サーカス・タンカーの密航者
すやまたけし
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白い航跡を残して、巨大なサーカス・タンカーは進んでいく。
ルストはその船尾に立ち、遠くなっていく港を見つめていた。このサーカス・タンカーは一か月間その港に停泊して、町の人々にサーカスを見せていたのだった。その期間中、タンカーの広い甲板には、大きな白いテントが張られ、その中に作られた観客席は、連日、興奮とスリルを求める観客で満員だった。しかし、テントと観客席をはずされた今の甲板は、がらんとして人影もなく、興業中の歓声をルストの記憶の中に残すだけだった。
サーカス・タンカーは、原油を運ぶタンカーを改装して造られていた。甲板は、サーカスの舞台と観客席を設けるのに充分な広さがあったし、空の原油タンクは、機材の倉庫や、動物たちのオリや、団員たちの居住空間として利用されていた。
サーカス・タンカーは港に着くと、そのままサーカス空間となって、町の人々に楽しみを与え、終わると再び出航して、次の港へと向かうのだった。
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ルストは、自分の部屋に戻ろうとして甲板を歩いている時に、マストの横に積んである荷物が動いているのを見つけた。ルストが調べると、その荷物の間に、見知らぬ少年が隠れるようにうずくまっていた。彼は、ルストより三、四歳、年下のようだった。
「こら、出てこい」
と、ルストが言うと、その少年は悪びれもせずに出てきた。
「密航者だな。よし、団長のところへ行こう。ついておいで」
「ちょっと、待って、あやまりますから。ごめんなさい」
「あやまったって、もう、港へは戻れやしないよ。まったく、もう」
その少年は、ルストの顔を見ると言った。
「あっ、おにいさんは、綱渡りの人だ。見ていましたよ。ねえ、そうでしょう? マストとマストの間に張られたロープの上を渡っていたでしょう? あんなに高いところを、あれ、すごかったなあ。どきどきしましたよ」
ルストは、まんざらでもないような顔をしたが、すぐに気を取り戻して言った。
「……そんなことは、どうでもいい。それに、ぼくはきみのおにいさんなんかじゃないぞ。ルストというんだ」
「ルストさん。ぼくはピケといいます。よろしくお願いします」
「よろしくなんかしてあげられないよ。団長と相談して、海に放りこむか、次の港でおろすか、決めるから。きみは、泳いで帰るか、汽車で帰るか、どちらかになるだろう」
「そんなこと言わないでくださいよ。ルストさん。ぼくは泳げないし、汽車賃も持っていません。それに、ぼくは、このサーカスに入れてもらいたいんです。それで、この船に無断で乗ったんです。お願いです。何でもしますから」
「それは無理だよ。それに、きみのおとうさんとおかあさんは心配しているだろう?」
ピケは、下を向いて力なく答えた。
「ぼくには、父も母もいません。伯母さんのところでお世話になっているんです」
「えっ? 本当?」
ルストはそれを聞いて、ピケに同情した。ルスト自身も両親を亡くし、今ではひとり身だった。サーカス団の仲間は、みな暖かく家族以上のつきあいをしてくれているが、ルストはひとりでいる時に、ふと、寂しさを感じることがあった。
ルストの両親は、綱渡りのスターだった。しかし、父親がオートバイに乗り、母親がその下に吊り下げられたブランコに座り、高いマストとマストの間に張られたロープを渡っている時に、その忌まわしい事故は起こったのだった。まだ、小さかったルストは、ふたりとオートバイが、まっさかさまに転落していくのを見ていた。それは、信じられない光景だった。観客席は騒然となり、悲鳴があがった。床にたたきつけられたふたりのもとに、団員たちがかけつけていく。しかし、ルストは身動きもできず、目を見開いたまま、そこに立ちつくすばかりだった。
ピケはルストに、頼みこむように言った。
「お願いです。掃除でも、動物の世話でも、何でもしますから、使ってやってください。
それに、ぼくは身が軽いんです。ちょっと、見てください」
ピケは軽く助走をつけると、前転、空中回転、とんぼがえりなどを連続して見せた。
「ふーん、これはなかなか素質があるな。曲芸師のマモさんにしこんでもらえれば、ものになるかもしれない」
「そうですか、ありがとうございます。じゃあ、さっそく、そのマモさんのところへ、案内してください」
「こら、まだ、決まったわけじゃない。早合点するな。まず、団長に相談してからだ。でも、ぼくも、きみがこのサーカス団に入れるように頼んであげてもいい」
「ありがとうございます、ルストさん、ぼくは頑張りますよ」
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ルストとピケが、団長の部屋へとつづく通路を歩いている時だった。どこかで、人々が騒いでいるらしい声が聞こえてきた。船内に、その大声やざわめきが響き渡っている。ルストは立ち止まり、耳を澄ました。そして、言った。
「何か、あったな。動物のオリのほうだ。悪いことでなければいいが。よし、行こう」
ふたりは走って、その騒がしいほうへ向かっていった。途中、通路をふさぐように人々が集まり、興奮気味に口々に何か話している。どうやら、ライオンがオリから逃げ出したらしい。しかも、ライオン使いはその時にけがをして、医務室に運ばれたようだった。ライオンは倉庫に逃げて、棒を持った団員たちがそのまわりを囲んでいるが、どうやってオリに戻そうか困っているところだった。ライオンは興奮していて、手がつけられない状態だった。
「ルストさん、ぼくが行きます」
と、ピケが言った。
「何を、無茶な。みんなが手に負えないというのに」
「でも、ぼくは動物が好きで、動物もぼくによくなついてくれるんです」
「相手は、ライオンだよ」
「やらせてみてください」
とピケは言うと、ルストの制止を振りはらい、人垣をかきわけて倉庫の入口のところまで進み出た。
倉庫の隅で、ライオンは頭を揺らしながら、人間を威嚇するように吠えている。
「ほら、ライオンは、ぼくたちを怖がっているんです」
ピケは、あっけにとられている団員たちを残して、ひとり、ライオンに向かって歩いていく。
「怖くないよ。ぼくは何もしないから。怖がらなくてていいよ」
ピケはライオンに話しかけながら、ゆっくりとそばに近づいていく。ルストや団員たちは息をのんで、心配そうになりゆきを見守った。ピケは落ち着いた声でなだめている。ライオンは警戒しながらも、次第におとなしくなっていく。そして、ついに吠えるのをやめた。ピケはライオンの首すじをやさしくなでてやった。
「よし、よし、もう大丈夫だよ。さあ、自分の家へ帰ろうね」
ライオンはおとなしくピケの横に従い、通路をオリのほうへ歩きはじめた。みんなは、わけもわからず、道を開けて、彼らが仲良さそうに行くのを見ているだけだった。
ルストも信じられない顔をしていたが、ピケと目が合うとやっと聞こえるぐらいの声で言った。
「やあ、こりゃあ、すごいや。きみはライオン使いにだってなれるよ。ぼくたちの仲間にもなれるよ」
[ おわり ]
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