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          フレスタ旅行
                                 すやまたけし


          ○
「フレスタの町へひとりで行ってはいけません」
 そう言われた時、彼の心の底に眠っていたチャレンジ精神が頭を持ちあげてきた。負けん気、あるいは、意地と言いかえてもいいと思う。
 彼はその日、旅行会社の担当の女性と向かいあっていた。夏休みを利用してまわる予定の観光コースの相談をしていたのだ。
 古城で有名な町から大聖堂のある次の町へと移動する途中に、そのフレスタの町はあった。地図を見ていた時にふと目にとまった、その何でもない小さな町の名を口にしたのは、ただの思いつきにすぎなかった。
「この町に見るものはありませんか」
「前後の町にくらべたら、観光に値するようなものは何もありません。この町に立ちよる観光客などいません」
 あっさりと否定されたので、冗談半分に聞いてみた。
「この町に滞在できるでしょうか」
 旅行会社の女性は驚いて、彼の顔をまじまじと見つめた。そして、冷ややかな表情で冒頭の言葉を口にしたのだ。
 もともとはフレスタの町は通過するだけで、泊まろうという気などなかったのに、彼女の言葉を聞いて、急にその町に行ってみようという気になった。未知のものに対するあくなき探求心とでもいったらいいのだろうか。
 彼が、行きたいと言うと、彼女は思いとどまらせようとする。
「この町の人々は観光客に慣れていません。保守的で閉鎖的です。よそ者に対して、非常に警戒心が強いのです。この町を訪れたものは、自分が歓迎されていないことを感じ、自信をなくします。特に、ひとりで行った場合には、強い孤独感と疎外感におそわれます。それが原因で人間不信におちいり、心を閉ざし、気を病んでしまったものさえいます」
 彼女は親切心から忠告してくれたのだろう。しかし、彼は行くことを決意した。彼は楽天家だったし、人類はみな兄弟と考えるほうだった。
          ○
 フレスタの町は小さく、観光客が泊まるような立派なホテルなどなかった。仕方なく、彼は行商人たちが立ちよる安宿に部屋をとることになった。
 町を歩いてみると、さっそく、彼は歓迎されていないことに気がついた。町の人たちはみな用心深く、よそ者を見る冷たい視線を向けてきた。
 この町を訪れる観光客など滅多にいないのだろう。彼は髪の毛と目の色の異なる異邦人であり、得体の知れない通りがかりの旅人にすぎなかった。
 閉鎖社会、彼らは彼らの世界をかたくなに守っていたいのだろう。よそ者になど、町の安心と平穏をかきみだされたくないのだ。
 町自体はこぢんまりとして、落ち着いていた。建物は歴史があり、重厚な雰囲気で満たされていた。
 本当は、町の人々はみないい人たちなのだろう。家族思いで、年寄りを敬い、隣人や子供を大事にし、町に誇りを持っているのだろう。しかし、うさん臭い見ず知らずの人間に対しては冷淡になる。できれば、よそ者は、この町にきてほしくないと思っているのに違いない。
 ある意味で、それは町の平和と秩序と伝統を守るひとつの方法なのかも知れなかった。
 町のメイン・ストリートから、美しい家々のならぶ道を入っていくと、広場に出た。まわりを囲む家のベランダや出窓には鉢植えが飾ってある。
 広場の中央に、腰ぐらいの高さで、石作りの円形の舞台のようなものがある。いや、内側は深くくりぬかれているようだ。
 池にでもなっているのだろうかと思って近づいてみると、中はからっぽで水は入っていなかった。よく見ると、水がたまらないように、水抜きの穴が数か所、つけられている。
 内側はきれいに掃除されていたが、全体に黒ずんでいて、隅に灰のようなものがこびりついている。たぶん、ここで火を焚くのだろう。どういう時に使われるのかはわからない。
 この広場で行なわれる祭りか何かの時に、火を燃やし、町の人々がそれを囲むのだろうか。
 彼は石の縁に腰をかけ、広場を見まわした。広場の片隅で、四、五人の子供達が声をあげながら楽しそうに遊んでいる。しかし、彼が見ていると、そのうちのひとりが彼に気づいたようだ。何か言ったのを合図に、彼らは走って広場から出ていった。彼はひとり、広場に取り残された。
 子供達までが、と彼は思い、表情をくもらせた。
 通りがかりの女性が、やはり、彼を不審そうに見やリながら足早に過ぎていく。
「フレスタの町へひとりで行ってはいけません」
 旅行会社の女性が言った言葉を思い出して、彼はため息をついた。
          ○
