説明責任の不履行、圏央道が都内や国道16号の渋滞緩和に寄与しないものであることを述べたいと思います。

2 地元住民がなぜ計画に反対したのか
 1984年8月、八王子市裏高尾地域の住民は国史跡八王子城跡や国定公園高尾山を直径10メートルのトンネルで串刺しにする圏央道計画を新聞報道で突然知らされました。住民にとってはまさに寝耳に水の出来事でした(「公共事業は止まるか」五十嵐敬喜、小川明雄編著・橋本良仁共著 岩波新書P41〜P52 2001年2月 甲第183号証)。
 これまで裏高尾の地元住民は、国鉄中央線工事や中央道建設には積極的に協力してきた経緯がありましたが、圏央道計画に対しては摺指町会及び荒井町会が町会ぐるみで反対に立ち上がりました。(摺指町会はジャンクションが出来る猪鼻山の西側で荒井町会は猪鼻山の東側の町会です。)
 町会ぐるみで圏央道建設反対に立ち上がったのは、これまで裏高尾の住民は国鉄中央線や中央道の建設に協力したにもかかわらず、騒音、振動(車が通るたびに家屋内の障子などが揺れる)、大気汚染(洗濯物や物干し竿が汚れるなど)による住環境破壊が続いたこと、中央道小仏トンネル掘削による土砂が小仏川の上流部の沢を埋めつくし、豊かな自然景観の破壊や小仏川の水量の減少など大きな被害を受けたことで行政への不信があったことが挙げられます。その上、信仰の対象であり国が保護すべき国定公園に国自らがトンネルを掘ることに対して強い疑問や怒りがわき起こりました。同年11月に摺指及び荒井町会の住民は裏高尾圏央道反対同盟を設立し、圏央道に反対する地元の運動の中心となりました。裏高尾圏央道反対同盟はこれ以降、圏央道計画の沿線住民にも大きな影響を及ぼし、沿線各地の住民運動団体の中心的な役割を果たすことになりました。

3 各種運動団体の設立と住民の自主アセスメント
@ 圏央道に反対する住民団体や市民団体の発足と運動
 国史跡八王子城跡や国定公園高尾山は、圏央道計画が発表される以前から多くの研究者たちによって、調査や研究が行なわれてきました。高尾山の植生の豊かさは大都市近郊にあっては稀に見るものであり、1300種の植物や5000種といわれる昆虫の多さは日本三大生息地の一つといわれています。このように貴重な自然や史跡のある山にトンネルを掘るという圏央道建設に対して、計画発表と同時に地元八王子のみならず首都圏や全国から反対の声が上がりました。圏央道によって貴重な自然や史跡が破壊されることに危機感を抱き、圏央道建設計画を止めさせるために多くの住民団体、市民団体、自然保護団体が結成されました。設立の年代順に1985年「高尾山自然保護実行委員会」と「高尾・浅川の自然を守る会」、1988年「高尾山の自然をまもる市民の会」、1989年「高尾自然体験学習林の会」、1995年「地権者の会ムササビ党」1999年「国史跡八王子城とオオタカを守る会」です。
 高尾山自然保護実行委員会は、圏央道から高尾山とその周辺の自然を守ることを目的に1985年6月、東京都内の自然保護団体24団体及び個人30名で結成されました。代表者は吉山寛さんです。
 高尾・浅川の自然を守る会は1985年12月、高尾山の前山である金刀比羅山を学校造成から守るために結成され、その開発を断念させると共に高尾山を中心とする高尾・浅川地域の豊かな自然を保護するため、圏央道建設に反対する運動を展開してきました。
 高尾山の自然をまもる市民の会は1988年6 月、高尾山の自然を守り緑の街づくりを進めるために、八王子市をはじめ首都圏や全国の市民団体、住民団体、労働団体、婦人団体、自然保護団体等34団体と学者、研究者、文化人を含んだ約1000名の個人会員で構成され、圏央道建設に反対し、市民講座、シンポジウム、イベント、機関紙の発行などに取り組んでいます。私は現在、この会の事務局長を務めています。
 高尾自然体験学習林の会は1989年、裏高尾町の峰尾章子さんなど地主の協力を得て、圏央道予定地内の山林約7,712uに賃借権を設定し、圏央道建設に反対するための借地トラスト運動を展開しました。その後1992年からは約2 千数百本の樹木を購入して多くの市民に販売し、立木トラスト運動を展開しています。会員数は約180 名で代表者は吉山寛さんです。
 地権者の会ムササビ党は、1995年、高尾山の自然及び周辺地域の住環境を守ることを目的に、圏央道及び八王子南インターチェンジ関連工事に反対して計画予定地の土地を取得し、トラスト運動を展開するために89名で結成されました。具体的には八王子市高尾町2513番地及び南浅川町2586番地の山林を取得して圏央道に反対する運動に取り組んでいます。
 国史跡八王子城とオオタカを守る会は、1999年に圏央道から八王子城とオオタカを守るために、多摩考古学研究会の有志、八王子城研究会、八王子・城山のオオタカを守る会などで結成され、会員数は現在約170 名です。
 1985年から毎夏、裏高尾圏央道反対同盟は圏央道反対3000人集会と天狗の行進を開催し、今年で20周年となります。首都圏や全国から道路関係の住民団体、ムダで有害な公共事業と闘う住民団体、市民団体や自然保護団体などが結集し、盛大に集会が行われてきました。
 また1998年からは、「高尾山にトンネルを掘らせない」100 万人国会請願署名運動を始め、既に約40万人の署名を集めています。  
A 起業者の杜撰なアセスメントと住民らによる自主アセスメント
 建設省の裏高尾でのアセスメントは1984年秋頃、私有地に潜り込み無断で観測器具を設置することから始まりました。調査員は住民から何をしているのかと咎められれば、身分を偽って、圏央道のアセスメントであることをひた隠しに隠しました。住民は厳しく抗議し、私有地や学校から観測器具を撤去させました。
 裏高尾圏央道反対同盟の住民が自主アセスメントを始めようとしたのは、第一にこのように隠れて調査を始めるような建設省には、だまってアセスメントを任せておけないということ、第二に既に中央自動車道の自動車排気ガスによる被害を受けている上に、一日約5 万台が通過する圏央道が出来れば裏高尾には更に大量の自動車排気ガスが放出されることになり、しかも裏高尾の谷間の地形と気象条件下では接地逆転層が発生して排気ガスが拡散せず谷間に溜まる危険性があることが、研究者から指摘されていたため、住民は建設省が接地逆転層による大気汚染の予測をごまかすか無視するのではないかという危惧を抱いたことによるものでした。
 科学的知識を持たない住民に協力したのは、計画発表時から圏央道建設に疑問を持っていた日本科学者会議(日本学術会議の会員を擁し、大学や国公立の試験研究機関の研究者らが加入する1 万人以上の学会組織)の科学者や研究者達でした。
 自主アセスメントの開始は1985年の夏からです。日本で初めての科学者と住民の共同による大掛かりな自主アセスメントが毎月一回、住民総出で裏高尾の谷間で始まりました。車の走行台数、大気汚染の測定、騒音、振動、気温、風向そして接地逆転層の実験でした。厳冬の早朝、住民たちは大量の杉の葉を燃やし、白く立ち上がった煙は谷間に滞留し、裏高尾の谷間が排気ガスのダムになることを予感させる接地逆転層の存在を実証しました。その映像はNHKTVで放映され、住民らがこのような実験をしたということは珍しく、その科学的な手法の反対運動のあり方が高く評価され、全国に大きな反響をよびました。自主アセスメントの成果は、「圏央道建設計画の総合アセスメント」(武蔵野書房、1988年7月 甲第27号証)として発行されました。
 この書籍は、大気汚染や騒音・振動被害に関する自主アセスメントだけでなく、八王子城跡や高尾山にトンネルを掘ることの危険性を地質面から検討したり、経済学や法学の学者が、圏央道建設の公益性に対する疑問を学問的に指摘し圏央道建設は不必要であることを明らかにするなど、圏央道の総合的な批判の内容となっています。国の道路建設に対し、住民と科学者が協力して総合的な批判を加え、しかも学問的レベルでも高い評価を受けたことから、各地の道路関係の住民運動団体や行政関係、研究者などが多数購入し、この種の書籍としては異例の1500部という販売数になりました。
 裏高尾の急峻な谷間地形の大気汚染予測に、平坦地形に適用可能なプルーム・パフモデルを使った起業者のアセスメントは、非科学的なものでした。裏高尾の地理や地形に即した科学的でより正確な大気汚染や騒音被害の予測ができないか、という思いが当然強まりました。訴訟提訴後さらに科学的な予測をすることになり株式会社環境総合研究所に三次元流体モデルを適用したコンピューターシュミレーションを委託しました。
 この三次元流体モデルを使った大気汚染の予測には、かっての自主アセスメントの経験からその後も継続して行われてきた窒素酸物(NOx)のカプセル調査が役立ちました。また住民と研究者が共同して車の走行台数や騒音を測定しました。その結果、大気汚染も騒音も環境基準を超える被害のあることを予測することができました(甲第70号証 甲第 71号証、甲第92号証)。

4 都市計画決定手続きにおける事業説明の違法性
@ 都市計画案およびアセスメント案の公示と住民説明会
1986年9月、東京都は「都市計画案およびアセスメント案」を公示し、関係市町で説明会が始まりました。このアセスメント案は、圏央道建設の必要性を根本から問い直すものではなく、道路建設を前提に、何が何でも圏央道計画を推進しようとして作成されたものです。従ってその結論は環境への影響を認めながらも、どの項目も、「環境に与える影響は少ないと考える」という記述に終始していました。説明会では、自主アセスメントによって科学的に裏付けられた住民の質問が次々に行なわれ、起業者側はしばしば答弁不能となり、立ち往生しました。
 例えば、大気汚染項目の接地逆転層の影響に関する藤田敏夫さんの質問に対して建設省は、裏高尾の急峻な谷間の複雑地形をパフ・プル−ムモデルが適用出来る平坦な地形であると白を黒として強弁しました。気象学者である藤田さんは、科学に対する冒涜であると厳しく抗議しました。
 通過路線の植物名の記載が参考文献(八王子植物誌、1961年吉山寛著)の丸写しで誤りがあるとの植物学者である吉山さん(著者本人)の指摘に対してはついに回答不能となり、答弁をしないで無視する始末でした。
 私は水資源開発公団が霞ヶ浦から導水路を引いた事業で、筑波山に直径3メートルのトンネルを開けたことにより沢の水を涸らしてしまったという事実をつきつけて、八王子城跡や高尾山にトンネルを掘ることでの地下水脈への影響を質問しました。建設省は筑波山の沢涸れ事故を未だ把握していなかったようで少し慌てましたが、工事に取りかかる前に十分調査をしてからトンネルを掘るので大丈夫です、と回答してきました。私は、筑波山導水トンネルを掘削した建設会社の研究者が出した調査報告書を入手していましたので、それを建設省に提示してさらに回答を求めました。担当者は、しぶしぶトンネル掘削の地下水への影響は掘ってみなければ判らないということ、琵琶滝の沢水が涸れる可能性があることを認めました。滝の沢水が涸れたらどのように責任をとるのか、との追及に対して、代替水源をもって当たります、という返答であったことを記憶しています。このように杜撰で非科学的なアセスメントの内容が次々に明らかにされました(甲第27号証152 頁)。
 内容がいいかげんな上に専門的知識が不十分な建設省や東京都の担当官は返答に窮し、住民は説明に納得せず、説明会は深夜、翌朝に及びました。道路公団の職員が深夜酒気を帯びて会場に現れたり、説明者のアシストとして後ろに控えている職員が、圏央道に反対する団体主催の自然観察会に参加し、学生と偽ってスパイ活動を行なっていたことも会場内で発覚しました。事業者である建設省が行なった杜撰で非科学的なアセスメントや住民の質問や意見を無視した問答無用の強引な事業の進め方に対して、住民は不満を募らせ、怒りが強まりました。
 杜撰なアセスメント案に対して、1986年11月、住民は3000通に及ぶ意見書を提出し、また東京都議会宛てに計画の撤回を求める13万2000筆の署名を1年という短期間で集め提出しました(甲第27号証の224頁年表)。

