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ルーマニア・ブルガリア旅行 |
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| 5月17日 | ルーマニアへ |
| 5月18日 | シナイア ブラショフ ブラン城(ドラキュラのお城) |
| 5月19日 | ブカレスト市内観光 国民の館など ブルガリアへ イヴァノヴォ岩窟教会 ヴェリコ・タルノヴォ |
| 5月20日 | ヴェリコ・タルノヴォからプロヴディフへ カザンラク バラの谷、バラ産業博物館 トラキア人の墓地 |
| 5月21日 | プロヴディフ市内観光 古代ローマ劇場、ネベ・テペの遺跡、 ヒサル・カピアの要塞門 ソフィアへ ボヤナ教会 ネフスキー寺院、聖ソフィア教会 |
| 5月22日 | リラの僧院 |
| 5月23日 | 帰国へ |
| 5月24日 | 帰国 |
6時20分に家を出て9時20分に成田に着いた。| ○ | 機内のモニターでターザンのような映画をやっていた。 | 面白そうだったので、座席に置いてあるレシーバーで音声を聞こうと思った。 ところが、音声の切り替え器をいくらやっても、映画の音声が出て来ない。 しばらくして、字が小さくてよく見えなかったが、 モード(MODE)のボタンがあるのが分かった。 これを押すと、VIDEO と AUDIO が交互に替わるのだ。 そして、VIDEO の2で日本語の音声が聞こえてきた。 |
| ○ | 今 飛んでいるところを映し出すモニターに |
| “たこ坊主”のような黒い影が現れた。 これは次第に左に動いていく。 初めこれは何だろうと思ったが、 どうも夜の地域を示しているらしい。 |
| 両 替 | ドイツではユーロがべらぼうに高い。1ユーロ 146.19円だった。
日本では 139円ぐらいだった。日本で換えたほうがよかった。 5000円をユーロに換えたら、 34.2ユーロになるところ手数料を4ユーロ取られて 30.2ユーロにしかならなかった。 |
|---|---|
| 米ドルが |
トランプのようなものを 1.5ユーロで売っていた。 米ドルならいくらか、と聞くと、3ドルだと言う。 米ドルがユーロの半分の価値しかないことはない。 米ドルだとユーロの倍の値段になるのはおかしいじゃないか、 と主張したが、係員は執拗に米ドルなら3ドルだと言い張った。 |
| 飲み物の自動販売器 | 飲み物の自動販売器に1ユーロと書いてあった。 コーヒーを選んでボタンを押すと、1.2ユーロと出た。 おかしいじゃないか。よく見ると1ユーロと書いてあるのは Kakao つまりココアだった。それでこれを選んだ。 |

シナイア
ブラショフ
ブラン城(ドラキュラの城)
| ○ | ガイドはラド君と言う。アンナさんという女性の助手もいた。 |
| ラド君、日本語で説明する。
私の席は前の方、ガイドに近い席だったので、
ガイドの日本語を直して上げようと思った。 ブカレストの人口は約 300万人、それで車は 120万台もあると言う。 しかし、ほとんど欧州車で、日本車はほとんど見かけない。 なぜかと聞いたら、高いからだと言う。 | |
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| シナイアの僧院 | ペレシュ城(の一部) | ブラショフの町の広場 |
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かなりの坂を登る。4時5分から5時5分まで見学。 見学の後、城の下の広場で買い物などをした。 |
ブカレスト市内観光 国民の館など
ブルガリアへ
イヴァノヴォ岩窟教会
ヴェリコ・タルノヴォ
| ○ | 日本に絵はがきを出すのにホテルで切手を売っていない。 |
| しかも、郵便局も近くにない。 切手を貼ってポストに投函してくれるようホテルの人に頼んだら、 切手代を入れて5万レイだと言われた。 |
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| 国民の館 | ブカレストの凱旋門 |
| ○ | ここの入場チェックは厳しい。 |
| カメラを持っているだけで
10ドルほどの撮影料を取られる。それで、カメラはバスに置いておいた。 バルコニーに立って道路が一直線にのびているのを見た。 |
| ○ | 11時15分 トイレ休憩のためあるガソリン・スタンドに寄ったが、 |
| そこにはトイレが一つしかなかった。 女性が多いので、なかなかトイレの列が進まない。 出発が 12時になってしまった。 |
| ○ | 余ったルーマニアの紙幣を米ドルに換えてくれる、 と添乗員が言う。 |
| 自分は5万レイ紙幣を記念に取っておくことにして、 残りを米ドルに換えた。初めから 20ドルぐらいだけ換えておけばよかった。 |

| ○ | バスもブルガリアのバスに換える。 |
| 英語を話すブルガリアのガイドも来た。 ルーマニアのガイド、ラド君がここにいてびっくりした。 別の仕事でここに来ているのだと言う。 | |
