* 応援のために分析したのではなく、 分析してみたら 大三元さんの主張をサポートするような結果が出た、というものです。
「卑弥呼」を「ヒミホ」と読むとどうなるかについては、 大三元さんのページにお任せします。(^_^;)
【予備知識】
現代の日本語のハ行(HA行)の子音は、大昔には p 音(パ行 (PA行))であ
り、パ(pa) → ファ(fa) → ハ(ha) と変化したとされています。
倭人伝の段階ではパ行(PA行、p 音)であり、現代の「ハ行(HA行)」にあた
る日本語の音訳のために、当時の中国語の発音でP行の子音をもつ漢字が使
われています。ちなみに、「卑弥呼」の「卑:pie」もパ行(PA行)です。
現在日本語のカ行は、今も昔もカ行(KA行、k音)でした。
それに対して、当時の日本語にはハ行(HA行、h 音)はなかったとされてい
ます。
ところが、「卑弥呼」の「呼」の当時の中国語の原音は「ho」だったので
す。当時の日本語には存在しないはずの HA 行の音(h 音)を持つ漢字が使
われていたことになります。
実は、この点については昔から問題となっていました。偉い学者さんたち
は、「ひみこ」と読みたいらしくて、「ho」と「こ」と読むためにいろいろ
苦労していたようです。
これに対して、大三元さんが「ひみほ」と読んでもいいのでは?。と主張
したわけです。
【予備知識】その2 2000-05-01(月)
学者さん風に表現すると、こんな風になります。やたら難しい言葉が並ん
でいるので、すっとばしてください。興味のあるかたはどうぞお読みくださ
い。
「二つ以上の単音(※1)の環境(※2)が重なり合うことがない場合、
それらの単音は互いに補い合う関係にあるといい、同じ音素(※3、ハ行の
H音など)に該当すると仮定できることがある。同じ音素に属すると仮定し
得る単音はその音素の allophone(変異音)である」(p.101 『放送大学テ
キスト、 言語学、1999』)。
本論では「単音」は小文字(p,h,a など)であらわし、「音素」は大文字
(H,A など)で記述しています。
※1 「単音」:音声学に見た音の単位。・・教科書的に表現すると「調
音音声学では、・・調音器官が一定の形を保ちつつ発せられる音声、
また、ある形から別の形へと一定方向に移行しつつ発せられる「わた
り音」(「や」「わ」の「y」「w」の部分など)としての音声の一つ
一つを”単音”といい、音声の最小単位とする」。(p.48)
※2 「単音の環境」=単音の単語中での環境という。単語の中での音の
使われ方。
※3 「音素」:機能的に見た音の単位。・・音の違いが単語の違いをも
たらす、という音の機能の観点から見た単位を音素という。・・教科
書では「音形を構成する機能的単位を音素という」(p.86)。ハ行な
らハ行のHという子音は「機能的にみた音」なので「音素」になる。
【問題提起】
卑弥呼という有名な人物が魏志倭人伝に出ていることはご存じだと思いま
す。
「卑弥呼」という漢字は通常は「ひみこ」と読まれています。
しかし、「呼」という漢字の当時の音は「ko」ではなく「ho」でした。
同じ魏志倭人には「こ」を表わす漢字として「觚:ko」「古:ko」という文
字も使われています。倭人の「こ」を音訳するのであれば「觚:ko」「古:ko」
を使ったほうが「呼:ho」よりも適当に表現できたはずです。「觚:ko」「古:
ko」が使われている単語としては、「泄謨觚」「狗古智卑狗」などがありま
す。
何故、卑弥呼の表記に「ho」音である「呼:ho」を使ったのでしょうか?。
【今までの説】
『日本の古代、1、倭人の登場』(中公文庫)という本の p.200 あたり
の説明を読みますと、
1 大野透さんは、『「呼」字を用いたのは日本人ではないか』・・その
部分だけ倭人が自分で漢字にしたのだ・・といっているようです。それ
に対して、
2 尾崎雄二郎さんは、その当時にすでに「k- 系統のみならず h- 系統
の音も存在していた」とし、「倭国の人々は、のちの上代畿内語には、
直接にはつながらない言語の使い手たちではなかったか」とまで言って
います。
3 森博達さんも奈良時代の上代日本語と倭人伝から復元された日本語の
いろいろな特徴を比較して「倭人語と上代日本語とは顕著な差がある」
(p.214)と言っています。
このように、卑弥呼の「呼」の議論は、「魏志倭人伝の頃の日本語・日本
人はそれ以後の日本語・日本人とは別の言語・人種ではなかったか」などと
いう結論にまで、発展しそうな勢いなのです。
これに対して当ページでは魏志倭人伝で使われた「卑弥呼」の 「呼:ho」
や「好古都国」の「好:hau」は現代音の「ほ」と理解しうる、と主張します。
当時の倭人たちは「ぱぴぷぺぽ」のつもりで話していたが、倭人伝の作者
の中国人には「ぽ」だけは「H行」の「HO」の音に聞えた、というものです。
* 現代日本語の
ハ(HA)ヒ(HI)フ(FU)ヘ(HE)ホ(HO)で
フ(FU)だけが違っている、というのと同じですね。
