砂の河
すやまたけし
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青い砂が陽の光をきらめかせながら流れている。
青い砂の河。その青い砂を利用する工場が砂の河に沿って点在していた。セメント工場、肥料工場、染料工場など。そして砂時計工場もあった。
河からくみあげられた青い砂は選別され、上質で粒子のそろったものが砂時計に使われる。工場の中で工員たちが忙しそうに働いていた。ガラスの容器を作る工程、木の枠を作る工程、それに色を塗る工程。ガラス容器に砂を入れる工程、それを封印する工程。ガラス容器と木の枠を組み立てる工程。完成した砂時計の時間が正確か検査する工程。そして箱詰めする工程など。
モーリはガラス容器に砂を入れる工程を受け持っていた。次々と運ばれてくるガラス容器に小さいカップで定量の青い砂を慣れた手つきで入れていく。カップに少し多めにすくい右手に持った棒ではみ出た部分をさっとはらう。こつを覚えるまでは不良品を出すことも多かったが今ではそれも少なくなった。そしてカップの砂を手際よく容器に流しこむ。
砂時計は三分、五分、十分計の三種類があった。それぞれの容器にカップを使いわけて定まった量を入れていく。
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昼休みにモーリはゼムと工場の近くの丘で昼食をひろげた。ゼムはガラス容器を作る職人だった。モーリは父親がいないので年輩のゼムをしたっていた。
「ああ、疲れた。今日は、いつもより頑張ったような気がしますよ」とモーリがズボンについた青い砂をはらいながらゼムに話しかけた。
さわやかな風、砂の河を見おろせる木陰にいる二人は午前中の作業の疲労を忘れた。
「いい天気だ。ガラスを吹くのは熱い仕事だから、こうしているとほっとするよ」
「ゼムさん、ちょっときいていいですか」とモーリは砂の河を指差してたずねた。「この河は昔、水が流れていたって本当ですか。そんなにたくさんの水なんて見たこともないし信じられないんですが」
「たしかに今はこの地方では雨も少なく、降ってもすぐに地面に吸いこまれてしまう。たまっている水は森の池ぐらいでしか見られない。でも昔はこの河は水が流れていた」
「この青い砂のかわりに水じゃ、すごかったのでしょうね。水びたしですね」
「ああ、池を何百杯もぶちまけたよりすごいさ、きっと。それに河が流れこむ海はその何万倍もの水であふれているんだ」
「海となるともっと想像がつきません。どこまでも水だなんて」
「見渡すかぎり、水、水、水……。水平線まで水でいっぱい」
「そんなにたくさんの水なんて。ゼムさんは海を見たことがありますか」
「いや、人から聞いた話だからね。この砂の河がその遠い海へとつづいていることはわかっていても行く機会がなかったから。それに勇気も。私がモーリの頃には海を見たいと思ったこともあるし憧れてもいた。でもこの歳になると情熱も失せてしまう。今は砂の河を見てもその先の海がどうなっているのか特別に感慨を持つこともなくなった。砂の河は砂時計のように時を流し、季節を変え子供を大人に変えてしまう。そういうものだよ」
「ふうん」とモーリは答えてなおも遠くを見つめていた。
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次の休みの日、モーリは朝早く家を出た。そして、まっすぐにボートが置かれている河岸にやって来た。モーリはその一隻に乗りこむと思いきりよく砂の河に漕ぎ出した。
彼はボートが青い砂の流れに乗ったことを知るとオールをあげた。そして岸辺の移りゆく風景をのんびり眺めながら河をくだって行った。
どのくらいの時間がたったのだろう。モーリの知らない土地をボートは進んで行った。
河岸で釣りをしている少女に出会った。少女もボートに気がつきにこやかに声をかけた。
「どこから来たの? どこまで行くの?」
「ずっと上流の村から朝早く出て来たんだ。海を見に行くんだ」
モーリはボートを岸につけて少女に言った。「海を知っている? 海を見たことがある?」
「いいえ、聞いたことはあるけれど見たことはないわ」
「ぼくもはじめて行くんだ。よかったらきみも一緒に行かないかな」
少女はこの時を待っていたかのように即座に同意した。そして今まで釣った魚を砂の河にもどした。魚たちは砂をえて元気に泳いで行った。
「さようなら魚たち。さようなら今晩の料理たち」
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二人はボートに乗り海へ向かって漕ぎ出した。少女はレインという名前だった。いつか海に行く日を夢見ていたしモーリのような少年がむかえに来てくれる予感を抱いていたと話した。その日も朝から胸さわぎがして河に早くから釣りに来ていたという。そして、願いは望みどおりかなえられた。
「そう、この時が来るのを待っていたの。今までついたため息で気球が二、三個ふくらませると思うわ」とレインは目を輝かせてモーリに話した。
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砂の河は砂時計の砂のように流れ、時間も流れ、二人のボートも漂うように流れて行った。二人は自分の家や村や仕事や将来の夢などについて語った。海についての幼い頃からの憧れでは共感するものがあった。
「海にはきっと何かがあるんだと思う。ぼくの毎日を変えてくれる何かが」
「私にとってもそれは大きな経験となるものだわ。それを見てみたいの」
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河は広くなり流れもゆっくりになって来た。モーリとレインはオールを漕ぎボートを進めた。やがて丘が長くつづくところに来た。その向こう側は海らしい。潮騒が聞こえて来る。河は丘をはさんで海と平行に流れ遥か遠くの丘がとぎれるあたりで海へつながっている。
「海は水がいっぱいだ。こんな小さなボートで海に出たら波にひっくり返されてしまう。海はこの砂丘の向こう側だ。ここでボートをおりて砂丘をこえよう」
河岸にあがると二人は丘を登りはじめた。そして憧れていた海を生まれてはじめて目にした。広い広い海。水平線が広がっている青い海。
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モーリはレインの手をはなすと砂丘をかけおりて行った。砂の上をモーリの足跡が点々とつづきそのあとをレインはゆっくりとたどって行った。
海は二人が想像していた水の海ではなかった。海は砂の河と同じ青い砂でうずめつくされていた。水平線まで青々とした砂が広がっていた。青い砂の波が浜辺にうちよせていた。
モーリは波打ち際までいっきにかけおりると言葉をなくし砂の海の遥か遠くを見渡した。
そして海の中にはいって行った。砂の波が彼の膝を濡らした。モーリは足もとの海の砂を両手ですくってみた。指の隙間から青い砂が砂時計の砂のようにこぼれ落ちた。
いつのまにか彼の隣にレインが来ていた。二人は肩をよせあい広い広い砂の海の水平線をじっと見つめつづけた。
[ おわり ]