夏のクリスマス・ツリー
すやまたけし
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アルミラ山地にある地熱発電所に、技師のホイルが転勤してきたのは、春まだ浅い日のことだった。
それから何か月かがたち、夏のきざしがあたりをおおいはじめた頃には、彼はそこでの仕事にも慣れ、多少、余裕も出てきていた。
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白い蒸気が漂う地面に、給水管と蒸気管の二本の銀色の配管が地中深く差し込まれていた。地下の熱源に水を注ぎ、高温、高圧の蒸気を取り出すのだ。二本の銀色の配管がそこから発電所に向かって、岩肌の上を曲がりながらつづいていた。
配管をたどっていくと発電所の蒸気タービンと発電機の入っている大きな建物にぶつかる。近辺には、冷却塔や、変電所や、宿舎などのいくつかの建物が点在していた。そして、変電所からふもとへ、送電線の鉄塔が連なっている。
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ホイルとアリマは新しい熱源を探すために試掘現場に来ていた。鉄骨のやぐらの前で測定器を見ていたアリマが言った。
「ここは第二地点よりも温度が高そうだ」
「深度も向こうより浅いから、適しているでしょう」
「他の面も検討してみなければわからないけれど、今のところはここが有力だな」
「ぼくも、そう思います」
ふたりの仕事が終わる頃、発電所長の息子のグロスがやってきた。彼は、ふたりが機器をまとめて四輪駆動の作業車へ運ぶのを手伝った。
帰りじたくがすむと、グロスが口を開いた。
「そろそろ、季節ですね」
それを聞いて、アリマが了解したように言った。
「ああ、そろそろだね」
ふたりの会話を理解できないホイルが聞く。
「何のことですか、その季節って?」
「はい、それはびっくりしますよ。はじめて見る人は」
ホイルは不思議そうに首をかしげる。
「アリマさん、どういうことですか?」
「つまりね、ここに来た人間は夏になると、とてもいい経験ができるということなんだ」
アリマの意味深長な言葉に、ホイルはいっそう興味を持った。
「何があるんです?」
「それは、その時まで秘密なんだ。ここの人たちは誰もそれをきみに教えない。きみだけじゃない、みんなそうなんだ。わたしも、はじめてここに来たときには教えてもらえなかった。ここには、ここのやり方があるんだ」
グロスが無邪気な顔で言った。
「それを見た時と同じくらい、待つ時にも楽しみは大きいんです。アリマさんもそうだったでしょう?」
「そりゃそうだ。先に教えてもらわなくて本当によかった。はじめて聞いた時には、何があるんだろうと、ひどく気になったものだけれど。まあ、それがここの新人の歓迎方法なんだ」
「この何年間かは、ぼくがそれを紹介する名誉ある役をやらせてもらっています」と、グロスが得意そうに言った。
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ホイルはそれ以来、人と会うごとに秘密を聞き出そうとするのだが、誰ひとりとして教えてくれる者はいなかった。彼らの楽しそうな口ぶりから、その日が近づきつつあることを想像するばかりだった。
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その日、仕事が終わって、ホイルが発電所から帰ろうとするところに、グロスがやってきて言った。
「ホイルさん、今夜、行きましょう。あとで迎えに行きますから、出かける準備をしていてください。ぼくが案内します」
ホイルは、ついにその時が来たと思った。
「やっと、秘密が明らかにされるというわけだ。もう、待ちすぎて、期待と疑問で胸が破裂しそうだ」
「どうもお待たせしましたね」
グロスはそう言うといたずらそうに笑った。
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あたりが暗くなった。宿舎でホイルが待っていると、グロスが約束どおりに呼びにきた。
ホイルはもう待ちきれないという顔で出ていった。
ふたりは車に乗りこんで出発した。運転席のホイルが隣に座っているグロスに尋ねる。
「さあ、どこに行けばいいのかな」
「西の森の向こうに、湖があるのをご存じですか?」
「湖? 地図にあるのはは知っている。森のあたりまでは調査で行ったことがあるけれど、その先は行ったことがない」
「そこまで、お願いします」
「そこに問題の何かがあるんだね。この季節になると現われる何かが」
「ええ、まあ、そういうことです」
ライトに照らしだされた山道は荒れていて、車は大きく揺れながら進んでいく。
森の中の道に入ってしばらく行くと、道は細くなり行きどまった。
「この先は車が入れません。ここでおりて、あとは歩きましょう」
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草の茂る細い坂道をふたりはあがっていく。懐中電灯の二本の光のすじが、前方の闇に交差する。光の中に小さい虫が飛びかっていた。
やがてふたりは湖に出た。夜空に多くの星が輝いている。波のない静かな湖面に冴えきった月が映っていた。
「やあ、こんな湖があるなんて。今度は明るい時にも来てみたいね」「もう少し、先です」
膝まである草をわけながら、彼らは岸辺をまわっていく。
「そこの岩を曲がると視界がひらけますから」
ホイルが岩に手をかけて頭をのぞかせると、彼はびくっと体を震わせた。
湖のそばに大きな木が天をさすようにそびえている。そして、枝と葉の全体を細かい青白い光の点がおおっている。
「これはどうしたんだ」
「ぼくたちは、これを夏のクリスマス・ツリーと呼んでいます」
「まさか、ぼくを驚かせるために、あの木をイルミネーションで飾ったんじゃないだろうね」
「さあ、近づいてみましょう」
ホイルはグロスにうながされるままに、光の塔に向かって進んでいった。青白い光は息をするように明るさを変化させている。夜空に輝いていた星が、その木に隙間なくちりばめられているようにも見える。数えきれないほどの光の点のひとつひとつが、それぞれの周期で明滅している。
宙に浮かんだ小さな光のひとつが、ホイルの目の前をよこぎっていくのが見えた。
「あっ、蛍だ」
一匹だけではない。あたりには、何匹もの蛍が飛びかっている。しかも、光をまとった大木に近づくにつれて蛍の数が増してくる。
「すごい数の蛍だ」
「ここは蛍が群棲しているんです」
「じゃあ、あの木も」
「ええ、そうです。あの光は、すべて、蛍です。彼らはあの木に群がり、仲間を誘うのです」
光で飾られた木の前でふたりは立ち止まり、それを見あげた。輝きつづける大木は宇宙に向かってそびえている。
よく見ると、木の枝と葉の表裏にびっしりと蛍が群がっている。そして、微妙に明滅をくりかえし、全体でひとつの生命体となり、大きな呼吸をしているように見える。
「こんなものははじめて見るよ。みんなが教えてくれなかった理由もわかる。これは、とても言葉で説明できるものじゃない。こうして、実際に見てみなければ信じることはできない。それにしても……」
それ以上は言葉にならなかった。
風のない夏の夜の中で、青白い光の粉をちりばめられた大木は壮大な呼吸をくりかえし、そのたびに大きくなっていくように見える。彼らもその光に包まれ、木と、蛍の群れと、一体になっていくような気がした。
ホイルとグロスは沈黙したまま、湖のほとりで、夏のクリスマス・ツリーを見あげていた。
[ おわり ]
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