A 見解書の公示と住民説明会
 1988年2月見解書が公示されました。見解書の内容は評価書案と何ら相違ないもので、住民の意見はほとんど反映されていませんでした。順次各市町で説明会が開催されましたが、説明会はアセス案の時より紛糾し、深夜、徹夜、さらに継続となりました。ついに、建設省と東京都は住民の説明会継続を求める意見を無視して一方的に説明会を打ち切りました。1ヵ月後の1988年3月、見解書に対する住民の建設反対意見書を4万9000通提出しました。これだけ多くの意見書が提出されたのは東京都環境影響評価条例が施行されて初めてのことでした(高尾山が危ない69頁 甲第184号証)。
B 東京都環境影響審議会の答申と都市計画決定
 同年11月1日開催された東京都環境影響審議会は、アセスメント案に対し異例ともいえる57項目指摘の答申をし、新聞各紙は「自然保護に重い課題」「都民の声反映せぬ」と報道しました(11月2日朝日新聞、同毎日新聞 甲第185号証の1と185号証の2)。
 審議会の答申を受けて、同年12月20日に開催された八王子都市計画地方審議会(石森充会長)は徹夜の審議となり、21日早朝採決を強行しましたが、結果は賛成6反対6の同数となりました。会議場で会長が意思表示をしなかったため、本来賛否同数で否決となるものですが、その後会長が賛成表明したとして強引に建設促進意見書を可決させたのです(12月22日朝日新聞 甲第186号証)。
 12月21日未明の八王子市都市計画地方審議会の強行採決を受けて、23日には東京都都市計画地方審議会が開催されました。審理の公開を求める住民の要請を排して非公開審議の末、採決に至りました(12月24日朝日新聞 甲第187号証)。これを受けて1989年3月、東京都は青梅市から高尾山南麓の国道20号までの22、5キロメートル区間を都市計画決定したのです(高尾山が危ない の年表 68頁 甲第184号証)。
C  地元住民説明会
 1989年7月から圏央道建設の関係地域で測量、地質調査に先立って地元説明会が始まりました。8月25日、裏高尾の地元住民説明会が八王子市浅川市民センターで開催されました。起業者は、建設に賛成する地権者4名だけを入場させ、反対する地権者を含め約60名を入場させませんでしたが、住民の強い抗議により、説明会は結局流会となりました(都政新報 8月26日 甲第188号証)。その後相次いで開催された説明会も、建設省は多くの職員を動員してバリケードを張り、持ち物検査をするという始末でした。いずれの説明会もわずか3時間足らずの開催時間中に事業者説明を延々と行ない、残り少ない時間での住民の質問にはまともに答えず、終了予定時刻になると住民の質問中でも一方的にマイクを切り、待機していた車で逃走することが相次ぎました。
 2001年11月、旧土地収用法の下ではそれまで一度も開かれなかった初めての事前説明会が開催されました。同年7月に成立した新土地収用法に則して丁寧な事前説明会を行うというふれこみでしたが、またもや事業者の一方的な説明に終始し、終了予定時刻の9時半になると質問中にもかかわらず強制的に説明会を打ち切りました(毎日新聞2001年11月10日  甲第189号証)。
D 公聴会の開催とその問題点
 通過儀礼でアリバイづくりの事前説明会を終らせると、2001年11月20日、起業者は圏央道あきる野IC−八王子JCT間の事業認定を申請しました。これまでの土地収用法下では開催が義務づけられていなかった公聴会が新土地収用法の精神に則り2001年12月21、22日の両日開催されることになりました。21名の公述人のうち賛成の公述人は5名、反対は16名でした。事業に反対する立場からの公述希望者は16名をはるかに超えていました。この公聴会では、公述人があらかじめ質問を提出し、回答を求める公述人を指定して、相手の同意があれば会場で質問し回答を求めることができることになりました。八王子城跡トンネル工事によるオオタカの営巣放棄や地下水脈の破壊、国道16号や都内の渋滞緩和のための圏央道の役割など、私たちは多くの質問を提出しました。
小池清さんのオオタカ営巣放棄に関する質問に対して起業者は、これまでの主張であるオオタカ検討委員会の指導の下で工事をしているからオオタカの営巣には影響を与えないということを繰り返すだけでした。質問者は、まともに答えず質問をはぐらかす起業者の態度はあきれるばかりでした。
八王子城跡トンネル工事による松竹地区の民家の井戸涸れの事実を起業者は公聴会以前の2001年(平成13年)7月頃から秋には承知していて住民に対する説明も行っていたにもかかわらず、公聴会ではこの事実を隠していました。そしてトンネル検討委員会の今田元都立大学教授は、トンネル工事は地下水に影響していない、順調に工事が進んでいると強弁しました(公聴会速記録乙第7号証の3の117頁から123頁)。
私たちが周辺民家の井戸涸れを知ったのは公聴会終了の2日後でした
 公聴会当日、起業者が回答できなかったものや回答不十分と思われるものを土地収用管理室に送付し回答を求めましたが、回答はなかなか戻らず、やっと届いた最終回答なるものもこれまでの起業者の説明の繰り返しでしかありませんでした。全く回答されずに無視されたものも多々あります(2002年1月17日付け質問書甲第190号証、4月16日付け回答書甲第191号証)。私は担当者の倉野課長補佐にその後何度も回答を要請しましたが、結局返答はありませんでした。
   2002年(平成14年)4月16日付の土地収用管理室からの回答は、具体的には以下のような質問に答えていません(上記甲第190号証及び甲第191号証)。
1)公述人新井洋子の、「拡幅予定の道路(国道16号武蔵野陸橋付近)の混雑度を、計画前の数値にしておくことは妥当かどうか。」等、関東地方整備局を質疑の相手とする質問すべて
2)公述人小池清の、「オオタカ行動圏の『営巣中心域』を示せ。」等、相武国道工事事務所及び圏央道オオタカ検討会を質疑の相手とする質問すべて
3)公述人坂巻幸雄の、「滝の沢北支流で約1年間余り工事が遅れた原因は何かについて返答されたい。」等の、国土交通省を質疑の相手とする質問すべて
4)公述人十菱駿武の、「すでに、工事によって消滅した唐沢炭窯跡の確認調査の記録・写真を公表するように求める」「猪の鼻山遺跡の工事前の調査方法や圏央道路線と遺跡の保護措置について、再度、回答を求める」等、相武国道工事事務所を質疑の相手とする質問すべて
5)公述人藤田敏夫の、「気象学の専門家として裏高尾地区のV字型地形が年間を通して、特に秋口から春先に強い接地逆転層が長時間続くため、これらの地域に自動車交通を集中することは、この地域の大気汚染を現在より著しく悪化させることが予想される。よって、この道路計画は中止することが望ましい。以上の特殊事情による当該地域における大気汚染について、如何なる認識を持っているのか回答を求める」との、相武国道工事事務所及び道路公団を質疑の相手方とする質問
6)公述人市川秀雄(藤田敏夫代理人)の、「八王子市西浅川町はジャンクション建設地である裏高尾町に隣接しており、裏高尾地区が蒙るであろう大気汚染等の被害は、即、東隣する西浅川町にも及ぶ地理的、気象的関係にあるにも拘わらず、計画発表以来一度も関係住民として説明会が行われていない。その理由を問う」等、相武国道工事事務所及び道路公団を質疑の相手とする質問の一部
7)公述人俣川恭輔の、「2001年4月以降、滝の沢川下流の砂堤防では電気伝導度が一時600μS/pになったこともありました。その後1ヶ月に最低1回は通って測定を続けた結果、11月半ばには異常に高いリン酸の値は消えたが、下り線の位置では未だ3ppmのリン酸が検出されており、一度岩盤の中に圧入されたリン酸アンモンの薬剤溶液が抜けにくいことを示していると思いました。このことに間違いないかどうか質問します、イエスかノーか単純明快にお答え下さい。」等、相武国道事務所を質疑の相手とする質問すべて
8)公述人米田徳治(俣川恭輔代理人)の、「八王子城山へトンネルを掘っても水が涸れないというのであれば、その論拠理由をきちんと説明して貰いたい」等、国土交通省を質疑の相手とする質問の一部
9)公述人椚國男の、「50年前に八王子城跡が国史跡に指定された理由は」等、相武国道工事事務所を質疑の相手とする質問すべて
10)公述人峰岸純夫(椚國男代理人)の、「文化庁の主任調査官は、坎井や滝の水が枯渇することがあったら、工事の中止を施工者側に求めるとの解答を得ています。もし、坎井及び滝の水が枯渇したら工事を中止するか」等、相武国道工事事務所を質疑の相手とする質問すべて
11)公述人標博重の、「6環状に迂回分散する予定の都心流出入交通量を放射高速毎に示せ」等、関東地方整備局を質疑の相手とする質問の一部
  このように、土地収用管理室の文書による回答は極めて不十分であったにもかかわらず、2002年(平成14年)4月16日付の回答の冒頭には、この回答は「本公聴会における公述人の口頭による起業者に対する質問に関して、議長から回答の要請を受けた質問の回答としてはこれが最終のものであるとの連絡を起業者から得ており、また、当室と致しましても、本公聴会の速記録と照合したところ、同様の認識を持っておりますので、念のため申し添えます」との記載があり、これ以上の質問は一切受け付けないという一方的な態度がうかがえました。
  
 公聴会は本来、新土地収用法によると、事業認定をするために圏央道の必要性を含めて住民の意見や疑問に対して起業者が答え、事業の必要性に説得力があるか否かを事業認定庁が慎重に検討する手続きのために行うべきものでした。ところが、この公聴会は単に公聴会を開いたというアリバイづくりのために行われただけで、住民からの質問にまともに答えようとする態度はありませんでした。
 結局事業認定理由では、一部質問に答えた体裁をとっていますが、その内容は、具体性に欠け、質問に誠意を持って答えようというものではありませんでした。
 圏央道の計画発表後、各種の起業者説明やアセスメントの手続き、公聴会の開催など、ずいぶん多くの説明会や公聴会が開催されましたが、それらはすべて起業者の一方的な主張の押しつけであり、本来の説明責任は果たされていません。住民との合意形成努力を無視したやり方です。このことは土地収用法改正時の国会審議において扇国交相が「これまでの公共事業の進め方は、住民との合意形成努力が欠如していたと認めざるを得ません。」と答弁したことによく現れています。圏央道建設を既定の事実として事業の推進を強引に住民に押しつけてきたものであり、国交省の方針からも大きく逸脱したものに他なりません。

5 圏央道の公益性の問題点
(5−1)国道16号の渋滞解消は改修工事で可能
 被告は、一般国道16号の渋滞解消のために圏央道は必要不可欠である、と主張しています。しかし交通渋滞に対処するため2車線を4〜6車線にする拡幅工事が順次進められています。この効果により渋滞ボトルネックは確実に解消し、圏央道の必要性の根拠は乏しいと言わざるを得ません。改修工事による渋滞の改善効果が大きいことは、被告が提出した甲106号証の1で示されています。圏央道に巨額な予算を投入しなくても国道16号の渋滞は解消されると考えられます(原告準備書面4)。
 さらに国道16号の渋滞を示す事業認定申請書の28頁の表1のデータには、明らかに誤りがあります。原告準備書面5において指摘した渋滞箇所の1つである八王子市滝山町1丁目交差点は混雑度が2.25とひどい渋滞を示す数値となっていますが、この混雑度の数値がでた原因は実際に混雑がひどいのではなく平成11年の青信号比を28パーセントとする入力の誤りが原因です。国道16号は幹線道路であり青信号比が28パーセントと低くすることは考えられません。平成9年の青信号比が67パーセントであったことと比較しても異常です。我々が直接警視庁交通管制課に聞いたところ、この滝山町1丁目交差点の青信号比は70パーセントでありこの信号比は何年も変わっていないとの回答を得ました。誤ったデータを入力したとしか考えられません。検証すればすぐにでも判る誤ったデータを利用し、国道16号の渋滞を強調して圏央道の必要性を主張することは絶対に許されません。詳しくは準備書面5に書いてあります。
 また、1990年から1999年の16号の交通量の変化をみますと1997年をピークに横ばいです。16号の交通量増加が見込まれる、との被告の主張は事実に反すると言えます(国交省交通センサスより作成した16号地点別12時間交通量の経年変化・別表1参照)。被告及び起業者は滝山町の交通量のみをとりあげて16号の交通量が増加していることを印象づけようとしていますが、16号全体の交通量が横ばいであること、滝山町の前後の観測地点、すなわち拝島や左入町の交通量が減少していることをみても、滝山町だけの交通量で16号があたかも大混雑しているようにいうことはできません。各年の『警視庁交通年鑑』によってみると渋滞度についても、16号は平成6年にはワースト1位でしたが、平成11年には内回り12位,外回り16位となり渋滞距離も減少傾向にあります(平成6年警視庁交通年鑑甲第192号証1  平成11年警視庁交通年鑑甲第192証の2)。
 以上、圏央道は国道16号の渋滞緩和に必要であるとの被告・起業者の主張は、国道16号の改修工事進行によって実現の方向です。また渋滞箇所データの誤りや現実の交通量の横ばい傾向の推移から、16号の渋滞解消のための圏央道建設の必要性は、根拠がないといわざるを得ません。
(5−2)都心の渋滞解消に圏央道の役割は小さい
 起業者は、都心の交通渋滞は23区を通過するだけの交通量の35万台/日が問題であり、環状高速道路未整備のため首都高速都心環状線が渋滞し、都心部の交通渋滞の一因となっている、この渋滞解消のために中央環状、外郭環状、圏央道の3環状道路が必要であると主張しています。ここでいう35万台の交通量は、首都高速と一般道路の都心通過交通を合計したものです。圏央道の必要性の観点からは、一般道路の通過交通は議論の対象とはならず、おもに首都高速東京線の通過交通が対象となります。
 首都高速東京線の通過交通は約17万台です(第25回首都高速起終点調査報告書45頁 甲第193号証 計算方法は同書45頁の東京線全体の交通量89万4835台/日―(23区を起点とする交通量47万2775台/日+23区を終点とする交通量44万0324台/日―23区の内々交通18万7628台/日)=16万9364台/日)。 このうち,都心環状線を利用する通過交通について推計します。『第25回首都高速道路交通起終点調査報告書』126頁〜133頁には都市間高速道路と首都高を利用している交通がどの経路を通って通過しているか数値で示されています。この数値を集計したものが「通過経路分担表・別表2」です。これによると都心環状線56%,中央環状線24%,湾岸線20%となります.これから推測すると都心環状線を経由する通過交通は約95200台となります。これは都心環状線を利用する全交通量461,419台の約21%となります。
 つぎにこのうち圏央道が出来た場合に排除できる通過交通がどのくらいあるかを推計します。圏央道で迂回可能な交通は、圏央道の外側から来て区部を通過し圏央道の外側に抜けていくものです。たとえば神奈川県や静岡県から東北や茨城県に抜ける交通が該当します。圏央道の内側を出入りする交通は、圏央道では基本的に迂回できません。したがって圏央道の外側に起終点をもつ交通がどのくらいあるかを算出し、その交通量をもって圏央道を利用すると推測される交通量とします。ただし、上記報告書に記載されている首都高速道路東京線の起終点調査は、地域のブロックがおおくくりになっているため、厳密に圏央道の内外を区別することはできませんが、これで大体の傾向を見ることは可能です。『第25回首都高速道路交通起終点調査報告書』45頁の「表2−6東京線利用ゾーンブロック間OD表 甲第193号証」のゾーンについて圏央道との関係をみると「別表3・圏央道内外判定表」のようになります。埼玉県北東部,千葉県東部,神奈川県西部,南部,横浜市西部を外側とします。わかりやすくするためこのゾーンを13のブロックに集計しました。そのブロックごとの交通量を「別表4・首都高データによる圏央道の迂回効果」に示します。この表から圏央道外外交通の合計が約3万台となります。このうち都心環状線を通過すると思われるものは、先の通過経路分担表(別表2)から見て、56パーセントの16800台となります。これが首都高の平成14年1月現在の状況で,圏央道が全線出来た場合に排除できる通過交通です。
しかし、首都高速中央環状新宿線(板橋目黒間)の工事は進んでおり、平成18年頃には完成といわれています。中央環状新宿線の2000年完成時の計画交通量は6万6千台〜10万1千台です(都市高速道路中央環状新宿線建設事業の環境影響評価書案18頁(甲第194号証)。中央環状新宿線が完成すると東名、中央、関越、東北、常磐、東関東など放射状高速道路と接続して相互間の出入りが可能となりますから中央環状新宿線は都心環状の通過交通のかなりの交通を分散吸収できることになります。国土交通省及び日本道路公団は中央環状線新宿線が完成すると首都高速の渋滞の6割が減少し、品川線が開通すれば首都高速の渋滞は9割解消すると説明しています(環状道路新時代35頁)甲第195号証)。
中央環状新宿線ができた場合、交通量は都心環状線にほぼ近くなると見込まれています(首都高速道路公団サイト「なぜ中央環状線が必要か」より甲第196号証)。したがってこの16800台の大部分は中央環状線にまわることが可能となり、圏央道をつくる必要はないのです。圏央道が都心から40〜60キロメートルと遠すぎるため、都心の通過交通の大部分は圏央道の内側に起終点をもつ交通となり、圏央道が都心環状線の通過交通量に及ぼす影響は極めて小さいのです。
 このことを端的に示しているのは『第25回首都高速道路起終点調査報告書125頁』の表2−37:都市間高速道路相互間交通量です(甲第193号証)。
中央道からきて東北道に抜ける車が212台、東北道から中央道にぬけるのが358台、合計570台です。これはそれぞれ首都高の入口地点での測定のため、これらの車の中には圏央道の内側に起終点を持つものも含まれるので全てが圏央道の外側まででていくわけではありません。例えば別表4の首都高OD表からみると山梨県から栃木県以北へ72台、栃木県以北から山梨県へ81台です。高速道路から別の高速道路へどのような経路を通って何台ぬけていくかを示したものが第25回首都高速道路起終点調査報告書の126頁から131頁の図です(甲第193号証)。この数値は年度は異なりますが道路公団の『全国高速道路自動車起終点調査報告書』の「首都圏における乗り継ぎ交通」(甲第197号証)及びこれを整理した準備書面8の別表4でも裏付けられます。
 前記の首都高速道路公団サイト「なぜ中央環状線が必要か」によれば、中央環状新宿線が完成しても都心環状線の交通量は1割しか減らないと予測しています。中央環状線によって通過交通のかなりの部分が迂回させられるにも拘わらず都心環状線の交通量がそれほど減少しないとすれば、都心環状線の混雑が通過交通に主たる原因があるのではなくて都心自体の発生集中交通量に原因があると考えられます。現に首都高速東京線でみると都心3区と他の地域の出入り交通量は約24万台で(計算根拠『第25回首都高速道路起終点調査報告書45頁』の表の都心3区を起点とする交通量が14万1564台/日、都心3区を終点とする交通量が10万8315台/日で、この合計から都心3区の内々交通3600台/日を引いたのが24万6279台/日となる)、これは都区部全体の集中発生交通量72万5471台(計算根拠同報告書45頁の表の23区を起点とする交通量の合計47万2775台/日と23区を終点とする交通量44万0324台/日の合計から23区の内々交通18万7628台/日を引くと72万5471台/日となる)の約3分の1,東京線全体の交通量89万台の4分の1強にあたります。都心3区だけでこのような交通があるとすれば都心環状線の混雑が圏央道の外側からくる交通によって大きく緩和されることはあり得ません。
さらに、被告は、準備書面(2)で、圏央道の建設により「都心部への交通の集中を緩和し」、また「中央環状線、外郭環状道路と有機的に連絡し・・・・・都心部の交通混雑を緩和し、首都圏の交通円滑化を図る」として広域的な効果を主張していますが、これは三環状まとめての効果であって、圏央道建設が担う役割について数値で示していません。圏央道の広域的公益性を主張するならば、圏央道建設による予測交通量の変化を都心部まで示して主張するべきです。国土交通省及び日本道路公団の3環状道路建設の必要性を訴えている「環状道路新時代37頁」では圏央道の役割については都心の渋滞解消の役割については一切触れていません(甲第195号証)。
乙3号証の1では将来交通量の予測の手順などについては述べていますが、予測の結果としてはゾーン間の交通量が示されているだけです。将来予測交通量がどの様に道路に配分されているのか明らかにして、そこで初めて圏央道の建設効果が予測されたことになります。そこまで明らかにしないで観念的に「都心の交通混雑緩和」に寄与すると言う主張は根拠がありません。
 (5−3)将来の予測交通量は過大
 圏央道の必要性の根拠の1つになっているのは、交通需要推計が右肩上がりだということです。これでは建設計画の重要な根拠となる予測交通量が過大すぎます。平成14年、国交省は第8回基本政策部会の交通需要推計において、これまで右肩上がりの推計だったものを初めて下方修正しました(国交省第8 回基本政策部会資料13頁 平成14年6月甲第198号証)。しかし、これでも過大であると言わざるを得ません。国交省の将来交通量予測のあり方に関する検討委員会でも将来交通需要推計は不確実性を持つものであることを自ら認めており(国土交通省 将来交通量予測のあり方に関する検討会 甲第199号証3頁)、起業者の予測自体が不確実であり過大でありうるのです。
 『事業認定参考資料』122頁「将来の発生集中交通量の推計」(乙第3号証)によると,乗用車の発生集中交通量では夜間人口との相関が高く,貨物車では貨物車保有台数との相関が高いとしています.貨物車保有台数は平成3年をピークに減少傾向にあり(自動車保有台数推移表 甲第200号証),人口も平成18年頃から減少に転ずるとされています(第8回基本政策部会交通需要推計について10頁   甲第198号証)。そうすると交通量が今後大幅に増加することはこの点からも考えにくいのです。
現実には交通量の減少傾向はもうすでに始まっています。首都高速の日平均通行台数は平成5年の87万2千台/日から平成14年は81万6千台/日へと減少しています。渋滞距離指数も平成7年を100とすると平成14年は91に減少しています。これらの数値は混雑度の減少や低下傾向を実証しています(平成14年版警視庁交通年鑑40頁  甲第201号証)。またこの傾向は将来の人口減少等社会経済指標からも今後継続すると考えられます。
 また、免許人口指数は平成5年を100とすると平成14年は116と増加していますが、自動車総台数指数は100から99と横ばいです。免許人口の増加がそのまま自動車交通量の増加に結びつかず、起業者が主張している免許人口指数の増加が自動車交通量の増加をもたらし道路新設は必要、との主張は誤りであることが警視庁資料からわかります(平成14年版警視庁交通年鑑1頁 甲第201号証)。
 低成長経済、少子高齢化社会も予想以上に急激に進んでいます。何年後になるか分かりませんが、仮に圏央道全線が完成した暁にも採算がとれるほどの交通量がないことは明らかです。国交省は、一貫した経済の拡大と過大な需要予測などを道路建設の最大の根拠としてきました。東京湾アクアラインや本四架橋の需要予測と現実の齟齬はどう説明するのでしょうか。圏央道はこれらの二の舞いとなります。工事を一旦中止して見直すことが求められています。