 大聖堂や古城こそなかったものの、その一帯の自然には心なごむものがあった。
 町から少し離れたところに湖があって、そこの風景は特に美しかった。彼は毎日、散策をしては新しい発見をした。
 これで、町の人たちが好意的に接してくれたならば、彼の休暇は最良のものになっていただろう。
 町の人たちの態度は最後まで変わらなかった。
 宿の主人や、レストランの給仕は、彼を正当な客として丁重に扱ってくれた。
 しかし、直接にかかわりのない大部分の町の人たちは、彼を招かれざる旅人としてずうっと距離をおいて見ていたと言っていい。
 それが、また彼のチャレンジ精神を刺激することになった。
 結局、彼は最初の予定どおり、フレスタの町に一週間滞在することになる。
          ○
 最後の夜、宿のベッドの中で彼は考えた。
 一週間を過ごしたのに、町の人たちはまったく受け入れてくれなかった。通りを歩くと、みな、まだいるのかという目で見る。こんなに嫌われているのなら、もう、ひきあげようか、と何度思ったことだろう。外向的な性格なのに、気分は暗くなるし、孤独感が深まるばかりだった。しかし、町自体や、まわりの自然には何とも言えない魅力があることも事実なのだ。彼らのことさえ気にしなければ、快適に過ごせるのに。
 宿の主人は、こちらから話しかければ答えてはくれる。反感は感じられないが、親しみ深いとも言えない。彼は律儀に自分の役割をはたしているだけなのだ。
 そうだ、あの広場のことを聞いたときにも、事務的に、「まあ、祭りのようなものです」と言っただけで、調理場にひっこんでしまった。
 昼ごろ、彼が広場を通りかかると、中央の石造りの台に、たきぎが山ほど積まれていた。
彼は、やはり火を燃やすのだと確信した。それで、夕食のときに、宿の主人に聞いてみたのだ。
 彼は、広場でどんな祭りが行なわれるのだろうと思った。よそ者は、参加させてもらえないのだろうか。
 その時、外で何かがざわめいているのに気がついた。彼はベッドから出て、窓辺に近づいた。カーテンの隙間からのぞくと、通りを町の人たちが、めいめいに松明をかざして歩いていくのが見えた。広場に向かっているのに違いない。彼は、この機会を逃す手はないと思った。
 急いで服に着がえて、彼は表に飛び出した。
 松明の列の最後尾についていくと、やはり、広場にたどりついた。すでに、町の人たちが大勢集まっている。何の祭りなのだろう。
 中央には火が焚かれ、その上に巨大な気球が揺れていた。不思議な模様が描かれている熱気球だ。
 気球の下部の円い開口部から焚火で熱せられた空気が送りこまれていて、気球は熱い空気をはらみ、ふくれあがっている。気球をつなぎ止めている四本のロープは、ぴんと強く張っていた。気球の円筒型の開口部のまわりに、ゴンドラが作りつけられていて、人間が乗れるようになっている。
 群衆はおし黙ったまま、夜空に揺れる気球を見あげていた。
 彼が前に進むと、人々は無言で左右にわかれ、道を開けてくれる。いつのまにか、最前列まで歩み出ていた。町の人々はそれをのぞんでいるのだ。
 目の前になわばしごがさがっている。彼は、吸いよせられるようにその段に手をかけていた。隣にいる男が、そうだそれでいいんだというようにうなずいた。
 なわばしごをあがりながら振り向くと、みなの顔が焚火と松明の明かりに照らされて白く見える。ほのかに微笑んでいるようだ。彼は、この町にきてはじめて彼らの笑顔を見たと思った。
 ゴンドラにひとり乗りこむと、広場全体からどよめきが起こった。これからはじまる祭りのクライマックスに対する期待と興奮が目覚めたのだ。
 彼は自分が演じる役割を認めなければならなくなった。ふと、今回の旅行の発端を思い出す。あの旅行社の女性の言葉がなければ、この町にくることもなかった。そして、こうして、気球に乗りこむこともなかったのだろう。
 フレスタの町にとって、最後まで彼はよそ者にすぎなかった。
 だれかが声をあげた。気球を囲む四人の男がそろって、それぞれが手にしている斧を頭上にかかげた。つぎの号令を合図に、四本の斧が降りおろされる。
 四方で気球をつなぎとめていたロープがはじけ、気球がふわりと浮きあがった。
 群衆が歓声をあげる。気球とともに上昇していく彼は広場を見おろし、今、フレスタの町を離れていくことに奇妙ななごりおしさを感じていた。
 気球は高度をあげ、星空に小さくなっていく。
 広場の中央の焚火はなおも燃えつづけ、それをとりまく人々はみなほっとしたように、気球が消えていった夜空に顔を向けていた。

[ おわり ]


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