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| 冬の晴れた日の午後、ひとけのない公園の芝生で、タウとレイミはトランジスター・ラジオを聞いていた。古いラジオからは、軽やかなリズムの音楽が耳に心地よく流れていた。レイミが不思議そうにタウに尋ねた。
「このラジオ、どうしたの? こんなのはじめて見たわ」 「珍しいだろう。これはね、おじいさんの形見なんだ」 タウはそのトランジスター・ラジオを、今は亡き祖父のワイダの家の屋根裏部屋で、がらくたの山から見つけたのだった。レイミはそれを手にとると、珍しそうにいろいろと角度を変えて見ていたが、やがてダイヤルをまわしはじめた。 「あら、いい音楽をやっている」 ふと彼女がダイヤルを止めたところで、懐かしい曲がかかっていた。 「ワイダさんが若かった頃(ころ)、流行(はや)っていた音楽だ」 「そうね。私(わたし)も聞いたことがあるわ。とても素敵(すてき)ね。この古いラジオで聞くのにぴったりだわ」 曲が終わって、D・Jが話しはじめた。 「さあ、次はカイノ町のイリス通りに住むワイダくんのリクエスト曲」 「えっ?」とタウは思った。 「イリス通りのワイダっておじいさんと同じ名前(なまえ)だ」 「ええっと、同じ町のミザワ丘に住むグラフさんへだ。おっと、ワイダくんのメッセージがあった。『グラフ、レコードを貸してくれてありがとう。ぼくもこの曲が気に入ったよ。だから、きみのためにリクエストをする。それから、クリスマスは一緒(いっしょ)に過ごそう』。それじゃ、ふたりのために」 「ホワイト・クリスマス」がラジオから流れはじめた。 タウはその歌を聞きながら、D・Jが読んだリクエスト葉書(はがき)のことを考えていた。ワイダという男の子がいて、グラフという女の子のために、好きな曲のリクエストをする。そのこと自体に不思議なことはひとつもない。しかし、イリス通りのワイダという名前が気になった。 トランジスター・ラジオから流れてくる曲が終わり、ニュースの時間になった。耳を澄ましていたタウは、首をかしげた。遠い国の戦争のニュースが流れていたのだ。それは、まだ、ワイダが若かった頃のできごとだった。 タウは不思議そうに、ラジオのダイヤルをまわしてみた。他(ほか)の局は、いつも聞いて知っている局ばかりだし、みな現在の音楽と話題を流している。やはり、さっきの局だけが変だった。 「あれ、さっきの番組、どこかへ行ってしまった」 「ちょっと、私に貸してみて。本当、おかしいわ、あの番組、どこかに行っちゃった」 その番組は消えてしまっていて、どこに合わせても二度と聞こえてこなかった。
タウとレイミは、イリス通りのワイダの家を訪ねてみた。その家には今も祖母がひとりで住んでいた。ふたりは祖母のいれてくれた紅茶を飲みながら、あのラジオでリクエストされた「ホワイト・クリスマス」の曲のことを聞いてみた。祖母は懐かしそうに目を細めて言った。 「おじいさんも、好きだったわ。確か、おじいさんもそのレコードを持っていたように思うけれど」 「えっ、本当ですか? そのレコード、まだありますか?」 「もしかしたら、屋根裏部屋にあるかもしれないわ。でも、どうかしら」 「また、屋根裏部屋にあがってもいいですか?」 「いいですとも、そのレコードが見つかったら持っていってもいいわ。他にも欲しいものが出てきたら、どうぞ。あのまま、あそこでごみになってしまうより、あなたたちのものになってくれたほうがいいと思うわ。そうそう、この前のトランジスター・ラジオはどうでした?」 「とてもよく聞こえています。ところで、イリス通りには、この家の他にワイダっていますか?」 「いいえ、この通りにワイダという名前はうちだけよ」 「それから、おばあさんは、おじいさんの友達で、ミザワ丘のグラフさんというかたをご存じありませんか?」 「ミザワ丘のグラフさん? その名前、おじいさんから聞いたことがあるような気がするわ。お会いしたことはないけれど。おじいさんの古い住所録に書いてあるかもしれないわ」 「本当ですか? じゃあ、それも捜してみます」 タウとレイミは屋根裏部屋を捜してみようと、席を立った。祖母は懐かしそうに、「ホワイト・クリスマス」の歌を口ずさみはじめた。
