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勤めていた建築設計事務所が倒産した。 会社からの帰り道、私は家と反対方向へ走る電車に乗っていた。会社から、家から、逃げるように。やがて、雨が降りはじめ、窓ガラスに雨滴の鳥肌が立つ。雨のしずくは、窓ガラスを斜めに伝わって流れていく。私は夕暮れの街の灯(あか)りが通り過ぎていくのを、ぼんやりと見つめていた。しばらくの間、時間が経(た)つのを忘れてしまう。 車内放送が次の停車駅を告げるのを聞き、我に返った。それは長く耳にすることはなかったが、忘れるはずがない駅名だった。学生時代を過ごした町、社会人になってからは、不思議と行く機会がなかった。 懐かしさを覚えた私は、その駅で降りることにした。
20年の歳月が流れ、駅前は大きく様変わりしていた。幾何学的な形のビルが林立していた。 駅の売店で買ったビニール傘を差し、商店街のアーケードを抜け、昔、名画座があった裏道を行く。映画館はなくなり、跡地は駐車場になっていた。 喫茶店、食堂、名前が変わっているものも多い。よく転がりこんだ友人が住んでいた古いアパートも消えていた。すっかり、違った街になっていた。私は、このまま、古本屋通りまで歩いてみようと思った。 あるビルの前の看板を見て、まさかと思った。不思議な気がした。ある歌手のコンサートが、今、開かれている。まわりを見まわしてみる。周囲は変わっているのに、そのビルは昔のままだった。 意を決してチケットを買うと、地下のライブ・ハウスへ降りていった。 ドアの向こうから、懐かしい歌が聞こえてくる。間違いない。また、歌手活動を再開したのだろうか。その歌手は歌うことをやめていたはずだった。 ドアを開けると、ちょうど、曲が終わったところで、観客の拍手がまばらに起こった。座席数は100席程度だろうか。客の入りは七、八分といったところだった。私は、中央の通路側に空いている席を見つけて腰を下ろした。 次の曲がはじまった。舞台の歌手を見なおして、驚いた。カーリー・ヘアの彼女は、顔も、声も、姿も、昔のままだった。舞台も、歌も、何もかも、昔と同じ、記憶のままだった。 切なく、哀(かな)しい、心に響く歌が、あのときの記憶通(どお)りに歌われていく。歌の合間に静かに語るエピソードも覚えがあった。次から次へと懐かしい歌が、あの日と同じ順番で歌われていく。これは、どう考えてもデジャ・ビュではない。このコンサートは、私が昔、見た、あの人生を決めることになった、大事な忘れることのない特別なコンサートそのものなのだ。一番前の座席に座っている若者を見て、もう一度、私は驚き、やはり……とつぶやいた。間違いない。私は、20年前のあの日のコンサートに紛れこんでしまったのだ。
私は、はじめ、友人につれられて、その歌手のコンサートへ行った。そして、毎週、ライブ・ハウスで開かれるコンサートに通うようになっていた。 あの日、私はこのコンサートにひとりで来た。私は、あの若者が座っている席で、このコンサートを聞いたのだった。彼はあのときの私なのだ。そして、私の未来が決まった。 歌手は、その頃、まだ無名だったが、その後、出したレコードがヒットして、根強いファンができた。芸能界から去った今も、彼女の歌は熱心なファンに聞かれ、歌いつがれている。 アンコールが2曲、そして、幕が下りてきた。あの日と同じだ。観客が静かに、余韻を胸に秘めながら、ひとり、またひとりと席を立ち、出口へ向かいだした。私もそれに従い、出口のところまで行ったが、あることを確かめるために振り返った。やはり、彼は席に座ったままだった。私はドアの横にたたずみ、彼に気づかれないように見守っていた。彼はうつむき、ひとり、他に観客のいない客席で肩を落としていた。やがて、照明が落とされ、会場は真っ暗になった。
時間が過ぎ、ふと、舞台の幕が上がった。椅子(いす)に、ギターを抱いた歌手が座っている。彼女は前列の若者と私に気づいた風(ふう)もなく、ひとり、ギターを弾いて歌いだした。誰に歌うわけでもなく、3曲を歌い終えた。 最後のコードの和音が響いているのに重なるように拍手が起こった。前列の若者がすっくと顔をあげ、歌手に向かって手を叩(たた)いている。 彼女は若者にはじめて気づいたようだ。歌手は、椅子から立ちあがると、彼の前に進み出た。舞台の縁で腰を下ろした。 「ひとり、残っていたんだね。寂しそう。なぜ、泣いているの?」 彼は、涙ぐみながら、答えた。 「大学受験に失敗しました。ぼくは今、孤独の底にいる。あなたの歌が心に沁(し)みて、涙が出てきました」 「きみは、負けたわけじゃない。きみが合格すれば、誰かが落ちて、今のきみのように泣いたんだよ。そのとき、きみは喜ぶばかりで、落ちた人の悲しみなんて気がつかない。きみは、今、落ちたおかげで、そういう人たちの胸の痛みを知ることができたんだよ」 若者は小さくうなずいた。 「どうしても、大学へ行きたいと思うなら、もう1年、勉強してごらん。来年は、きっと受かるから。行きたくなければ、他の道を探せばいい」
