縁を感じるとき 02.03.06
献血して思ったこと 01.02.16
国際交流まつり 10.06
プルナマ・サリ 08.04
大相撲群馬場所 04.21
縁を感じるとき 01.03.06
先日、図書館で、一度に3冊の本を借りました。
「セブン・イヤーズ・イン・チベット」ハインリヒ・ハラー 福田宏年=訳(角川文庫ソフィア)
「沖縄のナ・ン・ダ!?」沖縄ナンデモ調査隊(双葉文庫)
「からいはうまい」椎名誠(小学館)
昨年、ピクシーの「セブン・イヤーズ・イン・ジャパン」(祥伝社黄金文庫)を読みまして、
「このタイトルって、セブン・イヤーズ・イン・チベットのパクリだよね〜、やっぱり」と思っていました。
それから約半年が過ぎてから、やっと「セブン・イヤーズ・イン・チベット」を読んだのです。
上記の順に本を読み進めていって、「からいはうまい」の「チベット編」まで進んでいったとき、びっくりしました。
「セブン・イヤーズ・イン・チベット」に出てくる、ラサとか、バターランプとかが出てきたからです。
「どうしてこんなに偶然に!?」とさらに読み進めていくと、「辛味食文化初級入門塾」の中に
「コーレーグース」の記述を発見し、「それって、「沖縄のナ・ン・ダ!?」にも出てきたよお」とまたびっくり。
たまたま借りてきた3冊の内容が互いに絡み合っていたとは、と驚きました。さらに驚いたのが、
本の貸し出し期間中に、NHK教育テレビで深夜に「夏のチベットを行く」という番組を放送したこと。
その後「にっぽん食紀行」で親田大根を取り上げていたこと。親田大根は、「からいはうまい」の「信州編」で
紹介しているのです。
こうも偶然が重なると、なにかしらの縁を感じてしまいます。
いつも身の回りに漂っていたことが、ある日濃度が濃くなって、目に見える形で現れただけかもしれません。
宇宙も、こうしてできたのかもしれません。って考え過ぎ。
こうして巡り合った縁も、その力が終われば別れていくのかもしれません。
なんにしても不思議なことです。
献血して思ったこと 01.02.16
私は気分が高揚していると献血に行きたくなる傾向があります。1年前は、バリ研修旅行から帰ってきてハイになっていて、「よお〜し、献血するぞお!!」と意気込んでおりました。(それ、変だよ、とyumi先生に笑われましたが。) 2000年2月、バリから帰ってきて1週間後、献血ルームに行きました。そして問診にて。
| 先生 | 「あら、バリに行ってきたの!?」 |
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| 私 | 「ハイ」 | |||
| 先生 | 「生水とか、生ものとかは食べなかった?」 | |||
| 私 | 「ずっとホテルとレストランで食事してました。」 | |||
| 先生 | 「インドネシアは汚染地域だから、 1カ月くらい経ってないとねえ。 具合は悪くならなかった?」 |
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| 私 | 「バリではなんともなかったのですが、 成田に着いてから、おなかが痛くなりました」 |
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| 先生 | 「それじゃだめよ!!
体力の落ちている人に輸血するから、 普通の人がなんともなくても、輸血された人が具合が 悪くなることもあるから。 最低でも1カ月経ってからいらっしゃい!!」 |
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| 私 | 「ハア・・・」 |
で、きっちり1カ月後に献血したのでした。
それにしても、汚染地域って・・・・そういう名称はないでしょうが。それに、汚染地域に旅行に行った後1カ月は献血は控えたほうがいいなんて、テレビとかラジオとかペーパーとかで、告知してましたか?
問診してみて初めてわかることじゃありませんか?
体調がいい人だったら誰でも来てくださいっていうようなことを言ってますよ。JAROに電話しちゃうぞ。そう思いました。
その他にも、ピアスホールをあけてから最低半年、できれば1年は献血しないほうがよいってことも、問診で知りました。私は、前回の献血に行ったあと、ピアスホールをあけたので、昨年は献血に行きませんでした。
先週、FM群馬"フレッシュモーニング"に血液センターの方がゲスト出演していて、「夏季、冬季は献血者が少なく、特にこの時期は、風邪をひいている人、花粉症の症状を発症している人が多くなることもあって献血者が少ないので、ぜひご協力ください」と話していました。それを聞いた直後、その血液センターから「バレンタインキャンペーン」のハガキが届いたのです。景品につられて、1年ぶりに献血に行きました。
ずいぶん前ですが、友人Eの同級生で献血の仕事をしていた人がいました。Eからまた聞きした話によると、献血者は本当に少なくて、どうしたら献血してもらえるか、御礼の品を考えたりするのもとても大変だったそうです。
今回私が献血に行ったのも、バレンタインキャンペーンで、男女問わずチョコレートを貰えるから、というヨコシマな考えだったんですけどね。しかも、2月末までは、Jリーグ浦和レッズの小野伸二選手のポスターが貰えるのです!!
