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          ミードの旋盤
                                 すやまたけし


          ○
 運河沿いに、古い倉庫や町工場がならんでいる。運河の水はどんよりと濁って、対岸の建物を暗く映している。
 その小さな町工場で、旋盤工のミードは旧式の旋盤をまわしていた。加工される金属の棒が回転して、それに当てられた刃先から、切削された切り屑がらせんを描きながら長くなっていく。絶えず注ぎつづけられている切削油がきらきらと黄金色に光り、金属が摩擦熱で焼ける焦げ臭い匂いが漂ってくる。
 ミードはつい最近、独立してこの小さい工場をはじめたばかりだった。それまで勤めていた工場はもうじき取り壊されて、その跡地にはマンションが建てられるはずだった。
 この町に不況の波が押し寄せてきたのは、数年前からだった。景気のいい時は、残業をどれだけしても注文をさばききれないぐらいに忙しかったのに、不況とともに、仕事はばったりと少なくなった。もともと下請けが多かったこのあたりの工場は、毎月の赤字に耐え切れず、転廃業していく工場が多くなった。ミードの働いていた工場も、ついに社長が閉鎖することを決意した。
「うん、もう厳しいんだ。つづければつづけるほど、損をすることになる。このあたりが限界だよ」
 社長は寂しそうに、ミードに言った。
「この土地はマンションを建てて、それを経営していくことにしたよ。ミードさんには、本当によく働いてもらった。学校を出て、すぐにうちにきてくれて、それからずっとだからね。感謝しているよ」
 ミードは黙って、社長の話に耳を傾けていた。
「それで、ミードさんには、そのマンションの管理人をしてもらいたいんだ。そのほうが仕事も楽になるさ。ああ、わたしはきみを信頼しているし、これからも一緒に働いてもらいたいんだ。われわれは、いいパートナーだと思うんだ」
 ミードは、社長の親切がありがたかった。しかし、一晩、考えた末に、やはりその申し出は断ることにした。ミードは、旋盤工以外の仕事など、とてもできそうになかった。できれば、ひとりででも今までの仕事をつづけたいと思った。
 社長もミードを理解してくれて、彼のために小さな工場を捜してくれ、彼の使い慣れた旋盤やフライス盤なども譲ってくれた。
 その閉鎖される工場には、最新式のコンピューター制御の工作機械もあったが、ミードは旧式の工作機械を選んだ。コンピューター制御の工作機械は数値を打ちこむだけで、すべて自動的に精密加工ができたが、誰がやっても同じものしかできないそれらの機械を、熟練工のミードは内心、軽蔑していた。機械というものは、そんなものじゃないはずだ。機械は大切に使いこめば使いこむほど自分になじんでくれるし、微妙な操作にも敏感に応えてくれる。そう彼は信じていた。
 その日は、夜になっても、ミードは機械を動かしていた。社長の得意先をそのまま受けつぎ、細々と少ない仕事をこなしていたが、その夜は珍しく急ぎの仕事が入っていた。
 それは不思議な男からの特別の注文品だった。誰かの紹介があったわけではない。しかし、その男はミードのことをよく知っているようだった。
「ミードさんならば、この仕事をうまくやってくれると思います。しかも、あまり、時間がないものですからね」
 その男は設計図と金属棒を、ミードに手渡した。
「これは、なかなか精密加工を必要としましてね。その設計図にある許容誤差範囲で、仕上げてください」
 その数値は、ミードの旋盤にとってできないものではなかった。しかし、ミードはその金属棒を指ではじきながら聞いてみた。
「まあ、それはいいのですが、この金属棒の材質は何でしょう? 設計図には書いていないし、わたしも今まで扱ったことがありません。これは何の部品になるのですか?」
「ええ、まあ、それは……ある特殊な合金ということで勘弁してください。それから、これが何に使われる部品かということも、ちょっと、お答えできません」
 ミードは少し考えていたが、うなずいた。今までにも、何に使われるのかわからない部品もあったじゃないか。
「そうですか、まあいいでしょう。わかりました。仕事はさせていただきましょう」
 ミードの目の前の金属棒は、しだいに形を整えて、設計図の寸法に仕上がっていく。思っていたより難しい仕事だった。今までミードが扱ったことのないこの金属棒の材質は硬く、癖があって、何本かの工具の刃先を駄目にしてしまっていた。形状も複雑だったし、精度にも厳しいものがあった。しかし、ミードは仕事が難しければ難しいほど、やりがいを感じるのだった。品物ができあがった時の喜びも、手間がかかった時ほど大きく感じられた。
 ミードは、ふうっとため息をつき、旋盤のスイッチをオフにした。彼の顔には、満足の色が浮かんでいた。
 彼はそのできあがった品物を手にとって、まじまじと見つめた。何に使われる部品だろう。電子機器の部品なのだろうか。
 次の日、暗くなるころになって、例の男が現われた。
 彼はマイクロ・メーターでその部品の各寸法を測定して、設計図とくらべると、ミードに言った。
「やあ、実に素晴らしい。ありがとうございました」
 ミードは、さも当然といった顔で、その男の言葉を聞いていた。
「本当に、助かりました。これでわたしも、家に帰ることができます」
「ほう、これは、そんなに大事な部品なんですか?」
「ええ、困っていたんですよ。これがなければ、わたしは、ずうっとここから離れられないところでした」
「そうですか、お役にたてましたか。それならば、よかった」
 その男は心から感謝して、ミードにお礼の言葉をくりかえした。そして、彼は約束の代金を払うと、バッグから別の設計図を取りだして、ミードに渡した。
「お礼と言っては何ですが、この設計図をどうぞ。喜んでいただけると思います」
 ミードは黙ってその設計図を見ていたが、しだいに驚きの表情に変わっていった。
「これはいったい、何ですか」
「ええ、わたしのところでは、子供のおもちゃのようなものですが、みなさんにとってはちょっとおもしろいものでしょう」
「あなたはいったい何者なんですか?」
          ○
 ミードはその男が帰ったあとも、その設計図の組立図、部品図をずっと検討していた。
どれだけ見ても、その設計図に書かれてある品物が、どういうものになるのか見当がつかなかった。ミードは、明日からでもさっそく、それにとりかかろうと思った。
 ミードはたかぶった心を静めようとして、窓の外を見た。暗くなった運河の向こうに、閉鎖された町工場の建物と資材置き場が見える。その工場の屋根の向こうの夜空を、青い光を発しながら横ぎるものが見えた。空飛ぶ円盤やタイム・マシンなど信じもしない現実主義のミードは、それは近くの飛行場から飛び立った飛行機に違いないと思った。

[ おわり ]


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