トップページへ 「詩とメルヘン」目次へ

          うさぎ座
                                 すやまたけし/文・高田美苗/絵



Copyright (C) 1999 Minae Takada


Copyright (C) 1999 Minae Takada

          ○
 「うさぎ座」は、アヤメが残したインターネットのホームページ、今でも、アクセスすれば、彼女に会える。
          ○
 クリックすると、「うさぎ座」のホームページが開いた。
 ディスプレイに夜空の星が現われ、流れ星が流れる。一部の星と星が線で結ばれ、少しずつ、星座の形ができてくる。
 星座がうさぎの形になった。線で描かれたうさぎが、アニメーションへと変化する。テーマソングとともに、夜空の星の間をとびはねながら近づいてくる。
「うさぎ座」とタイトルが出て、うさぎがおじぎをする。
「ようこそ、うさぎ座へ!」と文字と声が挨拶、その下に、「あなたは、****番目のお客様です」と、カウンターが教えてくれる。
「ページの表示に時間がかかる」と文句をいうと、「あわてない、あわてない。この待つ時間が大事、その間に、心の準備をしておくの」と言って、とりあってくれなかった。
 彼女のホームページは、一瞬のうちに表示されるぼくのホームページと対照的だった。
 のんびりやのアヤメとせっかちなぼく、正反対のふたりだから仲良くなれたのだと、今では思える。でも、現実には、急ぐように逝ってしまったアヤメと、ずっと長生きしそうなぼく…
 「うさぎ座」のホームページを開くたびに、アヤメの言っていたことが正しかったことがわかる。
 アクセスしてから、うさぎが現われ、音楽がはじまり、とびはね、頭を下げるまでの時間、いつものこの繰り返される儀式の間に、ぼくは、静かに落ち着くことができる。彼女に会うのを楽しみに待つことができる。
 ぼくは、アヤメの思い出がいっぱい詰まっているホームページの中を、時間を忘れて、次から次へとさまよい歩く。
          ○
 子どもの頃から、アヤメのニックネームはうさぎ、前歯が大きいのと、元気よく、はねまわるのでついたらしい。
 それと、純真無垢で澄んだ瞳、その素直で無邪気な目を見つめていると、こんな汚れたぼくでごめんなさいとあやまりたくなってしまうから不思議だった。
 ホームページのタイトルが、ニックネームに由来していることはわかる。でも、「うさぎ座」という星座は、聞いたことがない。どこにあるのかもわからなかった。
「『うさぎ座』って、どこにあるの」と、あるとき、聞いてみた。
 アヤメが夜空の一角を指さして言った。寒い冬の夜のことだった。
「あの星を見て、あれがうさぎの目。こっちに長い耳があって、ほら、はねているうさぎに見えるでしょう」
 彼女が指でたどる星々を見ているうちに、なんとなく、それがうさぎに見えてきた。アヤメが名づけた「うさぎ座」を、そのとき、ぼくも認めた。
          ○
 ぼくは、大学卒業後、就職して、遠くの海辺の町へ配属された。
 一年下のアヤメは、ぼくたちの生まれ故郷の大学にとどまった。
 離れて暮らすとつきあいは長くつづかない、と言う友人たち、ぼくたちは、そんな定説をものともしなかった。ふたりの相手を思う気持ちは強くなるばかりだった。
 アヤメとは、毎日のように電子メールを出しあった。
 彼女に会いに、ぼくが町に戻るのは、多くても月に数回だけだったが、ぼくたちにはホームページと電子メールがあった。
 お互いのホームページをのぞきあい、毎晩、メールを送りあう。ホームページは、相手に自分のことを伝える大切な道具だった。
「きょうは、こういうことがあった」とデジタル・カメラの写真と共に載せると、相手は、それを見て、メールで感想を書いた。
 ホームページは、それぞれの心の延長であり、分身、小宇宙でもあった。お互いの興味を持ったこと、読んだ本、経験したこと、見たこと、考えたことなどで、ホームページのサイズは、どんどん大きくなっていった。
 これさえ見ればお互いのことがわかると言えるほどまでに、細かく、書きこまれていった。
          ○
 アヤメの最後のメールは、次の日から、女友だちと旅行へ行くという内容だった。
 ノート型パソコンを持っていくので、旅先の写真をデジタル・カメラで撮り、メールで送る、ホームページにも載せるから見て、と書いてあった。
 人の命ははかないものだ。旅の途中、交通事故に遭い、運転をしていた友人は重傷を負い、助手席のアヤメは死んだ。一瞬の出来事だった。
 誰にとっても、明日はどうなるかわからない。彼女は逝ったが、たまたま、現在、ぼくはここにいるということにすぎない。そして、残された者は、寂しさをかみしめるだけだ。
          ○
 彼女の思い出は、ホームページの「うさぎ座」に残っている。スナップ写真、プロフィール、日記、本の感想、趣味、おすすめのリンク集。
 ぼくのパソコンのハード・ディスクの中にも、アヤメのメールや思い出が、たくさん、保存されている。
 もちろん、ぼくの心の中にも、それ以上に、思い出がいっぱいだ。
 そして、いつものように、彼女に会おうと、ホームページを開く。
 トップページ、きらめく夜空の星、そのとき、「うさぎ座」のうさぎの目にあたる赤い星がルビーのようにきらりと輝いた。
 そこから、すっと涙が落ちて光ったような気がした。彼女のホームページは、隅から隅まで熟知しているはずなのに、ふと、なにか、言葉で表せないものを感じた。ためらわずに、その赤い星にマウスのポインターをあわせて、クリックする。
 すると、一瞬のうちに、どこかへリンクして、ぼくの知らないページに飛んだ。
          ○
 元気ですか?
 私は、元気です。
 私はいつまでも、あなたを忘れません。
 夜空のうさぎ座から、いつでも、あなたを見守っています。
 私のことを忘れないで。
 あなたの心の中に、ずっといさせてください。
 あなたの中で、私は生きつづけます。
 遠く、離れていても、心と心は、つながっています。
 あなたへの思いは、永遠です。
 だから、元気をだしてね。
          ○
 彼女の言葉を読みながら、ぼくは思った。
 アヤメは「うさぎ座」から、ぼくへ気持ちを届けてくれたのだ。
 彼女の思いが、ぼくに伝わり、生きる勇気を与えてくれた。
 アヤメ、ありがとう。これからも、アヤメのホームページに、会いに行くよ。アヤメの思い出がいっぱいの「うさぎ座」へ。
 ホームページが更新されたり、新しいメッセージが書きこまれたら、ぼくが、真っ先に開けて読むよ。
 このホームページは、遠い「うさぎ座」にいるアヤメの心にリンクしているのだから。

[ おわり ]


トップページへ 「詩とメルヘン」目次へ

Copyright (C) 1999 Minae Takada & Takeshi Suyama. All Rights Reserved.