帯に短し襷に長し
| 「お前、こういうメモリアルディを一緒に過ごすヤツいないのかよ。寂しい野郎だな」 「うっさいな。てめぇにその言葉そっくりそのまま返すぞ、コラ。コタツに入ってみかん剥いてるヤツに言われたくないね」 藤原修平はハッと鼻で笑うと、みかんを一房口の中に放り込んだ。 「ダメだな、小野田。独りで過ごすお前が可哀想だと家に残ったオレ様の優しーい心遣いが分かんないのかよ」 「ったま悪ぃな相変わらず。修平ちゃんの脳味噌は味噌だけに発酵しちゃってまちゅかーそうでちゅかー。あらあらかわいそーに」 コタツの向かい側に座る小野田貴彦は、同情のそぶりも見せずに言い放った。修平はピクリとみかんに注がれていた視線を上げた。その三白眼の瞳が見詰める……ではなく、ガンツケている先には、学年きっての秀才の顔があった。口の悪さとそれ以上の性格の悪さを知ったのは、こうして同じマンションで暮らすようになってからだった。普段は一糸乱れぬ品行方正な立ち振る舞いと、この、憎たらしいが男でも惚れ惚れするような整った顔立ちで世間の婦女子を騙している、なんとも許せない男だった。サイドで分けた少し長めの髪を鬱陶しそうに掻き揚げた。 (嫌味かそれは) その仕草がまたとてつもなく良く似合っていて、修平は意志の強そうな眉を潜めた。修平はいつも怒っていると思われるほどきつい顔立ちだ。少し前に髪を短めの刈り込んでしまったお陰で、今のように眉を段違いにずらすと格段に凄みが増す。切れ長の瞳をすっと細め、怖がりもせず『泣く子も身の危険に押し黙る』と評したのは確か目の前の男だった。 「もう『小野田』じゃねぇだろ? た・か・ひ・こっ 貴彦お兄様と呼べ」 内心「あっ」と叫んだが、後半の言葉が癪に触った。 「だーれが呼ぶかっ! 三ヶ月しか違わねぇだろ、実際」 つい先日、二人は兄弟になってしまったのだ。 貴彦の母、小野田香奈と修平の父、藤原康平が再婚してしまったのだ。同じ学校で、目立つ二人は互いに顔と名前ぐらいは知っていたが、まさか家族になるとは思いも寄らないことだった。その両親はというと、かわいい息子達を放り出して、21世紀カウントダウンをラスベガスで盛り上がろうと、昨日新婚旅行に出かけてしまったのだ。 テレビでは各地の世紀越えイベントの中継が流れている。次々と変わる画面は、どれも人々の浮かれたような熱気に溢れている。 「かーさん達、今頃……」 画面をぼんやり見ていた貴彦は、不自然に語尾を消した。修平ははっとしてテレビのリモコンに手を伸ばした。男親が再婚するのはあまり感慨も無いが、貴彦の場合は女親だ。最も自分に近い存在である母親が再婚するのをどう思うのだろうか。 「修平?」 急にテレビの電源が落ちたことに驚いた貴彦は、修平に顔を向けた。 「別に」と、そのまま後ろへ寝転がった。 今日一日、貴彦が妙に機嫌が悪かった理由にようやく気がついた。常にイライラしていて、顔を合わせる度に修平の神経を逆撫でするようなことを言う。 「どれもつまんねーし」 勢い余って床に置いてあった観葉植物の鉢にゴンと頭をぶつけた所為で、修平の台詞はちょっと涙声だった。頭を抱えて無言で身悶えていると、上から声が降ってきた。 「カッコ悪ィ……」 すぐ傍に貴彦が立っていた。 「ため息吐きながら言うな」 「しかもドラえもんのハンテン着て……」 「これが一番温かいんだよっ 中学ジャージ愛用者に言われたかねぇ」 やはり恥かしかったのだろう。修平は貴彦に背中を向けた。