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          月光の落下傘
                                 すやまたけし


          ○
 四発の輸送機が、野原に伏せているセナの頭上を通り過ぎていく。
 セナは草むらから、バネじかけの人形のようにはね起きると、持っていた細長い棒を小銃のようにかまえて、通り過ぎていく輸送機にねらいをつけた。
「ダン、ダン」
 彼は銃の引き金を引く。しかし、彼の声は、次にやってきた輸送機の爆音によってかき消されてしまう。その輸送機も、彼の頭上を越えていく。
 彼は、今度はその輸送機に照準をあわせて、ふたたび引き金を引く。
「ダン、ダン、ダン」
 輸送機は何事もなかったように飛びつづける。セナはその輸送機を、小銃をかまえながら追いかけていく。
「ダン、ダン、ダン」
 しかし、やがて彼は金網のフェンスに行く手をさえぎられて、そこに立ち止まった。そのフェンスの向こう側は、軍の空挺部隊の演習場になっていて、誰も入っていくことはできない。
 ゆうゆうと飛びつづける輸送機の後部扉が開き、黒くて小さいものがばらばらと、いくつもいくつもこぼれ落ちていく。蟻のように小さく見えるそれらから何かが引き出されたかと思うと、それらはぱっと花が咲くように次々に空に開いた。落下傘が開いたのだ。その数はどんどん増えていく。
 輸送機の通ったあとに、数えきれないほどの落下傘が花開き、それらは何もなかった青い空に点々と浮遊しはじめる。空に美しい模様が突然、描かれたように見える。
 そして、また、次の輸送機の編隊が、セナの頭上を通り過ぎていく。
 セナは棒を握りしめたまま、たくさんの落下傘が揺れながらおりてくるのを見つめつづけた。
          ○
 その夜、ベッドでぐっすりと眠っていたセナは、何かの気配を感じて目を覚ました。
 静まりかえった部屋。カーテンの隙間から、青白い月の光がもれていて、部屋の中のものがぼんやりとした影に形どられている。
 セナは寝返りをうってみる。シーツのこすれる音がして、それがとだえるとふたたび部屋の中は静かになった。
 彼の耳にかすかに低く、うなるような音が聞こえてくる。遠くのほうから、それは近づいてくる。やはり、爆音だ。飛行機が夜の空を飛んでいるのだ。
 セナは窓のところへ行き、カーテンを引いた。
 夜空にきれいな満月がかかっている。そのほのかな光が、近くの家なみや森をふちどっている。
 セナは軍の演習場のほうを見てみた。彼の部屋の窓からは、空挺部隊の落下傘の降下演習がよく見える。しかし、それはいつも昼間のことで、夜間演習というのは聞いたことがない。
 彼の耳には相変わらず、飛行機の鈍いエンジンの音が聞こえている。彼は窓を開けて、その音のするほうを耳を澄まして確かめようとする。やはり、演習場のほうから聞こえてくるようだ。
 セナは演習場まで行ってみようと思った。彼は、思いきって、窓から飛びおりた。
 スリッパをはいたセナの足音だけが、ひたひたと、彼のあとを追うようについてくる。
満月の光は意外と明るく、彼に道を示してくれている。
 演習場の金網のフェンスのところまできたセナは、いつも輸送機が侵入してくる方角に視線をさまよわせた。夜空に聞きなれた四発の輸送機のエンジンの音が、次第に大きくなってくる。
 そして、彼は、月光を浴びて一機の四発の輸送機が、夜空に飛んでくるのを見つけた。
 その輸送機はセナの頭上を通り過ぎていくと、いつもと同じように後部扉を開き、落下傘をまき散らしはじめた。
 次々と落下傘が夜空に花開き、それらは月光を浴びながら降下してくる。セナは、その美しくも怪しい光景を息をのむように見つめつづけた。
 落下傘のひとつが風に流されたのか、兵士の操作法が未熟なのか、セナのほうに向かって静かに降下してくる。やがて、それはフェンスを越えてセナの少し離れたところにおりてきた。
 武装した兵士は、草原に見事に着地した。力をなくした落下傘が、その向こう側にふわりと大きく広がっている。その兵士は起きあがると、落下傘をはずしもしないで、ゆっくりした足取りでセナに近づいてくる。
