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今年は終戦から70年です、きちんと近代史を学びなおしましょう。

平成27年1月3日
歴史ナビゲーター 井上政典

 天皇陛下の新年のお言葉に、

 「新しい年をみなさんとともに祝うことを、誠によろこばしく思います。本年が国民ひとりびとりにとり、少しでもよい年となるよう願っています。

 年頭に当たり、わが国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります。

 本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々,広島,長崎の原爆,東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。

 この機会に,満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び,今後の日本のあり方を考えていくことが,今,極めて大切なことだと思っています」

 ここにあるように、私たちは先の大戦の経緯と背景をしっかり学ばねばなりません。

 そして先人たちがどうして戦ったのか、どう戦ったのか、そしてその戦いの後でどうなったのかとことを検証せねばならないと思っております。

 戦後の日教組が主導する教育の中で、先の大戦は侵略戦争と位置づけられ、私たちの祖父や父親たちは侵略者の汚名を着せられています。

 さらに私たちの祖父や父親たちは強姦魔、略奪者、犯罪者にされているのです。

 そして歴史カードというキャッシュカードを中韓に与えて、いくらでも騒げばお金が出せるようにしてきたのが、この70年でした。

 でも、学校で教わった歴史やテレビや映画で見る歴史にはどうしても矛盾点がたくさんありました。

 ぜひ、レンタルDVDで勝新太郎の「兵隊やくざシリーズ」を見てみてください。
戦時売春婦がそこに当たり前のように出てきます。

 映画製作のスタッフが現場を知っているために、とてもリアルに描かれています。もちろん、可愛そうな境遇でしたが、そこには親に騙されてとか売られてきたというセリフもちゃんとあります。

 戦後すぐの戦争映画はそういう軍隊経験者が大勢いたので皇軍の誇りや武人としての潔さを好意的に描いてあります。

 しかし、昭和40年代に入ってくると第一線からそういう経験者が少なくなり、さらに津川雅彦氏に言わせると映画界が左翼に乗っ取られたために、エンターテイメントではなく左翼思想を持ちこみ、映画が詰まらなくなり、映画産業の衰退に繋がっていったといいます。

 戦争映画では、いかに国のために死ぬのが馬鹿らしいか、犬死のように描き、下士官は鬼畜のような振る舞いをするのです。

 元憲兵だった方にお話を聞いたことがあります。

 その方ははっきりと言われていました、憲兵とは軍隊内の警察であり一般市民を捕まえたりする権限はなかったと。

 特高警察が思想犯を取り締まる役目があり、その特高から逮捕されたり尋問を受けた当時の左翼主義者や無政府主義者たちが戦後、米軍の政策によって地位を得て、帝国大学や法曹界、そして言論界で軍隊=悪、どれだけ国民の生活が軍隊によって蹂躙されたかを喧伝したのです。

 しかし、戦前の生活について多数の人に話を聞いても、普通の人はなんら弾圧を受けておらず、憲兵隊が来て取り締まられるということはなかったと証言されています。

 ここに、戦後の自虐史観の出所がわかってくると思いませんか。

 はだしのゲンを見ても、あのお父さんは当時非国民のレッテルを貼られた共産主義者か無政府主義者だったと思います。

 そこで逮捕されたり尋問されたりしたのですが、これが一般的なものではありません。

 それを映画や漫画で描くといつでもどこであったように思えるのですが、実際には違います。

 母親の実家の方では、軍隊の演習が行われ、兵隊さんたちが民家に分かれて分宿していたそうです。

 規律は見事に守られ、10代だった母はさすがに国民を護る軍隊だと誇りに思っていたそうです。母の実家は庄屋だったため、将校さんが泊まられていたそうですが、それは見事な武人だったと聞いています。