(5 −4 ) 利用料金からみた圏央道の利用可能性の低さ
 圏央道が開通したとしても、はたしてどのくらいの車が圏央道を利用するのか、時間の短縮効果は勿論ですが、利用料金は重要な問題です。準備書面8で述べましたが、「この高速はいらない」(三推社/講談社 清水草一著甲第139号証)によりますと、例えば東名海老名JCTから東北道久喜白岡JCTまでの96.5キロメートルを都心通過ルートである東名―首都高―東北道を乗り継いだ場合の利用料金は2900円であるのに対し、圏央道を利用すると規定の料金計算では4150円と割高になり、圏央道を利用する人はそれほどいないと指摘されています。
 また、車の多くが圏央道より内側を起終点にしていることから、トータルで圏央道の迂回ルートが安上がりになるケースは稀であるといえます。採算面から見た場合、今でも金利が払えない圏央道の今後の見通しは決して予断を許しません。
 たとえ小額の負担であっても、有料道路の利用は予測どおりになっていません。平成11年度交通センサス(甲第113号証の1)から作成した別表1によると、八王子市内の16号バイパスは、利用料金が250円であるにもかかわらず、無料のバイパスの前後では12時間交通量で1999年は3万6000台(北野町)の交通量があるのに対し、有料のバイパス交通量は2万740台(鑓水インター片倉インター間)に急激に減ります(別表1)。同じく八王子市内のひよどり山有料道路でも交通量を増やすために普通車で200円、大型車で350円の料金を一ヶ月にわたって一律に100円にするキャンペーンが行われています(甲第202号証)。利用者は料金に敏感です。このことは首都高速全体についても当てはまります。首都高速を用いた通過交通約17万台のうち、高速道路間の乗り継ぎをしているのは3分の1以下の約5万台に過ぎない事実(第25回首都高速道路交通起終点調査報告書 125頁 甲第193号証)からも、高速道路利用が意外に選択されていないことが分かります。したがって、準備書面8で主張しましたが、圏央道の利用料金は高くて迂回可能交通であっても実際に圏央道を利用することは期待できません。


6 圏央道は環境破壊の公害道路
 既に運輸部門からの二酸化炭素の排出は1990年比23%も増加しています(環境省地球環境局ホームページ:2001年度の温室効果ガス排出量について 甲第203号証)。  これは交通需要に追随して道路建設を続けた結果です。このような従来型の政策を転換し、交通容量に応じて交通需要を抑制することこそが環境対策になります。16号が混雑しているのなら16号の改修で対応し、現状16号交通量以上の交通需要を誘導する圏央道は建設しない、これが需要追随型でない道路交通行政です。
 道路交通における環境改善対策は、エネルギー消費や大気汚染物質の排出が少ない鉄道輸送などに転換する施策(モーダルシフト)や、交通需要マネジメント(TDM)を直ちに行うべきです。この点については、起業者である国土交通省も(モーダルシフトの宣伝チラシ甲第204号証)、またあきる野の圏央道事業認定取消裁判で国土交通省が提出した意見書の執筆者である石田東生教授も意見書の中で提案言及しています(甲第205号証)。
ロンドンではロードプライシングを行い現実に交通量を減らしています。交通施策の転換がロンドンで実現されて東京でできないわけはありません。国土交通省がモーダルシフトやTDMの必要性について言及しているだけで具体的な施策を行っていないことは、行政の怠慢といえます。
圏央道は、国史跡八王子城跡と明治の森国定公園高尾山を直径10メートルのトンネルで串刺しにします。トンネル構造だから環境に与える負荷は小さい、というのが起業者の主張ですが、トンネル掘削は高尾山の豊かな地下水に取り返しのつかない被害をもたらすことでしょう。すでに同じ地質構造の八王子城跡トンネル工事では重大な事故が起きています。山自体の地下水が13メートルも低下して海底トンネル並みの難工事になっているのです。工事周辺民家の井戸涸れは、未だ回復していません。沢の岩に付着した白い粉は地盤凝固剤の疑いが濃厚です。国が保護を義務づけられているオオタカは営巣を放棄しました。
ジャンクションのできる裏高尾の谷間は自動車排気ガスで埋め尽くされ、民家の軒先に脚が迫り景観の破壊は凄まじいものです。
豊かな生態の高尾山は世界遺産に匹敵するといわれています。自然の宝庫である高尾山が都心から電車でわずか1時間のところにあることは大変重要なことです。年間260万人の人々が訪れる高尾山は、日本いや世界で一番登山客の多い山でしょう。信仰の山であり霊山でもある高尾山にトンネルやジャンクションは似合いません。 


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陳  述  書


鷹取 敦
(環境総合研究所 取締役調査部長)

第1 経歴等  
  添付経歴書の通り

第2 環境影響評価における大気汚染の将来予測の問題点
 公共事業を含めた一定規模以上の開発事業を行う場合、事業者(公共事業の場合には行政)は、法律(環境影響評価法)・条例(都道府県知事が定めているいわゆる環境アセスメント条例)に基づいて環境影響評価、いわゆる環境アセスメント(以下「アセスメント」と表記)を行い、事業実施前の環境の現況把握調査および事業を実施することによる環境影響の将来予測を行い、報告書(環境影響評価書)を作成する。
 しかし環境アセスメントにおいて大気汚染の将来予測に広く用いられている手法は、科学的にみて大きな課題(制約)がある。
 大気汚染の予測は、交通量、走行速度、道路の物理的な位置、気象条件(風向・風速等)などの基本条件をもとに、一定の予測モデルを用いて、大気汚染が道路を走行する自動車から排出・拡散し周辺地域の大気に与える濃度(寄与濃度)を算出し、これにバックグラウンド濃度(対象道路以外から排出される大気汚染濃度)を加算して、当該地域の年汚染濃度を求めるという手順によって行われる。この予測手順自体は科学的に妥当な方法であり問題はない。
 しかし、アセスメントで実際に大気汚染の将来予測に用いられている手法をみると、上記手順のうち大気汚染の「拡散」に関わる予測手法(拡散モデル)に重大な問題がある。なお、この拡散モデルは国が作成したマニュアル(道路事業においては、以前は「道路環境整備マニュアル」、現在では「道路環境影響評価の技術手法」)等に示されており、補足的な作業を別とすれば、これ以外の方法による予測は事実上行われていないのが現状である。
 アセスメントで行われている予測手法にはこれ以外にも課題が指摘されているが、圏央道八王子ジャンクションのアセスメントにおいて結果に与える影響が最も大きい点は、拡散モデルの課題であり、以下に具体的な問題点を述べる。

第3 予測モデルの限界について
 1 プルーム・パフモデルは極めて限定された地形等においてのみ適用可能
 アセスメントで実施される大気汚染予測では、現状ではほぼ全ての事業においてプルーム・パフモデルが用いられている。プルームモデルは有風時、パフモデルは無風時の拡散モデルである。
 このモデルは、計算範囲内の全域で、同一の風向・風速であるという前提を置くことによって簡易な式として表現し、比較的簡単な作業で計算することを可能としたものである。すなわち、地形など、多くの前提条件を捨象、簡素化することにより運動方程式(偏微分方程式)を解くことで得られる解析解モデルである。これは、たとえば拡散場を限りなく平坦地に限定することにより定式化(一定の前提条件として数値を入力すれば簡易に解が求められる)したものである。
 このモデルは使い方が簡便で、計算時間も短くて済む反面、簡易化するために置いた前提(平坦地形・均一な風の流れ)のため、地形・建築物・構造物を全く考慮できないという重大な限界を有している。地形の影響を考慮するための工夫としては、せいぜい大気汚染が広がる幅(拡散幅)を係数(拡散係数)を変更することによって調整する程度であり、それも風向毎に一様なものとせざるをえず、複雑な地形に対応することは原理的に不可能である。
 しかし実際にアセスの対象となる地域は、地形の起伏の激しい山間地などの地域、中高層の建物が多い都市部など、風の流れに対する影響要因が大きなケースが多い。本件対象事業も裏高尾地区においては、長さ約4・5キロ、尾根の高さでの谷幅500〜600メートル、北側山腹に中央自動車道が通る地形に、総延長7500メートルのジャンクションが、地上約50メートルの位置に建設される計画である。このような地域における大気汚染の将来予測にプルーム・パフモデルを用いることは不適切であり、その予測結果で環境影響を評価することは意味がない。

