トップページへ 「詩とメルヘン」目次へ

          マンモス掘り
                                 すやまたけし/文・高田美苗/絵



Copyright (C) 1999 Minae Takada


「きょうは、油田の西側へ行ってみよう」
 アルマが、ボノに言った。
 二人は、小型トラックの荷台にスコップとツルハシを積み、乗りこんだ。村を出ると、一本の道が延々と地平線に向かってつづいている。
 砂埃の舞う道を走っていくと、ときどき、油田から来た大型トラックとすれちがった。
 凍土地帯の平原は、冬の間は雪におおわれ、一面が真っ白だが、初夏になると地表がゆるみ、青々とした草でおおわれはじめる。秋が深まった今は、草木も枯れ、色あせて見える。しかし、そんな表面上の変化に関わらず、地中深いところでは、一年を通じて、ずっと固い永久凍土のままだ。
「きのう、丘の崩れたところで、古い地層が見えたんだ。この前の豪雨で崩れたのだろう」
「去年のように何頭も出てくるといいけれど。あのときはすごかった」
「ああ、一頭、見つかれば、そのあたりをもっと広く掘ってみることだ。群れで埋まっていることがあるから」
 ボノの叔父のアルマは、マンモスの牙を掘りあてては町へ売りにいく。いつも出てくるとは限らないが、掘りあてたときにはいい収入になる。
 大きい牙だと、一本で、重さが百キログラムを越すものもある。
 町で売られたマンモスの牙は、大半が輸出されるが、地元で、牙板に切ったり、印材や彫刻品、アクセサリーに加工する業者もいる。
 村の若者たちは、確実に安定収入の得られる油田や鉱山で働くものが多く、あたりはずれの多いマンモス掘りに熱中するものはいなかった。それに、マンモスを掘りあてるのは、誰にもできるというものではない。アルマは、経験と特殊な勘が必要だといつも言っていた。
 ボノは、マンモス掘りについていくのが好きだった。荒涼とした大地の下には、過去の時間と歴史が凍結したまま眠っている。彼にとって、叔父のマンモス掘りは、父親がやっている雑貨屋よりも、ずっと魅力的な仕事のように見えた。
 彼は、学校の教師から聞いた話を思い出す。
 化石になったマンモスと違って、冷凍状態で見つかったマンモスには、毛も肉もついているものがある。
 氷漬けの保存状態がいい雄のマンモスの精子を、現代象の雌から取り出した卵子に注入して、受精卵を雌の象に戻す。そして、生まれてくる五〇%マンモスの雌から、また、卵子を取り出し、マンモスの精子を受精させると、七五%マンモスが生まれてくる。これを何回か繰り返すと、マンモスをこの世に再生させることができるという。
 マンモス掘り名人のアルマのところへも、海外の研究者から、保存状態のいいマンモスを掘りあてたら、知らせてくれるように依頼がきているらしい。
 アルマが言うには、スコップ一本で掘り起こせるマンモスでは、それに適したものはなかなか出ないだろうということだった。
 冷凍され、変質していないマンモスを掘りあてるには、機械を使って、永久凍土をもっと、深く掘らなければ駄目だろう。または、鉱山で、露天掘りをしたり、坑道を掘っているときに、偶然、見つかることがあるかもしれない。
 実際、アルマとボノが掘り出したマンモスは、どれも痛みがひどく、牙以外は、売り物にならないものばかりだった。
 それでも、マンモスを掘りあてたときの感激と興奮といったら、他のものにとても比べられない。たいていの場合は、苦労が報われず、手ぶらで帰ることになるのだが、ボノは大きくなっても、この仕事をつづけようと思っていた。
 それに、将来は、もっと深く掘れる機械を使って、状態のいい冷凍マンモスを見つけ、本物のマンモスを現在に生き返らせるのに力を貸せたらすばらしいことだ。
 マンモスが現代に甦って、本当に彼らは幸福だろうか、とアルマは言うが、ボノは、生きたマンモスを、いつか、見てみたいものだと思った。
 マンモス掘りは、夢のある仕事だ。だから、アルマの仕事を今から手伝い、経験を積んで、マンモス掘りの名人になりたい、とボノは思った。アルマも、そんな甥のボノをかわいがり、いつも一緒につれていってくれた。


Copyright (C) 1999 Minae Takada

          ○
 遠くに、油田地帯のプラントが見えてくる。
 鉄塔、建物、パイプ、タンクなどが、地平線と空を背景にシルエットを描いている。高い煙突から赤い炎がふきだし、黒い煙が青い空に流れていく。油田から、原油を送るためのパイプラインが、平原を横切り、東へ向かって長くのびている。
 二人は油田の西側にまわっていった。
 やがて、丘の一部が崩れているのが見えてくる。
 アルマは車を止め、指さして言った。
「ほら、あそこだ。うまく掘りあてられるといいんだが」
 彼らは道をはずれ、生い茂る枯れ草を分けながら丘へ向かっていった。
          ○
 露出した地層を調べていたアルマが、ようやく決心したように言った。
「よし、このあたりを掘ってみよう」
 アルマが見当をつけて、スコップを土にさしこむ。ボノも、少し離れたところを掘りはじめた。
 湿った土を掘っていくと、額に汗がにじんでくる。地表は柔らかいとはいえ、深くなるほど、地面は固くなっていく。ある深さに達すると、スコップでは歯が立たなくなる。そして、掘る場所を変える。
 何ヶ所目かを掘っていくうちに、ボノのスコップが何か硬いものにあたった。丁寧に土をどけていくと、牙の先端らしいものがが見えてきた。彼の表情が明るくなった。
「あっ、出てきた」
「やったか」と言って、アルマがかけよってきた。
 指で土をぬぐうと、乳白色の牙があらわになってくる。太くて、ずっしりと重量感がある。
「よし、傷つけるなよ。無理をしないで、そっとだ」
 二人は、マンモスの牙にそって土をはがしていった。かなり大きな牙が、美しい円弧を描いて現れてくる。とても、一万年以上、地中に眠っていたとは思われない形と輝きだ。
「間違いない。もう一本は、この下だ。他にも埋まっているといいんだが。じゃあ、あとはまかせた。私は別のところを掘ってみる」
 叔父は機嫌よく、次の場所を捜しにいった。
 ボノのほうからは、やがて、対になった二本目の牙が出てきた。手でこすると、美しい牙の地肌が太陽の光を集めて鈍く輝いた。空を流れる雲が、マンモスの牙に模様を作る。
 彼は魅せられたように、その表面に映る光と影のゆらめきを見つめていた。