 こういう話はだんだん聞けなくなりました。

幸いなことに、以前から興味のあった私は小さい頃から親戚の軍隊経験のあるおじさんたちに話をよく聞かせてもらっていたのです。

 子供の頃に見せてもらった刀を先日探し出しみてみると、たいしたことのない鋳造刀だったことがわかりがっかりしましたが…。

 ビルマのまだ収拾されていない皇軍の遺骨が語るという設定で作った「骨の声」という作品も、その昔話を題材に作ったものです。

 作者の脚色が入っているとはいえ、実話が元になっているものですから、演奏者の技術も相まって聞く人の魂に響くのです。

 あの戦争は悪い戦争だった、戦争をせずに済まなかったのかという人が大勢います。

でも、あの戦争をもし日本が戦わなかったらどうなっていたのかと逆に質問すると誰も答えられません。

 特に頭の良い方は、急に黙り込んでしまいます。

 それは、先の大戦を日本が戦わなかったら、現在の世界地図は大幅に変わっていることがわかるからです。

 そして多くの人がそれがわかっても、日本人がたくさん犠牲になっているのだからと言われます。

 そうです、戦後の命が一番大事と教育を受けてきた人間にとってあの戦争は無謀な戦争にしか過ぎません。

 でも、誇りや矜持を大切にする人にとってはあの戦争は避けられない戦争だったことがわかります。

 だから、日教組は戦後の教育で自分の命が一番大事と教え込んだのです。

 でも、歴史を学べば学ぶほど「命よりも大切なものがある」と思えるようになりました。

 歴史に名を残した人たちは、自分の命の使いどころを十分に弁えていたからです。

 もし、吉田松陰先生が自分の命を惜しんで言い逃れていたら、30歳の若さで処刑されていません。

 しかし、その死をきっかけに討幕に火がついた高杉晋作の心の炎は燃えきれずに結核で亡くなっていたかもしれません。

 さすれば、その遺志を継いで日本国を建設しようとした身分の低い伊藤博文は結局世に出れずに長州藩内で埋もれていたでしょう。

 もし、西郷隆盛が自分の命を惜しんで藩命に従って月照上人を処刑していたらあの大西郷は生まれてこなかったでしょう。

 大西郷無しに薩摩藩が討幕でまとまることはあり得なかったと思います。

 さらに廃藩置県という大業は大西郷無しに絶対にできませんでした。

あの明治維新の偉業は自分の命を惜しまずに日本のために働いた人たちがいたおかげで成ったのです。

 その気持ちがわかるから今でも幕末物の人気は高いのです。

 それからわずか70年後が先の大戦のあたりです。

 日本国のために命を投げ出した人たちが幕末の志士の心中を察しないわけがないでしょう。

 何のために自分の命を捧げるのかという問いに何度も自問自答されているはずです。

 特に特攻隊でなくなれた方々の多くは大学生でした。

 今のてれんぱれんした大学生を思い浮かべるとだめなのです。

 当時の大学生は今の大学の助教授レベルの知的レベルだと思っていいでしょう。

 その人たちが何のために自分の命を捧げるのかをいくら若くても理解しないはずがありません。

 知覧や大刀洗基地の遺書を見ると、皆さん素晴らしい字で素晴らしい文章を書かれています。

 文章を書く人間として、あの文章を見てその文才たるや並大抵なものではないということがわかるのです。

 自分の死を正面から受け止め、そして何時間かけて飛行機や潜水艦を操縦して敵艦に体当たりするのです。

 それは一時の狂気では絶対に成し得ないものだということを現代の我々は理解しなければならないのです。

 そのためにも正しい当時の情報が必要なのです。そして少しでも英霊の方々の当時の気持ちを理解することが大切なのです。

 このブログでは、今年は特に近代史を中心に書いていこうと思っております。

 そして中韓にもう歴史カードは無効だよと教えてあげないといつまでもせびり取られるだけでなく、中韓にとっても正常な外交交渉をさせる機会を与えねばなりません。

 ご質問なり、ご意見なりどんどんお寄せください。

本日は大東亜戦争が始まった日です。

平成26年12月8日
歴史ナビゲーター 井上政典

本日は大東亜戦争が始まった日です。

 「昭和16年12月8日未明、わが帝国陸海軍は英米と西太平洋上にて戦闘状態にいれり」との臨時報道があり、真珠湾での華々しい戦果が報じられました。

 アメリカもリメンバーパールハーバーということで、真珠湾攻撃がこの戦争の緒戦として位置づけられています。

 そして戦後、大東亜戦争という先人たちが戦った聖戦の名称を禁止し、太平洋戦争と呼ばせました。

 いまだに放送局では放送コードが存在し、大東亜戦争は放送禁止用語となっているそうです。これは田母神閣下がテレビ局の人から言われたので、「いや俺は使うよ」といって大東亜戦争と発言したのですが、放送では見事にカットされていたそうです。

 しかし、西太平洋上というのが真珠湾でしょうか?