【分析と結論】
以下の分析によれば、「卑弥呼=ヒミホ」である可能性が非常に高い、
という結論になります。
理由は簡単明瞭です。
1 魏志倭人伝で使われている音訳漢字のうち、 倭人語のの音訳と推定さ
れるものを集めて見ると、次のようになりました。
【推定音の集計】
┌─┬─┬──┬──┬──┬─┬───┬─┬─┬─┬─┐
│*│あ│かが│さざ│ただ│な│はぱば│ま│や│ら│わ│
├─┼─┼──┼──┼──┼─┼───┼─┼─┼─┼─┤
│あ│・│か・│・ざ│た・│な│・ぱ・│ま│や│ら│わ│
│い│い│きぎ│しじ│ち・│に│・ぴ・│み│−│り│ゐ│
│う│・│くぐ│・・│つづ│・│・ぷ・│む│ゆ│・│・│
│え│・│・・│せぜ│てで│・│・ぺ・│め│え│・│ゑ│
│お│お│こご│そ・│と・│の│ほ・・│も│よ│ろ│・│
└─┴─┴──┴──┴──┴─┴───┴─┴─┴─┴─┘
このうち、【オ列】を見ると、
「おこそとの・もよろ・」のところに「ぽ(PO)」(※1)がありません。
その代わりに「ほ(HO)」(※2)がぽつんと置かれています。
(これが問題の「卑弥呼」の「呼」です)
※1 「ぽ」:中国語の原音の子音が「p」であり、パ行オ段と推定されるもの。
※2 「ほ」:原音の子音が「h」であるもの。
2 【P行】(パ行)を集めてみると、
「ぱぴぷぺ・」があるのに「ぽ」がない。
3 【H行】(ハ行)には、
「HA」「HI」「HU」「HE」はなく、「HO」だけしかない。
要するに、50音図の中に「ぽ(PO)」の部分に穴があり、そのかわりに
「ほ(HO)、呼:ho、好:hau」がぽつんと現れている。
従って、当時の倭人語のP行オ列の音には特有な発音上のクセ(変異音、
po と発音すべきものを ho と発音する)があり、 中国人がその音を忠実に
漢字にしたものではないか。
そうであれば「卑弥呼」の「呼」は、50音表の上では「ぽ」(現代音で
は「ほ」)と理解すべきであり、「卑弥呼=ヒミホ」である可能性が非常に
高い。
というものです。
【ちょっと説明】
「P行オ列の音に特有な発音上のクセ」などと、分かりにくい表現をして
しまいましたが、この現象が《ありふれたもの》であることは、
「sa shi su se so」の例を見れば分かると思います。
日本語のヘボン式ローマ字で「さしすせそ」を
「sa shi su se so」と書き、「shi」だけ特別扱いになっています。
これは、ヘボンさんが
S行 「さ すぃす せ そ (sa si su se so)」と
SH行「しゃし しゅしぇしょ(sha shi shu she sho)」
とは本来は別の行のはずだと思ったので、「さしすせそ」を「sa shi su se
so」と書き「shi」だけを特別扱いにした。ということです。
つまり、現代日本語には
《サ行のうち、イ列の場合だけ「SH行」の音になるという現象》
があるということに気付いたためだと思います(※1)。
これと同様に、倭人伝の時代の日本語には《パ(PA)行のうち、オ列の場合
だけ「H行」の音になるという現象》があったのではないか、ということで
す(※2)。
もっと噛砕いていえば、現代日本人は「さしすせそ」を何の疑問もなく同
一行として発音しているし、それと同様に当時の倭人たちも「ぱぴぷぺぽ」
のつもりで話していた。
しかし、ヘボンさんは現代人の「し」を「シャ行(SH行)」の音だと聞
き取り、倭人伝の作者の中国人は「ぽ」を「ハ行(H行)」の音だと聞いた
のではないか、ということです。
※1 これは「口蓋化」と呼ばれる現象で、
「i」音が舌を上げて発音する母音であるため、
それに引きづられて、前の子音の調音点も変わってしまう現象のようです。
※2 「ポ(PO)」→「ホ(HO)」は「口蓋化」には該当しそうにありませんが、
「パ行」の発音が後代「ハ行」に変化していることから見て、
口を一番大きく開ける「オ」音の場合にだけ他の母音の場合より先に
「ポ(PO)」→「ホ(HO)」に変化することも有り得ないことではない、
と思います。
99-12-02(木):
よく考えてみると、現代語のハヒフヘホも
H行: ハ(HA) ヒ(HI) _____ ヘ(HE) ホ(HO) 喉音の摩擦音
F行: _____ _____ フ(FU) _____ _____ 唇音の摩擦音
ですね。
また、日本書紀の頃(720年頃)の日本語では
P行: パ(PA) ピ(PI) _____ ペ(PE) ポ(PO) 唇音の破裂音
F行: _____ _____ フ(FU) _____ _____ 唇音の摩擦音
だった可能性が高いことも分かってきました。
もう一つ。 ニフティの日本語フォーラムでさらに検討してもらったところ、
当時(日本書紀の頃)の中国語にはそもそも<F音>がなかった、
中国語の音自体が<P音>から<F音>に変化しつつあった、
というような情報も入ってきました。
もし倭人伝の頃の中国語にも<F音>がなかったとすると、
