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この年、9月に結婚をしました。私の誕生日は10月。
「なんとか25歳までに結婚をしなければ」って思っていたような気がします。
今から思えば、
結婚適齢期(今は死語?!)という固定観念というのか、 社会通念というのか、
そんな無意識の中の意識にはまりきっていたのかもしれないなぁ。

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当たり前という言葉には2つの意味があるんじゃないかなぁ。
1つは「健康」のような病気になってはじめて気づく
「ありがたい」当たり前と、 もう1つは「固定観念」のような
ちょっと「息苦しい」当たり前。
でも本当は、どちらも当たり前ものじゃなくて
自分のココロの持ちようで、 変わり得るもののような気がするなぁ。
モノの考え方が、自分を苦しめてしまうこともあるかもしれないですね。
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息子は冬生まれ(1月)。窓も閉め切り、外にも出られず、
文字通りの「密室育児」でした。
2人きりの部屋の中で、息子が起きていると「どう接したらいいだろう」
と不安で涙し、 息子が寝たら「いつ起きるだろう」と不安で涙する。
そんな毎日を送っていました。
そう…生まれた息子はとても大きかったけれど、
産んだ私はとても未熟だったのです。 そんな 私は、ドップリ、バッチリ
マタニティブルーにはまってしまいました。
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マタニティブルーは「一時的なもの」だと
思われがちだけど、 実はそうとも言い切れない。
マタニティブルーをきっかけに、いろんなことが
表面に出てきたりすることもあります。
そして、この時の本人の過ごし方やまわりの人たちの接し方で、
その後の本人はもちろん、まわりの人たちの人生も大きく変わってしまうことだってある。
だから、まわりの人たち(特に夫さま)は、
ここで、思いやりを発揮してあげて欲しいなぁ。 お願いします。
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1990年
うつ (産後うつ)
になる
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育児ストレスと向き合いながらも、
なんとか育児をこなしていきました。
ようやく、息子から手が離れだしたある日。
突然、落とし穴にはまったように
鬱(産後ウツ)に陥ってしまったのです。
原因はわかりませんでした。
とにかく話せず、食べられず、寝られず、落ち着かず…。
精神的なものが、こんなに苦しいものだとは思いませんでした。
そのあまりの苦しさと自分の異常さに専門機関を訪れました。
それから、ココロの修復が始まり、
少しずつ少しずつ本当の自分を取り戻していきました。
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今の自分というものは、子どもの頃の育てられ方、
まわりの価値観や環境 社会のしくみなどなど、
いろんなことの影響を受けて存在しています。
だから、自分の力だけでは、解決できないことだってたくさんある。
それは、母親だって例外ではありません。
「母であるから〜でなければならない」と思っていることがあるならば
あんまり、かた苦しく考えないで、
自分なりの自分にあった子育てをすれば 、それで十分じゃないかなぁ。
そして、その「〜だから〜でなければならない」という考え方は、
性別や年齢を問わず、たくさんの人を息苦しくしているような気がします。
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1992年
長女を
出産
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あんなに苦しかった育児がなぜか恋しくなって長女を出産。
というものの生まれるまでは
「また落ち込んでしまったらどうしよう…」と不安でした。
でもその予想は幸いにもハズレ、うつに陥ることはありませんでした。
2人目を産んだおかげで、私の育児の思い出は
「苦しいもの」だけではなくなりました。
本当に産んでよかった、そして、生まれてきてくれてありがとう。
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「習うより慣れろ」というけれど、本当にそうだと思います。
向き・不向き、得意・不得意というのはあるけれど、
経験というものである程度は軽減できることもあるんですね。

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1994年
自分の
時間を
持つ |
育児がイヤではないんだけれど、でもなんだかカラダとココロがむずむず。
「母だけじゃなくて、妻だけじゃなくて、自分自身を感じたいなぁ」
と思うようになりました。
それから、書道をしたり、絵のサークルに入ったり、講座を受けたり…。
でも、この頃のいろんなことが、学ぶきっかけとなり、
今の自分の基礎をつくってくれたんだと思います。
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育児も一段落ついて、何となく落ちつき出すこの時期。
でも反面「人生、このままで終わってしまうの」
「社会に取り残されてしまうかも」
なんて気持ちになったりすることも結構あったなぁ…。
でも、その気持ちをグッとこらえて、あせらず、あわてず。
自分の時間の進み具合と人の時間の進み具合は違うものだから、
まずは自分のペースを確認して、歩いていくことが大切な気がします。

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1996年
イラストレーターの道を歩み出す
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女性センターの広報誌制作や応募をした情報誌のキャラクターが
採用されたことをきっかけに、仕事としてイラストを描くようになりました。
今までは「絵を描くのが好き」ってことで
イラストを描いていましたが 仕事となるとすごいプレッシャー。
好きなことを仕事にするのって楽しい分、苦しいこともいっぱいあるものですね。
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「やりたいことがあるからいいね」
「絵が描けるからいいね」 と
言われることがあります。
でも、私「イラストレーターになるぞ」 って
強い決意で進んできたって
感じじゃないんですよね。
とりあえず「これをしてみようかなぁ」って思ったことを やってみて
「これはもういいや」って思うものを消去していったら絵が残っていた。
そして、それを続けているという感じです。
だから「やりたいことがみつかってから動く」っていうのもいいけれど
「とりあえず動いてみる」っていうのもいいかもしれませんね。
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1999年
創作活動を開始 |
イラストを描いているうちになんとなく「直接的に人と関わりたい」
と思うようになり、創作活動が始まりました。
自分がつらかった時、まわりの人に助けて頂いたように、私も作品を通して、
今しんどい人のココロを少しでも楽にすることができたらいいな。
その思いが、個展を開くきっかけとなりました。
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イラストを描かせて頂いていても、
みて下さっている方たちの気持ちや思いが、
伝わってくることは、ほとんどありません。
だから、絵を描いて、展示をさせて頂いて、
できる限り近くにそっと座っていよう。
もし、絵をみに来て下さった方たちが、
私と話しがしてみたいと思った時に 「話しができるようでありたいなぁ」
と思っています。
そうしてきたことで感じることは 、 みに来てくださった方の語る言葉は、
今のその人の気持ちを反映しているなぁ…ってことかな。
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2005年
そろそろコツコツ
続けて
いく |
とにかく自分のペースで歩き続けたいと思っています。
だって、自分のペースを保つことも 続けていくことも、
簡単なようでむずかしいから。
そして、一人でも多くの人に作品をみて頂けたらうれしいです。
それでは、いつかどこかでお逢いできればいいですね。
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