卓球メールジャーナル第217号(2007年10月31日配信) ●快適生活 心のお手入れ(51) 焼津路子
「悩めるコーチの心−コーチとして、親として−」
コーチの重要な役割の一つは、自分が指導している人たちが、どのくらいのレベルの大会で、どのような相手と、どのような試合をして、どのような負け方(あるいは勝ち方)をしたのか、あらゆるデータをもとに分析し、より適切な指導を行うことです。だからこその悩みもあるようですが…。先日、私は、A氏から相談を受けました。A氏は、自分の子どもを含めた数人の子どもたちに卓球の指導をしておられます。その教室には、お子さんと同年齢のBという子がいるのですが、Bはセンスがよく、練習熱心なこともあって、めきめきと上達していきます。A氏は、コーチとして、Bの成長が嬉しい反面、親として、自分の子どもよりもBが上達することが我慢ならない気持ちが出てきて、指導に支障をきたしていると言います。まじめな方ですから、自分の子どもとBを平等に扱えない自分に情けなさを感じているとのことでした。
さて、どうするか。とても難しい問題ですが、私には、そもそも「自分の子どもとBを平等に扱う」こと自体が大変難しいことなのではないかと思えてしまいます。親にとって、自分の子どもは特別な存在です。親の身勝手や欲目だとはわかっていても、誰よりも幸せになってほしいし、有能であってほしい。親とはついそう願ってしまう生き物だと思うのです。だから、Bの成長が疎ましく感じられるA氏の気持ちは、親の感情としてはごく当然のことだと思います。
しかし、コーチとしてきちんと役目を果たすためには、もっともっと冷静な部分が必要です。特にスポーツの世界では、ある一定以上の水準に達していない者が、それ相応の評価しか受けられないのはごく当然のことですし、能力の違いは歴然とした差として出てきます。むしろ、その「できなさ」を、コーチはふまえて、その人にあった練習プログラムを立てていかねばなりません。残念ながら、その積み重ねの中で、選手の限界がみえてくることもあると聞きます。
自分の子どもの指導をするということは、能力の限界を見極める冷静さと覚悟があってこそできることなのではないでしょうか。たとえ、親がどんなに強くなってほしいと願い、本人がどんなにその競技が好きで努力していても、です。とても厳しいことですよね。特に、A氏のように情の深い方ですと、他の子どもたちと比較する機会の多い集団指導の場では、ジレンマに陥りやすくなることでしょう。
そう考えると、道はいくつか考えられます。例えば、他の子どもの指導は一切やめて、自分の子どもとのマンツーマンに徹する。もしくは、信頼できる別の指導者に自分の子どもの指導をお願いし、自分はタッチしない時間をつくる。前者は、それこそ何の邪魔も入らない状況で心ゆくまで練習をみてあげることができますから、メリットも大きいと思います。ただ、指導がいき過ぎたり、独りよがりになってしまったりした時に、どうやって軌道修正するかという大きな問題が出てきます。後者の場合は、親は心配で不全感も残りますが、子どもはその指導者の元でいろいろな経験をするでしょうし、悪くはないと思います。みなさんはどう考えますか?
【卓球メールジャーナル】に戻る
【トップページ】に戻るアクセスカウンター