くちなし

 新緑の明るい緑が濃緑色に変わるころ、くちなしの白い花が甘く香る。その白い花が最も強く香る夜更け、ヒカルはこの花の花言葉を教えてくれた白い直衣がよく似合う囲碁幽霊を思い出していた。


「くちなしの花言葉はね、“清浄・優雅・夢中・とても嬉しい・喜びを運ぶ・幸福者”っていうんですよ(対局♪・対局♪・対局〜♪)」
「ふ〜ん、何かわかんないけどおめでたい言葉ばっかだな(お前みたい)」
「ええ! 私、今、とっても嬉しいんです。ヒカルのおかげで碁打てますからねぇ〜」
「言っとくけど、今日はオレが打つんだからな!」
「え――! ヒカルなんかじゃ、まだ勝てませんよ。大会、負けちゃいますよ」
「だめ! お前引っ込んでろ」
「え――!! ヒカルなんか……ヒカルなんか……(べそべそべそ)」
 ヒカルが中学に入って、初めての大会に行く途中の会話だった。

 その翌年、くちなしが甘く香る時節には、ヒカルは院生上位にあり、くちなしについて別口の知識も持ち合わせていた。その知識もまたかの能天気な囲碁幽霊から仕入れたものだった。
「碁盤の足ってへんな形〜、なんか短足・ガニマタぽいよな」
「ヒカル……もうちょっと綺麗な形容できませんか。“むーど”も“ろまん”もない」
「まぁ足つきの碁盤が欲しいってねだったのはオレだけどさ、もーちょっとこうカッコいいのでもいいかなぁって思ったりするわけ」
 現代っ子のヒカルのセンスからすると、5印Tシャツや某メーカーのスニーカーなどはOKで、短足・ガニマタな碁盤の足はNGらしい。平安時代の感性を色濃く残す囲碁幽霊は、自身で理解しにくいところの“ふぁっしょん”的なことはさておいて、得意分野の囲碁解説にうつった。
「くちなしはね、果実が熟しても口が開かないので“口無し”という名で呼ばれるようになったんです」
「はぁ? 誰もくちなしの話なんかしてないじゃん」
「いいから! ちゃんと話がつながるんだから、お聞きなさい」
「へーへー」
「碁盤の脚はこのくちなしの果実をかたどったもので“くちなし脚”と呼ばれるんですよ。対局中は“口をきかない・口を出さない”ことから名付けられたんです。ちゃんと謂れがあるんですからね、もう短足・ガニマタだなんて変な連想しないでくださいよ」
 心なしか囲碁幽霊の白い額に怒りマークが浮き上がり、湯気が立ち上っていたような……気がした。

 甘く香るくちなしの白い花。甘く薫るあいつの白い顔――花顔といっても恥じぬほどの端麗な面差しだった。忘れやしない。
 佐為。
 お前が言ったんだ“対局中は口を利かない、口を出さない”って。
 オレの人生という一つの対局中なんだから、お前とは口を利かない。お前には……口を出させない。
 忘れたりしない。オレが生きているんだってこと。

「くちなしの花言葉はね“私はあまりにも幸せです”っていうんですよ」
 どこからともなく漂う甘い香りと自らの胸の内の苦い思いを交錯させながら、ヒカルはくちなし脚の碁盤に石音を響かせた。


【NOTE】
※「お笑い囲碁替え歌」※
(http://www.wing.gr.jp/kaeuta.html )
というHPにあった替え歌No.11からの連想
爆笑しつつ思いついたのがこの「くちなし」の話。
変? でも碁盤に涙〜♪
「紫陽花」
(2003.6.2.UP)

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