「私は頭が痛い、私は歯が痛い、私はお腹が痛い」の類は
「象は鼻が長い」の類とは異なる。確かに、
「頭、歯、お腹」は「私」の体の部分であるが、上の文型とは
次のように異なっている。
「象は鼻が長い」では
「長い」は
属性形容詞で、象の属性ではなく、(象の)鼻の属性を意味している。
これに対して、「私は頭が痛い」では
「痛い」は
感情形容詞(もっと正確には
感覚形容詞)で
「私」の感じる感覚を意味している。
「頭」はなにかと言うと、これは感覚を感じる部位
(これを
箇所と言うことにしよう)である。
つまり、「痛い」という感覚形容詞は「箇所」を補語として
要求することばだ、と考えられる。
次に「私はお腹がすいた、私はのどがかわいた」の類はどうか。
「お腹、のど」が「私」の体の部分であるという点では
上と同じであるが、
「私は……すいた」「私は……かわいた」と、Bを省略して
言うことはできない。
これは「お腹がすく」「のどがかわく」の
結びつきが強いからである。
Bが省略できる場合もある。BがAの
代表的な部分の場合である。
花子は顔がきれいだ。 → 花子は きれいだ。
「花子は顔がきれいだ」は「花子は きれいだ」とも言える。
「花子はきれいだ」と言えば、普通は「顔がきれいだ」の意味である。
このように
代表的な部分[この場合は「顔」]
は省略できる。
以上をまとめると次のようになる。
| 象は鼻が長い。 | 「長い」は属性形容詞。(象の)鼻の属性を表す。 |
| 私は頭が痛い。 | 「痛い」は感覚形容詞。「私」は感覚を感じる主体、「頭」は感覚を感じる箇所を表す。 |
| 私はお腹がすいた。 | 「私は……すいた」とは言えない。 「お腹」と「すく」の結びつきが強い。 |
| 花子は顔がきれいだ。 | 「花子は きれいだ」と言える。 代表的な部分は省略可能。 |
これまでの問題点は次の通り。
- 属性形容詞と感覚形容詞の区別は
この「〜は〜が〜」構文にとって有効な区分なのか。
- 「結びつきが強い」ことはどう証明されるのか。
- 「省略可能な代表的な部分」とは「顔」の他に何があるか。
象は体が大きい。 → 象は 大きい。 この例では「体」も省略可能。
1−2「持ち物」について
「花子は着ているものがはでだ」という文で
「着ているもの」は花子の体の部分ではない。
「持ち物」である。この場合、実質的な所有権とは関係なく
(つまり、借り物であっても)
文法用語としての「持ち物」である。
1−3「生産物」について
「花子はかいた絵が売れた」という文で
「かいた絵」というのは花子の制作したものという意味である。
「生産物」である。このような「生産物」は「持ち物」になりうる。
「花子は声がきれいだ」という文で
「声」は花子の部分ではない。声は
声帯、呼気などによって作り出されるものである。
これも「生産物」の一種である。
「花子は字がきれいだ」という文で「字」というのは
花子が書いた文字のことである。
これも「生産物」と考えられる。
「声」や「字」は「持ち
物」とは言えない。
この点で「生産物」というカテゴリーを設ける必要性があるのである。
1−4「側面」について
「富士山は高さが 3776mだ」という文で「高さ」というのは
富士山の部分でも、持ち物でも、生産物でもない。
このようなものを「側面」と言う。
「大きさ、重さ、面積、体積、温度」などは側面である。
1−5その他
「山田さんは奥さんが病気だ」という文で「奥さん」とは
「山田さんの奥さん」のことである。
この場合、夫婦の関係、広い意味では親族関係である。(持ち物ではない!!)