いやあ、貰ってきましたよ、伸二のポスター。
こんなヨコシマな思惑で献血に行ったのですが、誰かのお役に立てればいいな、と思います。献血したくてもできない人(前述の海外旅行やピアスの他にも、輸血経験のある人はダメとか、体調不良でダメとか、結構ハードルが高い。)がいらっしゃることを思えば、献血できるときには行くようにしようと思います。1カ月後にはまた献血可能です。来月また行ってみるとしようかのう。
私が献血に行く、もう一つの思惑・・・血液の生化学検査の結果を送ってもらえることです。私はコレステロール値がものすごく高いのです。前回の数値は284mg/dl。完全にドロドロ血です。こんな血でも使って貰えたかな。毎日、きのこ類と海草と野菜は欠かさず食べ、運動もしているのですが、何でこんな数値だったのか・・・。今回の検査結果が気になるところです。
国際交流まつり 10.06
| 2000年10月1日(日)、群馬県庁構内県民ひろばでおこなわれた、国際交流まつりを見てきました。 県内在住の外国人の方と交流を深めようということで開催されたこのお祭り、ワタクシのお目当てはやはりアジア系。 韓国伝統打楽器集団は、在日韓国人の方で作るアマチュアグループ「パラム・ウムセク」でした。神奈川を中心に活動されているそうです。 |
ゆうまちゃんだよ〜ん。 群馬県のマスコット。 ![]() |
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| インドネシア古典舞踊は、太田に研修生として来ているインドネシアの男性が踊ってくださいました。皆さん、ちょっと恥ずかしそうだった。
(無理もありません、3メートルと離れていないところで、お友達らしい方々が、カメラやビデオを構えていたのですから・・・)
音楽はテープを使っていらしたのですが、アジアン・ポップスっていうんでしょうか、歌謡曲のような印象でした。 |
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| 屋台には、ざっと数えただけでも15か国の名前がありました。群馬にお住まいの方だけでなく、各国との交流協会なども参加していて、食べ物屋さんだとか民族衣裳で写真撮影だとか、にぎやか〜でした。 そんななかに、「東京入国管理局高崎出張所」「東京税関前橋出張所」と、ちょっと雰囲気の違う屋台(??)も。ここでは、外国人の方の就労に関する問題や、密輸などに関する問題について扱っていました。他にも「高崎市等広域消防局」の起震車(地震体験車ですね)が来てて、何? と思ったら、地震に対する心構えのパンフレット5か国語版を配布してました。 国際交流って、ただ楽しく仲良く、というだけでなく、普段から助け合ったりルールを知ったりすることも必要なのですね。 |
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プルナマ・サリ 08.04
プルナマ・サリという、バリ舞踊の団体の踊りを見ました。
場所はお初天神という神社でした。プルナマ・サリは、4〜5年前から、お初天神の夏祭りに、踊りを神社に奉納なさっているのだそうです。踊りを神様に奉納・・・なんてバリっぽいのでしょう!これは見なければなるまい!!ということで、私にとってこの夏最大のイベントになるであろうツアーを決行したのでした。
2000年7月22日(土)、この日の最高気温は35.4℃。午後5時をまわっているというのにまだ気温が高く汗がダラダラ、神社の前は人だかりで熱気ムンムン。見物の人たちの間で、クバヤにスレンダン、バティックをまとった女性たちが大勢待機する中、ガムランの音が流れてきました。いいねいいねえ〜。
踊りは、ルジャン、ペンデット、マルガパティ、テレックでした。ルジャンは多分、生徒さんたち全員で。ペンデットには、この日の情報を教えてくれたえつこさんが参加していました。マルガパティはソロの踊りで、あの方はバリニーズかと思うほど素敵な踊りでした(大西さんという方だそうです、惚れました)。
テレックには、プルナマ・サリの先生である田中先生が出演なさっていました。美女の舞、みなさん優雅な動きで、プロの方ばかり?と思いました。それにしてもあの暑いなか、仮面を付けて踊るのは、大変だったことでしょう・・・
踊りを見た第一印象は、バリ舞踊を長く続けている方の多い、歴史ある団体なのだな、ということでした。みなさん、手や肘や肩の形が、私とは比べられないほどカッコいい。(済みません、私なんかと比較して・・・)
後日、えつこさんからうかがったところ、プルナマ・サリは5年前から活動が始まったとか。あらら、デワ・プルギナと同じ時期ではありませんか。うう〜ん、びっくり!