 セナはそこに立ちつくして、それを見守った。兵士は彼に近づくと、笑顔を見せた。迷彩のための泥を塗ってあるその顔に、白い歯がまぶしく見えた。
「とうさん」
 とセナが小さくつぶやいた。
 その兵士は、遠い国の戦争に行っているはずのセナの父親だった。
「やあ、元気そうだな」
「うん、ぼくもかあさんも元気だよ。そして、とうさんが帰ってくるのを待っている」
「そうか、おまえは男の子なんだから、わたしがいなくても、かあさんと家のことは頼んだよ」
「ああ、平気だよ。それに、ぼくも大きくなったら、戦争に行くからね。とうさんのように。ぼくも勇気では負けないよ。ぼくはいつもここで、銃で飛行機を撃つ訓練をしているんだ。ダン、ダン、ダンって」
 とセナは目を輝かせて言った。
 父親はそれには無言だったが、しばらくしてからぽつりと言った。
「よし、おいで」
 父親はセナを抱きかかえると、落下傘の綱をたばねて勢いよく引っ張った。セナは、何がはじまったのか理解できなかった。
 落下傘がぱっと広がり、風が吹きはじめる。落下傘は風をはらんで、どんどんふくらんでいく。そして、風を集めると、空にあがりはじめた。
 落下傘に、ぐっと強く引っ張られたと思った瞬間、兵士と少年は中に浮かびあがった。
セナは驚いて父親の顔を見た。しかし、父親はやさしく微笑んでいるだけだった。セナの足からはずれたスリッパが、野原に落ちていく。
 落下傘は兵士とセナとともに、夜空をふわりふわりと上昇していく。風がセナのほおをなでる。落下傘は風に流されて、月の光に誘われるようにどこまでも漂っていく。
 セナは不安そうに尋ねた。
「とうさん、ぼくたちはどこへ行くの?」
「おまえに見せたいものがあるんだ。わたしは、遠い国の戦争のある作戦に空挺隊員として参加している。この作戦はひどく厳しいものだ。敵地の奥深くに降下して、敵の部隊を後方からかくらんさせるのが任務なのだが、……いや、もう、来てしまったらしい」
「えっ」とセナは驚いてまわりを見渡してみた。
 夜空に、いく条ものサーチ・ライトの光が交差している。その中を何機もの輸送機の編隊がすすんでいく。爆音が響き、高射砲の砲弾があちこちでさく裂している。
 兵士とセナの落下傘は、ふわりふわりと戦場を漂っていく。至近距離で高射砲の砲弾が時々、爆発して、その空気の振動がセナの腹に響く。
「とうさん、こわいよ」
 父親は強く口を結んで、厳しい表情を見せている。落下傘はなおもゆらゆらと、あてもなく降下していく。
 サーチ・ライトの光、輸送機の爆音、爆発音、そして、硝煙の匂い。
 父親はつぶやくように言った。
「これが大人の戦争ごっこなんだ」
 セナの耳に空気を切り裂くような鋭い音が聞こえたかと思うと、突然ふたりの目の前で、まぶしい光が大音響とともにはじけ散った。セナの網膜がまっ白になる。耳が聞こえない。
落ちていく感覚。どこまでも、どこまでも。
「とうさん、どうしたの? ぼくたちはどこへ行くの?」
          ○
 カーテンの隙間から、朝の光がさしこんでいる。セナは目をこすりながら、ベッドから起きあがった。いつもはベッドの下に置いてあるスリッパが見つからないので、彼は素足のまま窓のカーテンを開けにいった。彼の足は土で汚れていた。
 まだ、早い朝の町は眠っている。小鳥のさえずる声だけが聞こえてくる。
 彼は空挺部隊の演習場のほうを見てみたが、薄明の空に雲はひとつもなく、機影も落下傘も見つけることはできなかった。
 まだ人影もない道路に、朝一番の郵便配達の自転車が、長い影を落としながら走ってくるのが見えた。
 セナは一か月ぐらい前に、学校の友人のひとりが教えてくれたことを思い出した。
 その友人は、彼の父親が遠い国の戦争で死んだ知らせを、朝一番の郵便配達が持ってきた、と言っていた。
 郵便配達の自転車が、ブレーキをきしませながら近づいてくる。そして、それはセナの家の前でそっと止まった。
 やがて、セナの家の玄関のベルの音が彼の家中に響き渡り、朝の静けさが打ち破られる。

[ おわり ]


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