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精神的植民地化を許すな

平成27年2月
酒井信彦

朝日新聞の慰安婦記事取消問題について、十二月二十二日に第三者委員会の答申が報告され、二十三日の紙面で大々的に報道された。特に注目された「国際社会に対する影響」については、両論併記ならぬ三論併記で、その一つには、影響を否定する意見が堂々と提示された。
それは情報学者・林香里によるもので、欧米と韓国の慰安婦報道の数量分析により、朝日の影響は認められないとするものであった。明らかに予想されたことは言え、また見事な誤魔化しを行ったものである。

慰安婦のみならず歴史問題全般について、朝日の貢献は極めて絶大である。歴史問題の端緒である、一九八二年の第一次教科書事件において、日本のマスコミが誤報し、中共・韓国の抗議で国際問題化し、その不当な要求に日本国政府が屈伏するという、メカニズムが作動した。
以後、第二次教科書事件、靖国参拝問題、慰安婦問題と、全く同様のメカニズムで経過し、歴史問題は何度も蒸し返されて、そのたびごとに反って深刻化してきた。しかも朝日が日本の「クオリティーペーパー」だとの虚名は、世界的に流布している。

最近、朝日問題に関して朝日を擁護する人間は、「朝日バッシング」と頻りに言っている。バッシングと言えば、「ジャパン・バッシング」は日米経済関係において使われたが、日本の歴史問題こそ、不当極まりない「日本バッシング」の最たるものである。歴史問題とは、シナ人・朝鮮人による、日本に対する甚だしい誹謗・中傷であり、偏見・差別・迫害に他ならない。ヒストリカル・ハラスメントである。経済問題すらバッシングと表現したのに、歴史問題をバッシングと認識できないことは、現在の日本人が如何に馬鹿になってしまったかを、良く表している。

シナ人・朝鮮人が、歴史問題による日本攻撃を止めないのは、すっかり味を占めてしまったからである。しかもシナ人朝鮮人の手先になって、日本攻撃に熱狂する日本人が生息するからである。歴史問題を利用して日本を貶めることによって、自分を良心的人間と認識したいという、全くネジまがった正義感に酔い痴れた日本人が、大量に存在している。私はこれらの日本人を、反日日本人ではあまりにも生ぬるいから、「虐日日本人」と呼ぶことにしているのは、本欄で何度も指摘してきた。

中共の支配者にとって、この虐日日本人ほど重宝な、貴重な存在は無い。日本の過去を攻撃し続けることによって、中共政権で行われた、文革大虐殺に代表される、膨大な犠牲者を出した血塗られた歴史を封印できる。またこれら虐日日本人は、同時に反戦平和主義者でありながら、現実に進行する中共の膨張主義・侵略主義に対しては、全く盲目である。つまり彼らは日本の過去を、口先とは全く逆に、少しも反省などしていない。本当に反省していたら、現実に展開されている中共の侵略・虐殺行為を、黙って見ていられるはずがないのだ。

それにしても、日本人のやられ方は、真に無様そのものであり、実に醜態極まりない。なぜなら、中共は現実の侵略国家であり、シナ人は侵略現行犯民族であるのに、その中共のシナ人に、日本は過去を反省していないと罵られ、現在世界第二の軍事大国から、危険な軍国主義だと攻撃されているからである。また韓国という現実の売春大国から、慰安婦問題で非難されている。この有り様は、日本民族として屈辱そのものであると言わなければならない。

それに対しいくらでも材料があるのに、日本は積極的な反撃が全くできていない。産経新聞は最近になって「歴史戦」と言い出しているが、日本人はすでに精神を侵略されているのである。日本はアメリカの軍事植民地であるだけでなく、米中共同の精神的植民地と言えるし、それに韓国すら参加している。慰安婦を性奴隷と言われることによって、日本人そのものが精神奴隷にさせられているのである。

つまり朝日に代表される虐日日本人は、日本の精神的植民地化の手先であり、これこそが内部の敵、民族の裏切り者なのである。明らかに売国奴・亡国奴であって、日本の歴史に出現した最悪の人間類型であると言って、全く過言ではない。

我々は国家意識・民族意識、すなわち大和魂を骨抜きにされた、精神奴隷であるという、この冷厳な現実を直視しなければならない。要するに、我々が成さなければならないのは、大和魂の復活・再生である。それは精神の独立運動であり、精神奴隷からの奴隷解放運動である。
以上、(『月刊日本』2015年2月号より)

