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          ハイウェイ・スター
                                 すやまたけし


          ○
 ぼくは、アルバイトで、メッセンジャー・ボーイをしている。オートバイに乗って、会社から会社へ、急ぎの書類や小荷物類を届けるのが仕事だ。この都市の中ならば、どこへでも、連絡を受けてから一時間以内に届けられる自信がある。この迷路のような都市の道を、裏道にいたるまで熟知しているつもりだ。ぼくはオートバイを傾けて、迷路の中をかけ抜けていく。
 道路の上は、奇妙な世界だ。思いもかけないものに遭遇することがある。牛や、馬が、ぼくの横を通り過ぎていくことがある。トラックの荷台に乗った彼らは、黙りこんだまま風を受け、足を踏んばって、次の場所へ運ばれていく。小型の宇宙船が、ハイウェイをすべるように走っていくのを見たこともある。まったく異様な光景だったので、すぐにはそれがどういうことなのか理解できなかった。やがて、そのトラックに乗せられた宇宙船は、どこかの遊園地の乗り物なのだろうということがわかった。国道を走っている時には、トレーラーに積まれた戦車を見たこともある。ビルに向けられた百二十ミリの戦車砲は、何とも無気味なものだった。
 その夜、ぼくは、ある出版社から印刷所へ、原稿を届けるためにハイウェイをとばしていた。その都市をぐるりとひとまわりする環状のハイウェイはすいていたので、今夜の仕事は楽勝だな、と思いながら、ぼくはアクセルをふかした。
 ハイウェイは、道路や線路や運河をまたぎ、高層ビルの隙間をぬって、曲がりくねっている。この都市は、子供がオモチャ箱をひっくり返し、思いつくままに、積み木を積み重ねたように乱雑だ。よくもこれだけ、思慮と計画性のない立体空間を造りあげたものだと思う。あるいは、この都市は、偶然とひらめきによる、天才芸術家の即興的な作品であるのかもしれない。
 ぼくは、この都市ほど、人間的な世界はないと思っている。この都市は、人間性に満ちあふれている。人間だからこそ、このようにめちゃめちゃな空間を作りあげてきたのだと思う。一般には、自然物と対立したものとして人工物という言い方をする。人は自然を前にして、人間性を回復する、などとも言う。この場合は、人間性とは、自然と同じ側にあるようだ。非人間的な人工物、と言う時、人工物とは人間性や自然界とは対立しているものらしい。ところが、実は人工物とは、人間の脳の中から産み落とされ、立ちあがってきたものなのだから、これこそ、人間性に満ちあふれているものではないかと思う。だから、ぼくにはこの人工的で乱雑な都市が人間味にあふれていると思えるのだ。
 人間が自然界の動物の一種である限り、人工的な都市もまた自然界の一部であるという考え方は間違っているだろうか。精密に幾何学的に作られた蜂の巣が自然界のもので、人間という動物が築きあげたこの都市が自然界のものではないと、誰が断言できるだろうか。
 ハイウェイは高層ビルをかすめながら、ゆっくり右へとカーブしていく。そこから左へと、別れている道がある。その分岐点を左に曲がると、ハイウェイはぼくの故郷へ向かう高速道路へとつづいているはずだ。オートバイでその道路を一日とばすと、北のぼくの故郷へ帰れるだろう。ぼくの頭の中を一瞬、子供のころを過ごしたその自然に恵まれた故郷の風が吹き抜ける。伯父さんは、今でも、その土地で牧場を経営している。夏休みになったら、遊びに行ってみようかな、と思う。オートバイはすぐにその分岐点を通り過ぎていった。ぼくは、また、この都市をひとまわりする円の中を走りつづける。
 印刷所への降り口が近づいてきた時、ぼくの右側を風のように追い越していく黒い影があった。ぼくは驚いて車線の左側によって、それをやり過ごそうとした。