| ○ | このホテルでブルガリアのお金に両替した。 |
| 1ユーロ=1.8レフ、1ドル=1.3レフと レートもあまりよくない(通常は1ユーロ=1.95レフ)が、 ブルガリアに入って最初のところなので、 みんな両替しなければならない。 大勢なのでかなり手間取った。 さらに、ホテルでは小銭を用意していない様子だ。 5人で 10ユーロずつ出し合って 50ユーロを 90レフに両替した。 |
6時20分 ホテルに着いた。 ○ホテルの売店に日本語を話す店員がいた。近くの大学で習っていると言う。 ○夕食の飲み物はビールにした。お皿をどんどん持って行く。 飲み物代はなかなか取りに来ない。 ○シャワーを浴びようと思ったが、疲れていたので、すぐ寝た。 目が覚めたときのどがかわいていたので、minibar から Kinley という 飲み物(Soda Water)を出して飲んだ。250ml。1.20レフ。 ●夜中、外でパーティーをしているのか、たいへんやかましかった。
ヴェリコ・タルノヴォからプロヴディフへ
ツァレヴェッツの丘、チャルシャ旧市街
シプカ峠
カザンラク
バラの谷、バラ産業博物館
トラキア人の墓地
5時に目が覚めた。暑くなったので、半袖シャツを着る。 チェック・アウトで飲み物代を払っていたので、バスに乗るのがおそくなった。 すると、すでに僕の席に他の女が座っていた。 2人がけの席を1人で占めようと、空いている席に移っていたのだ。 ずうずうしい。
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| 8時30分 出発。近くの丘に来た。 ツァレヴェッツの丘だ。 |
チャルシャ旧市街 風情のある石畳の道を歩く。 |
9時35分 ふたたびバスで出発。 11時30分 シプカ峠に来た。霧で何も見えない。それに寒い。10℃だ。 11時55分 「バラの谷」に向け出発。 11時20分〜11時35分。途中、きんきらきんの教会に寄った。 『地球の歩き方』によると、これはシプカ僧院と言うらしい。
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| ガイドがブルガリア正教の信者なので、聖水をかけてもらった。 それを見て、こんなぐあいににわか信者になった人がいた。 | |
| 昼食。道の脇のレストランに入るとき、みなに鳥のボーシを配っていた。 こんなの無意味だ。結局ゴミになった。 | |
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2時25分 バラの谷に着いた。この季節、バラは少ししか咲いていなかった。 トラキア人の墓。かなりの階段を登った上の方にある。 オリジナルでなく、レプリカの方に行った。中は狭いので、4人ずつ入った。 4時48分〜58分 バラ畑で一時 休憩。 |
5時35分 プロブディフの町に入った。
プロヴディフ
5時40分 ホテルに着いた。Novotel Hotel。
このホテルは今回の旅行で最高にいいホテルだった。
○夕食のためバスでレストランに行く。バスを降りて石畳を歩く。
このレストランは築 140年の古い建物だそうだ。
8時40分ごろホテルにもどった。
○あれっ、この風呂場にはお湯を出すところがない!と、一瞬とまどった。
洗面台のコックを引っぱると、柔らかい管になっていて、
これで浴槽に湯を入れるのだ。
○両替。ホテルのフロントで両替した。20ドルが 30レフになった。
○日本の友人に絵はがきを4通 出した。0.45レフX4=1.8レフ。
4通で 126円だ。
ルーマニアのホテルの1通 50000レイ(225円)とはえらい違いだ。
○『地球の歩き方』を読む。こういうのは旅行の前ではなく、旅行中に読む。
プロブディフ市内観光
古代ローマ劇場、ネベ・テペの遺跡、
ヒサル・カピアの要塞門
ソフィアへ
ボヤナ教会、ネフスキー寺院、聖ソフィア教会
朝食。ソーセージやコーヒーを取ったが、フォークやスプーンがない。 どうしようか、とよく見たら、各テーブルの上にそろえて置いてあった。 フォークとナプキンがあるところに座るのだ。これで人数を確認している ようだ。 (他のホテルではフォークやスプーンを各自 取って空いている席に座る。) ○チェック・アウトのとき、飲み物 Kinley(250ml)の代金 1.00レフを払った。 きのうよりいいホテルなのに、きのうより安い。そして、1レフだけなのに、 立派な領収書をくれた。 ○テレホンカードを買った。一番 安いのをと言ったが、7レフで 100度数の だった。もっと安いのがあるはずだが。 9時 出発。今日は雨もようだ。 ○少し歩いて広場に来た。自由時間になったので、本屋を見付けて入った。 語学の辞書があったが、買わなかった。『КАРТИ』という本を買った。
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| 古代ローマ劇場 | ネベ・テペの遺跡 展望台になっていて町が一望できる。 |