今年は終戦から70年です、きちんと近代史を学びなおしましょう。

平成27年1月3日
歴史ナビゲーター 井上政典

 天皇陛下の新年のお言葉に、

 「新しい年をみなさんとともに祝うことを、誠によろこばしく思います。本年が国民ひとりびとりにとり、少しでもよい年となるよう願っています。

 年頭に当たり、わが国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります。

 本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々,広島,長崎の原爆,東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。

 この機会に,満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び,今後の日本のあり方を考えていくことが,今,極めて大切なことだと思っています」

 ここにあるように、私たちは先の大戦の経緯と背景をしっかり学ばねばなりません。

 そして先人たちがどうして戦ったのか、どう戦ったのか、そしてその戦いの後でどうなったのかとことを検証せねばならないと思っております。

 戦後の日教組が主導する教育の中で、先の大戦は侵略戦争と位置づけられ、私たちの祖父や父親たちは侵略者の汚名を着せられています。

 さらに私たちの祖父や父親たちは強姦魔、略奪者、犯罪者にされているのです。

 そして歴史カードというキャッシュカードを中韓に与えて、いくらでも騒げばお金が出せるようにしてきたのが、この70年でした。

 でも、学校で教わった歴史やテレビや映画で見る歴史にはどうしても矛盾点がたくさんありました。

 ぜひ、レンタルDVDで勝新太郎の「兵隊やくざシリーズ」を見てみてください。
戦時売春婦がそこに当たり前のように出てきます。

 映画製作のスタッフが現場を知っているために、とてもリアルに描かれています。もちろん、可愛そうな境遇でしたが、そこには親に騙されてとか売られてきたというセリフもちゃんとあります。

 戦後すぐの戦争映画はそういう軍隊経験者が大勢いたので皇軍の誇りや武人としての潔さを好意的に描いてあります。

 しかし、昭和40年代に入ってくると第一線からそういう経験者が少なくなり、さらに津川雅彦氏に言わせると映画界が左翼に乗っ取られたために、エンターテイメントではなく左翼思想を持ちこみ、映画が詰まらなくなり、映画産業の衰退に繋がっていったといいます。

 戦争映画では、いかに国のために死ぬのが馬鹿らしいか、犬死のように描き、下士官は鬼畜のような振る舞いをするのです。

 元憲兵だった方にお話を聞いたことがあります。

 その方ははっきりと言われていました、憲兵とは軍隊内の警察であり一般市民を捕まえたりする権限はなかったと。

 特高警察が思想犯を取り締まる役目があり、その特高から逮捕されたり尋問を受けた当時の左翼主義者や無政府主義者たちが戦後、米軍の政策によって地位を得て、帝国大学や法曹界、そして言論界で軍隊=悪、どれだけ国民の生活が軍隊によって蹂躙されたかを喧伝したのです。

 しかし、戦前の生活について多数の人に話を聞いても、普通の人はなんら弾圧を受けておらず、憲兵隊が来て取り締まられるということはなかったと証言されています。

 ここに、戦後の自虐史観の出所がわかってくると思いませんか。

 はだしのゲンを見ても、あのお父さんは当時非国民のレッテルを貼られた共産主義者か無政府主義者だったと思います。

 そこで逮捕されたり尋問されたりしたのですが、これが一般的なものではありません。

 それを映画や漫画で描くといつでもどこであったように思えるのですが、実際には違います。

 母親の実家の方では、軍隊の演習が行われ、兵隊さんたちが民家に分かれて分宿していたそうです。

 規律は見事に守られ、10代だった母はさすがに国民を護る軍隊だと誇りに思っていたそうです。母の実家は庄屋だったため、将校さんが泊まられていたそうですが、それは見事な武人だったと聞いています。