(A)<P音>の漢字で書かれた実際の音は<F音>だった、もしくは
(B)<H音>の漢字で書かれた実際の音は<F音>だった、
という可能性も出てくる。
日本書紀の段階でのハ行が<P><F>混在だったとすると、
魏志倭人伝の頃の日本語も<P><F>混在だったと想定できそうなので、
次のように推定されることになる。
P行: パ(PA) ピ(PI) プ(PU) ペ(PE) ______ 唇音の破裂音
F行: _____ _____ _____ _____ フォ(FO) 唇音の摩擦音
この推定のように<P音>と<F音>の混在と考えたほうが、
<P音>と<H音>の混在よりも自然な推定ということになります。
ただし、この様な実際の音がどうであったかという議論は、
本論の結論に違いをもたらすものではありません。
以下は資料です。
* 基本となる表を大三元さんの
http://www.dai3gen.net/gishi01.htm
からいただき、「倭人の登場」p.191 の森博達さんの表で補充し、適当
な推定を加えたものの一部です。
【オ列】
────────────────────────────────
字 上古音 中古音 韻 推定 用例。備考
C V C V CV
────────────────────────────────
烏 . ag . o 模 .O1 烏越
古 k ag k o 模 KO1 狗古智卑狗。上声
觚 k uag k o 模 KO1 泄謨觚・柄渠觚・・。平声。
蘇 s ag s o 模 SO1 華奴蘇奴
都 t ag t o 模 TO1 都市牛利・好古都
奴 n ag n o 模 NO1 鬼奴国
− PO [無し!]
模 m ag m o 模 MO1 多模。
謨 m ag m o 模 MO1 泄謨觚。
與 h^ iag y io 魚 YO2 台与。h^はワ行音?
盧 hl ag l o 模 RO1 末盧国
盧 hl ag (hl o) RO1 (末盧国)
與 h^ iag (h^ io) WO2 (台与。h^はワ行音?)
吾 ng ag ng o 模 GO1 為吾国
渠 g iag g io 魚 GO2 柄渠觚(-ng gio)。濁音先行
奴 n ag (nd o) DO1 (鬼奴国)
模 m ag (mb o) BO1 (多模)
謨 m ag (mb o) BO1 (泄謨觚)
呼 h ag h o 模 HO1 卑彌呼・不呼国・呼邑国。ヒミホ?
好 h og h au 豪 HO3 好古都国
────────────────────────────────
これを見るとオ列に「ぽ」がない。「おこそとの・もよろ(を)」の残り
全部と「ご(どぼ)」の濁音がある。そして「呼 hag ho」「好 hog hau」
というおそらく「HO」と読むべき文字が2個ある。
* ()はたぶんハズレ。
* 「h^」は特殊な発音記号で「h」の上が曲がっている形の記号。
【P行】
────────────────────────────────
字 上古音 中古音 韻 推定 用例。備考
C V C V CV
────────────────────────────────
百 p ak p Λk -k PAk 已百支(HAk+KI)国。K音先行
巴 p ag p a 麻2 PA1 巴利国
卑 p ieg p ie 支 PI1 卑奴母離・卑彌呼
不 p iu∂t p iu∂t -t PUt 不彌国
柄 p iang p iΛng -ng PEng 柄渠觚(-ng gio)。濁音先行
− PO [無し!]
────────────────────────────────
P行では、「ぱぴぷぺ・」があるのに「ぽ」がない。
【H行】
────────────────────────────────
字 上古音 中古音 韻 推定 用例。備考
C V C V CV
────────────────────────────────
韓 'h an 'h an HAn (狗邪韓国?)
海 mm ∂g h ∂i HE3 (対海国?)
好 h og h au 豪 HO3 好古都国
呼 h ag h o 模 HO1 卑彌呼・不呼国・呼邑国。ヒミホ?
────────────────────────────────
H行では、「HO」だけしかない。
* 「狗邪韓国」は朝鮮半島の地名なので対象外。
* 「対海国」は現在の対馬(ツシマ)のことであり、通常のテキストで
は「対馬国」と書かれているものの異文。
上古音で「対海(tu∂d mm∂g=ツマ)」と音訳されていたのが、 中
古音では漢字自体の音が変化して明らかに不適当になったので 「対馬
(tu∂i ma)」に書き換えられた、とも考えられる。いずれにしても倭
人語の「マ」の音訳漢字であり、「ハ」の音訳ではないので対象外。
魏志倭人伝の音訳漢字から当時の50音図を推定する。
の全体の表・分析は分離しました。2000-04-29(土)
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