詩の部屋

   

《歳時記》



   「手紙」

つきぬけて秋へ――
葬鐘を道連れに夕闇がすすきが原を疾走する
落日の原始の森は
塗り込められた時代の壁のように
すべての予感を拒絶して屹立する

だが――
水面には不定型な波のざわめき
迷彩色の大河は氾濫の季節を告げている
振り向けば風
長征の旅へと草原を渡っていく

忘れ形見の手紙を開けば
青いインクは今も
鮮烈に自己主張を続けている
私小説家然と仰いだ空は
にわか仕込みの諦念をきっぱりと振り切ったようだ

赤いマフラーの野仏は紙一重で笑っている
きしみ合いももたれ合いも
面々の御はからいとばかりに――
されば友よ
幻の返信は一番星に持たせよう



   「落陽」

後生大事に抱え込んだ
〈希望〉やら〈生活〉やらが
心の中のラセン階段に
朽ち葉色の影を落とす時
秋はもうたけなわである
人びとは落ち穂拾いの農夫のように
残照の中で人生色の木の葉をかき集め火をつける
パッと燃え上がる白い〈絶望〉
そしてたまゆらの〈暖かさ〉
煙の向こうの顔はだれもが輪郭を失っている

双曲線を描いたたそがれの街では
老いたニヒリストが一直線
少年は未来を大事そうに背負っている
建物の陰からは女たちの渇いた笑い
座標軸はもはや確かな交点を見いだせない

声を限りに叫べども
同義反復ばかりのこの時代!
手品のように世界は裏返るか
どこまでも澄んだ青い空
私は吸い込まれて風になる



   「極寒」

二月 極寒 世界は震えている
自涜する青年のように小刻みに
無鉄砲な熱情も今は万年雪のベッドに眠り
変温動物さながら
上目づかいに息をひそめている

自我肥大症やら生活実利主義
そやつらばかりがつるみ合う
北の孤島の真昼時
ダウンベストで闊歩するのは〈老人〉ばかり
〈青年〉は凍てついて軒下に垂れ下がっている

シベリア ラーゲリ 吹きすさぶ地あらし
民衆のプラウダもタタールの海越えれば
〈革命と戦争〉の脅威に変わってしまう
「しゃらくせぇ」
地の底で虫けらが笑っている

二月 極寒 年々歳々雪相似たり
震える舌に涙と汗のカクテルかみしめた来し方十年
今では不寝番のレイアウト稼業
きょうの見出しは「強まる文革批判」
漆黒のビル林立し 虎落笛鳴る



   「陽炎」

夢に〈君〉を見た
誘われて僕は終わりのない旅に出る
時代を切り刻む手刀でもあれば
よき道連れともなろうが
無一文の今は時刻表すらない

来歴のない列車にお仕着せの鉄路
トンネルばかりの暗中模索行
ガラスに映る〈君〉の顔は不安げだ
たどりついた村は地図にもない

人々はだれもが
ふきの葉の下の小人のように気どっている
「おまえはそこで知恵の木の実を食う
 方法だけを手に入れた」
〈君〉は憐れむように笑ってみせる

〈君〉は何者か
砂糖づけの感性と乾ぶどうのような偽善
癇癪持ちの正義感 二日酔いの嫉妬
全く〈君〉は僕の陰画そのものだ
本当に〈君〉には〈夢〉がない!
途方もない空白と欠落感の肥大に冒されている

迷路のような村を抜け海へ出る
真昼の浜辺 かもめは方向感覚を失っている
北の海はいつも暗い
ハマナスやボウフウでいっぱいだった砂浜は
性悪な人間に削り取られ亡骸をさらしている
たぶんそこが僕の〈故郷〉だ
貧乏だけが自慢だった田舎町
それすら今は懐かしいぞ! 日本の近代!
全く気違いじみている

夕焼けの陸橋
一面のすすきが原
だしぬけに〈君〉はこぶしを掲げ
地獄帰りの無縁仏のように叫び出す
「私たちは糸をつむいでも着ることがない」
そう叫ぶ〈君〉が徒労をつむぐばかりだ
風は真紅の林を突き抜け光は落日の糸を引く
時間はエンドレステープのように空転する