 こういう話はだんだん聞けなくなりました。

幸いなことに、以前から興味のあった私は小さい頃から親戚の軍隊経験のあるおじさんたちに話をよく聞かせてもらっていたのです。

 子供の頃に見せてもらった刀を先日探し出しみてみると、たいしたことのない鋳造刀だったことがわかりがっかりしましたが…。

 ビルマのまだ収拾されていない皇軍の遺骨が語るという設定で作った「骨の声」という作品も、その昔話を題材に作ったものです。

 作者の脚色が入っているとはいえ、実話が元になっているものですから、演奏者の技術も相まって聞く人の魂に響くのです。

 あの戦争は悪い戦争だった、戦争をせずに済まなかったのかという人が大勢います。

でも、あの戦争をもし日本が戦わなかったらどうなっていたのかと逆に質問すると誰も答えられません。

 特に頭の良い方は、急に黙り込んでしまいます。

 それは、先の大戦を日本が戦わなかったら、現在の世界地図は大幅に変わっていることがわかるからです。

 そして多くの人がそれがわかっても、日本人がたくさん犠牲になっているのだからと言われます。

 そうです、戦後の命が一番大事と教育を受けてきた人間にとってあの戦争は無謀な戦争にしか過ぎません。

 でも、誇りや矜持を大切にする人にとってはあの戦争は避けられない戦争だったことがわかります。

 だから、日教組は戦後の教育で自分の命が一番大事と教え込んだのです。

 でも、歴史を学べば学ぶほど「命よりも大切なものがある」と思えるようになりました。

 歴史に名を残した人たちは、自分の命の使いどころを十分に弁えていたからです。

 もし、吉田松陰先生が自分の命を惜しんで言い逃れていたら、30歳の若さで処刑されていません。

 しかし、その死をきっかけに討幕に火がついた高杉晋作の心の炎は燃えきれずに結核で亡くなっていたかもしれません。

 さすれば、その遺志を継いで日本国を建設しようとした身分の低い伊藤博文は結局世に出れずに長州藩内で埋もれていたでしょう。

 もし、西郷隆盛が自分の命を惜しんで藩命に従って月照上人を処刑していたらあの大西郷は生まれてこなかったでしょう。

 大西郷無しに薩摩藩が討幕でまとまることはあり得なかったと思います。

 さらに廃藩置県という大業は大西郷無しに絶対にできませんでした。

あの明治維新の偉業は自分の命を惜しまずに日本のために働いた人たちがいたおかげで成ったのです。

 その気持ちがわかるから今でも幕末物の人気は高いのです。

 それからわずか70年後が先の大戦のあたりです。

 日本国のために命を投げ出した人たちが幕末の志士の心中を察しないわけがないでしょう。

 何のために自分の命を捧げるのかという問いに何度も自問自答されているはずです。

 特に特攻隊でなくなれた方々の多くは大学生でした。

 今のてれんぱれんした大学生を思い浮かべるとだめなのです。

 当時の大学生は今の大学の助教授レベルの知的レベルだと思っていいでしょう。

 その人たちが何のために自分の命を捧げるのかをいくら若くても理解しないはずがありません。

 知覧や大刀洗基地の遺書を見ると、皆さん素晴らしい字で素晴らしい文章を書かれています。

 文章を書く人間として、あの文章を見てその文才たるや並大抵なものではないということがわかるのです。

 自分の死を正面から受け止め、そして何時間かけて飛行機や潜水艦を操縦して敵艦に体当たりするのです。

 それは一時の狂気では絶対に成し得ないものだということを現代の我々は理解しなければならないのです。

 そのためにも正しい当時の情報が必要なのです。そして少しでも英霊の方々の当時の気持ちを理解することが大切なのです。

 このブログでは、今年は特に近代史を中心に書いていこうと思っております。

 そして中韓にもう歴史カードは無効だよと教えてあげないといつまでもせびり取られるだけでなく、中韓にとっても正常な外交交渉をさせる機会を与えねばなりません。

 ご質問なり、ご意見なりどんどんお寄せください。

本日は大東亜戦争が始まった日です。

平成26年12月8日
歴史ナビゲーター 井上政典

本日は大東亜戦争が始まった日です。

 「昭和16年12月8日未明、わが帝国陸海軍は英米と西太平洋上にて戦闘状態にいれり」との臨時報道があり、真珠湾での華々しい戦果が報じられました。

 アメリカもリメンバーパールハーバーということで、真珠湾攻撃がこの戦争の緒戦として位置づけられています。

 そして戦後、大東亜戦争という先人たちが戦った聖戦の名称を禁止し、太平洋戦争と呼ばせました。

 いまだに放送局では放送コードが存在し、大東亜戦争は放送禁止用語となっているそうです。これは田母神閣下がテレビ局の人から言われたので、「いや俺は使うよ」といって大東亜戦争と発言したのですが、放送では見事にカットされていたそうです。

 しかし、西太平洋上というのが真珠湾でしょうか?

 地図を見てもらえば一目瞭然ですが、ハワイは中部か東部太平洋に位置しています。

 では西太平洋とはどこのことでしょう?