デワ・プルギナのメンバー以外の日本の方がバリ舞踊を踊るのを見るのはこれが初めてだったので、とっても新鮮でした。えつこさん、田中先生、プルナマ・サリのみなさん、すばらしい踊りをありがとうございました。遅ればせながら、えつこさん、デビューおめでとうございます。
当日、間抜けな私は、カメラを持っていくのを忘れました。そして、現地での勝手がよく飲み込めていなかった私は、ルジャンを後ろから見ることになってしまい、世にも珍しい「おしりばかりが映っているルジャン」のビデオを撮ってきたのでした。
お詫びと訂正:
前回、「ブルナマ・サリ」と記述したのですが、お初天神で奉納舞踊を踊られたのは、
「プルナマ・サリ」(Purunama Sari)の間違いでした。大変失礼致しました。
関係各位にお詫びいたしますとともに、訂正させていただきます。
Purunamaは「満月」の意味だそうです。うう〜ん、私も、インドネシア語を勉強せねば。

大相撲群馬場所 04.21
2000年4月16日(日)に、大相撲群馬場所に行ってきました。
取り組みの他に、稽古、初切、甚句、太鼓、床結、ちびっこ相撲などがあり、盛り沢山でした。
その中でも特筆したいのが「初切(しょっきり)」です。
初切とは、相撲の禁じ手を分かりやすく解説したものだそうです。私は、「こういうのは駄目!」と、ひとつひとつ型を見せながら解説するのかな、と思っていました。ところが、お相撲さん2人と行司さんと、3人の掛け合い漫才みたいな形式の、楽しい出し物でした。「おい!
待ったなら待ったって、大きな声で言えよ!」とか、セリフもあって、道化のような、お芝居のようなものでした。
テレビもゲームもない時代、こういう催し物を見るのが娯楽だったんだなあということが、実感できました。事実、BALIのお祭りはそういう機能を持っているわけで、土地は違えど皆同じなのだなあと思いました。
最近は、裸足でいる人に親近感を持ってしまうのです。お相撲さんや関取の足の裏が真っ黒になっているのを見て、「ふふふ、仲間・・・」と思ってしまいました。
インドネシアのガムランと映画 行ってきました!
1999年12月19日(日)に、前橋市の群馬会館で、「インドネシア
魂のメッセージ」が開催されました。
第1部は「レクチャーコンサート
ジャワのガムラン&舞踊」、第2部は映画「枕の上の葉」上映でした。
ワタクシ、体調不良のため、第1部だけ見てきました。その感想なと・・・
バリのガムランをたくさん聞いたわけではないですが、ジャワガムランとバリのガムランは違うんだなって、わかりました。ジャワガムランのほうが、かわいらしくて、上品な感じ。バリガムランは、にぎやかで勇ましいような気がします。楽器の構成も、ジャワガムランは、笛や弦楽器がなくて、打楽器だけでした。
レクチャーで、「32拍で1つの単位」とか、「基本のメロディを演奏する楽器と、アレンジする楽器がある」などの説明があり、勉強になりました。
舞踊は「ゴレ・アユンアユン」という曲で、とてもかわいらしい踊りでした。特に、歩くときにすり足なのがかわいかったです。バリ舞踊は、「ドスドスと音がするくらい、地面を踏み締めて踊る」と毎週言われているので。また、バリ舞踊は、ひじを肩の高さまで上げて踊るけれど、今回見た舞踊の手の使いかたは、演劇っぽい感じでした。
一番前の席で見ました。やわらかな手の動きのとき、動きはやわらかいのに、すごく力が入っていて、腕がプルプルと小刻みに震えているのがわかりました。「全身に力を入れているのだなあ。見習わなくては」と思いました。
田村史さん、ガムラングループ・カルティカのみなさん、稲毛やよいさん、ありがとうございました。
また、NPOスピリットN群馬のみなさん、ありがとうございました。
同じ建物の中で、インドネシア交流会場があり、クルプック付きでコーヒーが飲める喫茶コーナーがあったので、いただきました。バリに行ったとき、実はバリコピが飲めなかったのです。会場で飲んだコーヒーは、砂糖入りで、上澄みを飲むもので、「きっとバリコピもこんな感じに違いない」と思いました。満足。
そしてふと気づきました。トルココーヒーも、砂糖を入れて、上澄みだけ飲むんじゃなかったっけ?もしかしたら、このコーヒーの飲み方が、アジア圏では王道なのか?なんて思いました。