帆船の森
すやまたけし
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その人間にとって最良の助言者は十年後の自分である。
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ぼくは迷っていた。どの道を選んだらいいかわからないで、まるで迷路の中に立ちつくす迷子のようだった。将来に対する進路も希望もはっきりとせず、その時に自分が何をしたらいいのかもわからなかった。誰かが目の前に現われて、ぼくが進むべき道を黙ってさし示したくれたら、どれだけ楽に歩きだせるだろうと思った。
ぼくは自問してみた。自分は十年後に、いったいどうなっていたいのかと、もし、自分の十年後の姿を思い描くことができれば、その未来像をめざしてしっかりと歩いていけばいいのだ。また、そのためにやらなければならないことも、自然に決まってくるだろう。
しかし、その時のぼくは、十年後の自分が目の前に現われてくれたら、彼はその十年間の経験と知識と反省を生かして、その時のぼくが何をしたらいいのか、適切な助言を与えてくれるのではないかと思った。
十年後の彼が、それより十年前の自分を振り返ってみれば、きっと、あの時はこうしたほうがよかった、あの時はあの道を進んだほうがよかったなどと、何か思うことがあるだろう。それを知りたかった。
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あの日、ぼくは自分の部屋の南側の窓から、外の風景をじっと見ていた。
子供のころにも、そうやって、柔らかい午後のひとときを、ぼんやりと外を眺めて過ごすことがあった。
少し離れたところにある森は、昔と同じようにその姿を見せていた。その部屋から見ると、四本の巨木が森の上にそびえていて、それが帆船の大きな四本のマストのようにも見える。だから、ぼくはその森を帆船の森と名付けていた。
風が吹くと枝が揺れ、葉がざわめき、その森は帆を風ではらまし、大航海時代の夢と記憶を取り戻して、空に向かって旅立つのではないかと思うことがあった。
その森が濃い緑の影をこんもりと見せているのとは対照的に、まわりの景色はすっかり変わってしまっていた。子供のころは、その帆船の森のまわりには、野原や畑や、空き地が広がっていて、ぼくたちのかっこうの遊び場となっていたものだ。しかし、年々、あちこちに家が建ちはじめていた。そして、その森だけが孤立したまま、昔の自然とおもかげを残しているのだった。
だから、なおさら帆船の森を見るたびに、ぼくは懐かしい子供時代を思い出すことになるのだと思っていた。
帆船の森を眺めているうちに、ぼくは昔のある日のことを思い出していた。
それは、何年前のことになるだろう。おそらく、その時より十年ぐらい前のことだったと思う。
小さかったぼくは、いつものように帆船の森を見ているうちに、その森に引きこまれるような気がしてきて、ひとりで森を探検しにいったのだ。
そして、森の中で……、いや、その時は、そこで何があったのかを思い出すことはできなかった。十年という歳月が、霧のように昔の記憶をおおってしまっていた。確か子供のぼくは、その時の体験を青いノートに記したはずだった。
そのノートを読めばそのことがわかるのだが、どこにしまってしまったのか、その時はすぐに思い出すことができなかった。
結局、その青いノートは、あとになって見つけることになる。
ぼくは森の中に昔の大事な記憶を置き忘れてしまっているような気がした。それで、ぼくはその忘れ去られた何かを取り戻そうとして、遠い記憶をたどるように、ふたたび帆船の森へ行ってみようと思ったのだった。
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家の門を出ると、ぼくはまっすぐに帆船の森をめざして歩いていった。
森は家々の屋根に見えかくれしながら近づいてくる。思えば、ぼくがその帆船の森への道を行くのは何年ぶりかのことだった。道も、まわりの景色もすっかり変わっていた。
しかし、森は昔のままだった。森を残して、そのまわりを道路が一周していた。森は無秩序に木々を茂らせ、あふれるほどの枝と葉が道路の上にまでかかっていた。ぼくはその暗い影の下を、森の茂みのとぎれるところを捜してまわっていった。
森はどこも人間をよせつけないように、密生した木や草で自分の神秘さを守っていた。
どこにも、森の中へと入っていけそうな道は見つからなかった。それで、ぼくは覚悟を決めて、比較的やぶの低そうなところを選び、森の中へ入っていくことにした。
やぶの枝や葉に傷つけられながら、ぼくは深い森の中へわけいっていった。森の中はいっそう暗く、ひんやりとしていて、外界の騒音は遮断されてひっそりとしていた。頭上の木々は鬱蒼として、つる草のからまる樹木は青い空を拒絶しているようだった。
なおも深く入っていくと、胸のあたりまであったやぶや草は次第になくなり、足元は柔らかい草や、葉のじゅうたんでおおわれるようになっていた。
木は間隔をあけて、柱のように立ちならんでいた。やがて、ぼくの目の前に相当の樹齢を誇る巨木が現われた。おそらく、それは例の帆船の大きなマストのように見えていた木のひとつなのだろう。
ぼくは森の中をさまようように歩いていった。
そして、ぼくはその子供を見つけた。彼は巨木のひとつによりかかり、うなだれて寂しそうにしていた。
彼に近づいていくうちに、ぼくの忘れ去られていた記憶は、少しずつ霧が晴れていくようによみがえってきた。
ぼくは、彼に何をしてあげたらいいのかを理解した。その役割を果たすためにやってきたのだ。
その子供はぼくに気がついて、ゆっくりと顔をあげた。やはり、間違いはなかった。
彼は不安そうな表情をして、ぼくの目をじっと見た。
ぼくは森の一方向を指さすと、彼に言った。
「ここを、まっすぐに行くと、森から出られますよ」
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「青いノート」
きょう、ぼくは森へたんけんをしにいった。森の中はくらくて、だれもいなかった。ふかく、ふかく、入っていくと、木がはしらのようにならんでいて、きれいだった。
ぼくは、時間がたつのもわすれて、その中をあそびまわった。森の中には道などなく、しまいに、ぼくは森のどのへんにいるのかもわからなくなった。
太陽がどこにあるのかもわからない。何時になったのかもわからなかった。森はだんだん、くらくなるし、ぼくはさびしくなってきた。うちにかえりたくなって、あちこちを走りまわった。
でも、ぼくは森の中をぐるぐるまわるだけで、すこしも、森から出ることはできなかった。
ぼくはつかれて、走るのをやめた。どうしたらいいのかわからなくなって、そこにあった大きな木によりかかった。ぼくは、まいごになってしまったのだ。
森の中は、時間が止まったように、しーんとしていた。もう、うちへはかえれないかもしれないとおもった。
どれだけ、そこに立っていたか、わからない。何十年もたったような気がした。
ふと、気がつくと、知らないおにいさんが、ぼくの目の前にあらわれた。そして、おにいさんは、「ここを、まっすぐに行くと、森から出られますよ」と言って、指をさしてくれた。
ぼくは、ありがとうと言うと、そのおにいさんの指のさすほうを、まっすぐに走っていった。ぼくは、なにもかんがえないで、ただ、まっすぐにかけていった。とちゅう、なんどもころんだけれで、ぼくはむちゅうになって走っていった。
どれぐらい走ったのだろう。やぶをぬけると、とつぜん、道に出た。ぼくは、森から出られたのだ。ぼくはたすかった。あのおにいさんにたすけられたのだとおもった。
あたりは、すっかり暗くなっていた。ぼくは、家の明かりをめざして、走ってかえってきた。うちについたときには、ほっとした。
もう、あの森へは、ひとりで行かないようにしようとおもった。
[ おわり ]
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