 2 指摘されてきたプルーム・パフモデルの限界
 風の流れは障害物や、地形の起伏によって複雑に変化する。建物が1つあっただけ、丘が1つあっただけでも風の流れの方向、強さは一様ではなくなる。一般論としては障害物があれば障害物を避けるように風の流れの向きが変わり、障害物の風下に回り込み、風速は著しく低下する。風速が低下した空間では、大気汚染が滞り高濃度になりやすい。また、障害物、地形の形状が複雑であるほど、風速が低下の割合は大きくなり、それの結果大気汚染は拡散しにくくなり濃度が高くなりやすい。
 仮に狭い範囲でみると平坦とみなせる場合(せいぜい道路端の濃度を平坦地のモデルで予測できる場合)でも、風上、風下に大きな障害物があれば、風の流れる方向、風速、大気汚染の拡散状況は大きな影響を受けることになり、広域的な大気汚染の分布に影響を及ぼす。
 汚染物質は風の流れにのって移動・拡散するのであるから、地形、構造物、障害物を考慮した拡散モデルを用いる必要があるのは当然である。アセスメントで使われているプルームモデルの限界は、地形が複雑な地域、建築物・構造物が複雑な地域においては、このように当然の問題を克服できない点にある。
 このような限界があることは様々な資料や手引きでも指摘されてきた。例えば、昭和58年環境影響評価の手引きでは、「煙源の強度及び風向、風速等の気象条件が時間的にも空間的にも変化する非定常、非均質においては、プルームモデルを適用することは難しい」(甲120、1−30頁)と指摘している。また「大気環境予測講義」によれば、「正規型プルーム式を導入する際の制約条件としては、例えば風や拡散係数は時間的、空間的に変化してはいけない等厳しい制約があります」としている。さらに「大気汚染の予測手法の適用性に関する調査業務報告書」(平成9年3月東京道路エンジニア株式会社・甲121号証、以下「報告書」という)では、「プルームモデルは・・・単純化された条件を前提として導出されたものである」とのべ、その限界について言及している。
 具体的には@風向についてはプルーム式は風の流れる方向が全域に渡って一様と仮定しているため、風向が場所によって大きく異なる場合にはプルーム式の適用には無理が生じる、具体的には谷地形、ストリートキャニオン等である、A風速は同一高さにおいて全域において同一の強さであると仮定しているため、風速が場所によって大きく異なる場合にはプルーム式の適用には無理が生じる、等と述べている。
 それにもかかわらず、本件事業のアセスメントにおいて事業者は、プルーム・パフモデルが本件裏高尾地区にも妥当できると主張している(乙19号証593頁)。事業者が妥当であると主張する理由は三つあるが、いずれも誤った判断である。
@ 「現地調査の結果谷部において谷沿いの風が卓越しており、その流れを阻害する地形や構造物が見られない」と言う理由について
 アセスメントは裏高尾地区の谷底部分のわずか1地点において、風を観測し、東西方向の風が卓越していると述べている。南北に山地がある裏高尾地区の谷底部で、東西に風がながれるのは当然である。しかしこの地点で観測された風が東西方向に卓越しているのは、、北風および南風がたく悦している関東地方の一般的な風向が地形の影響を受けた結果にすぎない。観測をした地点はわずか1地点であり、同じ谷底の地点でも場所によって風の流れは異なる。また、八王子ジャンクションの高架構造が計画されている高さでは風の流れは当然、谷底と違った傾向となる。従ってアセスメントで観測した1地点の風が地域を代表している、全域で同一の風が吹いているとは到底考えられない。プルーム・パフモデルは、この1地点での風が、「対象領域全体で同じ風向、同じ高さでは同じ強さである」と言う前提であり、現実の風と全く異なる前提に立っている。

A 「一般的に複雑地形における拡散については地形などにより拡散が促進されるとされているので、プルーム・パフはむしろ安全側の予測である」と言う理由について
 アメリカにおける谷幅5〜8キロ、深さ約800メートルという大規模で傾斜が緩やかな地形の野外拡散実験の結果を報告した論文で、確かにこのように記載されたものはある。しかし裏高尾地区は谷幅500〜800メートル、深さ数百メートルの小規模で、かつ急な谷なのであり、このような谷のある裏高尾地区には妥当しない。

B 「風洞実験でも(予測の)結果が確認されている」との理由について
 風洞実験は実際の現象とスケールが異なる(たとえば長さが2倍になると面積は4倍、重量は8倍になり、すべての要素が比例するわけではない)ため、実際の現象をそのまま模型化し再現できるわけではない。数値モデルはその点も考慮して構築してあるため、現象を再現する上で都合がよい。
 アセスメントでは冬季夜間に形成される接地逆転層内の拡散現象(高濃度となりやすい条件)を把握することを目的として1500分の1の模型を用いて風洞実験を行い、プルーム・パフモデルの計算結果と比較している。(ただし本実験については実験に用いた模型の写真が掲載されていないので模型の詳細については確認できない。)
 気象条件は西風についてのみ行われており、風向別の影響を把握するには不十分である。
 また、裏高尾の谷底では地形の影響を受けて東西方向の風が卓越していることは分かるが、上空では風の方向は異なり、一般的な関東地方の風として北風が卓越しているはずである。本風洞実験ではこのような地上高さの違いによる風の方向の違いは全く考慮されていない。
 このようなごく限られた条件(西風のみ)、しかも誤った気象条件の設定によって、地形を考慮できないモデルの換気塔から排出される排ガスの拡散幅のみを修正しているが、前提が適切でないため全く意味がない。
 プルーム・パフモデルと風洞実験の結果を比較しているが、実験の対象としている西風はそもそも谷の方向にそった風向であり、地形によって遮られるなどの影響を受けにくい風向である。この結果のみを用いて、プルーム・パフモデルと風洞実験の計算結果の比を求めることは、著しく過小評価となるのは当然である。
 しかも風洞実験やプルーム・パフモデルが、裏高尾における拡散状況を再現できているかどうか実測値による検証を行うことなく、単純に中立時の風洞実験と計算結果の比が0.5であること以て、中立時においてはプルーム・パフモデルによる予測結果をさらに低い濃度として補正し過小評価するという、恣意的とさえ思える誤りを犯している。
 事業者アセスでは、上記のように幾重にも誤った方法を用いて行った「補正」結果を以て、プルーム・パフを当該地域に適応可能と結論付けている。しかしながら、この風洞実験は前提条件がそもそも誤っており、かつ現地での実測による検証も行っていないため、本来、全く評価に値しないものである。あえて評価するとすれば、これは逆転層の影響を考慮することによって予測濃度が上昇する影響を、中立時の濃度を過小評価することによって相殺し、「補正」の影響を少なくみせるための恣意的な風洞実験であるということになる。

第4 3次元流体モデルの基本的考え方
 裏高尾地区は複雑な地形であり、地形的要素を考慮する必要があるため、本研究所が依頼を受けて大気汚染の将来予測を行うに当たってプルーム・パフモデルではなく、3次元流体モデルを採用した。
 このモデルは、プルーム・パフモデルに前述した重大な制約があることから、これを改善することを目的として開発されたモデルである。
 なお、3次元流体モデルを用いた場合でも平坦地における計算は可能であり、その場合はプルーム・パフモデルと同じ結果となる。従ってもし裏高尾地区が地形を考慮する必要のない地域であれば、プルーム・パフモデルでも3次元流体モデルでも近い結果がでるはずである。
 具体的手法は以下の通りである。
@ 本件調査区域どのような障害物があるのか、その地形、建造物をメッシュ(格子)状に区切ったコンピューター内の仮想的な空間に入力する。本件地域の地形条件をコンピューター内に入力してえられた図形は、甲70号証18頁、図6−2の図である。本件調査区域を4km×3km、上空4kmの範囲で区切っている。

A初期条件として境界条件の6つの面の内、地表を除く5つの面について一定の風向、風速を与える。この一定の風向、風速をもつ風を本件調査区域のメッシュ上の各格子点に与える。

B次に隣接するメッシュの相互に与える影響を計算し、隣接するメッシュ内部の風向、風速を計算する。各メッシュには圧力、風速、風向などのデータが保存されており、これらを用いて隣接した格子との相互影響を計算することができる。一定の風速風向の風が吹いたとしても、当該地域の中で谷があり山があり、障害物があれば、各メッシュで風は速度も方向も多様に変化する。その変化を、空間を格子状に切り分けた各メッシュで、どのように影響し、どういう結果になるのかを繰り返し計算を行うことで近似値を求める。対象地域のすべてのメッシュに関し繰り返し計算を行うため、膨大な計算を要するが、その結果一定の風向と風速を与えたとき、対象空間内すべてのメッシュにおいて、どのような風向、風速になるか(風速場)を得ることができる。

C次に濃度の計算を行う。まず、煙源の位置にあるメッシュに大気汚染の排出強度(排出量)に応じた濃度を与える。この排出量は、道路の場合は自動車走行台数、大型車混入率、排出係数(走行速度によって異なる)によって求められる。

D特定の汚染源のメッシュ上に汚染強度を与え、風向、風速等によって隣接するメッシュに拡散して広がっていく大気汚染濃度を対象範囲全域に渡って計算する。

 このように、3次元流体モデルでは空気が連続した空間を地形の影響を受けながら流れる状況、大気汚染が発生源(自動車)から排出され、空間を移動し、拡散されていく状況を空間的に連続したものとして計算していくのである。
 一方プルーム・パフモデルはこの連続した空間のつながりは捨象され、排出源と到達地点の濃度の関係を簡単な気象条件をパラメータとして平坦地を前提とした簡易式に当てはめ、途中の空間の状態とは関係なく求めるものである。
 以降の手順は3次元流体モデルであっても、プルーム・パフモデルであっても多少の手法の違いがあるが、結果に大きな影響を与える様な実質的に大きな違いはない。結果の大きな違いは主にDまでに起因するものである。

E以上の計算をすれば、一定の風向・風速を与えた場合の、対象範囲内の大気汚染濃度の分布を計算することができる。しかしこの場合の当該地域の風のながれ、それに伴う汚染物質の拡散は、ある一定の風向と風速をもつ風が吹いている場合である。風の流れや風速は、年間で様々に変化する。そこで本調査では16の方向、4段階の風速、合計すると64通りの風を吹かせ、上記AからDの計算をおのおのの場合に行い、そのそれぞれの場合で風速場の計算、汚染物質の拡散を計算した。

F以上から64通りの風が吹いたとき、当該地域内で汚染物質がどのように拡散したのかが求められる。この64通りの場合と無風状態の場合の汚染物質の拡散の状態を、気象条件の出現頻度によって加重平均し、年間汚染物質濃度を求めたのである。この出現頻度について、本件裏高尾地区に最も近い館町測定所の出現頻度を用いた。これは地形の影響は3次元流体モデルでは考慮するため、境界条件として与える気象条件は裏高尾の地形の影響を受けていないことが必要であるためである。

第5 結果の比較
 当研究所の行った予測では甲70、71号証にあるように、裏高尾地区では、かなり広範囲に、SPM、二酸化窒素の汚染が広がることがわかった。これは事業者のアセスメントの結果と大きく異なる点である。換気塔の影響については、4通りの前提条件(換気塔の影響の有無、有効煙突高モデル)を用い、想定される条件を含む幅を持った予測を行った。このことにより換気塔からの影響は局所的な絶対的な濃度としては寄与は大きくないものの、広い範囲の大気汚染の濃度を底上げしていることがわかった。
 事業者のアセスメントでは、健康影響が著しいとされている浮遊粒子状物質については予測を行っていない。粒子状物質について、生成、移動、2次生成粒子などのメカニズムが解明されておらず、発生源からの寄与が特定できないため(乙19号証93頁、乙20・14頁)、とされています。しかし、「浮遊粒子状物質の解析予測(環境庁昭和62年)、「東京都環境影響評価技術指針資料集」に予測手法は既に示されており、少なくとも沿道における一定の影響を予測する事は可能である。アセスメントの実施年は昭和63年度であり、追加的な作業を行うことはできたと考えられる。
 実際にSPMの汚染は大変深刻である。東京都環境保全局の調査平成9年の大気汚染状況の観測結果で、一般大気測定局都下47局中、環境基準達成はわずかに5局であり、自動車排ガス測定局30局中環境基準をクリアした測定局は一つもない。八王子市の測定点の内、石川事務所(八王子市石川町481、八王子武蔵村山線・都道59線沿道)、川口事務所(同市川口町908−1、秋川街道沿道)ではすでにSPMの環境基準は達成されていない。SPMの場合、自然寄与の割合が大きいため、健康への影響が大きいと考えられているディーゼル排ガス濃度の割合が判然としないという問題はあるにしろ、圏央道が完成した場合、裏高尾地区を中心に高濃度のSPM汚染が広がり、住民の健康被害が生じる危険がある。
 二酸化窒素については、アセスは八王子ジャンクション部、下恩方トンネル抗口部でいずれも年平均濃度0.018ppm(乙19号証109頁)で、環境基準上問題はないとしている。しかし、圏央道が完成していない現在でさえ、八王子地区の一般大気測定局である片倉測定局、館町測定局では、平成12年で二酸化窒素の年平均値は、それぞれ0.026ppm、0.017ppmを示し、アセスの予測値に近い数値になっている。圏央道に最も近い一般環境大気測定局(幹線道路からはなれた地点)である館町測定局で既に0.017ppmとなっているのであるから、1日4万台もの走行が予想される圏央道が完成すれば、少なくとも環境影響評価書に示された0.018ppmという予測数値を遙かに超えることは容易に予測でき、シュミレーションの予測結果で、環境基準オーバーの地域が住宅地にまで及んでいる結果は当然である。

第6 3次元流体モデルへの批判について
 本研究所が行った3次元流体モデルの予測に対して、被告は批判を行っているが、以下の通りこれらの批判は当たらない。

@気流の再現性について
 被告は本調査で気象データを参照した館町測定局は、裏高尾から離れており、風の方向も裏高尾の現地調査(各季節1ヶ月の計4ヶ月)と一致しないと批判している。しかし本調査において一致する必要はなく、むしろ一致しては困るのである。3次元流体モデルで重要なのは、地形・構造物の影響を受ける前の風をモデルに境界条件として与えることである。本件調査で使用した館町測定局は、裏高尾地区に最も近く、気象条件もにていて、年間実測データもそろっている。そのため、この館町測定点の実測データを裏高尾地区の地形の影響を受ける前の風の状態と考えたものである。