「山田さんは部下が事故に遭った」。
親族関係以外でも、このような文がある。
「山田さんの奥さん」「山田さんの部下」と言った場合、
その「奥さん、部下」は
相対名詞の一種である。
相対名詞とは、基準が定まらないと指示対象が定まらない名詞のことである。
その基準とはこの場合「山田さん」である。
一般に「AのB」という言い方でBが相対名詞の場合、
その基準はAで示される。そして、この「の」は
基準を表す「の」
と言われる。
この項の問題点
ここではBが相対名詞の場合だけを取り上げたが、
AとBとの関係はそれだけではないだろう。この他にどんな関係があるかが
大きな問題点である。
2述語「〜」がガ格の対象[B]を取るもの
次に、述語「〜」が
ガ格の対象[B]を取り、結果として
「〜は〜が〜」という形になるものをまとめる。
2−1欲求の対象
「私は新しいカメラがほしい」という文で
「(新しい)カメラ」は「ほしい」の対象である。
「私は水が飲みたい」という文で「水」は「飲みたい」の対象である。
「ほしい」「〜たい」(動詞のタイ形「飲みたい、読みたい、見たい」
など)は
欲求を表している。
つまり、欲求の対象のガ格を取る述語とは形容詞「ほしい」および
動詞のタイ形である。
なお、欲求の対象をヲ格で表すこともある。
私は新しいカメラをほしい。 私は水を飲みたい。
英文法の知識が日本語の話し手の中に
浸透したせいか、目的語[=対象]は「を」で表すものだ、と
いう考えの者が現れたからと思われる。
また、実際の文では「〜を〜たい」という言い方の方が
「〜が〜たい」という言い方より圧倒的に多い。
2−2すき・きらいの対象
「私はねこがすきだ」「花子は犬がきらいだ」
という文で「ねこ」「犬」は
すき・きらいの対象である。
すき・きらいの対象のガ格を取る述語とは
形容動詞「すきだ、きらいだ」である。
なお、「〜
を すきだ」
「〜
を きらいだ」と、すき・きらいの対象を
ヲ格で表す言い方も、上に述べた理由から、
最近よく見られる(聞かれる)ようになった。
2−3可能の対象
「花子はピアノがひける」という文で
「ピアノ」は「ひける」の対象である。
「花子は英語が話せる」という文で
「英語」は「話せる」の対象である。
「ひける」「話せる」は
可能を表している。
つまり、可能の対象のガ格を取る述語とは
動詞の可能形(「ひける、話せる、見られる」など)
である。
なお、上に述べた理由から、
可能の対象もヲ格で表される例が見られる(聞かれる)
ようになった。
花子はピアノをひける。
花子は英語を話せる。
2−4その他
「私は犬がこわい」という文で
「犬」は形容詞「こわい」の対象である。
このようにガ格の対象を取る形容詞がある。
ガ格の対象を取る形容詞には「こわい」以外に
どんなものがあるだろうか。
「こわい」は感情形容詞で人称制限がある。
三人称を主語とするときは動詞「こわがる」を用いる。
その場合、対象はヲ格で表される。
太郎は犬をこわがる。
この節の問題点
- ガ格の対象を取るとされてきた形容詞、形容動詞、
動詞のタイ形、動詞の可能形もヲ格で言い表されることが
多くなった。このガ格とヲ格のせめぎ合いをどう考えたらよいか。
- (再掲)ガ格の対象を取る形容詞には「こわい」以外にどんなものがあるか。
3上手・下手、得意・不得意の表現
この表現で用いられる述語は「上手だ、下手だ、得意だ、不得意だ」
という形容動詞である。
「花子は 上手だ」と言われると、「何が?」と問い返したくなる。
「花子は歌が上手だ」のように「歌が」を補わなければならない。
そういう意味で「歌」はある種の補語である。
「下手だ、得意だ、不得意だ」についても同じことが言える。
しかし、「歌」など補うことばを対象と言える
かどうか。対象とは考えられない。
「花子は歌
を上手だ」などとは決して言わない。
つまり、これらの形容動詞は対象を取る述語とは考えられない。
それで、前項(ガ格の対象を取る述語)とは別に
1項目 設ける必要があるのである。
4Aが主題化変形されたもの
主題化変形とは補語の一つを主題として取り出すことである。
具体的にはその補語に「は」を付けて文頭に持って行く。
例えば「私がその仕事をします」という文で「その仕事」を
主題として取り出すとすると、「その仕事は私がします」となる。
「今日 雨が降っている」という文で「今日」を主題として
取り出すと、「今日は雨が降っている」となる。
この文では元々「今日」が文頭にある。
(詳しくは
『日本語文法入門』p.12〜13)
そうして、見かけ上は「〜は〜が〜」となる。
5所有の表現
所有の表現は
「[所有者]
に [所有物]
が ある」という構文を取る。
これを
所有文と言う。
私にお金がある。
所有者を主題化すると、
私にはお金がある。
となる。
この「に」は時に省略されて
私はお金がある。
となる。それで、見かけ上は「〜は〜が〜」という文になる。