傷心したまま無理矢理目を閉じると、背後の男がしゃがむ気配を感じた。 「ゴメン修平。今日……オレ、お前にあたってた」 「……」 今まで耳にしたことがない愁傷な声に驚いた。 「あと……ありがと」 小さく言うやいなや、寝転がる男の肩を軽く叩き、立ち上がった。「おやすみ」という貴彦の声に修平は咄嗟に振り返った。貴彦は既に自室へ向けて歩き始めている。姿勢は、いつものように背骨が背骨がピリリと吊るような、彼独特の潔いバランスを保つ。だけど、纏っている雰囲気は悲しい。引き止めたかった。今、貴彦を一人にさせていはいけないような気がする。思わず手を伸ばした。 バタンッッ 「っ……痛って……」 盛大な音をたてて転んだ貴彦はうめきながら鼻を抑えている。 「あ、わり……」 コタツから抜け出し、急いで貴彦の元へ寄った。 「てめ……」身を起こすのに手を貸してくれている修平を切れ長の瞳で睨みつけた。怒りと痛みで声が震えている。 「フツー足首掴むか!? あの体勢でっ!!」 「いやだから悪かったと」 修平に支えてもらい、フローリングの床の上に座りなおした貴彦は、不意に微笑んだ。修平に向けられているそれは、学校での仮面を被った完璧な笑顔だった……が、目の奥で鋭利にキラリと光るものがあった。怒気だ。明らかに怒っている。「ああ」と、わざとらしく貴彦は手をポンと打った。 「これが、ゴメンで済むならとかいうやつだね。ありがとう修平君。君のお陰で僕はこの言葉を真に理解したよ」 「ちょっと待てよ」 「いやいやどうも有難う。君の発酵した言動は新しい発見でいっぱいだ。ところで僕はもうそろそろお暇したいんだが……離してくれないかな?」 修平は成り行きで貴彦の両肩をしっかり抱えていた。離せば逃げられる。そのくらい修平にも分かりきったことなので、逆に腕を回して抱えなおした。 「だから悪かったって」 「何でそこできつく絞めるっ」 貴彦はびっくりして修平の腕を振り払おうともがく。当然の権利である。 「だって、逃げるし……ん?」 自分を戒めているいやに頑丈な輪から肩を抜いて逃げようと、貴彦は修平の腕を持ち上げるのに必死である。同じくらいの背丈なのに全く太刀打ちできないのは、やはり日頃の鍛錬の違いなのだろう。実際、弓道部に所属する修平と比べると、貴彦は10キロ近く体重が違う。その脱出劇を余裕綽々、後ろから眺めていた修平は、生け捕った獲物の首筋に目を留めた。左手で抱えなおし、頭を空いた腕でぐいっと左へ折り曲げた。くぐもった音と共に右の首筋が顕わになる。 「いッ」 この際貴彦の抗議は受け付けない。覗き込んだが良く見えなかったので、仕方なく上着のジッパーを引き下げた。 「何してんだっ!!」 一瞬息を呑んだ貴彦は、次の瞬間真っ赤になって叫んだ。 「お前、赤くなんなよ。良くわからなくなるだろ? ここ」 と、トンと肩と首の付け根あたりを指で突いた。その、何の感慨も無いような修平の動作に貴彦は凍りついた。 「キスマークってやつ? ってことは、貴彦って女いたんだ……隅に置けない」 「……」 「え? でも、彼女いるんなら、何で今日ここにいる……ワケ……?」 そこまで言ってようやく貴彦が腕の中で固まっているのに気がついた。 「貴彦?」俯いて動かない貴彦を覗き込んだ。いつも『髪なんぞ染めなくとも絵になるのが本当のいい男なんだ』と豪語しているサラサラした黒髪を持ち上げた。横顔は真っ青だった。形の良い唇を硬く引き結び、苦しそうに眉根を寄せている。 その表情で修平は全てを悟った。 「お前……。誰にやられた?」 