A 環境影響評価への適用するのは一般的ではないとの指摘について
 計算量が膨大であること等により、実務面から非現実的であるとの指摘があるが、これは時代錯誤の指摘である。現に本調査でもスーパーコンピュータなどの特殊な計算機を使用することなく実施している。現在のコンピュータ能力を持ってすれば、十分適用可能なのである。「一般的でない」とは、地形等の影響を考慮するべき地域のアセスメントにおいても、平坦地にしか適用できないモデルを漫然と適用し続けてきたことを意味するにすぎない。

B再現性がないとの批判
 被告は3次元流体モデルのパラメータ(係数)を明らかにしなければ、再現性がなく、検証ができないと批判している。
 再現性についていえば、確かにアセスメントで用いられているプルーム・パフモデルであれば、非常に簡単なモデルであるため、同じ数値を入れれば同じ結果がでる。その意味で再現性があるといえるが、プルームモデルに前述のような限界がある以上、複雑地形に用いて再現しても、現実とかけ離れた結果を再現するにすぎない。
 シュミレーションにおいて最も重要なのは現実に起きている現象、起きるであろう現象を再現できるかどうかである。パラメータは実際の現象を再現するために用いるものであり、それ自体は究明すべき対象ではない。シュミレーションは現実の現象を再現できているかどうかが重要なのであって、現況を再現できないシュミレーションはただの机上の空論であり、事業者がアセスメントで用いているモデルのように同じ条件を入れれば同じ答えが得られるという意味での「再現性」があったところで、その結果は何の意味も持たない。
 現に自動車公害防止計画や総量削減計画において実施されているシュミレーションは、必ず「現況再現シュミレーション」を行っている。現況再現シュミレーションとは、現状の交通量、排出係数によってシュミレーションを実施し、現実に観測されている大気汚染濃度を再現できるかどうか確認する作業である。環境省は再現性を評価する方法を総量規制マニュアルに示し、再現性を確保してから将来予測を行うこととしている。
 本研究所では、将来予測を実施する前に当然の作業として、裏高尾地域で現に共用されている中央道のデータを用いて3次元流体モデルによる現況再現を行っていた。その後検証を求められたため、内部的に行っていた実況再現作業の結果を改めて整理し、報告書として事後的にとりまとめたのが「『圏央道八王子ジャンクション建設事業に関する環境への影響予測・評価等についての調査業務』における大気汚染拡散モデルの検証」である。
 実測値と予測値がどの程度整合しているかを調べてみると、同報告書10頁にあるように、総量規制マニュアルの分類によれば,Aランクに分類できることがわかった。狭い地域の中でこれだけたくさんの大気汚染実測データが面的に得られることは少なく、極めて高い現況再現性であると評価することができる。したがって3次元流体モデルは裏高尾において大気汚染の拡散状況を表現するモデルとして適切であると言うことができる。
 一方事業者のアセスメントでは圏央道に限らず、現況再現シュミレーションが行われているものは、私の知る限りでは皆無である。つまり事業者は予測モデルが現実の現象を再現できるか確認せずにいたずらに机上の計算を行っているにすぎない。
 このような現況再現による検証を行わず漫然とアセスメントを実施してきた被告が求めているのはモデルの現況再現性ではなく、本件調査を批判する目的で「係数」の開示を要求しているにすぎないものと考えられる。アセスメントを義務づけられている事業者である被告自身がまともなアセスメントを実施するために地形を考慮できるモデルでシュミレーションを行い対案として示すことこそが事業者として責任ある科学的な対応である。

第7 大気汚染予測シュミレーションについての国の姿勢
  今回の調査で用いた3次元流体モデルが、唯一絶対に正しいモデルだと主張するつもりはない。当然このモデルもまだ課題・改善の必要があると認識している。しかし、少なくともアセスメントで使われているモデルを改善することを目的として開発されたものであり、裏高尾においては、アセスメントで使われているモデルとは違い、裏高尾地域の大気汚染を再現可能であることを確認したものである
 プルーム・パフモデルの限界など、既に二〇年も前から指摘されている。国はより実態にあった、より正確な予測をするためのモデルを開発する責任と能力を持つはずである。しかし実際にはそのようなモデルが、アセスメントで用いることを目的として国によって開発され、アセスメントで用いられることはなかった。モデルの完成度が十分でなく課題があるというのであれば、課題を明記した上で、複数のモデルと併用するといった方法こそ科学的な姿勢である。
 国の姿勢は、このような行政として行うべき当然の努力を怠り、むしろ住民が費用も時間もかけ、より正確で科学的なものを目指して行った予測シュミレーションとしておこなった調査の揚げ足をとることにのみ努力しているようにすら見える。
 地形や建物の影響を考慮すると、地形等の影響を無視した場合と比較して、一般的には大気の濃度が高くなる。これは実際に将来起こりうる現象である。この結果によって、より高いレベルの環境対策・環境への配慮が事業に求められることになるかもしれない。しかし、実際に起こりうる被害をより正確に把握し、事前に十分な環境配慮を行う方が、被害が起こってから事後的に対応するより、費用も時間も少なくて済み、紛争も起こりにくくなる。そしてなにより無用な被害者を出さなくて済むのではないか。

第8 騒音についての予測
 本研究所では、裏高尾地区の大気汚染の予測とともに、騒音の予測も行っている。その調査結果が甲92号証である。この予測の手法は事業者と全く同じ予測モデルを用いて行っている。すなわち、等価騒音レベルの予測は、「圏央道技術資料作成13G8」(甲90号証、以下「事業者技術資料」という)に示されているとおり、日本音響学会の提案しているASJ Model 1998(B法)によっている。パワーレベルについても、事業者技術指針と同じく、将来の単体規制をふまえたパワーレベルを用いている。つまり、甲92号証の報告書において、基本データも予測手法も事業者技術資料に用いられているものを用いているのである。
 ただし予測の対象とする地点は異なっている。事業者技術資料では2地点のみを対象としているのに対して、甲92号証では対象範囲全域をメッシュに区切ったすべての地点を対象とし、面的な騒音レベルの分布を示しているという違いがある。
 その結果、裏高尾地区では夜間大型車の交通の影響が顕著なため、夜間には一般環境の環境基準を超える騒音が予測され、高尾山においても登山道で幹線道路近隣地域並の騒音レベルが予測された。ちなみに、事業者技術資料と同一地点においてはほぼ同一の結果となっており、予測の条件は事業者技術資料とほぼ同日であると考えられる。
この点被告は、環境基準の当てはめを恣意的に行い、環境基準をクリアしていると主張している。つまり、幹線道路から20メートル以内には幹線道の特例基準、背後地においては「道路に面する地域であるとして」、道路に面する地域の環境基準を当てはめているのである。しかし、道路に面していない背後地にまで、「道路に面する地域」としてその環境基準を当てはめるのは誤りである。背後地には「道路に面しない地域」すなわち一般環境の環境基準によって評価すべきであり、夜間45デシベルとすべきである。そうすると、裏高尾では夜間54デシベルが予測される裏高尾では、環境基準を上回ると言うべきである。
  以   上

経歴書
鷹 取   敦
現 職 株式会社 環境総合研究所 主任研究員
学 歴 平成2年3月 早稲田大学理工学部卒
平成4年3月 早稲田大学理工学研究科卒 工学修士
職 歴 平成4年4月 株式会社環境総合研究所 入社 研究員
平成7年4月  同  主任研究員
平成16年7月 同  取締役調査部長(予定)
兼務歴 法政大学工学部機械工学科非常勤講師
主な著書等 「新台所からの地球環境」、ぎょうせい、株式会社 環境総合研究所編、共著
「ダイオキシン汚染」、法研、共著
「もっと知りたい環境ホルモンとダイオキシン」、ぎょうせい、株式会社 環境総合研究所編、共著 

主な実務経歴(自動車公害シミュレーション等に関連する主なもの)
・大気環境動向予測調査大気汚染シミュレーション事業、平成4年度、所沢市
・自動車窒素酸化物総量抑制施策の広域的削減効果分析調査、平成4年度、環境庁
・自動車排出窒素酸化物総量削減対策の広域的環境改善効果把握調査、平成4年度、環境庁
・静岡市環境管理計画策定調査、平成4年度、静岡市
・仙台市杜の都環境プラン基本構想策定調査、平成5年度、仙台市
・ディーゼル乗用車使用実態把握調査、平成6年度、環境庁
・千葉市自動車公害防止計画、平成7年度、千葉市(千葉県)
・有害化学物質大気拡散シミュレーション業務、平成7年度、環境庁
・豊島区環境管理計画策定調査、平成7年度、豊島区
・市原市環境管理計画の策定に係わる基礎調査、平成7年度、市原市
・騎西町環境基本計画策定に係わる基礎調査業務、平成7年度、騎西町
・千葉市環境改善事業に係る計画策定事業、平成8年度、千葉市
・外かん環境観測計画検討調査、平成8年度、建設省
・大気拡散予測システム開発、平成8年度、東京都清掃局
・大気リアルタイムモニター情報システム構築、平成8年度、板橋区
・窒素酸化物将来予測調査、平成8年度、宮城県
・道路沿道背後地騒音調査、平成8年度、東京都
・有害大気汚染物質発生源周辺影響推計調査、平成9年度、環境庁
・総量削減計画進行管理調査報告書作成業務、平成9年度、東京都
・平成9年度宮城県道路環境調査、平成9年度、宮城県
・深刻な地域における自動車交通騒音低減対策調査、平成9年度、宮城県
・成田市環境基本計画策定調査、平成9年度、成田市
・古川市環境基本計画策定基礎調査、平成9年度、古川市
・浜松市環境基本計画策定調査、平成9年度、浜松市
・大気リアルタイムモニター情報システム構築、平成10年度、千葉県市川市
・都内走行自動車の車種構成等(ナンバープレート)調査、平成10年度、東京都
・川崎南部地域大気汚染対策調査、平成10年度、環境庁
・千葉市環境改善事業に係る計画策定事業、平成11年度、千葉市
・千葉市自動車公害防止計画策定事業、平成11年度、千葉市
・エンバイロテック社焼却炉排ガス中ダイオキシン類濃度の推計および周辺環境への影響調査、平成12年、米国政府

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意 見 書

寺西 俊一
(一橋大学大学院教授)

はじめに

 私は、現在、国立大学法人一橋大学の大学院経済学研究科教授(同経済学部教授兼任)として、「環境経済学」および「環境政策論」を主たる専門分野とする研究と教育に携わっています。私の学歴、職歴、各種委員歴、学会活動歴、社会活動歴、研究業績は、別紙に示したとおりです。
 この意見書では、現在、国及び日本道路公団によって進められている「首都圏中央連絡自動車道」(圏央道)の建設事業(以下、「圏央道」建設事業ないしは本事業と呼ぶ)に関して、とくに次の3点に絞って、一研究者としての見解を述べたいと思います。
(1)本事業は、その経緯と目的に照らして考える限り、全く時代錯誤的で無駄な事業に   なっていること。
(2)本事業は、その事業効果や公益性という点からみても基本的な疑問が払拭できない   こと。
(3)本事業に対する「費用便益分析」による評価も、本事業を正当化する根拠とはなり   得ないこと。

 以下、上記の3点について、それらの理由を明らかにし、最後に、これからの日本の公共事業のあり方についても、若干の私見を述べさせていただきたいと思います。

1.本事業は、全く時代錯誤的で無駄な事業といわざるを得ない

 本事業の第一期工事区間の計画が八王子市裏高尾町の関係地元住民に初めて知らされたのは1984年8月のことですが、私は、この計画が表面化してきた当初の段階から、本事業そのものに対して、いくつもの基本的な疑問を抱いてきました。その第一の理由は、本事業の背景と目的について、その歴史的な経緯を詳細に検証するかぎり、あまりにも時代錯誤的な計画となっており、全く無駄な事業だといわざるを得ない点にあります。

(1)本事業計画の歴史的な経緯
 最初に、本事業の計画が具体的に浮上してきた歴史的な経緯を簡単に振り返ってみると、以下のとおりです。まず、1980年12月、当時、政府与党としての自民党内の「首都圏整備特別委員会」において「圏央道」の早期具体化が提案されています。この背景には、その前年の1979年6月に、東京都の八王子市、青梅市、福生市、秋川市、羽村町、五日市町、日の出町、奥多摩町、檜原村の各市町村(すべて当時)と、埼玉県の川越市、所沢市、狭山市、入間市、飯能市の各市町村が連名して、国道16号線八王子〜川越間のバイパスとしての高速道路建設に関する要望が建設省(当時)に提出されたり、また、同年11月には、町田市、八王子市、昭島市、福生市、羽村町(当時)、瑞穂町が集まって、「国道16号線対策連絡会議」を発足させ、同国道の改良工事を求めるといった、いわゆる政治的陳情の動きが活発化していたという事情がありました。これを受けて、1981年5月、首相の諮問機関である国土審議会において、1981年〜1985年の「首都圏整備計画」のなかに「圏央道の調査を進め計画の具体的推進を図る」ことが盛り込まれました。そして、その直後の1981年5月31日、多摩地域9市町村で構成された「圏央道建設促進協議会」の設立総会が開かれています。また東京都では、1982年12月、当時の鈴木俊一都知事が「東京都長期計画」として発表した『マイタウン東京』のなかで「圏央道」が「広域幹線道路」として位置づけられました。
 その後、1983年12月、建設省(当時)の内部に「大都市圏環状道路の整備と地域開発に関する研究会」(座長:石原舜介東京理科大学教授)が設置され、1985年6月にその報告書がとりまとめられています。また、1984年3月には、同じく建設省(当時)の委託を受けた「(財)高速道路調査会」の報告書(『大都市圏環状道路の整備効果と整備手法に関する調査報告書』)もとりまとめられています。こうして、1984年6月、建設省(当時)関東地方建設局相武国道工事事務所から「圏央道」の第一期計画路線(東京都八王子市〜埼玉県川越間約50km分)が八王子市に対して初めて提示されることになりました(以上については、甲第234号証の2、寺西俊一「『圏央道』建設計画への疑問」『公害研究』第17巻第1号、岩波書店、1987年7月号、13〜14頁。表−1:「圏央道」建設計画をめぐる主な経緯」、参照)。