目覚めて僕は家を出た
光は無機質から有機質へ転換し
確かな重みが地表を焦がしている
揺れる陽炎 一瞬の眩暈
情況の浮力は無軌道に奔出している

僕はどこからどこへ行こうというのか
答えのない問いばかりがとぐろを巻いている
目的すらない自分とは――
たぶん今度は僕が〈君〉の影になる



   「暑中見舞」

一九七六年冬
一通の手紙が心の聖地に火をつけた
差出人は僕〈たち〉である
受取人はあなた〈たち〉である

流氷のきしむ浜では
漁師が流れコンブを拾っていた
「島が戻るか戻らないか
 オレらにはどうでもいいことだ
 ただ困るのは魚が獲れなくなることだ
 そうなりゃあ、東京へでも行くか」

文面はいたって簡単だ
「寒波粉砕! 御自愛を」
その年〈幻の党〉が壊滅したと風が伝えた

機械化の進む開拓村では
百姓が天を仰いでいる
「借金は孫の代になれば返せるから
 苦にはならない
 だがこの大雪は厄介だ
 せっかくのミルクロードも使えない」

その手紙は全くのところ〈私信〉で
本当のところはどちらが裏でどちらが表か
だから
差出人はあなた〈たち〉であり
受取人は僕〈たち〉と言い換えてもよいのだ
都会では二人の幼児をあやしながら
主婦がTVインタビューの真っ最中
「暮らしぶりはまずまずです
 TVも二台目ですし将来は家を持てそうです
 ただ物価が高いのが困ります
 私も春からはパートに出るつもりです」

その年
僕は年賀状を廃止した
友や師と疎遠になることはつらかった
しかし
着古された時代とならわし劇場に
別れを告げねばと思ったのだ
舞い込んだ一通の寒中見舞
それだけが確実な〈存在〉であった

一九八一年夏
一通の手紙が届くだろう

文面はあぶり絵なので取扱注意!
差出人は僕〈 〉であり
受取人はあなた〈 〉である

きびの焼ける公園の片隅で
肺病やみの老人が咳き込んでいる
「今度こそ戦争だ
 世の中一度変えねばなあ
 なにせ畳の上で死ぬことだけが
 幸福じゃあるまいに」

妻帯してから三年余が過ぎていた
僕は律儀にも年賀状や諸々の挨拶状を
臆面もなく再開していた
たぶん僕はイカロスにはなれなかったのだ

そして地下街のコンコース
ゼッケン姿の若者たちが核廃絶を叫んでいる
「すべての原発に死を
 さあ、行動を起こそう
 今、立ち上がらねば環境は守れない
 あなたたちはなぜ黙っているのだ」

一通の手紙はまたしても
裏と表がわからない
差出人はあなた〈 〉であり
受取人は僕〈 〉である

夜の来ない世界広場のステージでは
拝火教徒たちが虚構の儀式に酔いしれている
カロリーづけの胃袋
知識の仮装舞踏会
麻酔が得意なのは外科医か患者か

視えない関係が視えなくなれば
訣れこそ真実と知った〈時代〉よ
再会の迂回路があるなら
遠くアジアからそしてアフリカから

吹き抜けてこい熱い風よ

一通の手紙は遙かな友への幻のラブレターである



   「恋歌一九八一」

世界のぬくもりが欲しいために
われらの心はなぜ残酷であるか
飢えたわれらの心を満たすために
なぜ限りない断食が必要か
初めての雪が舞った朝
忘れかけていた執着の火が灯る

たそがれの坂道を
長い影を曳きながら降り続けて来たわれらが青春
家々のモルタルの壁から洩れる
夕餉のかおりなごやかな談笑
拒絶のためにどこまで足を速めたか
硝煙の立ち込める街頭で
ミサイルに叛旗を掲げた石狩の野で
見も知らぬ群衆へ空語した首都圏の雑踏で
われらとは何であったか