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| ヒサル・カピアの要塞門の前でポーズをとる少女 |
12時 昼食。 1時10分 ソフィアに向け出発。バスの中は半分の人が寝ていた。 小さな音で毒舌漫談のテープが流された。ソフィア3時40分 ソフィアに入る前にボヤナ教会を見学する。 12人ずつ3組に別れて中に入った。 4時25分 再び出発。 4時40分 ソフィアに入った。
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| ネフスキー寺院 | 聖ソフィア教会 結婚式をしていた。 |
夕食。ボヤナ教会の近くのレストランに行く。飲み物はワインにした。 7時 出る。7時55分 ホテルに着いた。206号室。 疲れていたので、すぐ寝た。
リラの僧院
6時30分ごろ起き上がる。 朝食。食べ物の種類が少ない。 9時 出発までメモを書く。 8時45分 下へ行く。 ○ 20ドルを両替した。このホテルでは 20ドルは 28レフだと言う。 9時 出発。リラの僧院へ。ある意味で今回の旅行のハイライトだ。
| 11時 こうのとりの巣のところ。5分ほど見る。 11時40分 リラの僧院に着いた。 自由行動 12時30分〜1時。 |
1時10分 出発。 1時30分 レストラン。庭で食事。鱒料理に赤ワイン付き。音楽がやかましい。 ダンスをする人々が庭を回った。 2時25分 出発。 4時50分 ソフィアの中心部 Sheraton Hotel のところにもどった。 6時まで自由行動。スーパーへ行ってみたが、買う物なし。 ○デジカメの電池がまた尽きた。通りの店でまた買った。2つで 2.2レフだった。 6時20分 ホテルにもどった。 ●夕食のレストランは音の暴力だった。超やかましい演奏。 隣の人と話もできない。生演奏を喜ぶと思ったら大間違い。 9時55分 レストランを出る。ホテルに着いて 10時30分ごろごろんと横になった。
6時55分に起きた。朝食 7時25分〜50分。 10時 ホテルを出発。空港までは近い。 帰国便も同じルフトハンザでミュンヘン経由だ。 1時10分 動き出す。1時15分 飛び立つ。 ○右前の席に赤ちゃんを抱いた人がいた。赤ちゃんの写真を撮ってあげた。 2時50分 ミュンヘンに到着。現地時間 1時50分。雨が降っていた。 ○成田 行きの便に乗るためのゲートを通ったところに係員が立っていた。 パスポートの点検かと思ったら、そうではなかったので、通り過ぎた。 振り返ってよく見ると「機内インターネットの案内」のパンフレットを 配っていた。な〜んだ。 機内でインターネットできるのか。後ほど機内で見てみたが、それらしい ものはなかった。 ●45E席を与えられたが、45D席があいていたので、そこに座った。機体の 後ろの方なので、席はこういう配列になっている。AC DEG HK。 3時40分 動き出す。4時7分 飛び立つ。 ★☆6時20分ごろ夕食のサービスが始まった。 ドイツ人のスチュワードが来たときメニューのうち Hühnchen Teriyaki (つまり、チッキン・テリヤキ)とドイツ語で言ったのが運のつき。 それは「ない」と言われた。そして「ビジネス・クラスの方にある かもしれないから、持って来る」というようなことを言った。それで、 待つことにした。ところがなかなか持って来ない。 ビジネス・クラスの方からそれを持って来るのではなく、ビジネス・クラスの サービスが終わってから、残ったものを持って来る、ということらしい。 それならそうと早く言え。 ビジネス・クラスのサービスはゆっくりで遅れている。 その間に日本人のスチュワーデスがおにぎりを1つとあめを持って来た。 6時35分ごろ日本人のスチュワーデスが「あと5分でビジネス・クラスの サービスが終わる」と言いに来たが、もっと待たされた。また、おにぎりを 2つ持って来た。それを食べてから「お茶がほしい」と言うと、お茶をすぐ 持って来てくれた。 教訓。○○がない、と言われたら、あるのでいい、と言うべきだ。 こちらのみんなの食事が済んでコーヒーのサービスがあった。 隣のやつ、笑いやがる。「笑いごとじゃないよ」と言ってやった。 スチュワーデス、何回も恐縮して「もう少し待って」と言いに来た。 結局、ビジネス・クラスのサービスが終わって持って来たのはビジネス・ クラスの食事だったようだ。丸い容器で、エコノミー・クラスのとは違って いた。ドイツ人のスチュワーデスが Sorry, sorry と恐縮してやっと 持って来た。3種類ある中から選んでくれ、と言う。最初に食べようとした 「チッキン・テリヤキ」はなかった。そのとき何を選んだかもう覚えていない。 ただ魚料理を避けたことだけ覚えている。 7時10分〜7時30分 食事。 お詫びとしてシャンペン(HENKELL)をくれた。 食事が1人だけ遅くてもシャンペンをもらった方がよかったと思う人がいる かもしれない。いないか。![]()
5月24日(火)。
2時58分 着陸。日本時間 9時58分。 1時30分に家に着いた。