(2)本事業が掲げる事業目的
 さて、上述したような背景と経緯で具体的に急浮上してきた「圏央道」の建設計画は、当時から、以下のような諸点をその主たる事業目的に掲げています。
 @東京から出る6本の放射状自動車道(東名、中央、関越、東北、常磐、東関東の各自動車道)および東京湾岸道路を相互に結ぶことによって、東京都市圏(一都三県および茨城県南部)の既成市街地通過交通のためのバイパス、流入交通の分散導入など、環状道路としての機能を果たし、直接的には都心部通過交通の排除、国道16号線の負担の軽減とその域内サービス道路化の実現を果たす。
 A首都圏整備計画において東京都市圏の多核都市構造化のために整備すべき核都市として挙げられている横浜市、厚木市、八王子市、大宮市、筑波学園都市、土浦市、成田市等の周辺を通り、これらの都市相互およびこれらの都市の周辺市町村を結ぶことによって、それら沿線地域のポテンシャルを高めてその発展を促進し、東京都市圏の多核都市構造化の推進に寄与する。
 B核都市間の沿線住民に対しても、核都市との近接性を増大させることによって、高次の医療、買い物、文化等のサービスを享受できるようにするとともに、就業機会も増大させる。
 C東京都心から40〜50kmに位置する地域に対して、全国幹線ネットワークとの緊密な接合による全国各市場へのアクセシビリティを向上させ、商工業の効率化と農業の高度化を促進する。
 以上の諸点をそれぞれ一言でいい換えるならば、@東京都市圏における都心部通過交通の排除等による慢性的な自動車交通混雑の解消、A東京都市圏の多核都市構造化の推進、B関係沿線地域の住民生活の向上、C関係沿線地域の経済振興、という4点が「圏央道」の建設計画における主たる事業目的だとされているといってよいと思います。こうした表向きで掲げられている事業目的についていえば、東京都市圏全体およびそのなかでの各地域に生活する関係市民にとっては、いずれもそうあって欲しいと思われる望ましい目的ばかりです。おそらく、これらの目的そのものに対して敢えて異議を唱える人はいないといってよいでしょう。しかし、だからといって、そこから直ちに、その後、強権的な形で進められているような現在の「圏央道」建設事業がそのまま正当化されるわけではありません。たとえば、表向きで掲げられている上記のような事業目的におけるBやCなどは、たぶんに関係市町村からの期待感や政治的陳情に配慮した「リップサービス」としての意味合いが否定できません。また、それらは、全国各地でのいずれの高速道路等の建設計画においても一般的に掲げられているような事業目的であって、とくに「圏央道」の建設事業にかかわる固有の事業目的とはいえません。実は、「圏央道」の建設計画における事業目的とされている諸点のなかで、実質的に重要な意味合いをもっているのは、上記の@およびAです。つまり、とくに@およびAに掲げられている目的を達成していくための手段として「圏央道」の建設事業が位置づけられている、ということです。

(3)疑問が多い本事業の目的合理性
 ここで、私がかねて抱いてきた基本的な疑問は、次の点にあります。すなわち、果たして現在のような「圏央道」の建設事業が本当に上記の@およびAに掲げられているような目的を達成していく上で、合理的な手段だといえるのかどうか、という点です。また、仮に一歩譲って、そうだと認められる場合であっても、その建設事業の具体的なあり方(たとえば、@計画路線の選定のあり方、A建設・整備すべき道路の種別や構造のあり方、B当該事業の具体的な進め方と手続きのあり方、さらには、C当該事業が環境面や関係地域社会に及ぼす各種のマイナスの諸影響に対する評価と対策のあり方、等々)が果たして適切なものとなり得ているかどうか、しかるべき総合的な検討が慎重に行われることが必要不可欠です。そして、そうした総合的な検討が踏まえられた上で、「圏央道」の建設事業が真に目的合理性を有した手段であると判断される説得的な根拠が示されるならば、そこではじめて、この事業に本来の「公共事業」としての正当性が付与されることになるといってよいでしょう。
 しかしながら、以下で明らかにするように、この「圏央道」建設事業は、とくに前述した@およびAとして掲げられている2つの主たる目的に照らしてみた場合、それらの目的達成のための合理的な手段だと考えられる説得的な根拠がきわめて乏しい、といわざるを得ません。その理由は、以下に述べるとおりです。

(4)背景にあった首都圏整備構想の破綻
 以下では、まず上記のAに掲げられている事業目的(東京都市圏の多核都市構造化の推進)とかかわって、この「圏央道」建設事業の位置づけをめぐる根本的な問題点を明らかにしておきたいと思います。
 実は、現在の「圏央道」建設事業が最初に公式の行政計画のなかで一つの構想として盛り込まれたのは、国土庁(当時)による『第三次首都圏基本計画』(1976年11月策定、計画期間:1976年〜1985年)においてでした(国土庁大都市圏整備局監修『大都市圏の整備』首都圏整備協会、1984年8月、参照)。もちろん、東京都心部から40〜50km圏での環状道路の建設構想は、それ以前からも、たとえば『第一次首都圏整備計画』(1958年7月策定、計画期間:1958年〜1975年)のなかでの「環状幹線道路」の構想や、その他「第三外郭環状道路」の構想等として存在してきたという歴史的経緯があります。とはいえ、「圏央道」という名称を冠した「首都圏環状幹線道路」の建設構想を最初に打ち出したといえるのは、上述した『第三次首都圏基本計画』です。この『基本計画』は、1977年3月に『第三次首都圏整備計画』として具体化されていますが、そのなかでは、「環状方向幹線として、東京湾岸道路、東京外郭環状道路及び一般国道における大規模バイパス等について整備を推進するとともに、新たに北関東横断道路(仮称)の計画を推進する。また、首都圏中央連絡道路(仮称)の整備について検討を行う。」とされていました。しかし当時の段階では、まだ単なる構想(いわゆる「机上のプラン」)であったにすぎません。この「圏央道」の建設構想について具体的な調査費が実際に計上されたのは1979年度からですが、この調査費の計上を契機にして、すでに述べたように、とくに翌1980年以降に、この構想がにわかに具体性を帯びて政治的に急浮上してくる形になったといえます。
 ところで、上述したように、「圏央道」の建設構想を初めて公式の行政計画のなかに盛り込んだ『第三次首都圏基本計画』が示していた首都圏整備の基本構想は、「広域多核都市連合複合体」として「東京大都市圏」の形成・整備を図っていく、というものでした。しかし、その後、1980年代に入って以降、日本の国土構造全体にみる新たな動向変化として、「首都・東京圏への一極集中化」の傾向(当時、「東京再集中」現象としてマスコミ等でも注目され、その後、「東京新集中」などと呼ばれるようになった)が一段と強まりをみせ始めることになりました。このため、『第三次首都圏基本計画』が前提としていた国の上位計画としての『第三次全国総合開発計画』(三全総)と、それが想定していた当時の人口動向や国土構造にかかわる「計画フレーム」そのものの見直しが避けられない状況となりました。その結果、三全総も『第三次首都圏基本計画』も、策定後まもなくして、その破綻が明白となり、改定を余儀なくされるという結果になりました。そして、それに代わって新たに登場してきたのが、『第四次首都圏基本計画』(1986年6月策定、計画期間:1986年〜2000年)でした。ここでとくに重要な点は、この『第四次首都圏基本計画』の段階で、それまでの「圏央道」の行政計画における位置づけそのものも実質的に大きく変更されることになった、ということです。
 実は、上述の『第四次首都圏基本計画』は、その1年前の1985年5月に当時の国土庁大都市圏整備局から大々的に発表された『首都改造計画』において独自に打ち出された新たな首都圏整備(再編成)の基本構想に摺り合わせる形で策定されたものとなっています。それゆえ、この1985年5月の『首都改造計画』なるものが、一体、どのようなものであったかがきわめて重要な意味をもってきます。そこでは、今後の「首都改造」への基本的な構想が、次のように述べられていました。「これまでの東京都心部への一極依存型構造にかわって分化を基調とした、複数の核と圏域を有する多核多圏域型の地域構造を形成し、これを基調として、東京大都市圏を連合都市圏として再構築する」ことを基本方針とし、この基本方針のもとに、東京中心部(おおむね東京都区部)の周辺にそれと密接に連携した5つの「自立都市圏」−「多摩自立都市圏」「神奈川自立都市圏」「埼玉自立都市圏」「千葉自立都市圏」「茨城自立都市圏」−の形成を図るものとする。つまり、一言でいえば、既存の東京大都市圏を「多核多圏域型連合都市圏」として再編成する、という構想です。そして、「圏央道」はこのような首都圏整備の構想を前提とした「骨格道路」という新たな位置づけが与えられることになったわけです。(以上については、甲第234号証の3、寺西俊一「“首都圏改造”と都市・環境問題」『公害研究』第16巻第4号、岩波書店、1987年4月号、参照)
 しかし、改めて指摘するまでもありませんが、こうした当時における首都圏整備の構想は、その後、約20年を経た今日、ほとんど実現されておりません。むしろ、実態的にみれば、それに逆行する動きの方がますます強まってきているというのが紛れもない現実です。つまり、今日では、上述した『首都改造計画』における基本的な首都圏整備の構想がほぼ完全な破綻を示しているといってよいでしょう。

 以上のように、「圏央道」の建設事業は、もともとその背後にあった『第三次首都圏基本計画』やその後の『第四次首都圏基本計画』、あるいはその中心に据えられていた『首都改造計画』といった一連の行政計画の破綻によって、その位置づけ自体が改めて根底から問い直されるべき事業になっているといわなければなりません。要するに、本事業は、その計画的根拠そのものが歴史的に破綻して失われてしまっており、この意味で、今や、全く時代錯誤的で無駄な事業と化しているといわざるを得ないのです。とくに、この点から、私としては、本事業はまず一旦凍結し、根本的な再検討を行うのが現時点における賢明なる選択だと考えます。

2.本事業は、その事業効果と公益性の点でも疑問が多い

 続いて、本事業は、その事業効果と公益性という点をめぐっても基本的な疑問が余りにも多すぎます。以下、その理由を述べておきたいと思います。この点は、とくに前述した本事業の事業目的(ないし事業効果)として掲げられている@(東京都市圏における都心部通過交通の排除等による慢性的な自動車交通混雑の解消)と密接にかかわる問題です。

(1)本事業は、東京都市圏での自動車交通混雑の有効な解消策とはなり得ない
 まず、私自身は、この点についても、かねてから基本的な疑問が払拭できないことを厳しく指摘してきました。たとえば、本事業における第一期工事分(東京都八王子市裏高尾町〜埼玉県鶴ケ島町)が1989年8月に具体的な着工へと動き出したとき、次のような疑問と批判を提起しました。すなわち、「圏央道は東京都市圏の慢性的な交通混雑の緩和・解消に資する環状道路として、どうしても建設する必要のある幹線道路である」というのが本事業を進めている事業者側における有力な言い分の一つとなっていますが、果たして、この言い分にはどこまで十分に説得的な根拠があるのか、ということです。当時、私は、この点を検討するために、東京都関連の自動車交通の実態(1985年度のデータ)に即して考えてみましたが、その実態を踏まえるかぎり、「圏央道」の建設事業による混雑緩和の効果は、仮にあったとしても全く一時的な効果にすぎないのではないか、という疑問と批判を提示しました。その後、10数年を経ている今日においても、そのときに私が提示した本事業に対する基本的な疑問と批判の論旨はそのまま妥当すると思います。そこで、当時における私の論稿の一部をここで敢えて引用しておきたいと思います。少し長くなりますが、以下、その引用です。
 1)東京都関連の自動車交通の実態(1985年度)では、「その総量は一日あたり946万トリップ(トリップは、人または車輌の移動を表す交通量の単位)、このうち東京都の内−内交通量が774万トリップ(81.8%)、他県間との外−内交通量が172万トリップ(18.2%)である。5年前より、それぞれ18%、19%、24%の増。近年、外−内の交通量の増加率が大きい。その内訳では、埼玉県間がもっとも多く63万トリップ、次いで神奈川県間が62万トリップ、千葉県間が34万トリップである。やはり5年前より埼玉や神奈川との交通量が大きく増加している。このため、東京都内の道路混雑は年々深刻化し、都区部では自動車での平均トリップ速度は5年前よりも30%低下し時速14.9km(1985年)にまで落ちている。都内主要交差点での渋滞も年々深刻化している。問題はこの慢性的な道路混雑の深刻化をどうすれば本当に緩和ないし解消できるかである。」
 2)「一般的にいえば、慢性的な道路混雑は自動車交通量に比べて、その交通容量(自動車交通に限っていえば、道路の容量)が小さいというアンバランスに基本的な原因がある。その緩和ないし解消を図る方策は、@交通量容量の拡大、A交通量の削減・分散、B両者の組み合わせ、のいずれかしかないが、その選択の中でどれがもっとも有効かは現実を踏まえて総合的に吟味される必要がある。従来からの伝統的な選択は@であり、圏央道計画もこの選択に立っている。だが今日の首都圏[ここは「東京都市圏」と言い換えてよい。寺西による補足注。以下同じ。]にみる道路混雑の場合、それで本当に緩和ないし解消を実現しうるのか、その検証が行われなければならない。」
3)「いま、かりに圏央道が完成し供用開始したとしよう。そのとき、前述の東京都関連自動車交通の実状はどう変化するだろうか。まず供用開始直後には、近年増加率が高い外−内交通量の一部(内部に着地点をもたないもの)が圏央道を利用して迂回する効果によって都内道路の混雑度を多少緩和しうるかも知れない。だが、約8割を占める内−内交通に対しては効果がない。それは通過交通ではなく内−内交通需要が都心部に集中しているという構造を背景としているからだ。とはいえ外−内交通量が必要以上に内−内交通量の上に加重されているため、都内の道路混雑がより深刻化している現実があるので、その分については一部緩和の効果はありうるといえる。しかし問題は、それがまったくの一時的効果に終わることだ。なぜなら、かりに一部緩和の効果が現れても、たちまちその効果を帳消しにしてなお余りある交通量がそこに誘発されてくるからである。」
 4)「ところで上記の自動車交通量は基本的には自動車保有台数によって規定される。このうちどれだけが路上に出て現実の交通量になるか、それをさらに規定するのが潜在的な自動車交通需要の構造である。首都圏(東京都市圏)では、その構造は交通量を増加させる傾向がある。だから自動車保有台数が増加傾向にあり、交通需要が交通量に対して促進的という構造自体を変えない限り、道路混雑度を多少緩和しても、その分だけ、あるいはそれ以上に自動車保有台数のうち交通量として現れてくる分が増えるだけ、という逆効果の方が大きくなる。それが首都圏(東京都市圏)での現実だ。ちなみに建設省の資料によっても、首都圏(東京都市圏)においては道路総延長に対して自動車保有台数はすでに過剰状態であることがわかる。・・・・・・その大半が交通量を増加させる潜在的圧力となる。これに、近年の東京一極集中化とその受け皿としての首都圏(東京都市圏)の拡大再編がさらに進められれば、全国の自動車交通量の首都圏(東京都市圏)集中化も一層進むことになろう。そうした構造を変えていくことがいま求められているのである。圏央道のような需要追随型ないし需要誘発型の道路建設では首都圏(東京都市圏)での道路混雑はますます深刻化していく。」
 5)「圏央道建設の将来を少し考えてみよう。この環状道路は総延長270kmという大規模なものだ。それが全部完成するのはどんなに強行スケジュールで進めても21世紀のことになる。それまでに注ぎ込まなければならない事業費だけでも膨大なものとなろう。その負担は国民一人ひとりにはね返ってくる。それを結局のところ逆効果となるような投資に費やすのは社会的浪費にほかならない。それよりも別の選択(前述のA[「交通量の削減・分散」:寺西による補足注]を基本とした選択)に立つ、より有効な交通混雑の解決策があるはずだ。それを展望する方が地域的にも国民経済的にもはるかに有益である。しかも270kmものこの道路計画は今後も次々と首都圏(東京都市圏)外周部に残された貴重な都市近郊自然を破壊していく。こんな計画は将来的にみればまさに”百害あっても一利なし”というべきである。」
(以上、甲第234号証の4、寺西俊一「貴重な都市近郊自然を破壊する道路計画の意義を問う/圏央道では緩和できない交通混雑」『自然保護』No.329、日本自然保護協会、1989年10月号、参照)。