Copyright (C) 1999 Minae Takada

          ○
 雲の影が通りすぎていく。
 どれだけ、時間がたったのだろう。永遠のようでもあるし、一瞬のようでもある。
 気がつくと、見つめていたマンモスの牙はなくなり、ボノは一人、荒野の中に立ちつくしていた。
 空は、低い雲でまだらにおおわれはじめた。まるで、冬の雪雲のようだ。
 アルマの姿が見えない。不安になったボノは、見晴らしのいい丘の上にあがって、まわりを見渡してみた。東のほうにあった油田もすっかり消えていて、広い荒野がつづいているばかりだった。
 彼は、自分が置き去りにされたような気がして、深い孤独感に襲われた。自分が今、どこにいるのかもわからない。不安感に、心を揺さぶられる。
 視線をさまよわせると、遠いところに動物の群れが見えてきた。その一団は、ボノのほうに向かって進んでくるようだった。
 遠く、彼らの鳴き声が聞こえる。
 遥かな時間のかなたから聞こえてくるような、哀しい鳴き声だ。その大気を震わせる鳴き声は、ボノの心に何かを訴えかけているようだった。
 近づいてくるにつれて、群れの姿がはっきりとしてくる。象、いや、マンモスだった。十数頭のマンモスの群れだった。
 ボノは、荒野を歩いてくる幻影のような群れを、不思議な思いで見つめていた。
 雪が舞いはじめた。冷たい北風が荒野を吹きすぎていく。
 マンモスの群れは、丘のふもとまでやってくると、長い旅と寒さに疲れたのだろう、一頭、一頭、立ちどまり、膝を折って休みはじめた。飢えているのか、鳴き声にも元気がないようだ。さっき、ボノが掘っていたあたりには、親子らしいマンモスが立ちどまった。
 大きなマンモスは、小さな子供をかばうように抱いてうずくまった。その大きな一対の牙が、見事な曲線を描き、天をさしていた。ボノは、それが少し前に掘りあてた牙に似ていると思った。
 雪はますます降ってきて、彼は身を縮めた。荒野は一面、白く塗られていく。このまま雲が厚みを増して、雪が降りつづけると、マンモスの群れも雪におおわれていくだろう。
 彼らは身じろぎもしないで、彫像のように原野に凍りついていく。
 雪と時間と寂しさが、静かに降り積もっていく。
          ○
 マンモスの牙に、太陽の光があたっている。
「どうした、二本目はあったか?」
 アルマの声で、ボノはわれに返った。まわりを見まわしてみると、雪などは降っていなかった。秋の終りの空に、綿のような白い雲が浮かんでいる。少し離れたところで、アルマが土を掘る手を止めて、こちらを見ていた。ボノは何がどうなったのかわからなかった。今、目の前でうずくまっていたマンモスの群れたちは、どこへ消えたのだろう。
 彼は、あることを思いつき、スコップでその牙の下を掘り進んだ。やがて、大きなマンモスの下から小さなマンモスが出てきた。まるで、親に抱かれているような姿だった。
 やはり、さっき見たとおりだと彼は思った。
 マンモスたちは、あのまま雪に埋もれ、地層の中に閉じこめられたのだ。長い眠りの間に、どれだけの時間が彼らの上に降り積もったことだろう。それを思うと、ボノは、今の自分がいやに小さな存在に感じられた。
 今、生きている小さな自分が、長い間、地中に眠っているマンモスを掘り起こした。そして、ふたたび、彼らを地上に戻すことになったのだ。長い時間をへだてて、ボノは、彼らに会えて、懐かしさを覚えた。
 どこかでマンモスが鳴いている。
 遠い時間のかなたから聞こえてくる、哀しい鳴き声だ。
 アルマを見ると、彼には聞こえていないようだ。また、黙々と地面を掘っている。
 ボノは遥かな時代を想像して、耳を澄ましてみる。マンモスの哀しい鳴き声、それは、地中、いや彼の心の奥底から聞こえてくるのかもしれなかった。
 アルマがうれしそうな声で言った。
「ほら、こっちにもあったぞ。大きな牙だ」
 ボノはまわりに、十数頭のマンモスがうずくまっている光景が目に浮かんだ。
 彼は気を取り直すと、自信を持って言った。
「このあたりは、間違いなくマンモスの群れが埋まっているよ」
 スコップを持つ彼の両腕には、新たな力がみなぎってきた。

[ おわり ]


トップページへ 「詩とメルヘン」目次へ

Copyright (C) 1999 Minae Takada & Takeshi Suyama. All Rights Reserved.