あこがれのバリ旅行   バリに行ったよ!1999年夏の、バリ6日間の日記です。   HOMEヘ戻る

 

6月26日(土)   いよいよバリ旅行に出発。
GA機内で「BEER PLEASE!」と頼んだら、「MILK」が出てきた。そんなに発音が悪かったか。
ングラ・ライ空港では、トランスポーターのおっちゃんにチップをせがまれる。本を読んで、おっちゃんたちには注意しようと思っていたのに。悔しい〜!
     
6月27日(日)   バリ1日め。朝食後、バカンス村の中を1周してみる。バリは猫が多いと聞いていたが、どこもかしこもリスだらけ。FIJIのほうが猫が多かったように思う。
新着の客向けのバカンス村案内があるというので参加する。そして、ホテル内で、バリ舞踊が見られると教えてもらう。写真、ビデオもOKとのこと。月曜日と木曜日だそうだ。
エクスカージョンで、28日(月)のラフティングを申し込む。7月1日(木)のケチャックツアーも申し込みたかったが、「人数が揃わないと実施しないので、前日にもう一度来て」と言われる。
このときはまだ、木曜日にケチャックを見るつもりでいたのだ・・・
     
6月28日(月)   ラフティングに行く。フランスから来たカップルと私たちで、4人のチーム。
バリ2日めはあいにくの雨で、ものすごく寒い。アユン川に3回落ちる。ますます寒い。
ラフティングのガイドのWHY NOT君に、「あなた、おもたいね」と日本語で言われる。どうやら、彼の英語での説明を、私が理解できないことを指しているらしい。落ち込む私。
疲れ切ってアユン川から帰ってきたが、根性でエアロビクスに参加する。
そして夜。すっかり雨もあがった。夕食後、バリニーズシアターへ。「パニャンブラマ」「極楽鳥の踊り」「蜂の踊り」を見る。幸せ〜。
G.O.ショウの後、だんなはビーチバレー大会に参加して、準優勝する。
しかしこの夜から、ダンナはお腹をこわす。
     
6月29日(火)昼   「私たちって、7月1日の朝に日本に着くんだよね。で、飛行機は、6月30日の真夜中に出発するんだから、明日はもう帰るってこと?ってことは、木曜日のケチャックツアーは行けないってこと!?」
私は、7月1日の夜にバリを出発するものだと思い込んでいたのだ。
ケチャック&ロブスターツアーは毎日実施なのだが、ケチャックだけのツアーは木曜日と土曜日しかなかった。ロブスターは絶対に食べないと誓っていたので、ケチャックツアーは断念することにする。
ダンナのお腹の調子を気にしつつ、シュノーケリングをする。やっと3点セットの登場だ。せっかく持ってきたんだから使わなきゃね。
昼食で、韓国からのハネムーナーと同席になり、夕食をご一緒する約束をする。
     
6月29日(火)夜   夕方、写真屋さんの前を通りかかると、「バリの伝統衣装で写真をとってくれる」とのこと。「明日出発なら、今しか写真とれないよ。明日じゃ間に合わない」といわれて、お願いすることにする。着付けから撮影まで約1時間。夕食の約束の時間ぎりぎりで終了。
「せっかく持ってきたゆかた、まだ着てないじゃん!」と、あわててゆかたを着て、約束の場所へ行く。予想どおり、人目を引いていた。「ニーハオ」とも言われたが。
韓国からのハネムーナー3組と私たちで、総勢8人の夕食。お隣の国なのに、私は、韓国のことを何にも知らなかった。徴兵制度があること。人口の30%はキリスト教徒だということ。日本語を勉強している人がとても多いということ。
せめて英語が話せたら、自分の言葉で韓国のことについて質問したり、自分のことを話したりできたのに、と思う。
そして「あたしゃ、日本に帰ったら、さっそく英会話を始めるわよ」と誓う。
誓ってばっかり。
    バリニーズもどき
6月30日(水)昼   村内のミニゴルフコースをまわったり、ギャラリア「ヌサ・デュア」に行ってみたりして、夕方まで過ごす。
「延泊したいなあ」とダンナがポツリという。でも、あなたのお腹のことをを考えると・・・ねえ。
     
6月30日(水)夜   最後の夕食時に、デザートで「ドリアンアイス」というのを発見した。
ドリアンは雨期にしか口にできないと聞いていたので、よろこんで試してみる。
結果は、香り、味とも「たまねぎ?」私、たまねぎだめなのに・・・
出村時、LISAさんという日本人G.O.が見送ってくれる。「CLUB MEDって、採用はフランスなんですか?」と聞いてみた。LISAさんは、英語が生かせる職場を探していたところ、たまたま新聞の求人案内でCLUB MEDの採用募集を発見したそうだ。試験は東京だったとか。
空港までの車で、日本人の女性1人旅の方と同乗になる。彼女は現地語もペラペラのリピーターのようだった。空港の待ち合いで、1人旅の日本人女性をたくさん見かけた。みんなかっこいいなあ。
     
7月1日(木)朝   成田空港に着く。「日本は蒸し暑いよう!」バリは乾期だったせいか、湿度が低く過ごしやすかった。もっとバリにいたかったなあと、改めて思う。
でも、日本では、言葉が通じる。言葉が通じるとは素晴らしいことだ、とも思う。
     
7月1日(木)夜   バリ舞踊のお稽古に行く。そしてへとへとになる。
     
7月5日(月)   ダンナのお腹の調子は戻らない。近所の内科にいく。抗生物質を処方してもらったそうだ。
「最近、バリ帰りで赤痢にかかってた人を診たって、先生に言われた。とりあえず赤痢の検査をするってさ。でも、君は何ともないんだよね?」そう。私は何ともない。
     
7月8日(木)   ダンナの検査結果がでる。「赤痢はネガティブだって」。ということで、とりあえずバリ旅行終了。

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