 なお、最近の東京地方裁判所における「圏央道あきる野裁判」での判決文(2004年4月22日)においても、「本件事業が都心部の通過交通の解消に資するものであるとの被告の主張は具体的な根拠に欠けるものといわざるを得ない。」として、以上の引用で示したような本事業に対する私の基本的な疑問や批判とほぼ同じ主旨の指摘がなされていることをここに付記しておきたいと思います。また、その後に行われた本事件にかかわる橋本良仁氏の陳述等でも指摘されていますように、最新のOD調査のデータによれば、「圏央道」の計画路線以遠に起終点をもつ都心部通過交通はせいぜい約4万台程度であること、また、たとえば首都高速道路の場合、「圏央道」による迂回効果はせいぜい2万台程度にすぎないという見方も出されております。(以上、甲第182号証、参照)
 いずれにせよ、以上の点は、その後、強権的に進められている「圏央道」建設事業の事業効果と公益性をめぐる評価にとって、決定的に重要な論点であることをとくに強調しておく必要があります。

(2)「環状道路」の必要論も、本事業の推進根拠とはなり得ない
 さらに、もう一つ、本事業を進めている事業者側が主張している「環状道路」の必要性という点についても、本事業の推進根拠としてはほとんど説得性がないことを指摘しておきたいと思います。実は、この点は、かねてから本事業を推進していく上での有力な根拠の一つとされてきたものです。たとえば、本事業の計画が具体的に浮上してきた前後の時期に、「首都圏道路のボトルネックと対応策を探る」という特集が雑誌『高速道路と自動車』第26巻第11号(1983年11月)で組まれていますが、その特集の中で、当時、日本道路公団企画調査部計画調査課長であった松延正義氏は、次のように主張しています。 首都圏(東京都市圏)における「現行の高規格幹線道路網は環状方向の路線整備が不備で、ネットワークとしての機能が充分に果たし得ず、依然として増大しつつある交通需要とあわせて、都市部、周辺部の慢性的な交通渋滞、道路環境問題等の道路交通問題を惹起している。」この問題を解決するためには、「@都心部に起終点を持たない交通を迂回させて都心部の交通混雑の緩和を図るバイパス機能、A放射状道路を相互に連結することにより都心部への交通を分散導入させる分散導入機能、B環状道路沿線地域間の交通処理機能、C環状道路沿線に都市機能を分散配置し、計画的に市街地の整備を図る土地利用誘導機能等」を果たす「高規格環状道路の整備が緊急的課題である。」
 おそらく、上記のような松延氏の主張が首都圏(東京都市圏)における「環状道路」整備の必要を説く代表的な議論だといってよいでしょう。しかし、このような「環状道路」の必要論は、一般論としては異論はありませんが、それが「圏央道」建設事業の推進根拠とされることについては、いくつもの疑問があるといわなければなりません。ここでは、とくに以下の2点について、指摘しておきたいと思います。
 まず第一に、上記のような議論は、首都圏(東京都市圏)における自動車交通混雑現象の基本的な発生原因ないし構造をもっぱら「環状幹線道路の不備」に求め、その建設や整備によって今日の首都圏(東京都市圏)における自動車交通混雑の緩和・解消を図ることが可能になる、といった一面的な議論に容易にすり替えられてしまう危険性をもっています。このような議論のすり替えは、今日の首都圏(東京都市圏)での自動車交通混雑現象の最大の原因がそこに発生・集中している自動車交通需要や自動車交通量そのものの過大さ、ないし過剰さにあるという現実に対する間違った認識にもとづいているものです。この点は、すでに上記(1)でも述べたとおりですが、今日の首都圏(東京都市圏)においては、過大ないし過剰となっている自動車交通需要そのもののさらなる増大化を基本的に受容しそれをどのようにしてうまく捌くか、といったところに重点を置いた「需要追随型」のスタンスに立つ交通混雑緩和策では、もはや問題の解決は図ることはできないというべきでしょう。上記のような「環状道路」の必要論は、その議論の前提に「需要追随型」のスタンスを忍ばせているところに基本的な問題があるといわなくてはなりません。
 第二に指摘しておくべき点は、上記のような「環状道路」の必要論は、たとえば、ロンドンやパリなどの欧州の首都圏(大都市圏)の例を挙げて、「環状道路」の整備が都心部交通の混雑緩和に大きな役割を果たすという根拠づけをきわめて短絡的に与えていることです。たとえば、先の松延論文では、「欧米の大都市でも高規格道路の整備により、都市間交通が円滑に都心内にアクセスされている例が数多い」と述べられ、日本の首都圏(東京都市圏)においても、「環状道路が完成して初めて高規格道路のネットワーク機能が発揮されることになる」と主張されています。しかしこの点も、それが、現在進められている「圏央道」の建設事業を正当化する根拠だとされるのではあれば、きわめ不適切な議論だといわなくてはなりません。なぜならば、そのような議論は、今日の日本の首都圏(東京都市圏)の場合、余りにも肥大化が進みすぎていること、すなわち、日本の首都圏(東京都市圏)では、戦後における都市化の外延的なスプロール的拡大に対する歴史的な無策と、この点での都市計画の不備による都市圏規模の過大な広がり、さらには国土構造における位置など、欧州諸国の首都圏(大都市圏)との基本的な差異を無視したものだからです。また、実際、ロンドンにせよ、パリにせよ、そこでの「環状幹線道路」はせいぜい都心部から半径5km〜20km圏程度の範囲内での整備が中心であり、逆にいえば、それ以上の都市圏の過大なスプロール的拡大化は政策的に抑制していくという都市計画とセットになっているという点がきわめて重要なのです。もし欧州諸国の事例に学ぼうとするのであれば、現在の「圏央道」建設事業にみるような都心部から50〜60km圏をぐるりと一周するような「環状道路」の整備は東京都市圏の過大なスプロール的拡大化をさらに助長させるという弊害を伴うものとして、むしろ根本的に見直しを図るべきだといわなくてはならないでしょう。(以上、甲第27号証 寺西俊一・中山武「首都・東京圏の自動車交通混雑と圏央道計画」環境アセスメント研究会・多摩地域研究会編『圏央道建設計画の総合アセスメント』武蔵野書房、1988年7月、第1部第3章、33頁以下参照)。

 以上で明らかにしたとおり、本事業は、その事業効果そのものに対して、いくつもの基本的な疑問を禁じ得ないものであり、したがって、その事業効果を根拠とした本事業の公益性にも重大な疑念があるといわざるを得ないというのが、私の見解です。

3.本事業の「費用便益分析」による評価は、本事業の正当化の根拠とはならない

 さて、上記の2.で述べたような本事業の事業効果と公益性をめぐる基本的な疑問と密接不可分な関係をもっていますが、以下、本事業に関して、事業者側が示している「費用便益分析」による評価をめぐっても、その問題点を指摘しておきたいと思います。

(1)本事業の「費用便益分析」の概要とその問題点
 事業者側は、平成16(2004)年1月28日付けで提出した「平成14年(行ウ)第296号 事業認定取消請求事件」にかかわる「準備書面(5)」において、本事業に関して行われた「費用便益分析」(Cost -Benefit Analysis: CBA)について、その方法と結果を明らかにしています。その概要は、以下のようなものとなっています。
@ 本事業についての「費用便益分析」は、平成10(1998)年6月に建設省道路局  企画課長から通知のあった「費用便益分析マニュアル案」(以下「マニュアル」とい  う)に基づいて行われた。
A具体的には、同「マニュアル」にもとづいて、本事業が行われる場合と行われない場合の交通量を推計し、「走行時間短縮」、「走行経費減少」、「交通事故減少」の各項目について、消費者余剰を計測することによって総便益を算出し、他方、費用については、道路整備に要する「事業費(用地費を含む)」及び供用後に必要となる「維持管理費」をそれぞれ算出して総費用を算出。基準年を平成11(1999)年度、供用年を平成12年度とし、検討期間は供用開始後40年として、各年次の便益及び費用の値を割引率(4%を採用)を用いて現在価値に換算。そして、総便益の現在価値を総費用の現在価値で除して、費用便益比を求める。
 B本事業について上記Aの方法に従って行われた「費用便益分析」の結果は、次のとお  となった。まず本事業の便益については、基準年(平成11年度)における「走行  時間短縮便益」が7041億円、「走行経費減少便益」が723億円、「交通事故減  少便益」が331億円と算出され、その合計額は8096億円。他方、本事業の費用  については、基準年(平成11年度)における「事業費」が3487億円、「維持管  理費」が1り58億円と算出され、その合計額は3645億円となり、したがって、費  用便益比は2.2と算定された。
 さて、以上が本事業に関する事業者側の「費用便益分析」の概要ですが、これは、以前の平成15(2003)年2月18日に事業者側から提出されている別の「準備書面(2)」によれば、平成11年に関東地方建設局が実施し、同年1月20日に開催された関東地方整備局事業評価監視委員会に提出されたものである、とのことです。そして、その「準備書面(2)」においては、上記に示したような概要での「費用便益分析」の資料を根拠にして、「本件圏央道事業区間の便益及び費用は、それぞれ便益が8095億円、費用が3645億円、費用便益分析の結果は『2.2』と見込まれるところであり、本件事業の公益性は、かかる観点からみても認められるものである」と述べられています。
 まず、こうした事業者側のいう「費用便益分析」について、以下、そこでの基本的な問題点をごく簡単に指摘しておきたいと思います。
 第一に指摘しておかねばならない基本的な問題は、事業者側にあっては、そもそも「費用便益分析」なるものがもつ意義と限界が全く理解されていないのではないか、ということです。とくに前述した「準備書面(2)」で明記されているように、「費用便益分析」の算定結果(たとえば、本事業の場合は、費用便益比が「2.2」と算定されたこと)をもって、「本件事業の公益性が認められる」とまで述べられている点は、「費用便益分析」がもつ意義と限界についての驚くべき無理解にもとづいているといわざるを得ません。
 以下でより詳しく述べるように、そもそも「費用便益分析」は、あくまで、ある特定の事業(とくに公共的プロジェクト)が、限りある資源の最適配分の実現という観点からみて、経済的な意味での「効率性」の基準(当該プロジェクトによるプラス面としての「便益」とマイナス面としての「費用」とを比較考量し、経済的にみて「純プラス」となりうるかどうか、また、どの程度、「純プラス」となりうるかという、いわば経済的な採算性の基準)を最低限満たすかどうかを定量的に判定するための道具(ツール)です。しかも、これは、当該プロジェクトにかかわる意志決定の手続きにおける一つの判断情報を提供するものであるにすぎません。したがって、仮にその判定結果が「純プラス」と評価されたとしても、そのことをもって、直ちに当該プロジェクトに「公益性」が認められるという根拠づけには、全くなり得ません。ある事業(プロジェクト)が経済的な意味での「効率性」を最低限満たすということと、当該事業(当該プロジェクト)に「公益性」が認められるかどうかという問題は、次元の異なる事柄だといわなくてはならないのです。
 第二に指摘しておくべき問題は、 上記のような本事業に関する事業者側の「費用便益分析」における具体的な「便益」及び「費用」の算定項目や算定方法をみるかぎり、そこでは、かなり恣意的な項目の選定と事業者側にとって都合のよい仮定の設定などが行われている、といわざるを得ないことです。もちろん、そこでは、平成10(1998)6月の旧建設省道路局企画課長通知による「マニュアル」にもとづいているとされています。しかし、その「マニュアル」自体がかなり恣意的なものになっています。なお、同「マニュアル」は、その後、国土交通省道路局及び都市・地域整備局によって一部改定・補充された形で、『費用便益分析マニュアル』(平成15年8月)として公表されていますが、やはり、そこでもかなりの恣意性があることは否めません。ただし、この点は、何も旧建設省道路局や現在の国土交通省道路局が意図的にそのようにしているというわけではないでしょう。実は、この点も、後に述べますが、そもそも「費用便益分析」という道具(ツール)が登場してきた当初からのやむを得ざる宿命的な限界だと考える必要があります。
 要するに、「費用便益分析」という道具(ツール)は、その意義と限界をきちんとわきまえて活用することがきわめて重要なのです。その利用にあたっては、この点をしっかりと肝に銘じなければならない、ということです。そこで、以下では、いわゆる「費用便益分析」の意義と限界について基本的な解説をしておきたいと思います。