「ぼくは、建築家になりたいんです。今は、他の道を考えることができない。どうしても、大学をあきらめきれません。もう一度、挑戦してみます」 「なんだ、自分で答えを知っているじゃないか。但(ただ)し、来年、合格したからといって、勝ったわけではないからね。人生は勝ち負けじゃない。大学に落ちたほうが幸福な人生を送れる場合もある。私だって売れない歌手だけれど、今は、とても幸せだし、売れれば、もっと幸福になるとも思わない」
そう、あの若者は20年前の私だ。私は、ああして彼女に励まされ、1浪の末、希望する大学に入った。そして、願い通り建築家になった。でも、彼女の言うように、それが幸福だったかはわからない。あのまま、大学をあきらめても、別の人生があったはずだ。その人生には、勤めていた会社の倒産などなかったのかもしれない。 私は、世間では一流と言われる大学の建築学科を卒業したために、エリート意識の強い、嫌な奴(やつ)になってしまった。しかも、建築の世界へ進んだら、才能のある人間がいっぱいいた。私に本当の才能はなかった。勤めていた設計事務所は、有名花形デザイナーが代表のエリート集団だった。私は、自分が優れているわけでもないのに、まわりの同業者を見下していた。 「人生は、勝ち負けじゃない」、失業して、敗者になってわかる言葉かもしれない。あのとき、受験に失敗して、ここで、せっかく、彼女に教えられたのに、今まで思い出すこともなかった。失業して、再び、痛みを思い知れば、少しは、人間的に成長するかもしれない。この天に与えられた休暇を、勤めていたらできないことに使おう。 学生時代に愛読したドイツ文学を、この機会に読み直して、ドイツへ旅行するのもいい。リューベック、カルプ、テュービンゲン、ハーナウ、フーズム、訪れたい作家のゆかりの地は多い。ヘッセを好きだった妻も、若い頃、私とドイツに行きたいと言ったことがあった。それを、私は、仕事を休めないから行けないと断ってしまった。 そうだ、家に帰ろう。「家と子育てをまかせっきりで悪かった。感謝している。ありがとう」と妻に言って、ドイツ旅行へ誘ってみよう。何ヶ月間か休養して、焦らず、将来を考えよう。人生、まだ、終わったわけじゃない。
歌手から励まされ、笑顔になった若者が、私のほうに向かってくる。彼は、20年後の自分である私に気づかずにすれ違おうとする。私は、彼に、「気楽に行こうよ」と声をかけた。それは、私が、昔、ここですれ違った知らない大人からかけられた言葉だった。若者は、怪訝(けげん)な表情を見せたが、黙って、うなずいた。 そうだ、私も彼女に言うことがある。今、私が彼女について知っていることを伝えたい。舞台から下がろうとする歌手に駆けよりながら、私は声をかけた。 「……さん」 彼女が振り返る。 「今の青年に声をかけてくれてありがとう。私が誰だかを話しても、わかってもらえないと思いますが、お礼を言います。そして、私もあなたに言いたいことがあります」 彼女は振り返り、左手にギターを持ったまま、不思議な顔をしている。 「あなたは、彼に言ったことをそのまま、自分の人生でもやっています。あなたは、将来、幸福になります。あなたのレコードは売れて、大勢のファンに支持されますが、10年後、きっぱりと引退し、普通の女性に戻り、幸福に暮らします。芸能界の競争やマスコミから逃れ、自然とともに生き、自由な生活を送っています……いえ、送ることになるでしょう」
階段をあがり、ビルを出ると雨がやんでいた。見あげると、空に冴(さ)え冴(ざ)えとした三日月がきれいに見えた。こうして、月を見るのも久しぶりだと思った。思えば、夜空を見あげることなどなかった。 駅に向かおうとしたとき、ビルの影になっている場所に、ピンクの小さな花が咲いているのに気がついた。よく見ると、アスファルトの割れ目から、スミレが顔を出しているのだった。 こんなところにも、小さな花がしっかりと咲いている。誰に見られなくても咲いている。私は、その場にかがみこむと、傘の先でスミレの一群れを掘り起こし、そっと持ちあげた。道に捨てられたジュースの空き缶に雨水がたまっていたので、それに花を差し、抱きかかえると駅に向かった。 家に帰ったら、プランターに植えて育てよう。来年も、再来年も、小さな花をつけるだろう。
ピンクのスミレの花言葉が「希望、愛」であることを、のちに妻が教えてくれた。 [ お わ り ]
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