タウとレイミは屋根裏部屋にあがり、祖母から教えてもらった古い箱やトランクを手当たりしだいに開けてみた。しばらくして、ふたりはその中から古いレコード盤を何十枚も見つけだすことができた。 「わあ、こんなレコード、珍しい」 ふたりは、ほこりを払いながら、レコードを1枚1枚、丁寧に調べていった。残念なことに、曲がってしまっているレコードもあった。 「あら、このレコードを見て」とレイミが声をあげた。 それは、トランジスター・ラジオで聞いた「ホワイト・クリスマス」だった。 「これだ。やはり、ワイダさんはこのレコードを持っていたんだ」 「もしかして、これはワイダさんが、ミザワ丘のグラフさんから借りたものかしら?」 「うん、そうだったら面白(おもしろ)いけれど。よし、今度はワイダさんの住所録を捜してみよう」 名探偵たちは、苦労の末に、ノート類の中からワイダの住所録を見つけることができた。そこにはグラフの名前があり、住所もミザワ丘だった。 「ラジオのリクエストと同じだ」 「ええ、信じられないけれど」
クリスマスの前の日曜日、タウとレイミはその古い住所をたよりに、ミザワ丘のグラフの家を捜しにいった。ミザワ丘は海を見おろす景色のいい場所で、なだらかな坂道がつづいていた。 その番地に、今もグラフの家はあった。 タウとレイミは勇気を出して、呼び鈴を鳴らした。グラフは、ふたりが持っていたあのレコードを見ると、非常に驚いた。そして、彼らを家の中に招いてくれた。窓から海が見渡せる部屋で、グラフとタウとレイミの3人は、旧式のレコード・プレーヤーの前に座った。今では骨董品(こっとうひん)のその古いレコード・プレーヤーは、まるで、ふたりとそのレコードをずっと待っていたかのように手入れされていた。 「じゃあ、さっそく、このレコードをかけてみますね」 「何十年ぶりになるのかしら。それにしても、ワイダさんにお貸しして忘れたままになっていたレコードをこうして、また聞くことができるなんて、不思議な気がするわ」 グラフは何かを思い出すように、ふと目をふせ、つぶやいた。 「もし、ここにワイダさんがいたら、もっとよかったのに」 タウはターン・テーブルにその古いレコードを乗せて、針を持ちあげた。レコードがゆっくりとまわりはじめ、表面の溝に窓からの柔らかい光が反射して、美しい縞(しま)模様が見えた。彼は、レコード盤の縁にそっと針を置いた。針の触れる音がスピーカーから聞こえ、レコードの溝を針がなぞりはじめる。 やがて、「ホワイト・クリスマス」がはじまった。 タウとレイミが公園で聞いた曲、ワイダがグラフのためにリクエストをした曲、そして、グラフがワイダに貸したままになっていたレコードの音楽がはじまったのだ。タウはそれを聞きながら、ワイダとグラフがまだ若かった頃のことを思い浮かべた。どうして、ワイダはこのレコードをグラフに返さなかったのだろう。ふたりには何があったのだろう。タウは、目の前にいる年をとったグラフを見た。彼は、グラフにもタウたちと同じくらいの年齢の時があったことを想像して、不思議な気持ちになった。 グラフはその懐かしい曲を聞きながら、遥(はる)かな遠い日を見つめていた。おそらく、ワイダのことを思い出しているのだろう。彼女の瞳(ひとみ)は澄んで美しかった。タウは窓の外の海に視線を移してみた。午後の陽(ひ)を受けて、青い海は静かに広がっていた。ワイダとグラフも、昔こうして、ふたりで海を眺めていたことがあったのだろうか。 沖を大きなタンカーが行くのが見える。タウはそのタンカーを見ているうちに、自分がその音楽の流行っていた時代に戻っていくような錯覚にとらわれていた。 「ぼくは今、どこにいるのだろう。ぼくとレイミはこれからどこへ行くのだろう」 レコードの美しい音楽が、タウたち3人をやさしく包んでいた。彼は、ふと不安になり、振り返った。レイミが幸福そうに微笑(ほほえ)んでいる。そして、その隣、さっきまでグラフがいた場所に座っているのは……。 レイミと同じくらいの年齢の美しい少女だった。彼女はまぶしいほどの笑顔で、懐かしそうに遠い海をじっと見ているのだった。 [ お わ り ] |
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