一九三七年 内乱のスペイン
裏切りとペテンと弾圧の中で
暴発する一丁の銃口の彼方
夢見られた社会主義の小宇宙
一片のパンとバター
両手いっぱいの自由のために
兵士よなぜ犬死が選ばれねばならなかったか

愛することは訣れだ
世界とひとと われらが青春よ――
手を触れれば消えてゆく初雪
冷たさだけが存在のあかしというのか
目をつぶれば見えるもののために
何を賭けようというのだ

暗さが明るさの尺度でありうるか
偽りが真実の準位でありうるか
愛することを忘れた心よ
遠く遠く宇宙の果てよりも遠く訣れよう
風よ吹くならば遠く
ユーラシアの果てスペインへ赴け

回心の十年を見事に振り払うために
コップ一杯の執着のために
終わりを欲しない旅が必要なのだ



   「崩壊感覚」

暗いくらい雨の夜
たどりついた一軒の廃屋
ガラス越しの情事に心を震わせたことはないか

あるいは

山道を降りる時
加速する自転車のペダルに怯え
足を離せぬまま困惑したことはないか

あるいは

夏の名残のビアガーデン
精一杯生きた蝉の亡骸
手を触れると一瞬にくずれ果てたことはないか

あるいは

澄み切った青空と絶壁の神威岬
後ずさりしながら身を投げた
十八歳の少女の身元は今も不明か

あるいは

風の運ぶ歌に涙し
素足で駆け抜けた草原の
野イバラのトゲの痛みは変わらぬか

あるいは
あるいは――と
記憶のうねりをたどっていく

意識は濃くそして淡く
球形の回路をたどり
なぜか一点へ収束する

その時
影は静かに重心を移す心がそうであるように
ふりかえる昨日 今日 明日
比喩だけの現存在
死はいつも陰画のように見上げている



   「沼幻想」

防風林の果てに
ひっそりと隠れた青ざめた沼
まだ眠っているかカエル君
ハスカップの木を目当てに
アリ地獄を突き抜ける少年たち

真っ先に駆け出したのは誰
風が答える
もう忘れたよ
それにあの野原も林も変わったからな
――そうだったね

僕は水割りをあおる
西暦二〇〇〇年の地球は六十三億の人が住み
十三億の人が飢えに苦しむ――と
世界最大の帝国主義政府は
レポートしている

なるほど
あの夏雨上がりの国道で
君の友が轢死したのも
つまりは宿命というものだ

僕はまた水割りをあおる
世界の動植物の二〇%は生息地を失い
汚染のために消滅する可能性がある――と
同じレポートは警告している

僕の酔いに世界は回る
沼の底の青藻や
フナやタニシやヒルや名も知れぬ
虫たち
そしていたいけな悪童ども

みんなどこへ行った
みんなどこへ消えた
風が答える
あれはみんな幻



   

《黒い寿歌》
     --KUROI HOGIUTA--


   「屋根裏から〈世界〉が見えた」

落ちていく
西日しか入らぬ六畳一間の傾いた
窓を開けると傾いた
窓の向こうに
傾いた〈時代〉が笑っていた

赤と黒の溶け合った日射しはとても
とてもブルーで
僕は傾いた
窓の向こうの
傾いた〈時代〉に
「さようなら」と言った

屋根裏からは〈世界〉が見える
僕はなにかを話しかけたかったが
そいつはひどくナーバスで
僕が見ているのに気づくと
「ふん」とそっぽを向いてしまった

一九七二年の秋は
真綿のように寛大に夢見るものたちを
すべての闘うものたちを
窒息させようとしていた
それでも僕はまだ若かったので
〈世界〉と〈時代〉の本当の苛酷さを知らなかった

夢ばかり追いかけていた
傾いた六畳一間
札幌市北区北十三条西一丁目仲通り藤井方
労働者プロレタリアと貧乏学生の為の安アパート
あの屋根裏からは
今も〈世界〉が見えるだろうか

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