 地図を見てもらえば一目瞭然ですが、ハワイは中部か東部太平洋に位置しています。

 では西太平洋とはどこのことでしょう?

 実は真珠湾攻撃の一時間二十分前に帝国陸軍18師団56連隊の侘美支隊がマレー半島の英軍が9000の守備隊と25のトーチカで防御陣地を築いているコタバルに敵前上陸を開始しているのです。

 この第18師団は通称「菊兵団」といい、福岡久留米の兵が中心となって編成された日本陸軍最強師団の一つです。

 ビルマで戦死した私のおじさんもこの師団の所属でした。

 菊が皇室の紋章なので、「御紋章師団」とも呼ばれ、兵の士気も練度も高い師団でした。

 その中の56連隊を中心とした侘美少将指揮下の部隊が戦死者320名、戦傷者638名の尊い犠牲を出しながら上陸に成功したのです。

 陸軍も海軍も奇襲が作戦成功の大切な要因となるために、時差が6時間あるのでマレーの深夜、ハワイの早朝がベストなタイミングとされたのです。

 陸軍も海軍も奇襲ですが、先に連合国は経済封鎖を実施ており、すでに戦争状態に入ったとみるのが普通であり、けっして皇軍のだまし討ちではありません。

 卑怯な日本軍のハワイ空襲とルーズベルト大統領が宣伝してアメリカ国民の戦意高揚に使っただけです。

 おりしも今朝の産経新聞では二重スパイが日本軍飛行機によるハワイの奇襲を数か月前に報告していましたが、信用せずに握りつぶしていたことが書いてありました。

 先に日本軍に攻撃させてアメリカを参戦させたという陰謀説が有名ですが、これにまた裏付けの資料が出てきたということです。これに基づいて作られたのが、「トラトラトラ」と日米合作の映画でした。

 コタバル上陸作戦は苛烈を極めました。

 部隊が上陸できる場所が限られているためにイギリス軍としては防御陣地を集中して構築しやすく、効率的に兵員を配置できていたのです。

上陸する部隊を郵送した淡路山丸は英軍機の攻撃で沈没し、この大戦における沈没第一号となったほどです。

 そしてこの上陸は長い間英国の植民地として搾取されていたマレーの人たちを解放する口火となったのです。

 そのことは現代のマレーシアの歴史の教科書に、マレーシアの歴史は日本軍がコタバルに上陸して英軍を蹴散らしてくれたことから始まったと明記されています。

 マレーシアは人口の多くマレー人で華僑は15%くらいです。

だから、ここはとても親日国家なのです。

 その反面シンガポールは華僑の割合が多く、どちらかという反日的な言動を今まで取ってきております。

 マレーシアは産油国でもあり、とても豊かな国です。しかし、その富はイギリス人によって横取りされていたのを、日本の上陸でマレー人の手に取り戻したのです。

 その後、マレー半島を南下して破竹の進撃を日本陸軍はしますが、その背景にあったのは、イギリス軍の中にインド兵が多数いて、そのインド兵たちに日本軍と行動を共にするインド独立を目指す活動家たちが呼びかけるのです。