(2)「費用便益分析」の意義と限界
 いわゆる「費用便益分析」の考え方が登場してきた歴史はかなり古い時代にまで遡りますが、通常は、1844年に発表されたフランスの経済学者デュピュイ(J.Dupuit)による有名な論文(「公共事業の効用の測定について」)に始まるとされています。これは、いわゆる公共事業(公共的プロジェクト)が真に有用なものであるために最低限満たさなければならない諸条件を厳密に定義しようという考え方を出発点にしたものです。
 その後、今日、一般化しているような伝統的な「費用便益分析」が実際に用いられるようになったのは、1930年代のアメリカです。当時のアメリカは、いわゆる「ニュー・デール時代」と呼ばれていますが、連邦政府が水資源開発をはじめとした各種の公共的な開発プロジェクトを積極的に推し進めようとした時期です。1936年に制定された「連邦洪水制御法」がそのためにつくられた有名な法律の一つです。この法律では、水資源開発のような公共的プロジェクトは、それが社会にもたらす「便益」が誰のところで発生しようと(つまり、そこでの「便益」の帰属や分配の公正性、妥当性などの是非にかかわらず)、そのために投じられる「費用」を上回ることが示されるならば、連邦政府は、そのようなプロジェクトを「実行してもよい」(あるいは「実行するのが望ましい」)、という判断基準を盛り込んだものでした。各種の公共的プロジェクトの実施にあたって、当時、こうした判断基準が盛り込まれることになった背景には、その頃、世界的な大恐慌の影響を受けてアメリカの国家財政難が非常に厳しい状況下にあったという事情が密接に関係しています。すなわち、当時のアメリカ連邦政府は、厳しい財政制約にもかかわらず、敢えて各種の公共的な開発プロジェクトに一定の国家財政資金を投入していくための根拠をそれなりに示して、とくに議会を説得する必要性に迫られたわけです。そして、こうした事情を背景にして実際的に登場してきたのが、伝統的な「費用便益分析」の手法でした。言い換えれば、もともと今日の「費用便益分析」の出自的な性格からみると、それは、行政府であるアメリカ連邦政府が納税者の代表である議会(立法府)を「説得するための道具」(Persuading tool)として登場してきたものだといえます。実は、こうした登場の経緯から、特定の開発プロジェクトがそこに投入される一定の「費用」(とくに公共的な資金投入)に対して、それに見合う、あるいは、それ以上の「便益」を社会全体にもたらすこと(「便益」:B−「費用」:C>0)を何らかの方法で定量的(金銭的)に算定して示す、という伝統的な「費用便益分析」にみられる基本的な枠組みができあがってきたわけです。こうした伝統的な「費用便益分析」は、通常、次のような4つのステップによって行われるのが基本的な枠組みとなっていますが、実は、今日では、すでに相当古めかしくなってしまった枠組みになっているといわなくてはなりません。
 @第1ステップ:特定のプロジェクトによって生じる諸効果のうち、妥当と思われる「便益」と「費用」を同定する。
 A第2ステップ:同定した「便益」と「費用」をできるだけ定量化(金銭換算)する。
 B第3ステップ:定量化(金銭換算)した「便益」と「費用」のデータを用いて、当該プロジェクトの効果を要約する指標を計算する。この指標の代表的なものが当該プロジェクトの純現在価値や費用便益比である。
 C第4ステップ:当該プロジェクトの要約指標と第2ステップにおいて定量化(金銭換算)が不能または困難なために考慮外とされた定性的な諸効果をも勘案して、当該プロジェクトの総合的評価を行う。
 さて、上記のような伝統的な「費用便益分析」の基本的な枠組みを念頭において、先の事業者側による本事業に関する「費用便益分析」をみると、そこでの分析は、すでに相当古めかしくなった枠組みにもとづくものであり、しかも、きわめてプリミティブなものでしかないことが分かります。否、そこでは、Cの第4ステップが欠落しているという点からいえば、そうした伝統的な「費用便益分析」の基本的な枠組みすら、十分に踏まえていないものだというべきかも知れません。
 ところで、以上に述べたように、もともと、いわば「説得のツール」として登場してきた伝統的な「費用便益分析」は、どうしても説得する側にとって都合のよい道具(ツール)として利用されてしまうという宿命的な問題を伴うという限界性をもっています。これは、言い換えれば、往々にして「自己正当化のためのツール」に成り下がってしまう、ということでもあります。実際、これまでに実施されてきた伝統的な「費用便益分析」のほとんどは、そのような性格を払拭しきれていないといっても過言ではないでしょう。
 他方、戦後の1950年代以降には、上述したような事情を背景にして実際的に登場してきた「費用便益分析」は、「厚生経済学」(Welfare Economics)による理論的な基礎づけが検討され、また、それにもとづく精緻化への努力もそれなりに進められてきました。しかし、そうした経緯のなかで、今日、とくに欧米諸国や経済学会等では、「費用便益分析」の手法は、それがもつ限界性の方が強く認識されるようになってきているといえます。その基本的な理由は、いわゆる「費用便益分析」は、依然として、以下のような理論的・実際的な限界を抱えており、残念ながら、それらの限界を超えることができないためです。
 まず第一には、すでに触れたように、そもそも「費用便益分析」は、あくまで、限りある資源の最適配分の実現という観点からみた経済的な意味での「効率性」の基準にもとづく事業(プロジェクト)評価のための一つの判断情報を提供しうるだけであって、そこでは、「便益」や「費用」の帰属や分配の社会的な公正性やその他の基準にもとづく妥当性をめぐる評価のための判断情報を提供するものではない、ということです。
 第二には、すでに述べたもともとの出自的な性格とも密接に関係していますが、そこでは、どうしても各種の「便益」や「費用」に関する「評価バイアス」の問題を抱えざるを得ないということです。この点は、上述した基本的な枠組みでの第1ステップから、否応なく、つきまとってくる問題です。たとえば、具体的に何を「便益」や「費用」の重要かつ妥当な項目として同定するかという選択の段階から、この「評価バイアス」をめぐる問題が起こってこざるを得ません。
 さらに第三には、「便益」対「費用」という、もともと次元の異なるものを対比させる必要から、何らかの方法で同一次元での定量化(その代表としての金銭換算)を行うということになりますが、こうした定量化(金銭換算)に伴う問題です。そこでは、当然、そもそも定量化(金銭換算)には原理的になじまない、または、不能ないしきわめて困難な諸効果(たとえば、生命や健康に関わる破壊・損傷や人権侵害、自然環境や文化的価値の破壊・損傷など)について、どうしても「費用便益分析」の枠組みでは「考慮外」(out of accounting)にせざるを得ないという限界があります。
 そして、第四には、かなりの長期間にまたがるような事業(プロジェクト)に関する評価の場合がとくにそうですが、そこでは、どうしても事前には予測しがたい「不確実性」に伴う評価の困難さをめぐる問題がでてこざるを得ない、ということです。このため、そこでは、客観的な「予測評価」ではなく、何らかの主観的な仮定をおいた上での「シナリオ分析」を示すことしかできません。
以上のように、特定の公共事業(公共的プロジェクト)の是非や妥当性を評価し判断するための手段として考えた場合、いわゆる「費用便益分析」は決して万能の道具(ツール)ではなく、むしろ、それが抱えている限界性をめぐる問題の方が大きいといわなくてはなりません。したがって、この点をきちんとわきまえることのない「費用便益分析」の安易な利用(あるいは誤用)は、かえって有害無益な(あるいは誤った)判断情報をもたらしかねないことを、ここで敢えて強調しておきたいと思います。
(以上については、北畠能房「プロジェクト評価論からみた環境評価と環境マネジメント」および酒井泰弘「環境リスクマネジメント」吉田文和・北畠能房編『環境の評価とマネジメント』岩波書店、2003年4月、第1章および第9章、参照)

(3)「費用便益分析」はどのように活用されるのが望ましいか
 では、もし仮に「費用便益分析」を積極的な意味で利用する(活用する)とすれば、どのようなやり方が賢明であり、望ましいといえるのか。最後に、この点について、若干の私見を述べておきたいと思います。
 実は、これまでに数多く実施されてきた「費用便益分析」の事例のなかで、それなりに賢明で、比較的にみて望ましいやり方で行われた有名なケースの一つとして、1960年代の後半、イギリスでの「ロンドン第3空港」の建設プロジェクトにおける位置決定プロセスで応用されたものがあります。このケースの詳細は参考文献(アジト.K.ダスグプタ/ D.W.ピアース/尾上久雄・坂本靖郎共訳『コスト・ベネフィット分析』中央経済社、1975年、第9章、参照)に譲りますが、そこでは、4つの候補地に関する代替案の比較検討のための判断情報を提供するための手法の一つとして、「費用便益分析」の考え方がうまく応用されました。つまり、その応用例では、通常の伝統的な「費用便益分析」の手法ではなく、「ロンドン第3空港」の建設事業による「便益」の測定・評価は敢えて行わず、4つの代替案はいずれも同じ社会的な「便益」をもたらすものと仮定して、その同じ「便益」を実現するのに4つの代替案のいずれがもっとも「費用効率的」(cost effective)か(「社会的費用」が最小となるか)というコスト比較の観点からの比較検討が行われました。
 実は、こうした手法は、通常の伝統的な「費用便益分析」とは区別されて、「費用効果分析」(Cost-Effective Analysis: CEA))と呼ばれるものです。このようなCEAは、社会的に望ましい何らかの効果(「社会的便益」)を最小の費用ないし犠牲や損失(「社会的費用」)で達成するために様々な代替的プロジェクト案を考えて、それらを比較検討する際に用いられる評価手法であり、「よりよい意志決定」(Better Decision-Making)のための有効なツールの一つとなり得るといえます。これも、「費用便益分析」の考え方がベースとなっているものですが、そこでは、複数の代替案を比較検討する手法として活用されているという点がきわめて重要なポイントになっています。このように、いわゆる「費用便益分析」も、以上のように、複数の代替案の慎重な比較検討のための一つの判断情報を得るために活用される場合には、CEAと同様に、「よりよい意志決定」(Better Decision-Making)のための有効なツールになり得る可能性をもっているといえるでしょう。
 また、近年における欧米での「費用便益分析」の新たな活用の方向として、とりわけ注目される点は、すでに述べたように、もともと「説得のツール」として、その後は、「自己正当化のためのツール」に成り下がってきたこれまでの伝統的な「費用便益分析」のあり方そのものを批判的に脱却し、むしろ、各種の公共的な意志決定における「アカウンティング・ツール」(「説明責任のためのツール」)、さらには、社会的な合意形成を容易にしていくための「コンセンサス形成のためのツール」として、積極的に位置づけていこうとする動きが登場しつつあることです。ただし、こうした新たな位置づけにもとづく「費用便益分析」の積極的で有効な活用が可能となっていくためには、各種の公共的な意志決定のあり方とそのプロセスをより開かれたものとし、そこでの透明性を高めていくことが不可欠な前提として求められてくることになるでしょう。
 さて、以上で述べたような「費用便益分析」や「費用効果分析」の今日における位置づけを踏まえるならば、本事業に関して行われた前出のような「費用便益分析」では、複数の代替案の比較検討が全くなされておらず、すでに時代遅れとなっている数十年前の枠組みにもとづいて当該事業を単に「自己正当化のするための道具」として利用されているにすぎず、それは、到底、本事業の「公益性」ないしは「公共性」を裏付ける根拠とはなりえないものだといわねばなりません。

4.おわりに

 最後に、この意見書を終えるにあたって、近年、これまでの環境破壊的な公共事業のあり方に対する反省と抜本的な見直しにもとづく新たな展開への注目すべき動きが国内外の各地で見受けられるようになっていることについて、若干の補足的な言及をしておきたいと思います。それらはいずれも、いわば「環境再生」を通じて都市や地域の再生と新たな発展(「持続可能な発展」)をめざす取り組みだといえます。とりわけ、こうした取り組みは、1990年代以降、欧州地域において先駆的に進められており、国際的に注目を集めています。
たとえば、この間に私自身が実際に現地視察等の機会を得てきたものだけでも、@ポー川流域での「パルコ構想」にもとづく湿地復元を通じた地域再生への取り組み(イタリア)、Aマンチェスターやバーミンガムをはじめとしたかつての工業都市での「グランドワーク・トラスト」の設立による都市環境の修復と再生への取り組み(イギリス)、Bシュトラスブールにみるように、低床型トラム(新型路面電車)の導入による「脱モータリゼーション・シティ」への取り組みなど、日本でも大いに学ぶべき事例が少なくありません。
また、つい最近でいえば、近隣国である韓国の首都ソウル市では「清渓川復元再生事業」が提案され、すでに着々と実施に移されています。これは、かつて豊かな都市河川であった清渓川を埋め立てによってつぶしてきたことに対する反省を踏まえて、その上に建設されてきた高架自動車道路を思い切って撤去することを通じて、ソウルの都市環境の復元・再生をめざそうとするものです。これは、おそらく、これからの21世紀の都市のあり方を先取りする挑戦的な取り組みだといってよいと思います。少なくとも、この「清渓川復元再生事業」は、都市近郊にかろうじて残されてきた高尾山をはじめとする貴重な自然環境を敢えて破壊するという、今日の日本における「圏央道」建設事業のあり方と比較するとき、きわめて対照的な公共事業となっています。

 私は、日本のこれからの公共事業も、これまでのように環境破壊的で、かつ財政浪費的なあり方を真剣に反省し、これからの21世紀に求められている新しいあり方への抜本的な転換(=「公共事業のグリーン改革」)を本気になって模索していくべき時代を迎えているのではないかと考えています。
(以上、甲第234号証の5、寺西俊一「環境再生の理念と課題」『環境と公害』第32巻第1号、岩波書店、2002年7月号、参照)

<参考文献>
1.寺西俊一「『圏央道』建設計画への疑問」『公害研究』第17巻第1号、岩波書店、1987年7月号。
2.国土庁大都市圏整備局監修『大都市圏の整備』首都圏整備協会、1984年8月。
3.寺西俊一「“首都圏改造”と都市・環境問題」『公害研究』第16巻第4号、岩波書店、1987年4月号。
4.寺西俊一「貴重な都市近郊自然を破壊する道路計画の意義を問う/圏央道では緩和できない交通混雑」『自然保護』No.329、日本自然保護協会、1989年10月号。
5.寺西俊一・中山武「首都・東京圏の自動車交通混雑と圏央道計画」環境アセスメント研究会・多摩地域研究会編『圏央道建設計画の総合アセスメント』武蔵野書房、1988年7月、第3章。
6.北畠能房「プロジェクト評価論からみた環境評価と環境マネジメント」吉田文和・北畠能房編『環境の評価とマネジメント』岩波書店、2003年4月、第1章。
7.酒井泰弘「環境リスクマネジメント」吉田文和・北畠能房編『環境の評価とマネジメント』岩波書店、2003年4月、第9章。
8.アジト.K.ダスグプタ/ D.W.ピアース/尾上久雄・坂本靖郎共訳『コスト・ベネフィット分析』中央経済社、1975年、第9章。
9.寺西俊一「環境再生の理念と課題」『環境と公害』第32巻第1号、岩波書店、2002年7月号。