腕の中の身体はますます強張った。 (痕がくっきり残ってるから昨日か今日か……) 修平は考えた。貴彦は用事がある以外、家から出ないという限りなくインドア人間だ。冬休みの最中、修平が毎日のように部活に通っているのとは違い、余程のことが無ければ外出しない。思い当たったのは 「昨日、学校にいたよな?」 息を呑む音が聞こえた。 そうだ。確か昨日、弓道場から出て校舎を何気なく見上げた時、誰かと連れ立って歩く貴彦の姿を見た。修平は声を掛けようとした。思い出した。一緒にいたのは……。確か、学年主任の蒔田……だったはずだ。 「お前、蒔田に強姦されたのかっ!?」 「……」 声も無くただ修平の腕を握り締めた貴彦に向かって修平は無情にも追い討ちをかけた。 「後ろをっ!?」 「未遂だバカーッ!!」 咄嗟に振り向いて弁解してしまった。ぶつかったのは、以外にも真剣な修平の表情だった。 「本当に?」 「こちとら襲われるのには慣れてるんだっ あんな下衆に誰がそうやすやすとくれてやるかっ」 吐き捨てるように言う貴彦を修平は真偽を確かめるためじっと見詰めた。やっと修平にカマを掛けられたと気付いた貴彦は、その視線が恥かしくてふいと横を向いた。その横顔を修平はそっと触れた。 「なら泣くなよ」 貴彦はそう言われて初めて自分が泣いているのに気がついた。気がつくと、急に涙腺が緩んでしまった。何時も上手く回避することが出来たけれど、母親にも言えなかった。やっと察してくれた人が現れた。目の前が涙で歪む。 「そう言った傍から泣く」 口では軽口を叩きながらも、修平は貴彦に胸を貸してやった。造作なく、とは言いがたかったが貴彦の腰を掴んで向きを変え、頭を掴んで無言で胸に押し付けた。自然に凭れ掛かることが出来るように背中に腕を回すと、貴彦の身体が小刻みに震えているのに気がついた。 「……った」 「……」 「本当は……怖かった……」 聞こえるのは時間を刻む時計の音と、嗚咽を必死に堪える貴彦の涙と。 外で誰かが爆竹を鳴らした。次いで歓声が沸き起こる。 どうやら世紀を越えたらしい。 「ちょっと、何すんだよっ」 まだ涙声で抗議したのは、もちろん貴彦だった。修平が貴彦の顎を掴んでぐいと引き上げたのだ。やはり泣き顔を見られるのは恥ずかしいのか、すぐに首を捻って顔を逸らす。修平はそれを今度はしっかり両手で捕まえて、向きを直した。 「なにす……っ んっ」 近付いてきた影に口を塞がれたのは一瞬の出来事だった。その影が離れて目の前が明るくなると、貴彦は修平を凝視したまま金魚のように口を開閉した。 「いやちょっとご褒美を」 「ご……」 と言った唇に素早く口づけると、修平はニヤリと笑った。 「こういうのも、イイかも知んない。オレ、お前のこと好きかも」 その言葉にカッとなって修平の胸を突き飛ばす。しかし、やはり力の差は歴然だった。 「……離せ」 背中に回された腕の力は少しも緩んでいない。貴彦は首筋に顔を寄せる男に憮然として言った。 「そうやすやすとくれてやらないからな」 終わり。 最後の最後の部分しかBLじゃないですね、これじゃ……(沈)。すみません。しかも猫型ロボットはちゃんちゃんこの柄でしか登場してません。 |
霞さんのサイトで1900・2000と連続キリ番を捕ったしおりは「世紀越え」をお題に小説を書いていただきました。霞さんはかなり苦心してくださった模様。でもちゃんと世紀越えてますっ!
ラスベガスで世紀越え、ご両親リッチですなぁ。
霞様のサイト「サイオウガウマ」に行ってみる?