 「我々の敵は日本ではない。イギリスである!」と。

それを聞いたインド兵たちは次々とイギリス軍陣地から逃亡を始めます。

陣地を守っているはずのインド兵がいなくなってしまうために、イギリス軍は戦線を持ちこたえられずにシンガポール要塞へと退却していくのです。

 山下奉文司令官をして、マレーの虎と言わしめた日本軍の快進撃の裏には、りっぱな大東亜共栄圏構想があったのです。

 だから先の大戦は「大東亜戦争」と時の日本政府が名付けたのです。

 これは軍国主義的発想と戦後言われてきましたが、それはアメリカのプロパガンダであり、それを信じている人は皆自虐史観に取りつかれている人と言っていいでしょう。

いくら日本軍が強くても、人力や馬で携行するような武器を持ち、車がないために自転車(銀輪部隊)で移動するような軍隊が破竹進撃がインド兵の投降や地元住民の協力なしではできませんでした。

 ともかく、今日12月8日はマレー半島に敵前上陸を開始した日なのです。

 アメリカにとって友軍のイギリスの陣地に日本が攻撃を仕掛けているのですから、その情報はアメリカにも届けられています。

しかし、アメリカはそれを無視し、日本海軍に真珠湾を攻撃させます。

飛行機から攻撃では装甲の分厚いやすやすと戦艦は損害を被らないだろうという予想を見事に裏切り、アメリカ太平洋艦隊の主力艦は沈められてしまうのです。

 アメリカの上層部はその攻撃を察知していたと思います。だから、攻撃に弱い空母を日曜日にもかかわらず出航させていたのです。

 よく石油タンクや海軍工廠を攻撃しなかったのは、日本海軍の手落ちだという人がいますが、武士は武器を持った相手は徹底的に攻撃しますが、丸腰の相手は傷つけません。

 その後の総力戦となる大東亜戦争の緒戦では攻撃するのは卑怯と思っていた節があるのです。

 後だしじゃんけんで何とでも言えますが、武人の誇りだけは傷つけたくありませんね。

 とにかくこれを読んだ方がぜひ今後先の大戦を呼ぶ時に、「太平洋戦争」ではなく、「大東亜戦争」と呼ぶようにしていただくと正しい歴史の頁がまた一つひらかれると思います。

何のための領海か?
自国民が安全に自国領内で漁をすることができない現実。

平成26年11月11日
歴史ナビゲーター 井上政典

 昨日テレビで小笠原諸島の漁業従事者の方が切実に訴えていました。

 「CHINAの漁船があれだけうようよいると怖くて漁に出れない」と訴えておられました。

 CHINAの漁船と言いますが、その大きさは200トン前後です。2か月間遠洋に出て帰っていけるだけの燃料と物資を積んでいる船にくらべて、普通の漁船はほんの数トンの小さな舟です。

 その大きさの違いはちょっとあたっただけで日本の漁船は転覆沈没してしまうほどの違いなのです。

 本来ならば、日本の漁船団があの海域でお魚を取り、それによって漁師さんやその家族、そして漁業関係者の生活を潤しているはずです。

 ところがCHINAの漁船団があちらこちらに出没するために漁に出られず困っているのです。

 こういうのを本末転倒と言います。

 領海や排他的経済水域での船舶の航行は認められていますが、そこで経済活動をすることは厳しく禁止されています。

 にもかかわらず、CHINAの大型漁船は我が物に我が領海内に侵入し、手薄な海上保安庁の船をあざ笑うかのように操業を続けています。

 数百万の燃料費をかけて日本の領海内に侵入してくるのです。ただ通常の通航とは違いますし、その海域にとどまる理由は明らかに宝石サンゴなどの密漁なのです。

 航空機をもっと頻繁に飛ばし、違法操業の写真を撮り、その写真に基づいて臨検を実施し、どんどん取り締まるべきだと思います。

 でも、200隻もの大船団に対してわが海上保安庁の船は数隻しかありません。手が回らないのが現実問題ですが、だからこそ、その海域に侵入することを防ぎ、違反者には銃撃を加えることも辞さない強固な意志表示が必要になってきます。

 それか日本の秘密兵器9条信者たちを小笠原諸島付近の海域にお連れし、違法操業しているCHINAの漁船に憲法9条の崇高な理念を説かせたらいかがでしょう?