 実は真珠湾攻撃の一時間二十分前に帝国陸軍18師団56連隊の侘美支隊がマレー半島の英軍が9000の守備隊と25のトーチカで防御陣地を築いているコタバルに敵前上陸を開始しているのです。

 この第18師団は通称「菊兵団」といい、福岡久留米の兵が中心となって編成された日本陸軍最強師団の一つです。

 ビルマで戦死した私のおじさんもこの師団の所属でした。

 菊が皇室の紋章なので、「御紋章師団」とも呼ばれ、兵の士気も練度も高い師団でした。

 その中の56連隊を中心とした侘美少将指揮下の部隊が戦死者320名、戦傷者638名の尊い犠牲を出しながら上陸に成功したのです。

 陸軍も海軍も奇襲が作戦成功の大切な要因となるために、時差が6時間あるのでマレーの深夜、ハワイの早朝がベストなタイミングとされたのです。

 陸軍も海軍も奇襲ですが、先に連合国は経済封鎖を実施ており、すでに戦争状態に入ったとみるのが普通であり、けっして皇軍のだまし討ちではありません。

 卑怯な日本軍のハワイ空襲とルーズベルト大統領が宣伝してアメリカ国民の戦意高揚に使っただけです。

 おりしも今朝の産経新聞では二重スパイが日本軍飛行機によるハワイの奇襲を数か月前に報告していましたが、信用せずに握りつぶしていたことが書いてありました。

 先に日本軍に攻撃させてアメリカを参戦させたという陰謀説が有名ですが、これにまた裏付けの資料が出てきたということです。これに基づいて作られたのが、「トラトラトラ」と日米合作の映画でした。

 コタバル上陸作戦は苛烈を極めました。

 部隊が上陸できる場所が限られているためにイギリス軍としては防御陣地を集中して構築しやすく、効率的に兵員を配置できていたのです。

上陸する部隊を郵送した淡路山丸は英軍機の攻撃で沈没し、この大戦における沈没第一号となったほどです。

 そしてこの上陸は長い間英国の植民地として搾取されていたマレーの人たちを解放する口火となったのです。

 そのことは現代のマレーシアの歴史の教科書に、マレーシアの歴史は日本軍がコタバルに上陸して英軍を蹴散らしてくれたことから始まったと明記されています。

 マレーシアは人口の多くマレー人で華僑は15%くらいです。

だから、ここはとても親日国家なのです。

 その反面シンガポールは華僑の割合が多く、どちらかという反日的な言動を今まで取ってきております。

 マレーシアは産油国でもあり、とても豊かな国です。しかし、その富はイギリス人によって横取りされていたのを、日本の上陸でマレー人の手に取り戻したのです。

 その後、マレー半島を南下して破竹の進撃を日本陸軍はしますが、その背景にあったのは、イギリス軍の中にインド兵が多数いて、そのインド兵たちに日本軍と行動を共にするインド独立を目指す活動家たちが呼びかけるのです。

 「我々の敵は日本ではない。イギリスである!」と。

それを聞いたインド兵たちは次々とイギリス軍陣地から逃亡を始めます。

陣地を守っているはずのインド兵がいなくなってしまうために、イギリス軍は戦線を持ちこたえられずにシンガポール要塞へと退却していくのです。

 山下奉文司令官をして、マレーの虎と言わしめた日本軍の快進撃の裏には、りっぱな大東亜共栄圏構想があったのです。

 だから先の大戦は「大東亜戦争」と時の日本政府が名付けたのです。

 これは軍国主義的発想と戦後言われてきましたが、それはアメリカのプロパガンダであり、それを信じている人は皆自虐史観に取りつかれている人と言っていいでしょう。

いくら日本軍が強くても、人力や馬で携行するような武器を持ち、車がないために自転車(銀輪部隊)で移動するような軍隊が破竹進撃がインド兵の投降や地元住民の協力なしではできませんでした。

 ともかく、今日12月8日はマレー半島に敵前上陸を開始した日なのです。

 アメリカにとって友軍のイギリスの陣地に日本が攻撃を仕掛けているのですから、その情報はアメリカにも届けられています。

しかし、アメリカはそれを無視し、日本海軍に真珠湾を攻撃させます。

飛行機から攻撃では装甲の分厚いやすやすと戦艦は損害を被らないだろうという予想を見事に裏切り、アメリカ太平洋艦隊の主力艦は沈められてしまうのです。

 アメリカの上層部はその攻撃を察知していたと思います。だから、攻撃に弱い空母を日曜日にもかかわらず出航させていたのです。

 よく石油タンクや海軍工廠を攻撃しなかったのは、日本海軍の手落ちだという人がいますが、武士は武器を持った相手は徹底的に攻撃しますが、丸腰の相手は傷つけません。

 その後の総力戦となる大東亜戦争の緒戦では攻撃するのは卑怯と思っていた節があるのです。

 後だしじゃんけんで何とでも言えますが、武人の誇りだけは傷つけたくありませんね。

 とにかくこれを読んだ方がぜひ今後先の大戦を呼ぶ時に、「太平洋戦争」ではなく、「大東亜戦争」と呼ぶようにしていただくと正しい歴史の頁がまた一つひらかれると思います。

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