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まずは、チェチェン問題について。
以下に、市民平和基金(CFP)の文章を引用して掲載します。
CFPメールニュース99/11/9
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■チェチェン紛争を知ってる? 最近のチェチェン情勢から
市民平和基金では、その設立当初からチェチェン紛争に注目していますが、ここで(ごく簡単に!)
おさらいをしたいと思います。
ロシア連邦の中にあるチェチェン共和国は、1990年に独立を宣言し、ロシアの経済封鎖を受けました。
1994年末、ロシアとの戦闘状態に入り、多くの人命が失われました。ロシア側は、核兵器をのぞくあら
ゆる兵器(毒ガスが使われたとの報告もあります)を使い、小国チェチェンに猛攻を加えました。
そして1996年、停戦協定が成立したのですが、独立問題は2001年まで棚上げになりました。
ロシアとの戦争はこうしていったん終わりましたが、その後チェチェン共和国の復興はほとんどなされず、
治安が悪化。外国人や近隣国からの誘拐などの犯罪が「唯一の産業」とまで呼ばれるようになりました。
そして今年に入り、チェチェンの武装勢力が隣国ダゲスタンに侵入。これを引き金にロシア軍はチェチェ
ンへの空爆を開始しました。
この頃、ロシアのいくつかの都市で爆弾テロ事件が発生。多くのロシア人がこれによって傷つきましたが、
これがチェチェンのゲリラによる犯行とされました。
このため、現在のロシアの世論は軍事介入の強化に傾き、攻撃は激しさを増すばかりです。チェチェン
の領土の半分近くは占領されたといわれており、すでに20万人の難民が、隣国イングーシなどに逃れて
います。
市民平和基金としては、これ以上の被害を何とかくい止めたいと考えています。
駐日ロシア大使館への抗議を続行するとともに、現地向かっているジャーナリストの林克明さんに救援金
を委託しました。また、林さんの帰国後には、現地報告会を開きます。
文責・事務局 大富 亮
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私がチェチェン問題を知ったのは、上記文章にある「ジャーナリストの林克明さんの現地報告会」の内容を、
事後ではありますが知る機会を持ったからです。
この報告会は、1999年11月27日に東京都内で開催され、約40人の出席があったそうです。
直後の12月6日、ロシア軍は、首都グローズヌイの住民に対して、「12月11日までに退去しないと、
武装勢力と見なして総攻撃をかける」という内容などを書いたビラをまきました。(1999年12月9日
朝日新聞から抜粋)
チェチェン問題については、以下がくわしいので、どうぞご覧ください。
市民平和基金 CFP
引用した文章にもあるとおり、設立直後から、チェチェン問題を追っています。
チェチェン紛争難民救援活動をおこなっています。
日本カフカスクラブ JAPAN KAFKAS CLUB
元々は、カフカス(コーカサスとも言います)の文化を紹介しようと発足した団体です。
発足と時を同じくして、チェチェン問題が勃発。チェチェンの現状を紹介しています。
また、書籍では
「カフカスの小さな国 チェチェン独立運動始末」 林克明(ハヤシ マサアキ) 小学館
ジャーナリストの林さんは、ロシア軍がチェチェンに侵攻した1995年(第一次戦争と言われています)に
チェチェンにいました(!)。その時に体験なさったことを、チェチェンの立場から書き記したものです。
「チェチェン紛争・20世紀最後の地獄」林克明
「メンズウォーカー」(KADOKAWA)の2000年1.18日号より、林さんの連載がありました。