「あっ」と、ぼくは思わず声をあげた。闇のように黒いつややかな毛の馬が、ぼくを追い越していったのだ。しかも、トラックの荷台に乗っている馬ではない。ハイウェイを走っている馬だったのだ。
 その馬は、ぼくのオートバイにぴたりと速度を会わせると、横にならんで走りつづけた。
大きな澄んだ瞳がぼくを見る。眉間には星の形をした白い紋があった。それ以外は、耳の先から尾にいたるまで、全身がまっ黒だった。その馬は、ぼくの心の中を読みとるように、ぼくから離れようとはしなかった。ぼくは、その馬の不思議な力に導かれるままに、印刷所への降り口を通り過ぎてしまった。仕事への責任感をなくしてしまったわけではないのに、その黒い馬の誘惑には打ち勝つことができなかった。
 ぼくは黒い馬とともに、ハイウェイを走りつづける。悪夢の中の無限の迷宮から逃れられないように、ぼくはその環状のハイウェイから永遠に逃げ出すことができないような気がした。
 黒い馬は絶えずぼくを監視しつづけ、心の中まで支配しようとしている。オートバイはその馬にあやつられるように、同じ間隔を保ちながらならんで走っていく。やがて、ぼくはそのハイウェイをほとんど一周してしまっていた。もう少し行くと、また、あの分岐点にさしかかる。やがて黒い馬は、少しずつ速度を落としはじめ、ぼくのオートバイを道の幅が広くなっている避難帯にとめさせた。
 馬の瞳がぼくをじっと見る。ぼくは、導かれるままにオートバイをおり、ヘルメットを脱ぐとそれをハンドルにかけた。そして、その黒い馬の背に乗った。
 黒い馬はぼくを乗せてかけはじめる。ぼくは、振り落とされないように必死に馬の首にしがみついた。黒い馬がハイウェイを風のように疾駆する。ハイウェイの例の分岐点のところへ来ると、黒い馬はためらうこともなく、左への道を選んだ。ぼくの故郷へ向かう高速道路へと。そして、ぼくを乗せた黒い馬は、北へ向かって大きく跳躍した。
 高層ビルもハイウェイも消え、ぼくは闇の中をかけつづける。風におどる馬のたて髪が、ぼくの顔をなでる。黒い馬は、北へ北へと黒い風となって走りつづける。まわりの空気が変わっていくのがわかる。冷ややかな風、そして、透明感が増していく。
 いつのまにか、黒い馬は夜の草原を走っている。星明かりに照らされた草の波が柔らかくうねっている。遠くに、見覚えのある山脈の黒い影が横たわっている。そこは、懐かしい故郷の草原に違いなかった。黒い馬は、自由に軽やかに、飛ぶように、ぼくを乗せて走りつづける。ぼくは故郷に帰ってきた懐かしさで胸が一杯になる。ぼくは、本当の自然に暖かく包まれ、子供のころの開放感で満たされる。黒い馬は、ぼくの胸の中をさわやかな風となって走り抜けていく。
 その夜、ぼくは黒い馬に乗り、時間も忘れて、故郷の草原を走りまわった。そして、黒い馬はふたたび、ぼくをハイウェイのオートバイのところに戻すと、闇の中に消えていった。それから、ぼくは印刷所へ原稿を届けることになるのだが、時間のロスはまったく感じられなかった。つまり、約束通りの時間にその原稿を届けることができて、ぼくはアルバイトを首にならずにすんだのだ。何がどうなっているのか、今でもわからないままだ。
それ以後、ハイウェイで、あの黒い馬に出会うこともない。
 ただ、そのあとの夏休みに、ぼくは故郷の伯父の牧場に遊びに行って、あの眉間に白い星のある黒い馬に再会することになるのだが、そこまで書くと、この話はできすぎだと、誰も信じてくれなくなるかもしれない。しかし、ぼくがその黒い馬に「ハイウェイ・スター」と名付けたことは、牧場の伯父が一番よく知っていることなのだが……。

[ おわり ]


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