 きっとありがたい教えに涙を流し、自分たちの罪を恥じて引返すことでしょう。

 そうすれば私も憲法9条の威力を信じ、日本のヘイワは憲法9条で守ることができると大きな声で言うようにしますが・・・。

 福岡にある官幣大社筥崎八幡宮の楼門には「敵国降伏」という扁額がかかっております。

 これは武力より敵国をねじ伏せ降伏させるという意味ではなく、徳を持って日本のような徳の高い国に矛を向けることはできないと思わせることの意味を表しています。

 自分よりも徳が高いと思うためには、その人も徳を持っていなければなりませんが、CHINA人に徳を求める方が間違っているのです。

 CHINA人というよりも、CHINA政府と言った方がいいかもしれませんが、徳があろうとなかろうとCHINAの覇権を誇示するためには手段は選ばないというお国に対して、憲法9条の高邁な理念は通じるはずがありません。

 これは一般の人たちの間では通じても、社会的常識がやくざやチンピラには通用しないのと同じなのです。

 彼らの共通点は「力」であり、徳ではありません。

 彼らの考え方は、力を持っているものが持たないものに対して傲岸不遜にふるまうことは何もおかしいことではないのです。

 そういう理屈の通じない国には力で対抗するしかないのです。

 数百万の燃料費をかけて日本海域に来ても、数億の赤サンゴが取れれば一獲千金の夢が果たせます。だからみんな来るのです。

 もし、数百万の燃料費をかけて日本海域に来たのに、そこに入ることもできず、密猟ができないとわかり、さらに拿捕や銃撃の危険性があるとしたら利に聡く自分の命を大切にするCHINA人は二度ときません。

 ある変な写真をみました。漁船の乗組員が写った写真ですが、首から上が日焼けで真っ黒なのに、胸は真っ白なままなのです。

 普通の漁民ならば、暑いときは上半身裸が当たり前です。だから、顔と同じように日焼けしていても何ら不思議ではありませんが、首から下の上半身が真っ白だということが示唆するものはたった一つです。

 普段から服を着ているのです。海上で服を着ているといえば、海上警察か海軍の軍人であるといえるでしょう。

 あのぼろぼろの船の中にはCHINA海軍の情報収集船が混じっていて、日本の航空機がどれだけの速さで現場に到着し、どれくらいの滞在時間があるとか、海上保安庁の船がどのような動きで千段に対応するのかという情報を収集するのです。

 それかあの船団の真下に潜水艦が隠れていて、日米の警戒ラインを突破したのかもしれません。

 これは暴走族が家の周りをうろつき、時々庭に入って芝生を傷めているのと一緒です。

 暴走族が怖くて家の人は外に出ることもできません。警察はそのまわりにただいるだけで取り締まろうとしていません。

 もしこれが自分の家で起こったならとても嫌でしょう。何とかしてほしいでしょう。それが小笠原諸島付近の海域で起こっているのです。

 さらにこの大船団が小笠原諸島と尖閣諸島付近に同時に出てきたら、数の少ない海上保安庁の艦船はどう対応するのでしょう。

 もしそのうちの数隻が無人島に上陸し、そこを占有したらどうするのでしょう。

 この島はCHINAの領土だと勝手に宣言して、この島の周りの200海里はCHINAの領海であると勝手に操業したら、これこそ一触即発の危険な状況になります。

だからそんなことをさせる前に、領海の際で日本の船がラインを敷き、これ以上は日本の領海であり、これからの通行を禁ずると宣言し、それに従わないものには、威嚇射撃後に攻撃を加えたらいいのです。

 一度きちんと対処すると二度と来なくなります。

 日本の本気度合いを図っているように思えてなりません。

 だから本気だということを見せつければ、怖がって近寄りません。

 今は舐められているのです。

 そしてCHINAの大船団が日本の領海内に居座っている日本の恥を全世界に配信しているのです。

 政治家の勇気ある決断がこれからの安全を確保できるかどうかを握っています。

 CHINAに対して懐柔策は全く効かないということを歴史は証明しています。強気での行動以外に解決策はありません。

 そして小笠原の人たちが安心して漁業に励める日を一日も早く取り戻してあげなければなりません。

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